別れ
アルマが消えてから、ほどなくシナプスも姿を消した。そして、もう一つ消えたものがあった。原子力発電所のエネルギー棒である。世界中の原発から一斉に核物質が消えたのである。おそらく、シナプスたちがどこかへ運び去ったのだろう。かれらも被爆はするが、すぐに生命にかかわるようなことはないようだ。地下深くか、海の底か、あるいは火口のマグマの中なのか、いずれにしても人の手の届かないところに投棄したのだろう。そして、地上から原発が消え、核施設もなくなった。
それから6年。北海道に短い夏がやって来た。泊の港に一艘の漁船が入ってきた。
「おーい。」
漁船の上からエンジのジャージ姿の女の子の声がする。
「こっちこっち。」
岸では数名の男女が手を振っている。
「富羅、お帰り。」
「弥子、夏美、勉。皆ありがとう。連絡できなくて御免ね。」
「仕方ないよ。ずっと極秘の施設に入院してたんでしょ。」
卵から出てきた富羅は、大作に連れられ、どこかの研究施設で6年間リハビリをしていた。彼女の体はアルマの体内で急速に解かされていった。それを瑠真の組織が膜状になり包み込んだ。アルマの体が自滅していくなかで、瑠真の組織も、膜の中で分解していく。やがて、瑠真の解けた体組織は生き残るために富羅の体に付着し学習し、その欠けた部分を補っていった。それは、昆虫がサナギの中で、己が体を溶かし、再構築する作業に似ていた。
やがて、再生した体は殻から出て、最終形態になる。アルマと同じ瑠真の組織は爆発的に増殖し、やがてすべてがアルマの組織に取り込まれてしまう。施設では、その進化を強制的に止め徐々に彼女の組織に戻す手術が何度も行われた。それでも、髪の一部は白く、片目は青いまま残った。
富羅の帰省を仲間達で祝った。彼女の父は、退職し先に一人で念願の富良野で農業を始めていた。富羅も帰りしだい、母と引っ越すことになっていた。他の連中も大学に進み夏休みが終われば本格的に就活が始まる。こうしてゆっくり集まれるのも最後になるだろう。富羅は大学に行かず、時間はかかるが経験を積んで樹木医を目指すことにした。植物の声は、はっきりとは聞こえなくなったが、彼らが何を望んでいるかはなんとなく解った。皆が帰った後、彼女は一人で港の堤防の上にいた。
「いよいよ、お別れだ。」
彼女の意識のなかに瑠真の意識が流れ込む。
「私なら大丈夫だよ。」
「いや、一つの体に二つの自我があるのはよくない。細胞はすでに君のコントロール下にある。僕ができることはもうない。」
「本当にわたしのほうでよかったのかな?」
富羅は水平線を眺めた。
「前にも言ったよね。僕が生きていることが奇跡なんだって。だから、今度は君が奇跡を起こす番だ。僕が生きていれば人類はまたアルマを復活させようとするだろう。それに、僕は君の中にいる。初めて他人の役に立てるんだ。それも、世界でたった一人の親友のために。」
瑠真の意識は消えた。それはあたかもずっと流れていたラジオのスイッチが突然切れたような感覚だった。
「ずるいよ。一人で残されてさ。」
彼女は一人で泣いた。夕日が泊の海を金色に染めるころ、やっと涙が止まった。
いつかは彼女の髪の色も戻り、目の色も戻るだろう。そのときには、きっと新しい出会いが訪れるに違いない。
「当分は、お前が恋人だ。」
彼女は左腕にちょこんと乗って、両目をくるくると無邪気に動かしている緑色のカメレオンに話しかけると帰っていった。




