砂糖・塩の国際シンジケート設立へ
王都クペルチノ サンバイン邸
三人はサンバインの自宅を訪れた。
当然、その屋敷は王都の一等地に位置しながらも大貴族のように広い。
「こりゃあすげえや」
ポバティー伯爵などは最近借金のかたに王都の屋敷を取られたため、集合住宅に一室を借りて住んでいる有様であった。もはやそこらへんの町人のような生活である。
「おいたわしや旦那様……」
などとエスメラルダは哀れんでいる。
伯爵は敷地の入り口に立って中を覗いてみた。門番の小屋があったのだが、それすら今の部屋より大きい。ため息をつきつつ声をかけた。
「ご主人はおられるか。ポバティー伯爵が参った」
「はあ」
と門番はじろじろと三人を見てくる。本当に伯爵なのか、それとも物乞いの狂言なのか判断がつかない様子であった。
「アポはございますか」
「ない。しかし通してもらえぬか。重要な件なんだ。わしの顔を見ればサンバインもわかってくれるはずだ」
「はあ」
門番は下から上まで嘗め回すように見てくる。
「めちゃくちゃ警戒されてますわ」
「アポなしなんて信じられない、って顔してやすぜ」
「せめて身なりだけでもしっかりしてこればよかったのう」
「しばらくお待ちいただけますか」
その後10分ほど門番とすったもんだしたが依然邸内へ入れてくれる雰囲気はない。そうこうしているうちにサンバインが三頭立ての馬車で帰宅してきた。
「これは幸運だ。話がある」
「何かご用命でしょうか、伯爵?まあとにかく邸内へご案内いたします」
伯爵はそれ見たことかと言いたげな表情で門をくぐった。門番は恐れ入ったらしく縮こまっている。
書斎に通された三人は身のおき場所を失った。というのも舶来の高価そうな絨毯が敷かれたり謎の神々しい絵が飾られたりで、どれかひとつでポバティー庄と交換して余りあるように思えたからだ。
しばらく気おされていた伯爵だがなんとか切りだした。
「さるお方からの依頼なのだが、エスカドロン公国の塩と砂糖を買い占めたい。金に糸目はつけない」
「は、なるほど。あの国はそこらへんが盲点かもしれませんな」
サンバインは話が早い。机から葉巻を取り出し言った。
「どうです、一服」
「構わん」
「では失礼して」
ポバティー伯爵は書斎を見回した。やはり書斎だけで自分達の住んでいる襤褸アパートよりはるかに広い。が無駄なことを考えている場合ではないと視線を元に戻した。
「で、だ」
「はあ。急になんでしょうか」
「正直に言うとわしは商人をあんまり信用しておらん。トラウマがあってな。だから全てを任せるわけにはいかん。どれだけ掠め取られたりぼられたりするかわかったものではないからな」
「はい」
「買い付けから手配までわしらポバティー家のものが行うが、お主には助言役を頼みたい」
「私どもは具体的には何をすればよろしいので?」
「こういうときは現地の何商会を頼れだの、適正な買占め価格と量を提示するだの、交渉の助言を行うだのだ」
「それで、少し下世話な話になりますが、私どもの取り分はいかほどになりますか?」
「250,000ダカットでどうだ」
「にべもなくお断りいたします」
「……」
「もう一度言います。お断りいたします」
「……そんなにはっきりと二度言うこともなかろう」
「どうします、旦那」
「旦那様、こんな無礼な輩と関わりあっている暇はありませんわ」
「人脈、価格情報、交渉術、これら全てわれら商人の生命線でございます。それを高々250,000ダカットでお売りするわけには参りません」
サンバインは深くいすに腰掛け、ゆったりとこちらを見て言った。
「わたしどもが商流の間に入り、口銭として取引高の5%、成功した場合上乗せでさらに3%でいかがでしょうか。決して損はさせませんよ。成功報酬のお支払いは最後の清算時で構いません」
「こちらとしてはお主を頼る以外ないのだから何を言われても諾と言うしかあるまい。まったく狡猾な奴よ」
「では、早速契約に移りましょう」
「契約書の作成などやったことがないのだが」
「なに、注意事項をよく読んでサインしてもらえればいいのです。それからまず一つ目に言っておきますが、かの国の公正取引委員会にはご注意ください。相場操縦は立派な経済犯罪ですからな。少々話が込み入ってくるので聞き飛ばしていただいても結構です」
サンバインの助言に従い、まずエスカドロン公国の首都ゴンドピアに本店を置くフルーゼン砂糖・塩商会を設立することになった。その商会と、サンバイン商会とひそかに関係を持ち王都クペルチノに本店を置くMMT商会とが契約を交わす形となった。
「商流のご説明をいたしましょうか」
「うむ。おそらく理解できぬだろうがな」
「まずフルーゼン砂糖・塩商会が現地で砂糖や塩を買い付け、それをMMT商会に5%の口銭を乗せて売り渡します。なおMMT商会からサンバイン商会へは容易に辿れぬようになっておりますのでわが国が関与していることはそう簡単には知れぬはずです」
「こうやって巧妙かつ素性の知れぬ国際シンジケートが出来上がっていくのか」
「わたくしにはさっぱりですわ、旦那様」
「なおフルーゼン砂糖・塩商会に溜まった利益ですが、これは第三国に設立してあるペーパーカンパニーのSBNコンサルティングにロイヤリティー、もしくは経営指導料として吐き出させ回収します。次に公正取引委員会の目をくらますやり方についてですが……この辺でやめておいたほうがよろしいですか?」
「うむ。知恵熱が出そうだ」
「とにかく買占めの背後にわが国がいることがバレぬよう何かやっているのだとご理解ください」
「なるほど」
そしてまだまだ冬の空気が残る三月のある日、第三国であるオロウベツ国のサイモンという架空の人物を出資者とするフルーゼン砂糖・塩商会が設立された。もちろん当局の目を騙すためである。
そして一行は再びエスカドロン公国は公都ゴンドピアに徒歩で到着。サンバインの助言の元、砂糖と塩の買占めが始まったのである。
資料
エスカドロン公国作物平均価格(フルーゼン中央市場卸値)
精製塩:キロ当たり6フローリン
砂糖:キロ当たり40フローリン