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第九章 隋王朝 四

 さて内憂が全て無くなったかというと、そうではない。

 他人から見ればささやかな問題であろうが、楊堅個人にとっては重大な問題が持ち上がっていた。


 楊堅は皇帝となってからも伽羅以外に『妃』を持たなかったが、国内が安定した今、家臣たちが放っておくわけが無い。


 そもそも中国の皇帝は多くの妃を持つのが常識である。

 多い時代だと数千人。

 普の武帝(司馬炎しばえん)などは宮女を含め一万人の女性を後宮に囲ったという記録が残っている。


 そのすべて――後宮で働く宮女宮婢にいたるまでが皇帝一人のものとされるのだ。


 後宮内の女たちには身分の序列や寵愛の多少に従って、すべて官位が授けられていた。

 皇后を頂点に、妃たちは『内官ないかん』に属し、彼女たちの究極的な職務は皇帝の子を産むことである。


『宮官』には、後宮内で立ち働く女たちが所属した。

 下働き担当の、身分低い宮女や最下層の宮婢であっても、皇帝のお手が付けば『内官』に出世し、子でも孕めば更に高位へと出世できた。


 唯一後宮に入ることを許された男性は宦官で、これは全て『内侍省(ないじしょう)』に属している。


 皇后の地位は、悪皇帝のような例を除けば一名のみに与えられるのが通例であった。

 隋の『皇后位』は当然、伽羅一人のものである。

 他に寵愛を受ける妃もおらず、後宮内には伽羅と成人前の子供たち、少数の宮官と宦官がいるばかり。

 贅沢も言わぬので維持費は極端に少なく済んだ。


「しかし陛下、いくら皇后様の美貌が音に聞こえているとはいえ、後宮の華がたった一輪ではお寂しくはございませんか?」


 昔なじみの二、三の臣が、皇帝堅に問いかけた。


「陛下、この国にも美女は多うございます。

 中華圏域のほとんどを治める偉大な皇帝でございますのに、今のままでおよろしいのでございましょうか」


「そうでございますとも」


 その言葉を聞き、楊堅は慌てた素振りで臣下の口をふさいだ。

 威厳も何もあったものではない。

 まだ朝臣の一人であった頃の気安さが時々出てしまうのだ。


 別に浮気をするつもりはないが、皇后の情報網は広い。

 皇后は元々、麗華のために正殿に間諜を多く潜ませていた。今も政治の動向を探るために、多分健在であろう。


 いや、間諜から正確な情報が伝わる分にはまだ良い。

 恐れているのはあらぬ噂である。

 皇后は宮女に広く慕われているため、噂が一周回って誇張され、まことしやかに皇后の耳に届くことを恐れたのだ。


 楊堅の顔は尉遅迥の反乱を聞いた時と同様に青ざめている。

 このような有様が、伽羅に伝わったならなんとしよう。

 それが当面の楊堅の悩みであった。


 どのような美女を勧めようと、皇帝堅はうなずかない。

 しかし諸臣も負けてはいなかった。

 君主の心中など『読んでたまるか』といったていである。


「皇后様はお若くしてお子を産んでいらっしゃるのでまだまだお美しゅうございますが、孫もいらっしゃるお年でございます。

 そろそろ若い美女なども後宮に入れて、時々は皇后さまを休ませて差し上げても良いのではございませぬか。

 我が家の娘なども年頃となりました。美しいと評判でもございます。

 もしよろしければ宮殿に出仕させたく思っております。

 姿だけでも見てやっていただけませぬでしょうか」


「陛下、皇后様が格別であるのはわかりまするが、諸外国に対する威厳を保つためにも、形ばかりでも結構ですので百花を取り揃えて侍らせてはいかがでございましょうか。

 そのときにはどうか、うちの娘をお加え下さいませ」


 そうして皇后さまの隙を窺ってつまみ食いなさいませ――という、本音が聞こえてくる。

 全くぐらつかなかったと言えば噓になるであろう。

 それでも楊堅はそのすべて断った。


 少女であった頃の伽羅の願いを、皇帝となった後も守り続たけのである。


 後宮に戻ると伽羅が微笑んで巻物を差し出した。

 思わせぶりなその姿にドキリとする。

 開いてみると、ざまざまな華が描かれていた。百華の図である。


 これは益々まずいと楊堅は冷や汗をかいた。

 伝わったのは間諜からか、それとも宮女からか。


「陛下がお寂しい暮らしをなさっていると皆様が心配なさっておいでのようでしたから、わたくし、庭に百華を植えようと思いましたのよ。

 でも目を楽しませる人の少ない後宮では、あまり過剰に飾り立ててもったいのうございますものね。

 専門の庭師も増やさねばなりませぬし、その原資は国民からいただく税でございます。

 ですから、お父様が嫁入りの時に持たせて下さったこの『百華の絵』を思い出して持ってまいりました。

 これなら余分な国財を割く必要はありませぬ。

 こちらを飾って心を楽しませてはいかがでございましょうか?」


 楊堅は巻物の絵に目を通すと、またくるくると巻いて紐で閉じた。


「いや、お義父上様がお選びになっただけあって、素晴らしい品ではある。

 だが、あいにく百華を眺めるほどの時間はない。華は一輪で十分だ。

 だから、そちの似姿を用意いたすがよい。

 政務の休息時に眺めようぞ」


「そうでございますか。ではそうさせていただきますわ」


 にっこりと微笑むさまは、やはり誰よりも美しい。


 しかしその美しさを磨き続けてきたのは――――きっと夫たる楊堅なのだ。

 嬉しいときも苦しいときも、二人は手を取り合って助け合ってきたのだから。


 婚儀から二十年以上たっても、まだまだ新婚夫婦のような二人であった。





 





 

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