伯爵vsポバティー村のみなさん
ポバティー辺境伯領 ポバティー村 公会堂
さびれた村の中に建つうらさびしい公会堂は、朝の光を浴びてその砂岩でできた姿を灰色に映している。まだ早い時間にも関わらず、数多くの村人達が集まっていた。
「領主様、あれは一体どういうことですだ!わしらを差し置いて!」
そこではポバティー村の農民達による伯爵に対する激しい攻撃、いや弾劾裁判が行われていた。
「ずっと領主様の元で暮らしてきたのにわしらでなくあんなぽっと出の小娘に20万ダカットも出すとは!」
「もう誰を信じていいのやら、わからなくなりましただ!」
「20万ダカットあれば村の灌漑施設を作り直したり、このオンボロ公会堂を建て直すこともできますだ!」
伯爵は予想以上の村人達の反応に驚いていた。そしてそのさもしい根性、できるだけ労力少なくして最大の利益を得ようとするその偏狭さにいまさらながら軽蔑の念を禁じえなかった。たとえそこが伯爵の生まれ育った土地であろうと。
「皆のもの、とりあえず落ち着くんだ」
まるでタダで20万ダカットをヒュームにあげたくらいの勢いで農民達は迫って来るのである。一方兵士階級と商人階級の人々は概して落ち着いているように見えた。しかし11人評議会で最大会派の6人を有する農民達を動かさないことには何もしていないのと同然だった。
「ハールーンに関しては、ゴミ処理施設を作ためにその代償として補償金を渡すのであってだな……」
「そんな細かいことはもうこの際どうでもいいですだ!」
「そうですだ!20万ダカットとかいう領主様からは聞いたこともない額が他人のために動いたということが気にいらねえですだ!」
と取り付く島もないのである。伯爵は非常に面倒くさい状況に放り込まれた。
朝早くに始まった公会議だったが、あまりに紛糾したため予定の時間を大幅に超過し長引いた。それでもまとまらずお昼の時間にまでもつれ込んだため、各々は昼食のため一時散会となったのである。
「しかしあいつら頭にくるな。金しか見えていないのか。昔からそうだったがここまで理に暗いとは」
「旦那、ここは腹を立てたら終わりですぜ。民の怒りを鎮めるのが先決でがす」
「ううむ。為政者の難しさよ。あっちを立てればこっちが立たず、だな。さりとて20万ダカットを引っ込めるわけにもいかんし、タダで奴らに金をやるわけにもいかん」
昼食はパンとチーズ、ベーコンエッグという簡素なものが出た。とはいえ伯爵は貧乏に慣れたものであるから、うまそうにベーコンエッグに取り掛かっている。
「エスメラルダは何か良い案がないか?」
「そうですわね……」
と彼女は身分に似つかわしくないいつもの貴族の娘が使うような言葉使いで答える。しばらく食事の手を休め、その小さな手を顎に当てていたが、やがて何か考え付いたらしくおずおずと話し始めた。
「ここは三方よしで行くべきですわ」
「三方よし?」
「ええ。ヒュームさんにも、村人達にも、そしてもちろん旦那様にもよい解決策を講じるべきです」
「しかしそんなうまい話、そうそうあるもんじゃないですぜ。これだから夢見がちなエスメラルダは……」
とリューリクが冷やかすのにも気にせず彼女は続けた。
「例えば、農民達にも投資してみるというのはどうでしょう?あの人たちだってただお金が欲しい訳じゃないはず。彼らには彼らなりのお金の使い道、ビジネスがあるはずですわ」
「……ふうむ」
「それが新たな灌漑施設を作ることなのか、それとも新田を切り開くことなのかはわかりませんけれど、旦那様はそもそも彼らに期待したことがないんじゃありませんこと?」
「確かにそうだ。奴らはただの邪魔者とばかり考えていた」
「その考え方をひっくり返してみてはどうでしょうか。彼らにも何かさせるのです。そうすればポバティー村はさらに発展し、村人達も、旦那様も、そして刺激を受けるヒュームさん達にも良い影響がありますわ」
「ふうん。なかなかただのロマン主義者と思っていたが、思い違いだったようでがすな」
「早速会議が再開したら諮ってみることにしよう」
そうして村会議が再開した。伯爵がまず第一声に農民達への支援と投資を口にすると、好意的な拍手が巻き起こったのである。
「領主様はわしらを信じるという。ならばわしらも領主様を信じるしかないべ」
「そうだそうだ」
「我々商人階級も支援させていただく。みんなでこれからのポバティー村を作り上げていくべきだ」
と別の方向からの支援射撃もあり、すぐに採決が取られた。満場一致でハールーンへの投資と、そしてポバティー村の農民達への支援が決議されたのである。
そして伯爵と駆けつけたヒュームが立ち上がってお礼をすると割れんばかりの拍手が降り注いだ。こうして現在ハールーンの再興とポバティー村の振興が始まった。20万ダカットの借款が行われたハールーンではその汚水処理能力を以前の二倍に高める計画が進行中だ。一方でポバティー村には伯爵は様々な地域振興メニューを用意した。それぞれまだまだ道半ばではあるが、確固たる一歩を踏み出したのであった。
しかし例によって何事も良いことは続くものではない。風雲急を告げる。イシス伯領で極度の食糧不足、飢饉が発生したのである。
「状況は?」
伯爵が居城でリューリクに諮る。
「決してイシス伯領で凶作が起きたわけでなく、むしろ作物指数は例年を上回ってがす。しかし村々の倉庫から食料が消えていっているのでさ」
「何故そんなことが?」
「買占めだよ」
そこへ近づいてくる黒い影が一つ。
ポバティー城はボロ屋であり、城壁に大きな穴が開きっぱなしであることは前に触れておいた。通行は自由なのだ。外部からやってくる一人の男がいた。
「わけを知りたい?じゃあうちのカミさんに聞いてみる?」