最果エクスプローラ
天真爛漫な少女と触れ合ううちに、エフピーシックスの思考回路は故障してしまったのかもしれない。
彼の目的はアリアに違和感を与えないことであり、それはすなわち真実を求める彼女の手助けをする、と勝手に解釈することにした。
とはいえ造物主の意思に逆らうのは、間違いなく禁忌である。
エフピーシックスは自転車のパンクを直しながら、考え続けた。
昔の作家が唱えたロボット三原則というものは、自分にも適応されるのだろうか。
人を傷つけてはいけない、命令に逆らってはいけない、その二つに触れない限り自分を守らなければならない。
命令に逆らい利益を害した自分はきっと廃棄されるだろう。アリアを傷つけることはなかったが、
「守れたのは、一つだけか……」
ぼそりともらした独り言は至極人間じみていた。
太陽が西にわずかに傾いた頃、自転車の修理は完了した。
アリアの手作りチャーハンを食べながら、エフピーシックスは彼女の話を真っ正面から聞いた。
「もしあれが夢じゃなかったとすると、いま生きてるこの世界はやっぱり偽物なんだと思う。世界が滅びる前に隣の世界に逃げるなんて計画があったの」
味はしないし、ただスプーンを口に運ぶだけの作業をするエフピーシックスにアリアが落ち込んだ声で話しかけてきた。
「世界が滅びる?」
「うん。何となく記憶にあるだけだからたぶん、間違ってると思うけど」
「詳しく聞かせて」
「テレビでやってたの。アメリカで世界の滅亡に備える人たちが増えてるんだって。たしか……ブレッパーズっていったかな。その一派の人たちが紹介されてて、私はよくわからなかったんだけど」
「その人たちがどうかしたの?」
「実験、してたんだ。隣の世界へ逃げる。波動関数がうんたらって。でも失敗したら質量保存の法則で無事だったはずの世界を滅亡に追い込む危険があるんだって」
「……」
ほぼ間違いなくその答えは間違いだろう。人類が滅んだ理由なんて深く考えてもわからない。アリアが思う解答がどの程度の信憑性を持つのか、不明なのは変わりないが、エフピーシックスは静かな微笑みを表情として貼り付けるだけだった。
お昼御飯を食べ終わり、鍵を祖母の部屋から取ってきたアリアは青空を反射させるホイールを見て「ほわぁー」と感嘆の声をあげた。
「すごいね!」
「これくらい。なんでもないさ」
後輪に設置されたロックを鍵を差し込み解除する。バチンと小気味よい音をたてて、車輪は自由を取り戻した。
ハンドルを持って、前に押し出す。
カラカラと車輪が回転する音が空虚に響いた。
エフピーシックスから自転車を受け取ったアリアは小さく「ありがとう」とお礼を言った。
これで、もう、お別れだ。
エフピーシックスは自身の思考回路にえもいわれぬ感情めいたバグが去来するのを感じた。
「アリア、それじゃあ……」
サドルに股がり感慨深そうに目を閉じてるアリアをエフピーシックスは送り出すことにした。
「ロク! 乗って!」
「ん?」
「はやく行こうよ」
至極当たり前のようにされた提案に、エフピーシックスは文字通り面食らった。
まさかと思ったが、予想外の行動を取るのが淵野辺アリアだ。
エフピーシックスは胸が熱くなるとは今のことを言うのだろうと解釈した。
が、想定通りに進まないのが彼女が彼女たる由縁だろう。
アリアが運転手の自転車は前に進まず、横にばたんと倒れるだけだった。
「アリア、きみ……」
「まって、もう、すぐなれるから!」
「二人乗りしたことないの……」
「いま、してるからいいじゃんか! 私、決めたの、果てはロクと一緒に見るって……」
「そうだね」
横倒しになった自転車を起き上がらせるアリアを見てエフピーシックスは彼女の肩に優しく手を乗せた。
「代わってアリア」
危なげもなく二人を乗せた自転車が走り出す。歯車を軋ませるようにペダルをこぐ。
線路沿いの秋の道路を自転車は、滑るようにまっすぐに世界の果てを目指して転がり続けた。
アリアのコートの裾が向かい風にはためいている。
季節は冬へと移り変わろうとしていた。
「わたし、ロクでよかった」
背中に感じる温もりと別れの季節がやって来たことをエフピーシックスは静かに悟っていた。
静かな夕暮れだった。
誰もいないし、生き物の気配すらしない。そんな黄昏時に、二人は町境にたどり着いた。
「ロク、どうしたの?」
ブレーキをかけ、自転車を停めたエフピーシックスにアリアは怪訝そうに尋ねた。
町境といっても道路に印があるわけでもない。へんてつもない普通の道の真ん中で急に止まったら、どんな鈍感でも疑問に想うだろう。だが、この境界が特別であることをエフピーシックスは知っていた。
「ついたよ」
「え?」
「世界の果てに」
外星生命体が作成した透明な壁の前に。




