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新聞を買うときは必ず領収書をもらえ

エスカドロン公国 どこかの町


「一キロ当たり10フローリンならお売りできます!」

「そこをなんとか9フローリンにならぬか!」

「あんた私らを殺す気ですか!」

机を激しく叩く音。怒鳴り声。交渉は果てしなく続くかに思われた。がしかしポバティー伯爵には奥の手があった。


「ならばこの店にあるだけ買おう!だからなんとか9フローリンで頼む!」

伯爵は必死の形相である。金のことになると小うるさい伯爵は交渉において一切手を抜かなかった。

「うちは卸売り専門だよ?どれだけあると思ってるんだ?」

「じゃあ聞くがどれだけあるのだ?」

「100トンはあるよ!」

「わかった!全部買う!だから9フローリンだ!」

「……わかった。ならば売ろう!」

交渉成立。そして固い握手。伯爵の額には大粒の汗が流れていた。


今日も夜の帳は下りてくる。宿屋について伯爵は珍しく食事を少し奮発した。

「いやあ。今日も商人共を買い叩いてやったな。後味がいいわい」

「……旦那、あっしらは一体何をやっているんですかねえ……」

「さあな。わしもまさか貴族をやっていて商人の真似事をするとは思わなかったが」

「そうでございますよ。わたくしてっきり旦那様の身の回りのお世話だけをして生涯を過ごせると思っておりましたのに……」

三人は荷馬車に乗ってエスカドロン公国を飛び回っていた。砂糖と塩の買い付けである。北に塩の話あれば行って買い付けをし、南に砂糖の噂あれば行ってこれまた買い付けをし、というハードなスケジュールをこなしていた。


「サンバインの奴こき使いやがりますね」

「まったくだ」

サンバインは首都ゴンドピアにいて、買い付けの指示や在庫管理を担当している。実働部隊がポバティー伯爵だった。

「それで、旦那様はどれくらい買い付けられましたの?」

「まあ塩1,000トン、砂糖500トンといったところか」


次の日、出発してから振り返ると荷馬車やロバの群れが遠くまで続いていた。

「壮観だな」

「全て砂糖と塩を満載しておりやす」


買い付けた砂糖と塩をフルーゼン中央市場まで運び、そこで競売にかける。


「新聞を読みましたか、旦那」

「買ったのか?領収書はもらったろうな?」

「そこですかい、旦那」

「無駄な持ち出しは極力避けなければならん」

「そこらへんに落ちてたやつですよ。……じわりじわりと砂糖と塩の値段が上がっているようですぜ。市況欄を毎日読んでも勘のいい奴でないと気づかないでしょうが。ただ、公正取引委員会は注視する、とはコメントをしているようです」

「そうか。今のところはなかなかうまくいっとるようだな」


そうこうするうちに一行は次なる目的地にたどり着いた。内陸国である公国の塩どころ、豊富な岩塩鉱脈を有するルイジャンドルの町である。サンバインからはエンパウエル岩塩商会というのを訪ねるよう言われていた。


「いらっしゃいませ。塩をお求めですか?」

「エンパウエル岩塩商会はここかね?とりあえず岩塩を見せてもらおうか」

「ルイジャンドルの塩はうまみがあって有名ですからね。どうぞこちらへ」

当地では中堅どころの商会であり、そこそこの取引量があるため少々のことでは目立たない。最初は誰にも気づかれぬようそっと買い付けていくのだ。


「うむ。これはうまい岩塩だ。エスメラルダもどうだ、ひとなめ」

「これが旦那様の舐めた……」

「旦那、こいつ変ですぜ。岩塩を手に持ったまま固まってやがる」

「むふふ。おいしいですわ!」

「そうでしょう!そこまで嬉しそうな顔をされるとこちらまで嬉しくなるというものです」

「いやーこいつの場合別の理由ですぜ」


「それで主人、早速取引に移りたいのだが」

「ええ。いかほどお求めでしょう?」

「50トンの塩を求めたい。値段は交渉させてくれ」

「50トンでございますか……。少々お待ちくださいませ」

手代らしい男が下がると、今度は中年の番頭と思しき男が出てきた。

「50トンの岩塩、普段ならなんでもない量なのですが、現在残念ながら在庫がございませんで、いま近隣の商会に買いに走らせております」


三人に緊張が走った。

「旦那……これはまずいですぜ」

「おおっぴらに買い付けたらバレてしまいますわ」

「さりとてここまで事を大きくして引き下がる訳にはいくまいて」

こそこそ話の三人を少しいぶかしげに見つめる番頭だった。まさかただの冷やかしでは?という考えが顔に出ていた。

「そこまで50トンという量にこだわりがあるわけではない。ここにある分だけでいいのだ」

「いえいえ。50トンは必ず集まりますのでもう少々お待ちいただけませんか」

「いやそれは困る」

「何が困るんですか」

「いやいや、困るのだよ」

「それではこっちが困ります」

「そっちがどれだけ困ろうが知ったことではない。こっちが困るのだ」

「ですから何が困るのです」


という具合に無益なすったもんだしているうちに買いに走った手代達が戻ってきた。

「番頭さん、もはやルイジャンドルにひとかけらの岩塩もありません!」

「なんと!」

「これは買占めです!」

他に買占めを行っている輩がいる。

「ど、どうしやしょう旦那」

「落ち着け落ち着け。これは何かの間違いだ落ち着け。エスメラルダ、とりあえずそこにある岩塩でわしの頭を殴ってくれ」

「旦那様が一番落ち着いてください!」


そのときふらりと店の中に入ってきた男が伯爵に向かい合った。

「あなたは岩塩を扱う商人ですかな?」

「え、ええまあそうだが。今取り込み中だ、話なら後に……」

「わたくしこういうものですが」

差し出されたくしゃくしゃの名刺を見て伯爵は二度仰天した。エスカドロン公国公正取引委員会審査部、レインボという長々しい肩書き。何をするかというと、不法な値段の吊り上げや吊り下げを見張る役目だ。

「いやね、うちのカミさんが最近砂糖と塩の値段が上がって困るってうるさいんですよ。……何か知ってます?」


資料

エスカドロン公国作物平均価格(フルーゼン中央市場卸値)

精製塩:キロ当たり10フローリン(前週比67%増)

砂糖:キロ当たり43フローリン(前週比7%増)

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