駆引
得体の知れない何かに正面から襲われた
こ、これは・・
「わぁ~元気ぃ~どおしたん!!」
胸に飛び込んで来たのは飼っているチワワくんだった
頬ずりをしながら10メートル先にある自宅のドア付近に目をやると
薄暗闇の中に見るからにガタイのいい男のシルエットが立ってこちらを見ていた
もちろん夫だろうと思ったが、ケンカの余韻を引きずっていたので
駆け寄っていって抱きつくようなことは控えてしまった
犬を先に寄こしたということは、きっと夫の方も仲直りのきっかけを探しているに違いないと思った
「おい!キミのご主人様はキミを偵察隊としてこっちに寄こしたのかい?」
抱きかかえた犬のしっぽが左へ右へと素早く交互に動き
それがまるで車のワイパーのように彼女の視界を部分的に遮り
先に立っている男の風貌を更に見えにくくした
この時、恥も外聞もなく夫の名前を呼べばあっちから返事があったかもしれないし
逆にあちらから迎えに歩み寄ってくれたのかもしれない
夫の方から声を掛けてくれたらもっと良かったのに・・
「オレだよ、ごめんね」って言ってくれるだけで全てが元のさやに収まるはずなのに・・
仮に、
「オレの名を言ってみろ」って言われたらジャギ確定だし
「部長~ボォクでぇ~~す」って言われたら竹中直人かあるいは部長より役職が低い立場の人だろう
それをしてくれなかったということは、
やはり夫サイドもケンカの後始末を引きずっているのかもしれない
私が会いたいのはジャギなんかじゃない!!
夫よ!愛する夫なのよ!!
もう彼が北斗神拳を伝承しようがしまいがかまわない!
ただ・・生きてさえくれれば・・
犬を胸に抱いたまま、彼女は速足で玄関まで駆け寄った
その、ガタイのいい男=愛する夫であること、を証明する為に・・・
しかし玄関先には既に誰もいなく
使用期限切れ直前のくたびれた消火器と、風情のある陶器の傘入れだけがお互いの距離を保っていた
玄関には鍵はかかっておらず
きっと照れくさくて中に入ったんだわ!
そう思った彼女はドアノブを回して引いて慌て気味に中に飛び込んだ
中に入った瞬間!
彼女は度肝を抜かれる光景を目の当たりにするのだった!






