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辺境伯領第二の都市ハールーン

夜。巨大な土管が縦横に入り組んだ町。人気のない通りを駆け足で急ぐ複数の影。

「いたか?」

「いや、いない」

「ちっ逃げられたか」


男たちはその場でしばらく周囲を見回していたが、やがて諦めたらしく散った。さらに数分後、小さな土管の中から這い出してきた影が三つあった。ポバティー伯爵、エスメラルダ、リューリクだった。


「旦那、いったい全体どうなってやがるんで?」

情けないリューリクの声。

「わしに聞くな!」

伯爵は命を狙われていた。しかも自領土で。


ここはポバティー辺境伯領第二の都市ハールーン。ポバティー家で第二の権勢を誇る家老ヒュームの本拠地でもある。

町中をハルハ川が流れ、町は浄水を主な生業としている。辺境伯領だけでなく広域圏の街からも汚水を受け入れ、飲料水として浄化し販売しているのだ。

そのため町の至るところに配管や土管が張り巡らされ、町を複雑な構造にしていた。

「やれやれ、いりくんだ町のお陰で助かりやした」

「まったくひどい町ですわ!においも酷いし体に染み付いたらどうするんですの。わたしお嫁に行けませんわ!」

「さて」

どうしてこうなった?自領土で襲われるという非常事態にさすがの伯爵もしばし呆然としていた。


話は数時間前に遡る。


家老ヒュームの居室。部屋のあらゆるところに配管が並び、それはまるで町の縮図であった。

「これはこれは我が君。ようこそこのむさくるしい町へいらっしゃいました」

「うむ」

「しかしどういう風の吹き回しでしょう?わざわざ私どもの町までおいでになるとは」

「まあな。自分の家老の顔くらいたまには見たくなるものであろう」

「……なりますか?わたしはなりませんが」

「そうか?」

家老ヒュームはその美貌で知られていた。辺境伯領第二の豪族であるヒューム家の一人娘であり棟梁でもある彼女は、まだ若干二十歳ながらその辣腕ぷりが知られていた。

「まあ旦那様ったら!あんなに鼻の下を伸ばして!」

「なんだ嫉妬か?」

「お黙りリューリク!」


利発そうな目に口をへの字にしながらヒュームは話す。

「せっかくいらしたのですから町をご案内しましょう。我が家自慢の浄水施設などをお目にかかります」

「うむ」

といって伯爵も別段そんなものを見るためにやってきたのではない。


ご存知の通り辺境伯領ポバティーはまったくばらばらの状態であり、ポバティー伯爵が一応領主ということになってはいるが、それぞれの町が独立しているようなものであった。借金まみれの伯爵としては領地からの税収アップでなんとか乗り切ろうとしていたが、各都市はろくに税を送ってこない。そこで業を煮やして支配力強化のため巡察の旅に出ることにしたのであった。

「まったく旦那も腰が重い」

「はじめからこうしておればよかったのだな。王のクエストをこなすという奇策で一挙に借金を返すなど考えなければよかったのだ」

「旦那様との旅行なんて久しぶりですわ!」

「けっ。鼻の下伸ばしやがって」

「お黙りリューリク!」


一行は町の大通りに出た。町には活気がある。それはポバティー村にはないものだった。

「というか領主の本拠地が貧相な村レベルの発展度ってどういうことだ?」

「情けねえですぜ旦那。これが統治能力の差ってやつでさ」

「さて我が君。ご覧の通りここが町で一番の大通り。イブリー通りです」

「軒先に土管が並んでいるがなんだあれは?」

「ここハールーンではどれだけ丈夫で細い土管が作れるかが富に繋がるのですよ。遠くの町や村から汚水をここに集めるわけですが、簡単に壊れる土管を作っては汚水を安定的に運ぶことはできません。また飲料水を届けることもできないわけですから、土管つくりは大切な生命線なのです」

「水道ビジネスで儲けるヒューム家としてはなくてはならん技術というわけか」

「ここヒューム家では、富は水です。水を制するものが全てを制するのです」

「けっ、わかったようなわからんようなこと言いやがって」

とリューリク。もちろん小声でヒュームには聞こえないように、というのが彼の性格を表していた。


一行は白い塔に足を進めた。あらゆる土管がここに集中し、それは街中でもひときわ目立つ施設だった。

「ここは?」

「ここが全ての中心。浄水施設です」

「あらゆる汚水を集めているにしては臭いがまったくしないが」

「我が家の技術力をなめてもらっては困ります」

ヒュームが得意げに胸を叩いた。

「ここで全ての汚水は浄化され、人が飲める水として生まれ変わるのです。価値がないどころか有害な水が人間にとって有用なものに生まれ変わる。なんと素晴らしいことではありませんか」

「ちなみにポバティー村の水もハールーンの水ですぜ」

「なんと」

「きっちりお代は取られてますぜ」

「……そこはほら、さあ。わしは辺境伯領で一番偉いんだから。なあ?」

「いくら我が君とはいえ技術に対価を支払うのは当然のこと。清潔な水がただで手に入ると考えるのは大きな間違いです」

ポバティーは困った顔をして二人を見た。

「正論すぎて何も言い返せないのだが……」

「旦那、あっしに言われても……」

「情けない男達ですこと」


最先端の浄水施設を見学した後、ヒュームの居城に招かれ食事となった。

「旦那、そろそろ切り出したほうがいいんじゃありませんか?」

「う、うむ」

ポバティー家は領内に人頭税や固定資産税など数々の課税を行っているが、まともに払っている町はポバティー村以外ない。

「あれだけ儲けているのだから少しくらい税金を支払ってくれてもよかろうて」

しかしそれがやぶへびだった。ヒュームは烈火のごとく怒り出したのである。


「そもそも何のための課税なのですか。義務あるところに権利あり。納税の義務があるならば、我々は一体何の権利を得ているというのですか」

「……それを言われると、なあ」

「なあじゃありませんぜ旦那。頑張ってくだせえ」

「町は完全に我がヒューム家の者が守っております。また各地に伸びる配管網についてもその管理と防衛は完全に独立してやっております。我が君は君臨すれども統治せず、という今までの姿勢を守っていただければそれでよいのです」

「そこをなんとか!その本家はいま借財で苦しんでおるのだ」

「そんな放漫な財政政策を行った我が君に非があるのではないでしょうか。少なくともそのツケをハールーンの民が負担するのは反対です」

などといくつもの正論をヒュームにぶつけられ、伯爵は言い返すこともできなくなっていた。そのときであった。


爆発音。土管が崩れ落ちる音。叫び声。

「ポバティーの家人だ!ポバティーの仕業だ!」

ヒュームの顔の色がさっと変わった。疑いの目は伯爵に向けられた。

「違う違う違う!」

しかし伯爵が気づいたとき、足が勝手に動いていた。つまるところヒュームの居室から全力でダッシュしてしまっていたのである。これでは完全に犯人の行動であった。

「追え!決してポバティーをこの町から逃がすな!」

背後で声が聞こえる。

「誰だか知らんが、これでは完全に思う壺。ヒューム家とポバティー家の仲は決定的に裂かれることとなる。それを嗤う輩がいるのだから陰湿ですぜ」

「リューリクよ、しゃべる暇があるならば隠れられる土管でも探してくるのだ!」

「うう。急に臭いが!」


サイレンが鳴り響く。

「何者かによって中央研究所が爆破されたぞ!臭気が外に出ている!」

「有毒ガスが漏れ出した!住民はすぐさま避難せよ!」

そんなわけで伯爵以下三人は誰もいない町の中を逃げ回る羽目に陥ったのであった。完全に袋のねずみ。今や風前の灯であった。


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