第五章 酔っ払い太子の妃 四
さて、皇帝邕の堅実ぶりが伝わったところで話を戻そう。
宇文護を排斥して一年が経った頃のことである。
「そなたの娘が欲しい」
御前に呼ばれた楊堅は皇帝邕に、そう声をかけられた。
現在十二歳である長女・麗華を所望されたのである。
楊堅にとって麗華は掌中の珠であった。
その掌中の珠を手放すのはもちろん寂しい。夫との年齢差もある方だとは思う。
しかし、皇帝はまだ三十歳になったばかり。
見かけだけなら二十代でも通用するほどに壮健で若々しい。
また皇帝に、直々に望まれたとあらば、大変に名誉なことである。
皇帝邕はすでに皇后も側妃も持っているが、合わせても六名。
楊家の家格であれば、娘は絶対に蔑ろにはされない。
確実に高位の妃となれるだろう。
どの妃も大切にされているせいか、後宮での争いも耳にした事が無いので安心だ。
麗華は『並ぶ者は一族の姉妹と母親だけ』と称されるほどに美しい少女に育っていた。
しかも夫婦に似て聡明なうえ、これまたどうしたことか、気性は伽羅に似ず穏やかである。
まさに皇帝の好みと合致していて、嫁げば婦徳をわきまえた素晴らしい皇妃となること間違いなしであった。
十二歳の童女といっても、当時の嫁入りは若い。
貴族であれば成人する十五才ぐらいが一番多く、遅くとも二十歳までの間に嫁ぐのが通例で、婚約であれば更に早かった。
もちろん、幼すぎる場合は結婚の体裁だけを整え、実際の夫婦生活は後年になる。
伽羅は、楊堅の子供を男女合わせて九人も生んでいるが、十四才で嫁ぎ、最初の出産は十七歳である。
実際の夫婦生活は結婚よりずっと後であった可能性は高いだろう。
それはともかく、皇帝邕に声をかけられた一瞬で、楊堅は、娘の幸福な未来などを目まぐるしく考えた。
何しろ我が国自慢の文武、人格、全てに優れたる賢帝の元に嫁げるのだ。
こんなに幸せなことはない。
年若いので、夫婦生活についても考慮してもらえるはずだ。
また、ほんの少しだけ自分の出世のことも考えた。
幸運に目をくらませた楊堅であったが、吉凶が転じるのは早い。
すぐに失意のどん底に落とされることとなった。
「そなたの娘をもらい受け、太子・贇の妃としたいのだ」
この言葉を聞いて、楊堅は目の前が真っ暗になった。
これこそが実は、楊堅の悩みの種――めったにせぬはずの深酒の理由であった。
皇帝邕が欲しがったのは、息子の妃。
そう、楊堅が密かに忌み嫌い、軽蔑していた皇帝の長子――あの色狂いの『酔っ払い皇太子』との縁談であったのだ。
年かさだけで見ると、なるほど、麗華とは似合いと言えよう。
丁度太子の二歳下なのだ。
しかし太子は全く親に似ず、評判はかんばしくない。
臣下の身で不遜ではあるが、太子の人柄は最悪だと楊堅は思う。
太子の最初の女は、太子の倍ほどの年の宮婢であった。当時太子は十三歳。
宮婢であれば太子の持ち物ではあるが、手順も踏まず、酒に任せてその場で見苦しく襲ったのである。
礼節を重んじる皇帝邕やその先帝であれば絶対に行わない仕打ちであった。




