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独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女  作者: 結城 
第十章 親子の対立
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第十章 親子の対立 四

 政務を終えた楊堅が、僕射ぼくや(宰相)を務める高熲こうけいを残して後宮に戻れば、そこに仁王立ちした伽羅が待ち構えていた。

 美しいだけに凄みもある。

 楊堅は妻の気迫に押されて一歩さがった。


「陛下、武帝陛下(皇帝よう)の御代をお考えくださいまし。

 悪行の噂高き太子を早々に廃さなかったばかりに、臣民共に地獄の苦しみを味わったことをお忘れでございましょうか。

 息子を可愛がってきたのはわたくしも同じ。

 ですが『国の父母』となったからには『わきまえるべきこと』がございましょう」


 後宮では妻の伽羅が口を極め、後宮を出ると高熲が『太子の廃嫡を思いとどまるように』と口を極める。

 どちらも優秀で頭の回転が速く、理詰めで迫って来るので揚堅の心も揺れていた。


 そうして答えを引き延ばしているうちに、太子・楊勇は側妾たちに次々と子を産ませていった。

 太子の側妾たちは、その美しさだけを基準に選ばれている。

 そのせいか、身分も卑しく贅沢を好み、その実家もよろしからぬものが多い。

 せめて高熲の娘が孕むならマシだったのに、そちらには懐妊の兆しはないようだった。


「勇の側妾が、また子供を産んだそうでございますわね。

 どなさるおつもりでしょうか」


 楊堅を射る伽羅の眼差しは厳しい。


「もう六人目です。それも男児ばかり。

 知っておられますか?

 太子の男児を得たことで、側妾たちの親族が町で大きな顔をしてのさばっておりまする。

 その様は『宇文護の子息たちの再来』とまで噂されているようでございますよ?」


 そうなのだ。彼らは街で傍若無人に振る舞い、庶民を苦しめていたのだった。


 また一年が経った。

 その分、伽羅の顔は益々険しくなっている。


「ついに楊勇の子は十人を超えましたわ。

 うち四人は太子の息子としてふさわしい地位を与えぬわけにはいかぬ年齢に達しております。

 側妾たちや外戚の図に乗ることは全くはなはだしい限り。

 いったいこの責任をどう取られるおつもりでございますか」


 伽羅はまなじりを吊り上げた。


 この頃の太子の最愛は、得体も知れぬ女の中でも最たるものである『雲氏うんし』のものとなっていた。

 雲氏は妓楼ぎろう(娼館)の見習い出身で、その美しさに目を付けた商人が買い取って養女とし、太子に貢いだのである。

 男心をとろかす手管や、肢体をことさら強調した衣装。妖艶な笑みや色気のある化粧は妓楼仕込みのものらしい。


 雲氏を見出して養女にした雲定興うんていこうは、これまた太子の興味を引くのが上手い男であった。

 太子の宮殿にむやみに出入りし、女ばかりでなく、奇異な衣装や器などを扱う商人を連込んだ。


 太子は質素に飽いていたので喜んだ。

 大枚をはたいて買った奇異な装束に身を包み、街を練り歩くやら遊びほうけるやら。

 そう、側妾の親族ばかりでなく、ついに勇までが街で人々に迷惑をかけ始めたのだ。


 太子に苦言を呈する者はもちろん居た。

 だが、若い盛りの太子には、その心は届かない。


「未来の皇帝を何と心得る。この不届き者が。

 我が皇帝となったなら、お前とその家族を殺してやろうか?

 さすれば臣下どもは我をあなどることをしなくなり、不遜ふそんな口を閉ざすだろう」


 などと公言する始末。

 これでは宇文護の愚息どころか、かの悪皇帝と全く同じではないか。


 だから太子妃殺しの証拠が上がらずとも、人々は悪皇帝に向けていたのと同じ眼差しで太子勇を見る。


「それ、やはり太子様は気に入らぬ者はすぐに殺してしまう質なのだ。

 太子妃様を毒殺したのも、きっと太子様に違いない」


「おうおう。あの悪太子が即位したなら、酷い世の中が来るであろうの。

 昔の地獄に逆戻りじゃ」


 と、宮中でも城下でも盛大に噂された。


 ここで本人が危機感を抱けばまだ更生の余地はあったのだが、雲氏の義父が『この時』とばかりに忠臣ぶって太子にお追従を言うものだから、反省は一切ない。


 こんな義父を持つ雲氏である。

 当然ろくでもない女であった。


 太子の子を二人ばかり生んだが、化粧で整えた美貌はまだ健在で、太子にしなだれかかっては、あれも欲しい、これも欲しいとねだって尽きない。

 子を成したので位も最下級から上がり、『昭訓しょうくん』ともなっていた。


 とは言え『昭訓しょうくん』はそう高い地位ではない。

 隋代において、太子の妻妾位は『妃』『良娣』『良媛』『承徽』『昭訓』『奉儀』の六等級に分かれていた。


 『昭訓』は下から二番目の位に過ぎず『太子妃』とは雲泥の差がある。

 それを妬んだ雲昭訓が、怪しの輩から毒を持ち込み、最高位にある太子妃を殺すよう楊勇をそそのかしたのであろう、と広く囁かれていた。


 ただし、楊勇には聞こえているのかいないのか。

 その美しさ、妖艶さの前で、目じりを下げるばかりである。


 楊堅自身は伽羅の他に妃を持たず、九人の子供はすべて、皇后が生んでいる。

 それは楊堅の誇るべきことの一つで、後世にも、そのことを臣下に自慢した文章が残っている。


「奴の……勇の気持ちは朕には全くわからぬぞ……何故朕に似てくれなかったのかのう」


 そうため息を落すばかりである。

 でも恐らくは――――勇は父親に似たのだろう。


 とびっきりの美女に弱い父親似であったのだ。







これで第十章は終わりです。

お読みくださってありがとうございます!

感想、励みになりました(^^♪


ちょっとバタバタしていて今回はおまけ話はありません。

全部入れようと思っていたのに申し訳ない。(本編は全部予約投稿済みで、後書きのみ追加で書いてます)

後でこっそり何か入れているかも?


次章もお楽しみいただければ幸いです!

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