第一章 虎殺しの少女 四
伽羅の父・独孤信が現在仕えているのは『北周』皇帝・宇文覚である。
年は十五。
少年と言った方がふさわしい、若き皇帝である。
妻子を置き去ってまで尽くした以前の主君・孝武帝は、すでに亡き者にされ、王朝自体がもう変わっている。
「伽羅よ、お前の猛々しさはまぁ、この私譲りであろう。
しかし美しさも私に似たのだ。もう少し身を飾ることを覚えてはいかがかな?
さすれば、皇妃ですら望めるものを」
独孤信がまた、ため息を吐く。もうこの亭に来てより四度目だ。
だが人払いを済ませた気安さか、どことなく楽しげな雰囲気をまとっているのは気のせいだろうか。
「皇妃でございますか? まったく興味がございませぬ。だいたい、この王朝も、いつまで続くのやら」
不穏な本音を吐けるのも、ここが人のおらぬ『亭』であり、壁に耳などはなく、侍女たちもすでに下がっているからだ。
「戦火が広がれば、絹衣も金簪も、はかなく炭と消えましょう。
ですが、書は良いですわ。もし焼けてしまったとしても、この頭の中に留めておくことが出来るのですもの。
今後がどうなろうと、どこまでも持って行けますわ。そうですわね……たとえそこがあの世であったとしても。
お父様も書がお好きですから、わたくしの、この気持ちもわかりましょう?」
独孤信は、若い頃は武勇優れた洒落者として有名であったが、今はある程度落ち着いており、むしろ読書家として名が通っている。
「まあ確かに。お前に大量の書を与えたのは、そもそも私であるしな」
独孤信は五度目のため息を吐いた後、気を取り直したのか伽羅に向かって悪戯っぽく笑った。
「時に伽羅よ。このたび家を空けておったのは、馬で駆ければ二刻の地に、高名な道士様がいらしていると聞いたからなのだ。早速忍んで行ってきたのだよ。
可愛いお前の運命でも占ってもらおうと思ってね」
その言葉を聞いて、伽羅は美しい眉根にしわを寄せた。
「わたくしのため?
あら、お父様も老いましたのね。わざわざそんな怪しげな者の言葉を求めに行かれるなんて。
運命とは――――自分の手で切り開くものですわ。少なくとも、わたくしはそう思っておりますの」
娘の冷たい視線など意にも介さず、父は続けた。
「まあ、そう言うな。こう、何度も仕えるべき主君が変わり、数奇な運命をたどると『不思議なもの』を信じたくなる時もあるのだよ。
お前は忘れておるかもしれぬが、一応私は、太保に加え『大宗伯』も務めておるしな」
大宗伯とは礼法、祭祀を司る官職を指す。
確かに祭祀を司る大宗伯が不思議を信じぬ主義では困ろう。
また、独孤信は動乱の世を駆抜けて来た。
彼が生きている間に『北魏』『西魏』『北周』と、王朝がもう三度も変わっている。
もちろん、主君もその度に変わる。
特に現在は『宇文護』と言う悪臣が宮廷を牛耳っており、彼の気苦労は底知れない。
国号が『西魏』から『北周』に替わったのも、実を言えばつい数ヶ月前のことであった。




