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エンデラの森の黒き魔女  作者: 暫定とは
二章『共鳴』
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 翌日の昼過ぎには、ノアは本来の体調を取り戻し、病院を後にすることとなった。

 昨日病室まで連れ添ってくれたシンの(かお)()きもあってのことか、病院の中ではノアは、爪を隠さずとも何かを言われたり、悪い顔をされることはなかった。否、特別良い顔をされた、というわけでもなかったが。

 退院の手続きを終えたノアは一人、ひとまずは丁度良いグローブを探して、早急にこの街からは出てしまおう、というつもりで、大通りへの道を辿った。

 病院の外で、ハレやトーマが待ってくれているのではないか、という期待が、ノアの心中にはなかったわけではない。『ここから先は自分一人で行く』と口では言いつつも、正直なところ、カミナという移動手段を失ったノアには、たった一人で夜明けの月光から逃れつつ、目的地であるエンデラの森を探すことがほぼ不可能になってしまったということは、最早言うまでもなかった。一人で旅を続けたとして、夜明けの月光に捕らえられるのが先か、食糧が尽きて飢え死にするのが先か。いっそ何処か、誰にも見つからない死に場所でも探すほうが賢明だろうかとすら、ノアの頭には過った。せめて、ハレとトーマがいてくれれば――。淡い期待を浮かべようとする頭を、ノアは横に振るった。

(他人に望んではいけない。他人を信じてはいけない。望めば自分が弱くなる。信じればいつか必ず……、裏切られる)

 ハレやトーマに出会うまでの道中にも、ノアは自分を助けてやる、匿ってやるという人に出会ってはいた。然し、それを信じてついていくと、彼らは豹変した。罪を犯したわけでもないのに、騎士団や街の自警団に引き渡されそうになったことも、殺されそうになったことも、ノアにはあった。黒き爪を持って生まれた以上、簡単に他人を信じてはいけないのだと、ノアは肝に銘じていた。もし仮に信じられたとしても(すぐに体調を崩したり、夜明けの月光に追われるなどの迷惑をかけることになる為)、旅への同行を願ってはいけないのだ、と。然し――。

(カミナを失った今、一人で旅を続けるのはやはり不可能でしょうね。ただ、あの白ローブの方々に捕まれば、この力を何か悪いことに使われるのは明白。下手に見つかって捕らえられる前に、やはり自決を――)

 孤独な旅路の先に、ノアはもう、光の差す未来を思い描くことが出来なくなっていた。重い足取りで、ノアは大通りへと続く、幅広の階段を下った。と、聞き覚えのある声が、ノアの耳には届いた。

「ノア! ほい!」

 声のするほう――前方階段下へと、ノアは視線を向ける。人物よりも先にノアの視界には、自身の手元を目がけて放り投げられた、黒い物体が映り込んだ。

 「はっ、はい!」と、ノアは慌ててそれを受け取る。広げて見ると、それは黒いレースのグローブだった。投げたのはハレだ。階段の下にはハレとトーマ、そしてシンとドボロがいた。

「つけてみろよ。サイズ、そんなもんで平気か?」

 「あ」とノアは、右手にだけ残っていた古いグローブを外し、ハレから受け取った新しいグローブを、両の手へと嵌めた。「ぴったりです!」

「ヨッシャ!」

 右手の親指を突き立てて、ハレは笑った。それから彼は、くるりと(きびす)を返しながら、「じゃ、行こうぜノア」と当たり前のように言った。トーマやシンたちも揃って向こうを向き、彼らがそのまま歩き出してしまうので、ノアは暫し混乱し、言葉を失った。立ち尽くすノアには目もくれず、ハレは言う。

「シンが俺たちの行くべき場所を教えてくれるってよ! この世の果ての地、なんて言われるとワクワクしちまうね! まったく、この世界は何処まで俺を楽しませてくれるんだか」

 「遊びに行くんじゃないんだぞ」とトーマ。「ちょっとは気を引き締めたらどうだ」

「そういうのは俺の性分じゃねえって。トーマが俺の分まで引き締めといてくれな。その代わり、俺がトーマの分まで調子に乗っといてやっからよ」

「気とか調子ってのは、他人の分をどうこう出来るもんじゃないんだよ……」

「まあまあトーマさん、細かいことは気になさらず!」

 額に手を当てて呆れるトーマの肩を、ハレは軽く叩きながら笑った。二人の会話をシンとドボロは、後ろから微笑ましそうに聞いている。和気藹々と進んでいく一同の後ろ姿を、思わずノアは呼び止めた。「あ、あの!」

 立ち止まった四人は、再びノアを振り返る。ジョッパーズパンツのポケットに、退屈そうに両の手を突っ込むと、あっけらかんとしてハレは尋ねた。「どーした? ノア。一緒に来ねーのか?」

 「で、でも……」と、ノアは狼狽した。ハレたちの言動があまりにも自然すぎたので、ノアは昨日、『ここから先は自分一人で行く』と言ったのが夢だったのではないか、とすら疑った。否、ノアの意識はあの時も今もはっきりとしている。確かに自分は言ったし、ハレたちはそれを聞いているはずだった。

 言葉が見つからない様子のノアに対し、ハレは痺れを切らしたように、「は~あ」と台詞のような溜め息を吐いた。

「言いたいことがあんならハッキリ言えよな、ノア。俺たち仲間だろ? (わり)ィけど、俺は勝手にそう思ってる。だから言う」

 ノアへと向かって歩き出し、ゴーグルをかけながらハレは続けた。

「一人で行くからついてくるな? 自分といると迷惑をかける? そんな御託はもうイイんだよ。迷惑上等、危険がなんのだ。それが仲間ってもんだろ。なあノア、俺はもう決めたんだ。それでもまだ、お前がついてくるなって言うならよ」

 ノアの目の前で歩みを止めると、ゴーグルのレンズ越しに、彼女の瞳へとまっすぐに目を向けて、ハレは言った。

「俺はお前についていかねえ、お前の前を歩いてやる。だからお前がついてこい。ついてきたくなきゃそれでもいい。俺は行くぜ。エンデラの森ってとこへよ。ついでにプリなんとかって奴も、この俺が目覚めさせてやる。ノア、お前がついてきても、ついてこなくてもさ。……でもよ」

 ハレの言葉に、ノアは闇の底へと沈んだ心が、救われるような気持ちになった。この人の言葉には、裏などないんだ。あり得ないほどまっすぐで、本気で自分を助けようとしてくれている。そしてそこに、利害を求めてはいない。ただ知ってしまったから。そして仲間になったから。それだけの理由で。

「ハレさん……」

「流石に俺とトーマの二人で行ったって、プリなんとかってのも驚くと思うんだよね。何しに来たの? って聞かれても、いやあ成り行きで、としか言えねーしな。だからよ」

 ゴーグルを額にかけ直すと、恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながら、「ついてきてくんねーかな、俺たちに」と、ハレは言った。その表情には、何処か何かを誤魔化すような、歪んだ笑みを彼は浮かべている。

 素直じゃない奴、とトーマは思ったが、口にすることはしなかった。

 ハレの瞳を見つめ返すと、小さく一つ、ノアは確かに頷いた。

「はい……!」

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