第一章 虎殺しの少女 十四
『楊』の姓を持つ者など珍しくもない。
しかも楊堅の物腰は、武官というより文官を思わせた。
武勇も何一つ鳴り響いていなかったので、伽羅も『虎殺しの大将軍』と関連付けて考えることが出来なかった。
なるほど。だからこそ、楊堅は独孤信のホラ話を信じ込んでしまったのか。
素手で虎を倒す少女など、いるわけがない。まして、軍人でもない十三歳の伽羅にそんなことが出来ようはずもない。
少し考えればわかろうものだが、この少年の思い込みの深さに少女は頭を抱えた。
〈しかも父上め。おのが娘を捕まえて『不細工』とは何事ぞ〉
と、内心歯噛みする。
「でも驚きました。
こんなにもお美しい方であろうとは。
我が目を疑いました」
最初の無口はどこへやら。楊堅はとうとうと話を続けた。
どうやらこちらが素のようであった。
そしていきなり伽羅の手を取ったのである。
「どうぞ結婚をご承知願えないでしょうか。一生涯大切にいたします」
熱烈な求愛を受けたというのに、伽羅はいまだ柳眉に皺をよせたままであった。
どうやら二人して――――父に遊ばれていたようである。
そうだ。独孤信はそのような男であるのだ。
さて、楊堅の握る手も熱く、一時勢いに呑まれそうになった伽羅であったが、ハッと我を取り戻した。
「まず、虎でありまするが、組み敷いたわけではございませぬ。
書を読むのに疲れたときは、庭の木につけた小的に矢を射て遊んでおりましたが、たまたま虎が逃げ出して来たので射たというわけです」
強く頑丈なおなごが好きというこの少年、果たしてがっかりするであろうか。
いや、そんなことは全くなかった。
「そうでありましたか。しかしそれはそれで豪胆な。ますます気に入りました。
父は『梁』の持つ象軍団と対峙したことがありまするが、その時は弓矢を用い、敵将の乗る象の目を射抜いて混乱を起こし撃退したそうです。
きっと伽羅殿であれば、父のように戦象の軍団でさえ退けられましょうな」
と、言って感激したように握る手の力を強めるのである。
流石、父が連れてきた婿候補である。
父の目に叶う立派な変人だ、と伽羅は思った。
だが、そんな楊堅を『嫌い』とは思えなかったのはやはり、独孤信の娘だからだろうか。
それに父が連れてきたからには、家柄や、親の威光だけでなく『本人』にも何か光るものがあるに違いないのだ。
一生の選択に、悩まし気に眉を寄せた伽羅は、ふと思い出した。
「縁談というのは、良いものから順に持ち込まれるものでございますよ。
後になればなるほど、小物かろくでなしに――――」
と、侍女たちが言っていたことをである。




