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忘却テンプレート


 授業が終わり、アリアは乱雑に教科書とノートを自分の鞄にしまうと、足早に学校をあとにした。彼女は帰宅部で、特段仲の良い生徒もいない。エフピーシックスもそれに続いた。

「ロク、やっぱり奇妙だよ」

 昇降口を出て、閑散とした商店街を抜ける。

「なにが?」

 帰り道、田んぼの畦道の横で少女は呟いた。

「今日、休憩時間の度にトイレに行ったんだ」

「頻尿?」

「そういうことじゃなくて……」

 周囲の視線を気にするようにあたりを見渡してから、彼女は続けた。

「個室にこもってジッと息を潜めてたんだけど、誰一人として来なかったの」

「学校でトイレするのは恥ずかしいみたいなところあるからね」

「それに、ゴミ箱……」

「ん?」

「いつも空なの。中があるのは掃除のときだけ」

「……」

「なんか、変だよ。あの学校」

 田舎の夕暮れとともに、アリアの瞳が不安で揺らいでいた。アキアカネが風に逆らい飛んでいた。

「……」

 エフピーシックスはなにも答えられなかった。何を言っても彼女の疑念をぬぐい去ることは不可能に思えたからだ。

「いや……」

 アリアは言葉を続けた。

「おかしいのは、この町全体……」

 日が落ち、辺りは暗くなる。等間隔に並ぶ街灯が頼りない灯りで田んぼを照らしていた。 

「……そうだ、ロク……」

「なに?」

「手を繋ごう」

 すっと、右手を差し出される。

 少女は耳まで赤くしていた。

「なんで?」

「……なんとなく……怖くなってきちゃった」

「いいよ」

 素直に受け取って笑い合う。

 アリアの手のひらは温かかった。


☆☆☆


 信じたいけど、無理なこともある。

 ロクの手のひらは冷たい。どんな冬よりも、ずっと。


☆☆☆



 一日が終わり、就寝時間が訪れる。

 エフピーシックスはインターネットに接続し、過去のアーカイブスを掘り起こしていると、昨日と同じようにアリアがノックをして、部屋に入ってきた。タオルケットを持っている。

「ロク、一緒に寝よ」

 照れ、などは一切ない。力強い瞳をしていた。

「いや、一人で寝な……」

 言葉は最後まで紡がれず、ベッドに強く押し倒される。

 タオルケットがふわりと視界を支配した

 二人でタオルケットをかぶる様子は不健全の極みだった。

 しかしながら、おかしい。エフピーシックスの思考回路はマニュアル外のアリアの行動でショートしそうになった。

 アリアは奥手な女の子だ。こんな熱烈なアプローチを行うはずがない。

 それに、エフピーシックスの容姿は女型である。

 いままでの彼女の様子から、アリアが同性愛者である可能性は著しく低い。

「ねぇ」

 耳元でアリアの声がした。

「あなた、誰なの?」


「……」

 問われてエフピーシックスは自身の五感を母艦の受信体に接続することにした。

「ねぇ」

 通信には時間と集中がいる。無言になって口を結んでいると、急かすようにアリアはエフピーシックスの視角レンズを覗きこんだ。

「ちゃんと話して」

「……」

「布団を被れば見られてる感じがなくなる。だからこのまま話をさせて、ロク」

 少女の真っ直ぐな感情に、エフピーシックスは五感のリンクを中止にすることにした。情にほだされた訳ではなく、アリアに第三者との接続がばれたときのリスクを考えたからだ。

「そもそも私はおばあちゃんと暮らしてたはず。あなたはどこから来たの? お金は?」

「アリアのおばあちゃんの妹の孫だよ。アリアのおばあちゃんは市内の病院に入院してるよ。お金は仕送りでなんとかなってるよ」

「嘘よ」

「ほんとだよ」

「ありえないよ。そんなの」

 アリアは唇を引き結ぶと、そのままエフピーシックスの胸にとんと頭を乗せた。

「音がしない」

「静かな夜だね」

「違うよ。ロク、あなたの心臓の鼓動が無いって言ってるの」

 アリアのつむじに顎をのせ、エフピーシックスは考えた。

 返答を間違えたら疑惑は確信に変わるだろう。

「それじゃあ、死んじゃてるじゃん」

「ロクは生きてるよね?」

 命の定義がわからないので、本来ならば、答えはひどく曖昧なものになるのだが、アリアの望む答えくらいは簡単に導き出せた。

「うん」

「でも、ロクの手、冷たかった」

「冷え性なんだ」

「ほんとうに、ロクは生きてるんだよね」

「生きてるよ。なんでそう思うの?」

「ここが、死者の国なんじゃないかって……、私、バカだよね、そんなこと思ってた」

「そう。なら安心してよ。君の周りに死者なんていない」

「……そう、だよね。ふふ、ごめん、ロク、昨日、風邪をひいて、少しおかしな気持ちになっただけだから」

 細胞がある生命体のことを生者というなら、エフピーシックスは生者にはならない。だが、それを告げることが残酷なやり方であると判断し、なにも言わずに視角を遮断した。

「おやすみ、アリア……」

「……おやすみ。ロク。また明日ね」



☆☆


 他人を傷つける真実なら、嘘という布で刃を包むほうがずっといい。

 ロクはそういう人だ。


 ううん、ごめんね、ロク。

 私、気付いてる。


☆☆



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