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空想ノスタルジア


 かつての三和村は、人口の五十パーセントが高齢者により構成された、俗にいう限界集落だった。

 四国の山間部に位置し、第一次産業のみで構成された、滅びゆく協同体だ。平成の大合併で名前が変わり、時代が未来へ流れても、人口の流出を防ぐ手だてはなく、自治体がいかな努力を行おうとも、村の存続は不可能なレベルに達していた。

 今は、この地球上で唯一人類が存在している村である。


 

「もぉうやだ、耐えられない」

 じゃがいも畑の畦道で、いつものようにアリアは叫んだ。定期的に行われるイベントだった。

「都会に帰らせて!」

 カエルと夜虫の合唱の中、アリアの宣言は力強く響いた。沈みいく夕陽は役目を終え、空に浮かんだ半分の月が豊かな自然を照らし出している。

 徒歩一時間の通学は少女の精神を削るに値する事象だった。

 五時前だというのに、もう薄暗い。

 秋の日は釣瓶落とし、ということわざをエフピーシックスは思い出しながら、駄々をこねる少女の肩に手をやった。

「都内に行ってなにするの?」

「東京に行けばなんか成長できる気がする……」

「間違いなく気のせいだよ」

 このやり取りも何度目になるかわからない、エフピーシックスは自身の記憶装置に集積されたマニュアルを呼び起こし、対処法を検索した。

 今回の都会病(皮肉を込めてそう呼んでいる)の発作原因は、社会の授業中、教科書に記載されたオリンピックの項目だった。

 きらびやかな世界、高校一年生のアリアが憧れを抱かないはずがない。 幼い頃、東京に住んでいたとなるとなおさらだ。

「でもいまの東京って、外国人が増えて治安がすごく悪いらしいよ。言葉通じないし、不法滞在の人が出稼ぎに来てるらしいしね」

「うっ、でも警察だってしっかりしてるしさ」

「外国人だけじゃないよ。ドラッグや脱法ハーブなんかも溢れてるし、取り締まりが追い付いてないのも事実だよ。アリアが都会に行くのは反対だな」

「で、でも、私はいつか東京に行って、銭コアためてリムジン乗るから! 六本木から東京タワー眺めて呟くの、勝ち組 ……、って!」

「お金貯めるには他人を騙せる人にならなきゃ。無理だと思うな。悪いことできないでしょ?」

「ううっ、やっぱりそうなのかな」

「うん。やめた方がいい」

「そうだよね……」

 大仰に肩を落とすアリアを眺め、エフピーシックスは母艦に任務完了の信号を送った。


 少女は気づいていないが、地球にいる人間は彼女だけである。



 地球に外星生命体がやって来たのは一年前のことだ。星は荒廃していく一途であり、彼らは調査のために、かつての人類の営みの再現を行うことにした。サンプルとして選ばれたのがアリアだった。

 アリアは普通の高校生だが、人類消失の数日前に、滑落事故で頭を打ち、意識不明のまま病院で治療を受けていた。それが原因かはわからないが、彼女は唯一地球に残された人類だったのだ。

 通常ならば死を待つだけのアリアを外星生命体は進んだ医療技術で治療を施した。

 医療カプセルで目覚めたアリアは涙を流すと舌を噛みきって自殺をはかった。どうやら最期の人類という重責に耐えられなかったらしい。

 外星生命体はアリアに再び治療を施し、精神の安定を保つため周囲の景色の再現に取りかかった。


 修復は容易かった。

 自然風景や動植物などに変化は見られなかったからだ。

 建造物や商業施設などは風化していく一途だったが、淵野辺アリアの居住地域くらいの管理であれば問題なかった。

 外星生命体は狂暴化した野生動物から少女を守るため、彼女の居住区半径数キロメートルを透明な壁で囲った。

 保護地域内の自然再生は上手くいき、騙すことに成功したが、そこより先は荒れ地が広がるだけだった。

 アリアは自らが箱庭の住人として観察されていることに気がついていない。一度目の蘇生時の出来事は夢と判断されたみたいだ。


「ねぇ、ロク」

「なに?」

 家見えてきた。闇に同化した自宅を眺めながら、アリアは呟くみたいに聞いてきた。

「ロクはどこか遠くに行きたいとか思わない?」

「そういう感情を持ったことはないな」

「そっか」

「アリアは悲観的になりすぎさ。田舎もそう悪いことばかりでもない」

 首を捻るアリアにエフピーシックスは庭の柿の木を指差した。

「ほら、熟れどきだよ。都会じゃ味わえない秋の味覚ってやつさ」

「……そうかもしれないね」

「食べる? 取ってくるけど」

「いや、夕飯前だからいらない」

 次郎柿という甘柿だ。

 アリアのそっけない返事をエフピーシックスは悲しそうに聞いた。


 外星生命体の目的は、文明を築いた人類が姿を消した原因を探ることである。

 事故で意識を失っていたアリアは頼りにならないが、前後の記憶は原因究明に必要不可欠な事項であった。

 彼女自身は数日入院していただけという認識のようだが、入院前と後では世界は文字通り一変してしまっていた。


「なんだかここにいると堪らなく不安になるの」

 星空をぼんやり見上げながらアリアは呟いた。

「杞憂だよ」

 町明かりがゼロに近付いたことにより、夜空の星はかつて輝きを取り戻していた。人類史からは信じられないほどの星の数であった。


 人類の死体は見つかっていない。戦争や天災のあともなく、ある日突然、七十数億もの人間が忽然と姿を消したのだ。

 少女はなぜ一人きりの地球で死にかけていたのか、外星生命体の興味は彼女に集中した。

 宇宙を流浪する彼らの目的は知ることのみである。子孫を残すこともせず、個体は肉体を捨て去り、精神体として、好奇心のみで動いた。

 アリアは彼らが失った様々な物を持っていた。

 好奇心はいつしか庇護欲に代わり、外星生命体にとってアリアは愛玩動物に近い存在になっていた。

 なにも知らないアイドルを傷つかないよう鳥籠に閉じこめているのだ。

「ロク、どうしたの?」

「……なにが?」

「んー、すごい冷たい顔してたよ。たまに無表情になるよね」

「ごめん。明日のテストのこと考えてたんだ」

「げぇー、思い出させないでよ!」

 月が昇る空を眺めてエフピーシックスは「了解」と呟いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 まただ。

 誰かに見られている。

 感はそんな鋭い方じゃないけど、近ごろ妙な違和感を感じる。

 身震いを起こしそうになって、私はグッとこらえた。

 気を紛らわせようと、癖でつい、リモコンの電源を押してしまった。テレビ画面はずっと暗いままだ。一ヶ月前の台風でアンテナが壊れたせいだ、とロクは言ったが、修理業者を呼ぶ気はない。べつに困らないからと私も放置してきたが、こういうときにテレビがあればとため息をつく。

 また、だ。

 また視線を感じた。

「……」

 私は大股で自分の部屋に行き、毛布を頭から被った。

 怪しい人がいればすぐに広まる超監視社会のド田舎に、ストーカーなんているはずない。

 瞼を閉じて、不安をぬぐい去るように、微かな笑みを浮かべるロクを想像した。

 そうだ。

 相談してみよう。

 博識で聡明なロクなら、きっと解決してくれるに違いない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆




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