クエスト受領 適当国王の無茶振りは死の香り
王都クペルチノ ポバティー伯爵邸
それは気持ちよく晴れた朝のことだった。王都へと舞い戻った伯爵はそこらへんで拾ってきたボロボロの新聞を読んでいた。
「旦那、新聞くらい買ってきたらどうなんです」
と思わずリューリクが噴出すくらいその新聞は穴だらけであった。
「クロスワードっているレベルじゃありやせんぜ、それ。しかもいつのやつなんです。新聞じゃなくて旧聞でがす」
しかし、
「頭の体操になっていいぞ」
などと伯爵は空威張り。
「それにしてもまだヘンドリクス殺害の下手人は見つからないのか」
「そうでがすな。どうも最近世の中を騒がしている義人がいるみたいで。そいつの犯行じゃないかと言われてますな」
「ふむ。丁度読んでる新聞の社会面に出てきたぞ」
『寒村で起きた殺人事件!殺害されたのは悪代官だった!』
と見出しは躍っている。
「まあ、酷い見出しですこと!ポバティー村が寒村扱いですわ!」
とエスメラルダはなぜかぷりぷり怒っている。
クロスワードに飽きた伯爵は新聞紙を丸めてそこらへんに放り出すと深いため息をついた。
「ああ、領土で内政がやりたいのう」
「やればいいじゃありませんか、旦那?土地に戻って」
とリューリクが水を向ける。
「それがそう簡単にはいかん。領土にいると王に対する反乱の恐れあり、と見なされるのだよ。我が国は参勤交代制だ」
「旦那が反乱ですかい?あっしが見てる限り王都のど真ん中でのんきにメシを喰らい寝ているだけの?」
「リューリクの奴言いおるわい。今月は給料カットしておくぞ」
「もとより1ダカットももらってませんからそんなの屁でもありやせんぜ」
「むう参ったな」
「参ってるのはあっしのほうでさ」
農奴18,000人、領地1,000町歩を誇るポバティー辺境伯領ゆえ、代々の王家はその力を恐れていた。
「しかし今は見るも無残だ」
それは伯爵の祖父の代から始まった。王家の唆しを受けた家臣団が徐々に力をつけ、今の伯爵の代になった頃には領土をほぼ掌握してしまっていた。今は特にヒュームとイアーゴという家老達が好き勝手やっており、伯爵が実際に支配しているのはポバティー城とポバティー村だけにしか過ぎなかった。要するに名ばかり領主であった。
伯爵は大きく咳払いをひとつやった。
「ともかく、何とかして所領を再掌握し借金を完済しなければ」
「どうするんですかい、旦那?」
「さてどうしようか」
「やはり何らかの利権をゲットするしかないんじゃありませんか?知り合いの旦那は塩の専売権で大もうけだそうで」
「おいしい利権はとっくのとうに誰かの手中だ。さてそろそろ家を出る時間か。では行って来る」
「いってらっしゃいませ!」
ポバティー伯爵は毎日王宮に参内し、会議に参加している。議題は隣国エスカドロン公国を攻める件についてだった。
王宮に着くと、一人の老兵が演説めいたものを行っていた。
「よいか、用兵の妙とは、戦いが始まる前から既に勝負は決まっておることじゃ。敵を経済的、精神的、情報的、物量的、質的に負かし、その上で戦争を挑む。これこそが正しき必勝の戦争の法じゃ」
「おおーさすがはイルドゥック先生」
「立て板に水とはこのことだな」
「あやかりたいものよ」
「なるほどのう」
と一番感心しているのは誰かと思いきや国王その人。眉間のたて皺が怖すぎて泣く子も黙るという見た目の怖さとは裏腹に、心は天真爛漫な王が突拍子もない思いつきをするのはこういうときであった。
「そうだ、敵を経済的に負かすのだ。おい!」
宮廷に目を移した王だが、重臣達はみなさっと目を逸らした。
「目を合わせると面倒だからな」
とある貴族がぽそりとつぶやいた。
「誰かおらんのか、おい!」
目が一切会わないとき、国王は次の手段に出る。名を挙げて貴族たちに声をかけていくのだ。こう言うときに呼ばれるのは大体面子が決まっている。しかし名を挙げられた貴族達はいないふりを決め込もうとする。
そしてとうとう国王と伯爵の目が合ってしまった。しまったと思ったときにはもう遅かった。
「伯爵!敵を経済的に負かすのだ!」
「はあ」
「エスカドロン公国は鉱物資源に恵まれる一方で、田畑に乏しい。そこを突くのだ伯爵!」
「ははっ」
「でたよ国王様の無茶振りが」
「伯爵も災難だよな」
「王様ももう少し整理してから命令して欲しいよな」
などと重臣達のこそこそ話を小耳に挟みながら伯爵はよくわからないクエストを受領することとなった。
「エスカドロンを経済的に疲弊させるのじゃ」
「承知しました」
その後会議ではとりあえず出兵準備を進めるということが再確認され、遅くとも来年の春には侵攻作戦を行うことが決議され散会となった。
「さて、何をどうすべきか」
しかしこんなときに迷う伯爵ではない。王の無茶振りなんのその。既に確固?とした作戦を心中で練りつつあったのである。