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未定カタストロフィー


 次の日の朝、アリアは風邪を引いた。

 三十七度の微熱だが、頭痛が酷いらしい。エフピーシックスも看病で学校を休むことにした。

「だめだよ。ロクはちゃんといかなきゃ。今日テストが」

 ごほごほと咳き込むアリアを見て、エフピーシックスはため息をついた。もちろんパフォーマンスである。

 学校なんてもとよりアリアが行かなければ機能なんてしていない。

「いいんだよ。今日は君の面倒を見るから。先生にも連絡してある。それで、アリア、なにか食べたいものある?」

「桃の缶詰め……」

「待ってて。いま作るから」

「……つくる?」

 もちろん食材などない。それどころか畑の手入れをする人間がいないのだ。動植物は居住区外に溢れているが、アリアが好む加工食品などは存在していない。

 アリアは味覚障害だ。彼女もそれに気づいているはずだが、面と向かって言われたことない。舌を噛みきったことと精神的症状が重なりあった結果である。

 故に彼女が食べる料理のすべてが、畑などを管理しているアンドロイドが作成した簡単な生野菜か自然由来の川魚などであり、今回の要求のような加工食品などあるはずがなかった。

 データベースにアクセスし、判明した桃の缶詰めをどのように彼女に提供するか、エフピーシックスは考えた。

 そのものの形に作成するのは簡単である。味もアリア相手なら誤魔化せるだろう。

 母艦と繋がっている戸棚から、外星生命体が作成した「桃の缶詰め」を取りだし、エフピーシックスはアリアが横になるベッドに戻った。

 横たわるアリアに缶を差し出す。

「はい」

「食べられないよ」

「なんで?」

「封がしてあんじゃん」

「ああ、ごめん。いま開けるよ。はい」

 ぱきん。缶を事も無げに開けたエフピーシックスを『ぎょ』っとした目でアリアは見つめた。

「どしたの?」

「缶切り使わないであけたの?」

「……缶切り要らないタイプだったんだ。それより、ほら、桃だよ」

 中の桃をつまみ、アリアの口に持っていく。垂れたシロップが布団にシミを作った。

「……あーん」

 アリアは文句を言うでもなしに、エフピーシックスの摘まんだ桃をパクリとくわえ、咀嚼した。

「おいしい」

「それはよかった」

「もう一個」

「はい」

 桃と一緒にペロペロと指をなめられる。

「なんでなめるの?」

「ロクの指って……冷たいね」

「そうかな」

「うん。冷たくて気持ちいい」

 照れ笑いが赤く染まった。熱のためかもしれない。

「……お休み」

 そのあと直ぐにアリアは寝た。


☆☆☆☆☆☆☆


 缶切りを使わないで缶詰を開けられる人間は、相当マッチョにちがいない。すくなくともロクの細腕では不可能だ。

 桃は、……やっぱり、味がしなかった。

 あの日から、私の舌が味を感じることはなくなった。

 だけど、体温を感じることはできる。スープが暖かいか冷めているかぐらいはわかるのだ。

 ロクは。

 いや、いまは、寝よう。深く考えると頭が痛くなるし。

 なにより、退院してからずっとなんか調子が悪い。


☆☆☆☆☆☆☆



 アリアが住む町は、川と森に囲われた自然豊かな町である。

 平成の大合併で自治体が集まってできた比較的新しい町であり、元々は総人口三千人ほどの小さな村だった。

 主要都市に住んでいた彼女が地方都市以下の町に住むようになったのは二年ほど前からだ。

 アリアの両親は離婚しており、彼女は転勤族の父親についた。小中校は転校を繰り返していたが、高校入学を期に、単身祖母の家で暮らすことになったのだ。もちろん、彼女の祖母は人類が滅んだときに行方不明になっている。

 アリアは現在、エフピーシックスの家に居候している。滑落事故で頭を打ち、退院はしたもののしばらく病院が近い親戚の家に住むことにした、そういう設定である。

 現状ほころびは起こっていない。

 祖母の代わりを勤めるのがエフピーシックスであり、人の感情の機微がわかるように外星生命体の高度技術が施された特別製だった。

 エフピーシックス以外の町民は下位タイプのNPCであり、簡単な受け答えはできるが、複雑な動作はプログラムされていない。

 アリアに違和感を感じさせないための、フォロー役がエフピーシックスである。

 といって難しいことはない。

 アリアはもとより町に馴染んでいないからだ。

 田舎の人間は温かくない、とはアリアの談であり、転校癖で深いコミュニケーションをとることを極端に恐れてきた少女の方針だった。


☆☆☆☆☆☆


 四ヶ月前、遠くの町で父さんが死んだ。

 お医者さんは過度なストレスだろうと言った。食べられなくなって、生理が止まった。

 だからという訳じゃないけど、立ちくらみがして、学校行事で私は足を滑らせた。

 身を案じてくれたおばあちゃんのお陰で、私は今を生きている。 

 そういえば、

 と、私ははたと思い出した。

 おばあちゃんはどこにいったの?

 今更、気がついたことに、私は一人で恐怖した。


☆☆☆☆☆☆




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