第二章 動乱の世と新妻 五
さて、悪臣・宇文護の独断に、亡き宇文泰の子飼い―――独孤信や楊忠など重臣たちは黙るしかなかった。
宇文泰の嫡子『宇文覚』は、十五歳の若さにしては教養もあり、なるほど、先帝よりも覇気がある。
「強力な外敵が西魏王朝を脅かしている以上、より適した者が帝位を譲り受けることはやむをえない。
このことは亡き叔父君だとて、きっとわかってくださることだろう。あれほどに民を思っていらっしゃったのだから。
そう、我が国の民を守れるのは、強く聡明な皇帝だけである」
と、言われれば反論もしにくい。
また、新帝に推薦されたのは恩人・宇文泰の嫡男である。
宇文護の叛意を警戒しつつも国を割って反乱を起こすわけにもいかず、ついに独孤信ら重臣たちは見逃してしまったのである。
さて宇文護であるが、もちろん叔父を想ってその嫡男を帝位に就かせるような男ではなかった。
宇文覚の『若き才』を見込んでというわけでもない。
本当は自分が取って代り『皇帝』になりたいところだが、それでは宇文泰の子飼いどもが黙ってはいない。
しかし宇文泰の嫡子である宇文覚を皇帝に据えるなら、彼らも渋々だが従うだろう。
まずは自分と同じ『宇文姓』の皇帝を立てて宇文姓の者が支配する国を造る。
次にその皇帝を自分の傀儡とし実権を握る。
そうして自身は『皇帝の従弟』という高貴な地位を得る。
いずれの帝位簒奪の際には『皇帝の従弟』という事実がおおいに役立つのだ。
『西魏』という国号も廃し『周(北周)』と変えた。
まことに目端の利く男であった。
そのあたりのきな臭い事情は、伽羅もそうだが楊堅もよく見通していた。
二人とも若くはあったが、抜群の才があったのだ。
「やはり宇文護でありましたか。
先帝様に禅譲させて王朝を乗っ取っただけでは飽き足らず、帝位に就けた『恩人の嫡子』までその位から追い落とそうとは。
人の好さそうな見た目に反して、ほんに腹黒いこと。
して、詳細は?
陛下の何をもって廃されると言うのです。
父はどうなりましょう」
冷静そうに見えても、伽羅の手は細かく震えていた。
父の命にもかかわってくるのである。さすがの伽羅も震えが止まらなかった。
楊堅も同様である。
「伽羅も知っての通り、宇文護という男は有能で、今やすっかり宮中を掌握してしまった。
昔の謙虚さはどこへやら。贅沢を好むばかりか、陛下の宣旨もなく軍事も人事も決めてしまう。
いかに陛下の後見人といえども僭越であろう。
腹に据えかねた陛下は、ついに悪臣・宇文護を暗殺しようとお考えになられたのだ。
そうして、とりわけ信頼を置いていた太保の独孤将軍や、同じく太保であられる趙将軍に密かに協力をお求めになられたらしいのだ」
楊堅の言葉を聞くと伽羅は青ざめ、ハラハラと涙を落した。
「その企てに父も加わっていたのでございますね。
では宇文護めは、何としてでも我が父を殺しましょうぞ」
「いやそれが、独孤将軍はその企てをお止めになられたのだそうだ。
家族も地位もある身で、若輩の頃のような軽々しいことをなされる方ではないよ。
正直なところ、在位一年弱の十五歳の皇帝陛下と老獪な宇文護では勝負にもならぬ。
お止めするのが真の忠臣と言えよう。
乗り気だったのはもう一人の太保、趙将軍の方だ。
こちらはすでに処刑を言い渡されている」
「では、父の命は助かりましょうや」
希望に顔を上げた伽羅の言葉に、楊堅は難しい顔で黙り込んだ。




