第十章 親子の対立 二
さて、後梁の姫君である蕭氏の高貴な麗姿は、伽羅と比べても美しかった。
若き日ならともかく、さすがの伽羅もこの頃は年を取り、少々衰えていたのだ。
皇后以外には興味を持たぬはずの楊堅なども、時々は彼女をうかがい見て、目じりをだらしなく下げている。
そのたびに、伽羅から冷たい眼差しを向けられて慌てるという有様ではあったが。
しかし蕭氏は『幸せな姫君』として育ってきたわけではない。
「わたくしは捨てられた子供ですのに、皇后さまのお目に留めて頂けて幸運でしたわ」
蕭氏は伽羅の前でほろりと涙を流した。
演技ではなく、本当に喜んでいるのである。
彼女は実に数奇な運命を背負っていたようで、それは赤子の頃から現れていた。
出身である江南地方では、二月に生まれた赤子は『不吉』とされ、殺されることが多かった。
蕭氏はその二月に生まれのだ。
しかし、珠のように美しい赤子である実娘を死なせるのは流石に忍びなかったのか、父とは縁を切って死んだものとし、子のなかった叔父・蕭岌の養女とすることとなった。
蕭岌は、養子に迎えるなら男児の方が望ましいと探していたが、皇帝の姫君ともなれば別である。しかも、この世の者とも思えぬような美しさを漂わせた赤子であった。
赤子が成長したあかつきには飛び切りの婿が取れると考えて、夫妻は彼女のみを養子に迎えた。
「まあ、ほんとうに美しいこと。
玉のようなかんばせとはこのようなことを言うのですね」
赤子の顔などすぐに変わるが、蕭氏は育つにつれて益々愛らしくなっていった。
蕭岌夫妻は『呪い』の存在などすっかり忘れ果て、これは拾い物だと大喜びであった。
「何か楽器でも習いましょうね。笛が良いかしら。琵琶も良いですわね。
評判の先生を探しておきますわ」
養母がそう言うと、養父も負けてはいない。
「文学についても学ばねばなるまいて。
退屈な女は疎んじられる。どんな名士も長じたお前を褒めずにはいられないほど素晴らしい女性となってくれよ」
そう言って、美しく着飾らせた小さな蕭氏を抱き上げる。
お稽古は辛くもあったが、蕭氏は養女。養父母への遠慮もあり、逆らわずに励んだのでめきめきと腕を上げた。
容姿だけでなく、素直な性格も喜ばれ、蕭氏は蕭岌夫妻に益々可愛がられた。
江南地方は中華内で最も文人を多く輩出した地である。
教養高い養父母からも日々手習いなどしつつ、蕭氏はおっとりと、幸せに育っていったのだった。
……しかし、ここで、二月生まれの呪いが発揮されてしまった。
「お義父さま、お義母さま、どうしてこんなお姿に……」
蕭氏は変わり果てた姿の義父母を前に泣き崩れた。
十二歳になった月のことである。
養父母ははともに、突然の事故で亡くなってしまった。
馬車で通行していたところを土砂崩れに巻き込まれたのである。
それは奇しくも、蕭氏が生まれた『呪われた二月』であった。
蕭氏の行方をどうするか、親族中で相談するがなかなか決まらない。
「いくら見目麗しく教養高くとも、養父母を死に追いやった不吉な娘を引き取るのは恐ろしいのう」
「そうじゃそうじゃ。
あれだけ可愛がり、金も惜しまずかけてくれた蕭夫妻に呪いを発揮しよって。
あれが成長したら、どんな災いを呼び込むか知れたものではない」
「普通の娘ならどこかに売り飛ばすことも出来ようが、皇帝の娘であっては流石にそれも出来ぬか」
親族の密談の場には幼い蕭氏もいるというのに、酷い言い様である。
蕭氏は身を小さくして結論が出るのを待った。
結局彼女は、母方の叔父・張軻の家で養われることとなった。
張軻の家は没落して貧しく、蕭氏に残された遺産をねらったのだ。
それなりに富貴に育ってきた蕭氏には、張軻のもとでの暮らしはつらいことの連続であった。
呪いを恐れた張軻は、彼女の遺産を使って粗末な離れを作った。そこに彼女を住まわせ、食事は下女に届けさせるのみである。
せめて下女が情け深い女であったなら救われもしたろうが、少ない給金で張軻にこき使われている下女にはそんなゆとりもなく、呪われた娘と口を利くのは御免だとばかりの態度であった。
蕭氏は一人きりでぼんやりと過ごすことが多くなった。
しかし苦境によって育まれた辛抱強さと清貧の美しさ、決して前には出ぬ控えめな性格、更には最初に引き取ってくれた蕭岌夫妻に仕込まれた教養の高さを噂に聞き、伽羅は彼女のことを調べさせ、夫に話して聞かせた。
「わたくしの故郷に『二月生まれの赤子』を忌む風習はございませぬ。
蕭氏を次男・広の正妻に推しますわ」
伽羅の言に楊堅もうなずく。
「朕の生まれ故郷にも無いぞ。国都長安にも無い。
今より八百年ほど昔、斉の公族・孟嘗君は五月五日の忌み日に生まれた。
忌み日に生まれた子供は『後に親を殺す』と信じられていたため父から捨てられたが、長じては父と和解し、実力を発揮して跡継ぎに指名されたと聞く。もちろん親を殺してもいない」
楊堅がそう語れば、心得たように伽羅が後を語る。
「孟嘗君は秦の昭襄王に求められて宰相となり、後には斉の宰相ともなって国を富ませたのでございましたね。
そのご高名は今も広く語られておりまする。
蕭氏の養父母の身に起こった災いは偶然でございましょう」
「そうとも。ただの迷信だ」
二人は揃って『呪い』を笑い飛ばし、不幸に揉まれながらも優しく美しく育った彼女に好感をいだいたのだった。
そうして後梁の皇帝に話を通し、張軻には大金を贈って蕭氏を引き取った。
彼女が十四歳の時のことである。
品のある美貌に、与えた衣装を纏わせると、果たして天女と見まごうばかりであった。
これなら良い。
面倒な親戚が後ろについていないのも、むしろ好都合。
それでいて後梁の姫君であるというのは、後梁を併合した後にも役に立つ。
政治的思惑も多分に含んでいたが、伽羅はを蕭氏を大層可愛がって磨き、質素を好む次男・楊広の妻として与えのである。




