第一章 虎殺しの少女 九
伽羅も年頃。もう十三歳なのだ。結婚、もしくは婚約の話ぐらいは出ても当然であった。
父である独孤信は伽羅を手元にずっと置きたがっていたが、娘の成長につれ、そうもいかなくなってきたのだろう。
「ま、まさかわたくしを皇妃として差し出すとおっしゃるのではありませんわよね。
わたくしは『嫌でございます』とはっきり申し上げましたもの。
お父様だってよぉく覚えていらっしゃいますわよね?」
伽羅は青ざめて身を固くした。
「まあ、最初はそう思っていたのだが、虎を射殺すような娘をその意に反して皇妃にするなど恐ろしくて出来ぬわい」
はははと笑い飛ばす父の言葉に、伽羅はホッと胸をなでおろした。
「虎を射殺しておいて良うございました。
あれは家の者たちのためにしたことですが、回りまわって自分の身を助けることになるとは。
あのときの自分に褒美をあげたい心地さえ致しますわ」
この時代であれば、父の『決定』に娘が逆らう事は不可能である。
父から溺愛されている伽羅であっても、それは同じ。
しかも相手が皇帝であったなら、臣下の息女の分際で『後から断る』という手段も不可なのである。
「まったくお前という奴は。
はしたの妃として上がるわけでも、年が極端に離れた老人に嫁すわけでもあるまいに。
似合いの年の皇帝陛下に嫁すことをそこまで嫌がらなくても良かろうが。
陛下は教養深く、容姿もご立派であられるぞ。もったいない。
まあ良い。今更言っても詮無きことじゃ。
さて、そなたの嫁ぎ先であるが……」
父はもったいつけて喋り始めた。
娘の反応を楽しみたい。そういうやっかいな性分なのである。
伽羅はごくりとのどを鳴らした。
家格から考えれば『瑣末な官職の者の妾』ということはありえぬだろうが、年が大いに離れていたり、女好きで、すでに妾がいっぱい――――ということは十分有り得るのだ。
北周に国号が変わってよりは、むやみに漢風であるより、民族固有の文化に戻そうという方針が取られたが、すでに漢の習慣は定着している。富貴な者で妾を持たぬ者は希少だろう。
「そなたのお相手は楊将軍である。年は三つばかり上の若者だ。
この年で将軍であるということでもわかろうが、家柄も良いぞ。
安心いたせ。書を思う存分読むぐらいの贅沢なら思いのままだ」
「それで、その方は妾などは……」
「慎重に調べたが、持ってはおらぬ。堅物なのだ。
それと、奴は私の部下である。その父親もだ。
上官の娘を娶っておきながら、妾を置くなど今後も恐ろしゅうて出来はせぬ」
伽羅はまた、ホッと胸をなでおろした。
「……と、思うであろう?
ところが男とは困ったもので、それでも危険を冒して妾をこっそりと囲う者が多いのだよ。
しかし私は身奇麗で、将来も有望な読書家の若者を、ちゃんとそなたのために見つけてきてやった。
ここからはそなたの腕次第である。
夫の身も心もとろかして、他の女などに目が行かぬよう励むが良い」
「え……」
父はそう言うと、絶句する娘を前に豪快に笑った。