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始まりのアリア



「果て……」

 自転車から降りて、アリアは覚束ない足取りのまま前に進んだ。

 エフピーシックスは自転車のスタンドをたて、彼女の様子をじっと見守ることにした。

 正解は分からなかったが、きっと残酷な結末になる。

 幸福は相対的だ。

 動物園で飼育されている動物たちは、きっと不幸ではない。サバンナを走り回る同種がいるということを知らなければ、彼らは自分達が幸せだと信じたまま死ぬだろう。

 比べるべく他人がいなければ、自分が幸せかなんてわからないし、少なくとも不幸だなんて思わない。

 都会があるから田舎を嘆くように、他人がいるから不幸だと思うのだ。


「……」

 足を止めたアリアはまっすぐ水平に腕を伸ばした。

 感の鋭い少女だと、改めて思った。彼女が立ち止まった三十センチほど前に、透明な壁がある。


 世界で一人きりになった少女はなにを思うだろうか。

 人類が滅んだことを知らなければ彼女は他があると信じたまま、幸福に暮らすことが出来たのではないか。

 それでもエフピーシックスはアリアの意思を優先させた。

「ロク……あのね……」

 アリアの指先は壁にピタリと触れていた。壁の先に雑草が生い茂るアスファルトが伸びているのが見えた。

「わたし……」

 彼女の言葉は震えていた。

「わたしね……」

 すべてを悟ったらしい。

 少なくとも予感はあったのだろう.

 ハエを追うように定まらぬ視線がエフピーシックスを捉え、涙の粒が一筋彼女の頬を伝った。

「うっ、うっ……っ」

「ありあ……」

 エフピーシックスが声をかけると同時に堰を切ったように、涙が溢れた。

 声を押し殺し、うずくまり、顔をしかめて、悔しさにうちひしがれる少女に、エフピーシックスはかける言葉など持ち合わせていなかった。

 すがるように透明な壁に手をあて、すべてを知った。頭を巡る疑問を口に出さずただひたすらに泣き続けた。


 小一時間、そうしていただろう。

 気持ちを落ち着けたらしいアリアは立ち上がり、エフピーシックスに微笑んだ。

「終末みたいだね」

 涙はなく、笑顔だった。不思議と晴れやかだった。

 どんな心境の変化が訪れたのかはわからないが、エフピーシックスはなにも答えず頷くだけだった。


「ロク、あのね。お願いがあるの」

 おおよその予想はついていたが、エフピーシックスはその先の言葉を聞きたくはなかった。

「向こうへ行きたい」


 壁の内にも外にも人類はいないが、外には危険が潜んでいる可能性がある。

 内には平穏があるが、外には混乱がある。

 なにがあるのかわからない。

 その事を伝えてもアリアの答えは変わらなかった。

「向こうへ行きたい」


「悪いけど、自分はいけない」

 正直に告げた。

「壁の中でしか、稼働できないんだ」

 エフピーシックスの稼働領域はアリアの生活圏内に限られている。

 もしアリアが外に行くというのなら、壁内に残されたアンドロイドたちは機能を停止し、外星生命体に回収されるだろう。

 命令に反したエフピーシックスを残して。

「ロク、そんな」

 それは外に行っても同じだ。

 アリアが覚悟を決めた以上、自分もすっぱりと別れなければならないし、自分がいる限りアリアの行動は常に外星生命体に監視されることになる。それは嫌だとなんとなく思ったのだ。

「だから、アリアに外に行ってほしくない」

 自身の未来を語ることなく、エフピーシックスは率直にお願いをした。

 優しいアリアは、エフピーシックスの機能が停まると知れば、内側に残ると決めるだろう。

 だけど、それは彼女の本当の意思ではない。

 彼女の意思を妨げるのは、やってはいけないことだ。

 だからエフピーシックスはアリアがどっちの道を選んでも彼女のことを常に思っている、というスタンスを取ることにし、一縷の望みを少女に託すことにした。

「ごめん、ロク、私は一人でも向こうに行くよ」

「ああ、知ってたさ」

 アリアの返事を聞いてエフピーシックスは静かに目を閉じ、壁に手をあてた。


 ガラスが割れるみたいに蜘蛛の巣状にひび割れがおこり、壁は崩壊した。

「さ、アリア」

「うん」

 エフピーシックスが作った穴を通り、監視者がいない外の世界へアリアは一歩を踏み込んだ。


 壁がみるみると直っていく。自動修繕機能が働くように出来ているのだ。冷たい風が彼女の髪を撫でた。

「ここで待ってる。辛くなったら戻ってきなよ」

 自転車を急いで穴から出して、エフピーシックスはアリアに声をかけた。

「うん。ロク」

「だから、また声をかけて」

 きっと、そんな日はこない。

 エフピーシックスはずっと、ここで立ったまま、朽ちていくだけの物体だ。

「わかった。わかったよ、ロク」

 床に散らばった破片が逆再生のように壁に戻っていく。

「そうだ、アリア、これ」

「わっ。なにこれ。柿?」

「夕御飯にもならないけど、食べて」

 壁を挟んで放り投げられた鍵を胸に抱きアリアは「ありがとう」と叫んだ。

 二人の間の壁はみるみると修繕していく。

「ロク、ねぇ」

「アリア」

 壁は元のように完全に修復した。

 透明なガラスのような壁。アリアはそこに唇をつけ、目を閉じた。また、一筋涙が落ちる。それをぬぐうことはできずに、エフピーシックスは壁越しに唇を重ねた。

 赤い夕日は遠くの山に落ちていく。

 未来も日暮れを迎えた。

 夜はいつ明けるのかわからないが、またすぐに朝日が昇るよ、とエフピーシックスはかすれ行く意識の中で思った。





 ロクと別れ、私は歩き出した。

 目的地はないし、なにがしたいのかもわからない。これは自分探しの旅だろうか。

 ただ、どこか遠くへ行きたいのだ。

 私のように生き残っている人を探す旅に出るのも悪くないのかもしれない。

 だけど、いまはただ歩きたかった。

 きっと将来この選択を後悔するだろう。

 だけど、未来の私がなにを思おうと、今を生きることのほうが私には重要なのだ。

 それに、思い込んだってしかたない。

 未来の私が笑えるように、ただひたすらに歩くことにしよう。

 ロクからもらった柿に口をつける。

 仄かな甘味を口内に感じ、夜空に輝く星を見上げた。






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