土地を売れ
ポバティー辺境伯領 ポバティー城
次に伯爵は金を借りている商人のピーターソンを館に呼んだ。
「困りますなあ。伯爵様」
ポバティー家懇意の商人でもあるピーターソンは眉をハの字にしていかにも困ったという顔をして見せた。
「藪から棒に何がそんなに困るというのだ。ちゃんと利子を払っているだろう?」
ポバティーは暖炉に手を当てている。火が足らぬとみてか薪をぼんぼんと放り込み始めた。
「それが、今月の伯爵様のお支払額は利子にすら足りないのです」
暖炉の火がぱちんとはじけた。
「どういうことだね?利子を払っても元本は雪だるま方式に増えていくという仕組みにでもなっているのかね?」
「まあなんと言いますか、まあ、人聞きは悪いがおっしゃる通りなのでございます」
「それで、あといくら払えばよいのだ?」
「3,000ダカットでございます」
「さ、さんぜんダカット!」
叫んだのは部屋の隅で縫い物をしていたエスメラルダである。縫い物などどこかにブン投げ、ずかずかと寄ってきた。
「旦那様、いくらなんでも暴利すぎます!もともとの借入金は高々1,000ダカットのはず」
「ふむ。確かにそうだった」
人の良い顔をしていたピーターソンの目の奥が光る。
「と言われましても、でございます。当方には契約書がございますのでご覧になりたいときはいつでも仰ってくださいませ。何があろうと利子のお支払はあと3000ダカットでございます……お支払いができないのであれば農奴か土地をお売りになりますか?」
ポバティー辺境伯領のような貧しい土地でも切り売りすれば3,000ダカット程度なら用立てることができるだろう。
「ユルゲン庄などは鉱脈を多く抱えているゆえ高く売れるかと存じます。我々に仲介させてもらえば悪いようにはいたしません。次の水曜市ならば高く売れましょう」
「ふむ。まあ考えておくよ」
伯爵は気のないていで手を振った。まだ薪をくべている。まるで借金のことよりも暖炉のことの方が重要であるかのようだった。
「まったく酷い話です!旦那様の土地を勝手に売るとかなんとか言うなんて!」
ピーターソンが帰った後、エスメラルダはぷりぷり怒っていた。そんな彼女を伯爵は興味深く見守るのであった。
「相手を借金漬けにするだけで飽き足らず土地まで!しかも仲介料の名目で何割という法外な値を取るつもりですよ」
「そうだなあ」
「あのピーターソンは阿漕な奴です。一体何人の善良な一般市民があいつのせいで路頭に迷ったか!」
「そうか」
「そうか、じゃありませんよ旦那様!そもそも財政を立て直すためにここに戻ってこられた訳じゃありませんか。そんな生ぬるい態度じゃそれすらおぼつかないですよ!」
あ、とエスメラルダは口に手を当てる。また少々言い過ぎたと思ったらしい。
「ふうむ。帳簿を見てみたのだが辺境伯領の収入は月10,000ダカットを優に超える。十分なはずなのだが。しかし最終的には何故か1ダカットも残っていないどころか借金をしてしまうのだ。これは一体どうしたことか」
と伯爵はエスメラルダの言うことを聞いているのかいないのか、独り言をつぶやいた。ため息をついたエスメラルダは仕方なく掃除を始めたのだった。