戦隊ヒーロー世襲制 ~必殺バレンタイン~
こちら以前書いた短編『戦隊ヒーロー世襲制』の、バレンタイン番外編になります。
単品でも読めるよう前作のあらすじもついていますが、前作の後書きに人物紹介を書いていますので、そちらの方を読んでからが一部わかりやすいかもしれません。
俺の名前は富坂 臙脂。
とある悪の組織にて、エリート怪人となる筈だった男だ。
だけど何の因果か、本気で悩ましいんだが……今の俺は、正義の戦隊ヒーロー(レッド)をしている。
だってあいつらが、ヒーローは基本世襲制だって言いやがるから。
そもそも、俺は孤児というヤツで。
拾われた当初から人並み外れた身体能力(乳幼児期は主に怪力)を発揮してきた結果、当然の如く人々に遠巻きにされた。
下手に近寄ると誇張じゃなく大怪我をすること必至の危ないヤツ(物理)だと思われていたし、事実そうだったのだから仕方がない。
だがそんな俺のことを、たった一人必要だと言ってくれた人がいた。
それが俺の養父……悪の組織で怪人の改造手術を一手に担う、博士だった。
俺は博士に拾われ、悪のエリート怪人としての道を踏み出した。
とはいっても、それも簡単な道ではないし、すぐになれるものでもない。
俺は様々な努力をして、怪人に生まれ変わった。
その、怪人として生まれ変わる為の改造手術を受け。
術後の経過を見ながらの、最終調整を受けていたタイミングで。
俺達が所属していた悪の組織が、壊滅した。
本部は木端微塵、幹部の方々は勿論、組織の長も全てアジトと運命を共にした。
それをやったのは、日本の平和を古くから守って来た忌々しい正義……ヒーローって奴らで。
俺と博士は南海の孤島にある秘密研究所にいた為、難を逃れた。
命は助かった。
幸い、大事な恩人である博士も無事だ。
だけどそれ以外の全ては失った。
しかも博士はショックでボケた。
拠り所であり、後ろ盾であり、博士にとっては生涯を賭けて研究を捧げてきた組織。
それを失った俺達は、あまりに無力だった。
まず、金がない。
住むところも職もない。
世の中ってものは大変厳しく、特殊な背景を背負った俺と博士に世間の風は冷たかった。
生きる糧を得る為には、なんとか金を調達しなくてはいけない。
だがある意味世間知らずで浮世離れまっしぐらの俺単独でどうやって金を稼げと?
組織という後ろ盾を失った今、派手な悪事を働いて目立つのはまずい。
……となれば、当面は真っ当な手段で金を稼がなくてはいけない訳だが。
そう、雇用関係というやつだ。
しかし高校に行かずに悪の組織に入った俺の最終学歴は中学校。
しかも23歳の今に至るまで、何をしていたのかが丸っと空白。
面接で何やってたんですかと聞かれても、まさか悪の組織に加入して悪事を働く為の英才教育を受けていましたとは言える筈がない。
そんな俺がまともに就職できる筈もなく、なんとか滑り込む事の出来たバイトを掛け持ちして糊口をしのぐ。そんな毎日。
当然だがボケ発症中の博士の面倒を一日中見ていられる筈もなく、介護支援を受けられる当てもなく。
目を離せない博士を何とか借りることのできた安アパートの一室に軟禁するしかない状況に、精神が苛まれる。
俺は毎日、じりじりと確実に追い詰められていっていた。
悪の組織で様々な経験を積んだつもりだったが、そのどんな高難易度ミッションでも覚えたことのないような消耗の毎日。
あのままあと半年も過ぎていたら、もしかしたら何かやらかしていたかもしれない。
そんな時だった。
精神的に崖っぷちまで追い詰められていた、そんな時だったんだ。
あいつらが、俺の前に現れたのは。
あまつさえ、俺のことを「お兄ちゃん」なんぞとほざいたのは。
俺の前に現れた、見知らぬ3人組。
そいつらは俺のことをずっと探していたのだと言った。
俺達が所属していた組織を壊滅させた、正義のヒーロー。
そいつらはその、正義のヒーローの一族の人間で。
内一人は、俺の実妹なのだと声高に訴えてくる。
話によると、俺は生後間もなく行方不明になった、現在のレッドとグリーンの実子で。
……戦隊ヒーロー(レッド)の後継者なのだと。
理解を頭が拒否するような話だった。
今さら何を言うのかと、俺が思っても仕方ないだろう?
孤独に放り込まれて、20年以上経っているんだぞ。
それなのに今更、血の繋がった家族とか。
今更、正義がどうのとか。
俺は悪の組織の、エリート怪人……になる筈だった男。
俺の家族は、悪の組織に身を捧げて生きた博士一人。
それが俺だ。
その矜持がある。
正義の側に来いと言われて、誰が素直に頷ける。
奴らを追い返そうと思った、俺に。
穏やかに笑んで、迎えの1人が言った。
「お給料出ますよ」
正確に言うともっと違う言葉だったが、要約するとそう言った。
正義のヒーローは命を賭けて正義を守り、国を守り、民を守る。
体も命も全てを張って戦い続けるからこそ、国からの支援金が出るのだと。
結構な高給取りだと、耳元で囁かれて。
とどめに放たれた一言で、俺の矜持は屈服を余儀なくされた。
「勿論、博士さんの介護支援もこちらで手配しますよ」
――そうして、今現在に至る。
俺は正義のヒーロー達の里で、来る実戦に備えて他のヒーロー達と連携を深める為に訓練の毎日を送っていた。
俺の前歴を知っている奴の中には顔をしかめる者もいるが、概ね歓迎されていた。
何故なら正義のヒーローは……完全なる世襲制、だったからだ。
だが一つ、誤算があるとするならば。
俺も、正義の里の奴らも予想しなかった誤算があるとするならば。
たった一つ、迷いなくこれと言えるものがあった。
……今まで、そりゃ俺の他に悪の怪人から正義のヒーローに転身した奴はいなかっただろうさ。
だからこそ、予測なんて誰もしていなかった。
こんなことになるなんて、前例が無さすぎて。
俺は元怪人の、現正義のヒーローで。
しかし改造手術を受けて怪人になったせいか……どうしても変身すると、ビジュアルが怪人になってしまうんだ。
そんな俺への不信の声は、当然ながら余計に増えた。
外野を構っている余裕はないが、放っておくと煩わしい弊害が発生しそうだ。
だけど、取敢えず。
当面の目標としては……戦闘訓練の度に敵と間違えて攻撃される回数を減らすなり、なんなり対応をどうにかしたいものだ。
俺の前歴に由来する弊害を懸念しながらも、なんだかんだと数か月が過ぎ。
未だ変身すれば外見が怪人と化すものの、そこそこ正義のヒーロー達にも慣れてきた頃。
俺は一人の小生意気なガキと遭遇した。
「ごめんなさいね、臙脂さん。ひいおじい様ったらはしゃいじゃって……」
「……トージロー爺さんのあの元気、どうにかならないのか?」
「本当にごめんなさい。こんなに沢山、訓練なのに打ち身だらけにしちゃうなんて……おばあ様に叱っていただかないと、だわ」
「ぴんく、そこの打ち身は青桐の仕業だ」
その日、俺は戦闘訓練で爺と調子に乗った暴力ドS女にしこたま痛めつけられ(同士討ち)、実を言うとむしゃくしゃしていた。
特に青桐、あいつだ。あいつ、もう外見でも俺を味方と認識していやがる癖に、未だに認識できていないふりをして蹴りつけてきやがる。
あいつに作られた打ち身は、一目瞭然だ。何しろ他とはえぐさが違う。
「……確か、つい3日前くらいに、お付き合い出来そうだった男性に振られた、と」
「そういえば食堂で酒飲んでクダ巻いてやがったな」
可哀想な気もするが、その鬱憤を俺にぶつけるのは止めろ。
戦闘訓練の見学をしていたぴんく……現『ピンク』の曾孫にあたる女が、見かねて休憩と手当をかって出てくれるくらい、その日の俺はボロボロだった。
どうやら原因は、また青桐が男に逃げられたことにあるらしい。
あの女、外見は悪くないんだけどな。むしろ良い部類だろ。
それでも好感触だったはずの男に度々逃げられるってことは……問題は内面しかないな。
きっとあの人の暴力的な面が滲み出てたんだろ。そして男は敏感にそれを察知して逃げる、と。
ああ、きっとそれだ。それしかない。
「三日後は、バレンタインでしたのにね。その日に告白するつもりで、有名パティシェの限定チョコも用意した……と」
「そういえば嬉しそうに言っていたな。決戦前に夢破れて山河あり状態だが」
「あ、臙脂さん。それ『国破れて山河あり』が正しいそうですよ」
「…………俺、中卒だし。間違えて覚えていても仕方ないと思わないか?」
「いえ、中卒じゃなくても割と一般的に多い間違いかと」
医務室に、俺とぴんくの声が響く。
訓練の後だからだろうか。
なんだかとても静かに感じ…………たのは、この時までだった。
唐突に。
廊下の、遠くの方から。
どたばたと響く足音が……こっちに向かってくる?
それは、今まで聞いた覚えのない足音だった。
知らない奴が向かってくるな、と。
それでも人の出入りが多い正義の里の訓練施設だ。
こんなこともあるだろうと思っていたんだが……
「富坂臙脂はここか――――!!」
スパーンと開かれた、医務室の扉。
肩で息をする、仁王立ちのガキがそこにいた。
12,3歳といったところの、やせっぽちな坊主。
というか今、こいつ、俺のことを呼び捨てにしたか?
「あ゛? 誰だ、お前」
「う……っお、お前が富坂臙脂だな!?」
「質問に答えろ。お前は誰だ」
「臙脂さん、この子は火野 照穂君。臙脂さんのはとこに当たる一族の子ですよ」
「そっそうだ! 俺の名前は火野 照穂! 富坂臙脂、お前さえ現れなきゃ俺が次のレッドになる筈だったんだからなー!」
その言葉で、何となく察した。
此奴が俺に向けている感情も、わざわざ俺を探しにきた要件も。
「富坂臙脂! お前、レッドの座を賭けて俺と勝負しろ!!」
やっぱな。
そうだと思った。
だが俺の答えは一択だ。
「嫌だ。勝負しても俺にメリットがないだろ」
安定した高額報酬の約束されている現職はガキなんぞに渡さん。
「な、なんだと……? 正義の執行者の座を賭けた勝負に、メリット!? 化けの皮が剥がれたか、富坂臙脂! 悪の教えに染まったお前が、正義を名乗るなんて分不相応だ!」
「……こいつガキの癖に暑苦しいな。いや、ガキだからか? 化けの皮も何もはじめっから被ってねーっての」
「あら、臙脂さん? 被っていらっしゃるじゃありませんか。ヒーローの上から、怪人の皮」
「あー……そんな感じの解釈か?」
「俺を無視するなぁ!!」
「誰も無視してねーよ!」
「言っておくけどな、才能も素質も潜在能力も、俺の方が『レッド』として相応しいんだからな!?」
「才能、資質、潜在能力……意味がほとんど同じだろうが、馬鹿が。言葉統一して国語の勉強頑張って出直して来い」
「な……出直す!? その必要はない、ここで決着付けてやる! お前を倒して、レッドになるのは俺だー!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ、ガキの甲高い声に。
色々な物が重なって苛々していた俺は、元から希薄な大人げってやつを彼方に放り捨てた。
面倒くさかったんだ。
とにかく、ガキを黙らせて追い返すことしか考えていなかった。
だから、俺は。
変身してなくても、俺には生まれ持った馬鹿力だのなんだのがあったから。
それ任せに、やらかした。
どごおっ
「っ!!?」
「……勝負とか言ったか、ガキ。勝負したいって言うんならしてやっても良いぜ? 俺と勝負出来るんならな」
右の拳は、背面の壁を殴りつけた姿勢のままで。
壁が砕けて一気に風通しの良くなった空間の前、崩れ落ちる瓦礫の音も気にせずに。
俺はガキの顔をゆっくりと眺めてせせら笑った。
だが俺は、目の前のガキを見縊っていた。
それをすぐに思い知らされることになる。
「しょ、しょしょしょしょ、しょ、勝負、するって……言ったな?」
「あ?」
「げ、言質取ったからな!? よ、よ、よし! そんな訳で…………え、えっと、その、あ、りょ、料理勝負だ!!」
「はあ!?」
「お、お、俺、何の勝負するとかまだ言ってないもん! けどお前、俺と勝負するって言ったぞ! 言ったからな!?」
「いや、ここは普通に考えて戦闘能力に関した勝負だろ! 戦隊レッドだぞ? 料理の腕を競ってどうする!」
「そ、それでも前言撤回はなしだろ! だってお前、勝負するって言ったんだから!」
「チッ……」
どうやら、ビビらせ過ぎたらしい。
壁を砕くのはやり過ぎだったかもしれないが、効果は高いと思ったんだ。
思ったんだが……それで怖気づいて、しかし引くに引けずに料理勝負を申し立ててくるとか誰が思う?
そして俺は、破壊的な感情に任せて動くと碌なことにならないということを、身を以て知ることとなった。
「臙脂さん……」
「……ハッ ぴんく!」
「こんなに派手に壁を壊して……」
「あー……」
「照穂君とちゃんと勝負、して下さいね?」
「……」
「本人も料理の腕でレッドの名は奪えないと、ちゃんとわかっている筈です。どんな形でも一度戦えば、きっと納得してくれるでしょうから」
「…………」
「いいですね?」
「……わかった」
俺は半ば以上自業自得で。
まだ中学のガキと何故か料理勝負をすることになった。
けど、まあ。
することになってしまったものは仕方ない。
俺は悪の英才教育を受けた男……どんな形であれ、最後にはどんな手を使ってでも勝利するべく定められた男だ!
勝負を前に引き下がる訳にはいかない。
こうなれば全力で、本気で戦ってやろう。
俺は訓練施設の厨房にて、ガキと対峙し宣言した。
先程までの気乗りしない様子を忘れたように、堂々と。
「――来い、ガキが。10歳を前に将来の孤独死を覚悟した男の料理の腕、見せてやる!!」
「宣言が重い! 重い上に辛い……! やめろよ、そういうこと言うなよ。俺が切なくなっちまうだろ!?」
こうして戦いの火ぶたは切って落とされ……ようとして。
「しかし勝負だからな……判定の基準をより付けやすくするには、何かお題が必要だな」
この時の俺は、迂闊だったとしか言いようがない。
何故、何故もっと……背後に気を配っていなかったんだ!
気付けていたら、もっと変わった結果になっただろうに!
後から悔やんでも、まさに後の祭り。
俺は背後に忍び寄る人影があることも気付かず、言ってしまった。
「誰か、何か適当なお題を付けてくれないか」
「じゃぁ…………バレンタインの本命チョコ、なぁんて……どぅかしら?」
背後から気配なく、俺の胸に回された腕に。
背筋を這い上るような、妄執に満ちた声に。
俺の全身を怖気が駆け巡った。
俺と相対していたガキが、俺の背後に何を見たのか。
目を見開いて、絶望に満ちた青い顔をしている。
きっと俺も今、このガキと似たような顔をしているんだろう。
「な、な、な……なんで、此処にいる。青桐!!」
「やぁだ、怒ることないでしょ。背中から抱きついたくらいで……それよりお料理勝負なんでしょ? お題は言ってあげたわよ」
「………………あ?」
理解したくない。
さっきの言葉は耳に入ったような気が無きにしも非ずでもやっぱり錯覚だと思うが、どうであろうと理解したくない。
だが無情にも、俺の背後からいきなりの登場を果たした女は、はっきりと言い切った。
「お題はバレンタインの本命チョコ。私の為に二人ともきりきり作ってよ」
「なぜ……」
「私が。私が、私が! 作ってほしいからよ!!」
清々しいまでに、混じり気のない声だった。
混じり気のない……我執に満ちた声だった。
「私にちょうだいよ。チョコ、ちょうだいよ……愛が欲しいのよ、私だってぇぇえええ……!」
言い切って、叫んだ後に。
女の切れ長の目が潤む。
そのまま顔を覆って蹲り、酒臭い息を漂わせながら呻くような声を俺達に聞かせてくる。
「うっうっう、うぅ……健文さぁぁん…………私のこと、綺麗だって言ってくれたのに。可愛いって言ってくれたのにぃぃ……」
俺は、今まで23年生きてきた。
対して長くも短くもない時間で、人生経験も時間換算ではそこまで積んでる方じゃない。
だけどそんな俺でも、短くも濃い人生で、1つだけ真理を見つけていた。
――酔っ払いには逆らうな。
大酒呑みだった悪の組織の某幹部と関わる中で、実体験として学んだ掟だ。
何をどうしても、どうせ良い結果には終わらないことが分かりきっていたとしても。
自棄酒かっくらって赤らんだ顔のまま、目を潤ませて青桐は言った。
「二人とも……美味しいチョコ作って、私にちょーだい」
けど変なことで目を付けられても堪らない。
これで本当に美味しいチョコレートを献上、なんてことをして……ターゲットにされたら大変だ。
チラリと、目の前のガキを見る。
奴も俺と似たような悲壮な顔をしていて。
どうやら同じことを思ったようだと、当たりをつけた。
だったら俺がやることにも、少しは協力させられるだろ。
「――よし、わかった」
「えっ!? 富坂臙脂、マジか……っ?」
「ああ、マジだ。マジで……青桐、いやブルー! エプロンをつけろ!」
「え……? わたし?」
「そうだ。今から……本命チョコを、作るぞ」
「…………え? どういうこと?」
「俺達が協力する。お前を振ったって男が驚いて後悔するくらいのチョコレートを作ってやろうじゃないか。お前は、これだけのモノが作れる良い女なんだぞ……って女子力見せてやれ。だから、ブルー。一度振られたことなんか、気にするな……俺達と一緒にチョコを作って、それ持ってもう一回告白に行って来い」
自分の身を守る為なら……見知らぬ一般人野郎の身柄の一つや二つ。
いくらだって、生贄に捧げてくれる……!
俺の代わりに餌食になるが良い。その為のお膳立てなら余念なくやってやる。
下手に手を抜いたら、俺の貞操が危ないからな……!
うっかりこの暴力女に掴まろうものなら……俺の余生が暗黒に染まる!!
俺は音もなく身に迫る危険を回避する為に、かつてなく必死になっている自分を感じた。
悪の組織の教えに従い、どれだけ焦ろうが必死になろうがポーカーフェイスで隠し通したがな。
「臙脂、くん……っ そんなこと言われたら、わたし、わたしっ」
「ほら、涙は止めろ。顔を拭け。そしてエプロンを着るんだ! 相手の男を見返してやれ! 惚れられてなかったんなら惚れさせるつもりでいけ!!」
「うん、うん……!!」
「ま、マジかよ……勝負、どこいったんだ!」
「……お前、このまま青桐に手作りチョコ捧げてうっかり気に入られるのと、チョコ作りのアシスタントになって安全圏に逃げるの。どっちでも好きな方を選んで良いんだぞ?」
「よ、よーし★ どんな男のハートもとろけさせるようなチョコを作ろうぜ、愛海姉ちゃん!」
「やだ、照穂ったら良い子に育って! あら? 良く見ると格好良くなってきたわね……」
「ひ、ひぃ……っ! 御勘弁を!」
「? なぁに、変な子ねぇ……それで臙脂? あの人の度肝を抜くようなチョコってどんなの作るの」
「度肝……いや、度肝を抜く必要は………………いやいや、そうだな。ハートをズドンと射止めるようなチョコか」
「あんたが言い出したんだから、何か案があるんでしょうね? 男側からの意見って興味深いわぁ。どんなチョコが愛されるのかしら。ついでにどんなチョコなら私が愛されるのかしら」
「……中々に難易度高いな。だが、そうだな……やっぱり個人差があるんじゃないか? 味覚や趣味は人それぞれだろ。その、健文? そいつの好みは?」
「さあ? 知らないわ」
「おい」
「わかんないわよ! どんなチョコが良いかなんてぇ!!」
「……おい、ぴんく! 厨房備え付けのレシピ本コーナーあっただろ。ちょっと菓子作りの本を持ってきてくれ」
「ええ、ちょっと待ってね! 本気モードのレシピ本が確か、バックヤードに……」
「おい、どこまで本を探しに行くつもりだ」
「ふふっ 本気過ぎて一般的な難易度を飛び越えた本が確かあった筈だから。誰も参考に出来なくって、仕舞い込まれているのよ」
「………………俺に、俺達に作れるのか? それは」
案の定、ぴんくが持ち出してきたレシピ本は俺達には難易度が高過ぎた。
……どうしてプロ用の本格レシピ本なんてあるのか知れないが。
それよりも難易度を落とした製菓のレシピ本を漁り、俺達はどんなチョコレートなら男受けするかを本気で考察した。
この場の四人中、半数は野郎だったが真剣に考察した。何故なら我が身がかかっていた。
おまけに四人中、一人は酔っ払いだ。
もう頼みの綱は真っ当な女であるぴんくだけだと言って良い。
男として意見を言うにしても、23年間孤独を親友に生きてきた俺では荷が重すぎる。
大衆の掲げる一般論がわからない。
そして照穂ってガキもまた、中坊故に踏み入った事情には明るくない。
俺達は手探りで、何故か青桐の恋路を成就させる為の本気チョコ作りに当日まで明け暮れた。
相手の健文って男が完全に青桐のことを切り捨てていたのなら……僅かも脈がなかったとしたら、痛いだけの三日が過ぎていく。
そして、バレンタイン当日。
俺達はついに完成させた。
ホワイトチョコ仕立てのウェディングケーキを――……!
………………………………ウェディングケーキ、を?
「……って、阿呆か――――!!!」
俺は叫んだ。
叫ばずにはいられなかった!
「ちょっと人が目を離した隙に何作ってるんだお前らは!! バレンタインの告白用にウェディングケーキっておかしいだろ。明らかにおかしいだろう!? 何をどう暴走してこうなったんだ!」
その日、俺は所要があって。
三日間チョコ作りに四人で明け暮れた厨房に、やって来るのが遅れた。
だけど三日の間に試行錯誤して、何を作るのか、どんなデザインにするのか等の検討はばっちり完了していた筈だというのに。
な・ん・で、当日蓋を開けてみればウェディングケーキなんてドン引き間違いなしの物体を作り上げてんだ、こいつらは!
いくら俺が世間に疎くとも、浮世離れしていようとも、情報を交換する相手のいないぼっちだったとしても!
それでもいくらなんでも、これはおかしいって一発でわかるぞ!?
どこの袋小路に迷い込んで、どんな迷走したっていうんだ。こいつらは。
「あ゛ー……買い込んだ材料使い切りやがって。当初の予定じゃタルトケーキの筈だっただろ! 今から新しい材料買いに行く余裕はないぞ!? どうするんだ、これ!!」
「え、臙脂さん、臙脂さん落ち着いて!」
「ぴんく……あんたのことは、常識人だって信じてたんだ。信じてたんだぞ、俺は。なのに、この始末……!」
「臙脂さん、私も来たばかりですから! 私が来た時には、既にこの五段重ねウェディングケーキはほぼ完成していましたから! 私がどうしようって立ち尽くしている間に臙脂さんが来たんですよ!」
「じゃあ……下手人は青桐と照穂の二人か。残念ドSとガキの二人、な……どうしてこうなったか説明しろや、おい」
「な、何かまずかったかしら……」
「何か、じゃねーよ。何もかもまずいだろ。こんな手作りケーキ持参で告白に来る女がいたら、俺なら迷うことなく脱兎で逃げるぞ。だってどう考えてもヤバい気しかしない」
「どうせなら格調高く、とか、最終形態とか……照穂がそんなことを言うから!」
「なっ 俺だけのせいにしないでくれよ! 愛海姉ちゃんだって尽す女のアピールにこれ良いとか乗り気でウェディング仕様にデコってたじゃん!」
「そうか、アウトだな。お前ら二人ともアウトだ」
どうしてくれよう、この二人。
我が身可愛さで青桐の恋路を応援していたっていうのに……本人がぶち壊しやがった!
「あ、あの、臙脂さん、そんなに落ち込まないで……」
「これが落ち込まずにどうしろっていうんだ……? 三日間費やした時間を、ほぼ無駄にされたようなもんだろ。これじゃドブに捨てたも同然だ。青桐の明るい未来を」
「止めて! 勝手にドブに捨てないで!」
「捨てたのはお前だ、自分で捨てたことに気付けこの残念女!」
「臙脂さん、そのへんで! そのへんでどうぞ御寛恕を! このウェディングケーキも過剰なデコレーションを撤去して分解したらどうにか再利用できそうですから! もうこの際、それで手を打ちましょう? ね? ねっ!?」
「…………もう時間も材料も残ってない。それで行くしかないか。くそ……っ今までの試行錯誤が全部無駄か! 五時間かけて遠方の製菓専門店までハートのタルト型探しに行った俺が馬鹿みたいだろ……」
「……臙脂兄ちゃんって、割と完璧主義だよな」
「なんか言ったか、ガキが……こっちはもう余裕ねぇんだよ。くだらないことにこれ以上時間を費やすつもりなら……削るぞ、身長」
「材料と時間無駄にしてすいっませんでしたぁ!!」
「もうぴんくの言う通りウェデングケーキをバラして土台にするしかない。デコレーション用の材料、今どのくらい残ってるんだ!?」
「「………………」」
「黙るな。正直に申告しろ、正直に」
「……このくらい」
「……ほとんど残ってないな。やっぱりか」
「臙脂さん、緑香ちゃんが……」
「はっ? 緑香がどうした?」
このくそ忙しい中で、ぴんくが物言いたげに俺の腕を引く。
何かと振り返って見てみれば、厨房の入口の所に……俺の妹だという女子高生が、一人。
「あ、あ、あの……おにいちゃん、これ! その、わたしが作ったの! その、その、その、受け取って!!」
「は? 作った? ……って、チョコか」
「そ、それじゃ、それだけだから! さよなら!!」
「あ、おい待て!」
向こうからやって来たんだから引きずり込m……手伝ってもらおうかと思ったんだが。
何が恥ずかしいのか、顔面を鬼の面の様に真っ赤に染めあげ、チョコを俺に渡すだけ渡して身をひるがえす妹。
その鋭い身のこなしに、ヒーローの血筋の成せる業を見た。
後に残されたのは戦場と、俺と、手の中のチョコレート。
じっくりと眺めてみると、中々に出来栄えが良い。
義理には見えないな……大きさも手頃、ラッピングもすっきりと纏められていて品が良い。
中身は贈る側のことを考えてか、素っ気無くならない程度にシンプルで、目に煩くにならない程度に華やかだ。
「……ふむ」
「あ、あの、臙脂さん……? 緑香ちゃんのチョコをじっくり眺めて、その……何を?」
俺にそう問いかけるぴんくの目は、「まさか、やる気じゃないよね?」と露骨に疑ってかかっている。
どうやら俺の品性に疑いを持たれているようだ。
その疑い、見当外れだとは言うまい。
俺は悪のエリート怪人、になる筈だった男。
悪の英才教育を受けた……根本は、悪の申し子だ。
どんなに悪いことだろうが、良識を持った人間が胸を痛めるようなことだろうが。
俺には関係ないと、全て飲み干し支配してみせる。
……まあ、胸は痛まないし、実行に躊躇いがないにしても。
それでもやるかやらないかは、また良心の在り処とは別の話だけどな。
世間をにぎわし、男女が色めき立つ2月14日。バレンタインデー。
元は兵士の里心を封じる為に結婚が禁じられた、古代ローマ時代……その禁に逆らい、結婚を取り持った聖人に由来する日。
結婚したくてしたくてしたくて堪らない、渇望に身も狂わんばかりになっている男女にとっては、実に御利益の期待できる日だ。
そんな日に、ここにも結婚を望む女がひとり。
彼女が結婚できることを……俺とは関係のない、遠くで幸せになることを祈り。
巻き込まれた俺と、ぴんくと、照穂の三人は。
急ごしらえで(俺達が)用意する羽目になった本命チョコレートを抱え、健文とかいう男の職場へと旅立つ女を見送った。
今日は火曜日、平日だ。
逃がさず捕まえろ。
狩人の戦果がどんなことになったのか。
知らずにいられたら、俺にとっては幸いである。
最後まで読んでくださって有難うございます☆
以下、今作で初めて出てきたキャラの紹介。
火野 照穂 12歳
臙脂とは母方の又従弟に当たる。
まだ若年ながら素質には光るものがあり、正義の戦隊レッドを目指していた。
臙脂が見つからない間は、自分が次のレッドだと信じていたが……
目の当たりにした正統後継者である臙脂との能力の差を間近で見せつけられ、実は密かに凹んでいる。
小延 健文 36歳
ブルーとは友人の結婚式で出会ったごくごく普通の一般的な会社員。
ブルーが正義のヒーローだとは知らないし、普通の女性だと信じ切っている。
最近職場の派遣社員(24歳)にアプローチされていて、どうやらそちらを取った模様。
これから彼に降るのは果たして祝福のライスシャワーか深紅の血の雨か。
バレンタインということもあり、会社帰りに件の派遣社員とデートの予定を立てていたが……
どんな修羅場が展開されたかは、正義の里の誰も知らない。
そして彼の身命の無事に関しても、正義の里の誰も知らない。