第七章 悪皇帝 四
皇帝となった贇は、父親が重用していた旧臣たちの粛清にも乗り出した。
父親と共に『がみがみと』贇をいさめてきた彼らには『恨み』しかなかったのだ。
また、彼が皇帝に即位してからも、何か事を起こすたびに文句をつけるのはこの旧臣たちであった。
「特に斉王(宇文憲)は父の異母弟なだけに発言力がある。
何とか奴を失脚させられぬものか……。
奴を除くことが出来たなら、旧臣たちも勢いを落とそうぞ」
悪帝はしばらく思案していたが、宗族でもある宇文孝伯を呼びつけた。
旧臣の中では『穏やかな物言い』が目立っていたので組し易いと踏んだのやも知れぬ。
「汝、 計略を練り、斉王を陥れよ。
朕に苦言を呈す筆頭が奴なのじゃ。許しがたいことである。
成功したなら、そちにはそれ相応の官位を授けようぞ。
もちろん、そちの親族たちも重用してやる。
斉王は用心深い上に支持者が多い。
どうにもやりにくいのだ。頼んだぞ」
宇文孝伯は皇帝に対しうやうやしく叩頭した。
その上で、
「恐れながら……」
と、言上した。
「先帝様は『肉親をみだりに誅することなかれ』と遺詔なさっておられました。
斉王は、陛下の叔父君でございます。
血筋は近く、功績はそびえる山のごとし。
その徳は、広く天下にも知れわたっておりまする。
彼を罪なく誅する手助けをするのなら、私は『不忠の臣下』となりまする。
陛下は『不孝の息子』となってしまいまする。
どうぞ、今一度ご一考下さいませ」
つまり言葉は丁寧だが『全く手を貸す気は無い』と、にべもなく断ったのだ。
悪帝は権力になびかず、仲間内で分裂することもせずに歯向かってくる旧臣たちを益々疎むようになっていった。
その一方で、皇帝の権力にすり寄る者も多くいた。
大抵は実家の威光で出世した小物や才のない不心得者であったが、そういう者は人品素晴らしき優秀な者を常に妬んでおり、この皇帝とは殊更に馬が合う。
皇帝贇は開府儀同大将軍の于智や鄭譯と共に陰謀を巡らせることにした。
三人寄れば文殊の知恵というが、悪漢が三人寄ったなら陰魔の知恵と言うべきか。
とうとう謀って、目の上のたんこぶ斉王宇文憲を皇宮の奥深くに呼びつけてしまった。
そうして酒を無理やり勧め、程よく酔ったところを見計らって叫んだ。
「それ、今である。殺せ!!」
皇帝は、別室に隠した大勢の壮士に命令した。
「陛下、なんたる卑怯な手口か。
どうしても臣を殺されるならば、私は死後、上は天帝様に訴え、下は冥界におられる先帝様に訴えて陛下を誅していただきますぞ」
斉王はそう叫んで抵抗したが、帯剣していなかった上に多勢に無勢である。
とうとう捕まって絞殺されてしまった。
その後も悪帝は斉王の幕僚を次々と呼び付けて、あの手この手で『斉王の謀反』と『自分の正当性』を偽証させようとしたが、とうとう誰も応じなかった。
「ふむ。罪をねつ造するというのは、中々に難しいものなのだな。
皇帝である朕のために偽証する者が誰もおらぬとは……」
ことが成就出来出来なかった悪帝は半ば開き直り、その後も斉王と縁の深かかった将軍達を次々と殺していった。
謀反の証言を捏造するまでもない。
気に入らなければ殺せばよい。
そう、悟ったのだった。




