第六章 楊麗華と幼妻 一
時は経ち、楊家から輿入れした麗華は十六歳となっていた。
母に似て、美貌は益々目を見張らんばかりである。
しかしながら太子、贇が更生することはなく、二人の間に愛情らしきものは芽生えなかった。
子もまだである。
両親の立場を思うと我儘は言えぬので、麗華は太子の機嫌などを適当にとりつつ、しかし内心はうんざりと過ごしていた。
今も手元にある献上品の金簪を弄んでいる。
しかし、それを髪に飾って夫を喜ばそうなどとは思いもよらない。
元々質素を好む父母に育てられた麗華である。
太子妃として見苦しくない程度の、最低限の装いにしか興味はないのだ。
「お父様もお母様も、いつも慎ましやかでいらしたけど仲が良くて……二人寄り添っていらっしゃれば、それだけで幸せそうでしたわ。
でも私は不幸ですわね。美しい衣裳も、煌びやかな簪も、私にとっては何の幸福ももたらさないものですわ。
むしろ……そう、邪魔な物かしら。
目立ってしまうと、寝所に呼ばれてしまいますもの」
麗華はぼんやりと、ひとりごちた。
抜きん出た美貌に加え、少女らしい透き通るような声質であるのに、そこに華やぎはない。
十五を過ぎぬうちは実際の夫婦生活は行わぬ約束であったが、毎日東宮後宮を訪れて厳しく目を光らせていた皇太后が、翌年亡くなった。
太子を見張れる、権威ある者が居なくなると、その約束もあって無きが如しである。
麗華にも両親のように愛し愛される結婚を夢見た時期はあった。
だが、なにせ十二歳での輿入れである。あれもこれもと具体的に夢を描いたり、恋したりする間もなかったので、そこだけは幸いと言えた。
特段の希望などは持たず、つまらないながらも早々に順応したのである。
また、夫の贇は大の女好きなので、麗華にばかり構うわけではない。
気に入った者は問答無用で手をつけ妃としている。
ただし、麗華は夫を愛していなかったので、他の妃たちに嫉妬なぞはしなかった。
それは贇に手を付けられた他の少女たちも同様である。
贇は、
「我が妃や愛妾たちは良く出来ておる。
よその女たちのように見苦しく嫉妬したりはせぬ。
婦徳を良く心得ているのは、夫たる我の徳と躾が素晴らしいからじゃ」
と、ご満悦であったが、単に妃たちから嫌われていただけである。
これが、もっと年を増してからの取り立てであれば太子の寵をさらって、男児を授かりたいと下心を抱く女もいただろう。
しかし、贇の妃や愛妾である美少女たちは、若ければ十二歳、若くなくても十五歳程度で泣く泣く悪太子贇のもとに来ている。
一人だけ三十歳近い妃がいるが、贇は明確に少女好みであったため、その寵もあっという間に薄れていた。
贇はそもそも暴力をふるう夫であった。
言う事を聞かなければ『天杖』と称した細い杖で女たちを叩くのだ。
それははしたの宮婢だけでなく、位を持つ妃であっても、子を孕んだ女であっても変わらない。
細いと言っても杖は杖。
しなって柔肌を打ち付けるので女たちには生傷が絶えない。
皆、贇の被害者として身を寄せ合っていたため、実家からの圧力よりも女同士の連帯の方がはるかに強い。
まして東宮で一番尊い女人である太子妃は慈悲深く、身分も年齢も問わずに優しいときているのだから、頼るべきはこちらであって、暴力夫に擦り寄ろうと思う者など一人も居なかった。
ただ上辺の微笑みを貼り付けて、なんとか暴力を受けぬようにやり過ごすのみである。
特段の楽しみもなく、外にも出られず、煌びやかな住まいにも衣裳にも飽いて暇を持て余した少女たちは、互いに寄っては他愛ないおしゃべりに花を咲かせた。
それだけが、彼女たちのささやかな楽しみであったのだ。
もちろんそれは、太子・贇の目に入らぬように気を配りながらのことだ。
贇のお渡りがあると告げられた少女は、使いの宦官の前では嬉しがってみせる。
杖で打たれては堪らないからだ。
しかし、使いが姿を消せば、たちまちに深いため息を落とす。
周囲にいる少女たちも、
「まあ、お可哀想に」
「適当にお相手して、お早うお戻りあそばせ」
と、密かに目で語るのだった。




