新領土の獲得
イシス伯領 イシス村 ポバティー邸(仮)
ネスニチェフの関を突破した国王軍は、そのまま首都ゴンドピアに向かった。首都近辺では激しい戦闘が行われているという。
『という』と言うのは、ポバティーは戦いに加わっていないからだ。戦時中のこんな中、彼は新たな領土と一時休暇をもらった。何せ従者をあわせて3人では何の役にもたたず、それなら新たな自領土、イシス伯領を開発した方がましだったのだ。しかし貧乏は続く。報奨金は怒れる女ロヨラに全て取られ、ポバティー辺境伯領を取り戻したのもつかの間、元からの慢性的な赤字がポバティーの家計簿を苦しめていた。
「旦那あ。ポバティー辺境伯領なんて売り払っちまいましょうや」
「いや、そんなわけにはいくまい。シマウマが縞々の体毛を失うようなもの」
「……つまりどういうことですの旦那様?まあ売るのも一つの選択肢かもしれませんわね」
エスメラルダとしても辺境伯領にはあまり良い思い出はない。
「帳簿を見てくだせえ」
「どれどれ……イシス伯領は100ダカットの黒字。いいじゃないか!」
「意図的に辺境伯領を避けないでくだせえ。よくみてくんろ」
「……収支はマイナス40,000ダカット」
「今日の晩飯は芋一本でげす」
「うう、ひもじい!伯爵ともあろうものがこんなことでいいのか?!」
「だから辺境伯領を売り払おうとしているんじゃありませんこと?」
「しかし買い手がいるだろうか?」
「それを探すんでしょう」
「しかしあそこは父祖伝来の大事な土地であり……以下略」
ポバティーがぐだぐだ言っている間、エスメラルダは庭で拾ってきたどんぐりを臼でひいている。粉にして練り合わせ焼くのだ。ポバティーは粉臭いその素朴さが案外気に入っている。
「とにかくイシス伯領を立て直さなければ。リューリク、調査の結果を報告してくれ」
「はっ。イシス伯領は人口1,500の小さな領土でさ。人口のほとんどはイシス村に集まっており、これといった特産物はなし。田畑も状態は良くなく、数年おきに飢饉が起きまさあ。主な産業は近くの都会への出稼ぎですな。
近くにイシス川という川が流れておりますが、農業を支えるほど水量は豊かじゃありません。旦那、どうしやすか」
「そうだな……ひとまず毎週水曜日に市を開こう。この日に限って税は取らない。そうすれば人が集まって活気が出るはずだ。税収の減少はわしの持ち出しで補う」
「また赤字ですかい。ロヨラが飛んできますぜ」
「仕方あるまい。あとは人を呼び込むために、道路を整備する。2,000ダカットかかるらしい」
「これはまたあんちくしょうと一戦交えないといけないですぜ」
「頼もう!」
と来客。誰かと思えば大貴族ネクターであった。
「これはこれはネクター殿。何のおもてなしもできませんが」
「……これは何の匂いだ!?豚小屋より酷い」
「まあ何もないですがゆっくりしていってください」
「……まったく。しかしわしの頃でもこんなには酷くなかったぞ!」
ポバティーは最初、嫌味を言われるのかと誤解した。何せイシス伯領はもとネクターの所領だったからだ。しかしどうも違うらしい。
「国王についてどう思う」
「どう思うと言われても、友達のように接してくださる。ありがたいことで」
「その友達に与えるのがこんな領土か?」
リューリクの目が光った。
「正直に言おう。イシス伯領はわが領土の中でも最も貧しく問題を抱えた土地だった。要するにお荷物。一見褒美としてポバティー伯爵に与えられたが、それを手放しで喜んで良いものか」
「……それはわしがこの領土を立て直せると王も信じておられるからではないでしょうか」
「自分の領土も立て直せない男にか?」
「そんな言い方ないでしょう!ねえ旦那様」
「まあ事実だから仕方ねえでしょう」
ネクターは下賤の者とは話はしないらしく、顔をポバティーに近づけて言った。
「単刀直入に言おう。お主は王に命を狙われておる」
「そんな藪から棒に……」
「イシス伯領をわしから取り上げお主に与えたのも、わしとお主の間柄を裂くため。……このまま座して滅ぶのを待つつもりか」
「何が言いたいのです」
「ありていに言おう。わしの派閥に与しないか」
「……エスメラルダ、リューリク、ちょっと席を外してくれ」
その後小一時間してネクターは帰っていった。話の内容は誰にもわからない。