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独孤皇后物語~隋の皇帝を操った美女  作者: 結城 
第二章 動乱の世と新妻
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第二章 動乱の世と新妻 一

 貴族の結婚は儒教にのっとって『六礼りくれいの儀』をこなす必要がある。

 その作法は漢代には完成しており『礼記(らいき)』に詳しく記されいる。

 まずは六礼のはじめとして、すぐさま仲人が立てられ、続いて五礼までが滞りなく行われた。


 少々早いが、結婚が決まったことにより笄礼けいれいの儀(女性の成人式)も行われた。

 伽羅の艶やかな黒髪は高く結い上げられて、成人の証であるかんざしが差し込まれた。

 それは麗しい容貌を益々引き立て、白いうなじにはほのかな色香さえ漂わせている。


 そして新年早々、伽羅は楊堅に嫁ぐこととなった。

 いよいよ六礼の最後『親迎(シンゲイ)』の日が来たのである。


 親迎とは新郎が新婦を迎えるため、その屋敷まで出向くことをいう。

『婚』の字は昏い時刻に結婚式を行ったことに由来としているので当然、伽羅の婚儀も日没後であった。


 新婦を連れ去る前には、新郎は新婦の両親および先祖の祠堂しどう拝謁はいえつする必要がある。

 楊堅は緊張しつつもそれらを行った。


「娘をないがしろにしたら、どうなるかわかっておろうな」


 顔はにこやかだが、どすの利いた独孤信の台詞に冷や汗をかきつつも、楊堅はかしこまってうなずいた。もとよりないがしろにするつもりはないので、どうかされるはずもないのだが。


 拝謁が済めば新郎は、新婦を『花轎かきょう』という、花で飾った朱漆塗の輿こしに乗せて新郎の家まで連れ帰ることになる。

 楊堅は自ら手を引いて花嫁を花轎に乗せた。

 伽羅は年を越して十四歳になったばかり――いや、これは数え年であるので、実際には十三歳の初々しい花嫁である。


名家同士の結婚であるのに、思いのほかつつましやかであるのは花嫁自身の希望である。

 さすがに花嫁の乗る花轎や従者の行列、様々な道具を乗せた祝車は両家の体面にかかわるのでそれなりだが、鮮やかな朱の婚礼衣裳は伽羅の望みどおり、金糸の量がさりげなく抑えられていた。

 それでも精緻な吉祥刺繍が品良くほどこされていたので、見劣りどころか伽羅の美しさを益々引き立てている。これには嫁ぐ娘に対する父母の親心が詰まっているのだろう。


 しかし、伽羅はそれに居心地の悪さを感じていた。

 普通の娘であれば、美しい婚礼衣裳に気分も華やぐものであるが、柔らかく頼りない絹よりも、普段着ているしっかりとした麻衣の方が、伽羅の心を落ち着かせてくれるのだ。

 金細工に翡翠ひすいの珠を散らしたかんざしを挿すより、弓を手に持つ方が浮き立つのだ。

 そのせいもあったのだろう、気丈な伽羅も、花轎の中では少々心細くなっていた。


「嫁げばお父様、お母様とももう、一緒に暮らすことは無いのですね」


 ここからは親の直接的な庇護を離れ、夫次第の人生が始まる。

 ならば妾など作らせぬよう、精々父の言う通りに夫の身も心もとろかしてやろうか。


 しかし、狩猟と読書に明け暮れた自分にそのようなことが出来るのだろうか。

 伽羅は歴史に名高い美女たちを思い出しては自分に当てはめてみたが、どうもしっくりと来ない。

 

 こうなってはもう、開き直るしかない。

 なよやかさとは縁のない自分ではあるが、夫となる楊堅はそれでも良いようだ。

 自分らしく前進し、自分にしか出来ない方法で夫をとりこにし、幸せを掴み取るのみである。


 そう決意を固めるうちにも花轎は朱衣の先導者たちによって導かれ、とうとう楊家の正門へと到着してしまった。


 招き入れらた楊家での宴も、通例よりは慎ましやかだった。

 楊堅の母は家格にあった豪勢さにしたかったようだが、花婿やその父も、どちらかというと豪奢を好まぬたちである。

 加えて花嫁は、質素にすればするほど喜ぶ変人だから仕方ない。

 

 さて、紅蓋頭(花嫁の顔を隠すようにかぶる紅い絹布)が夫により取り去られたのち、伽羅は初めて義父母の姿をはっきりと目にした。

 虎を素手で倒したという義父・楊忠は、驚くほど背が高く筋骨隆々。まさに武将の鑑のような『いかつい男』であった。

 彼は独孤信同様、すでに老境に達してはいたが、長く伸ばした髭はまだ黒々としていて美しい。書で読んだしょくの関公(関羽)もかくやと思いながら、伽羅は義母に目を移した。

 義母の方は、おっとりとしていて、丸顔が優し気である。


「お義父様、お義母様、不束者ですが、どうぞよろしゅうお導き下さいませ」


 伽羅は新妻らしく、この二人にうやうやしく拝した。

 

 義父・楊忠は上官の娘である伽羅のことを、折に触れて聞いていたようだった。

 そのため、内心の心配が吹っ飛ぶほどに話は弾んだ。


「お互いに虎殺しであるな! 

 なよなよとして、戦話にすぐに気絶するようなおなごなら扱いに困るが、虎を相手に一歩も引かぬような豪胆な嫁を迎えることが出来たのだ。我が家の安泰は間違いなしだ」


 楊忠は高足杯を片手に豪快に笑った。

 伽羅も、


「いいえ私など、武具を使わねば虎も殺せない未熟者でございます。

 お義父様の勇姿こそ、見てみとうございました」


 と、麗しく微笑む。


 その話で盛り上がりもしたし、りょうの戦象軍団との戦いにまで話が及ぶと、伽羅は身を乗り出して聞く始末。

 最初は義娘の話を唖然と聞いていた義母であったが、そのような話は夫で慣れているのだろう。途中からは微笑みながら相槌をうち、童女とも言える伽羅の身の回りのことをことを細々と気遣う様子を見せた。


 楊忠は嫡男の婚儀を見届けた翌朝、任地である蒲州ほしゅうに戻っていった。

 蒲州は、中国神話に登場する五帝の一人『しゅん帝』の帝都があったと伝説に記されている。

 また、楊貴妃の故郷としても知られている。

 そこにしばらくの間駐屯するのだという。


 中華圏内には分立した国々があり、北方にも油断のできぬ国々存在している。

 外憂は多く、安定しているとは言い難い。

 まずは当面の敵『北斉ほくせい』との戦いに備えて楊忠のような猛将を要地に配しておかねばならぬのだ。


 さて、義父・楊忠に比べれば見劣りのする夫を持ったわけだが、意外にも伽羅の新婚生活は幸せであった。

 楊堅は伽羅を一目見た時から恋し夢中であったし、上官の娘でもあったので、義母にもそれは大切にされた。


「伽羅よ。本当に、今度の贈り物も書物のみで良いのか?」


「ええ。もちろんですわ」


 楊堅は伽羅のために度々贈り物をしようとしたが、ねだられるのはいつも書ばかりである。

 色気には欠けるが仕方ない。伽羅の喜ぶ顔が見たくて、楊堅はあちらこちらへと手を尽くして書を求めた。

 それをほっかりと暖められた冬の室内で二人して読むのだ。


 ただ読むだけでも、書はもちろん面白い。

 だが、同じ書を読んでいても、互いに目の付け所が違う。

 共に熱く語り合い、議論を尽くす。それは新しい発見にも繋がった。


 たとえ色っぽさに欠けていたとしても、伽羅にとっても楊堅にとっても、それは間違いなく楽しい時間であり、心を繋ぐ行為であったのだ。




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