人を売れ
ポバティー辺境伯領 ポバティー城
ポバティー伯爵は自分の領土に辿り着くなりすぐさま関係者を集め事情を聞くことにした。
「なんでこんなに貧乏なのだ?宮廷の舞踏会には出られぬし、戦争にぼっちで行くわけにはいかんし、どうなっておるのだ!」
と伯爵は荒れ模様。
「お金がとにかく足りません!」
「ふうん?」
品のよい顔をしているポバティー伯爵は真っ直ぐとしたヒゲをつねりながら目の前の男の話を聞くことにした。
「我らはポバティー全市町村からあがる税収だけではやっていけないんです」
それは第三家宰のヘンドリクスだった。ポバティー辺境伯領の留守を預かる家臣としては三番目の序列にあたる高臣である。
「こうなれば農奴を売るしか道はありませんな」
この時代、農民のなかでも農奴はほとんど奴隷のような存在であった。領主の持ち物のような扱いを受け、自由に売買されていたのである。領主の気に入らなければ売り飛ばされるし、市が立つと目玉となる売り物は必ず働き者の農奴であった。
「ほうほう。なるほどなるほど」
伯爵は興味が湧いた。それで貧乏が解消されるなら・・・たとえ人を売ってでも、そう考えたのである。
「わたくしめにお任せいただければ高く農奴を売って参りますぞ」
「ふーむ」
よし、と言いかけたそのときである。
「ちょっと待ってください!」
ポバティー伯爵は何者かに物陰に引っ張り込まれた。
「何をお考えなのですか旦那様!人を売るなんて最悪の行為ですわ!それにあの者は私服を肥やす悪臣として名高いことをご承知のはずです!」
それは下女のエスメラルダであった。その大きく美しい澄んだ目が伯爵に訴えかけていた。
「とは言ってもなあ」
「少しは反省してください!人を売ってまで得た財産なんて無価値ですわ!」
二人してごにょごにょやってるとそれを見ていたヘンドリクスが叫んだ。
「貴様はエスメラルダではないか!ただの召使が無礼だぞ伯爵様に!」
「あいつのやってることこそが無礼極まりないくせに」
とエスメラルダは口をとがらせ小声にで言う。彼女は家内の序列が限りなく低く、本来ヘンドリクスにお目通りすら叶わない身分なのである。伯爵の身の回りのお世話をするという特権を持っているがゆえの行動であった。
「ヘンドリクスに悪いうわさがあることは知っておる。人を売るのもいけないのはわかっておるつもりだ。しかしわしは奴のすることを信じておるよ。何せ奴は父上の代から仕える忠臣だ」
「はーだから旦那様はダメなんですっ!」
あ、とエスメラルダは口ごもる。さすがに無礼極まったことを自覚したらしい。
「申し訳ございません!思わず思ったことをそのまま口走ってしまいました……」
「いいんだよ。よくあることだ」
「伯爵、それで、このわたくしめに農奴の売却をご用命いただけますか?」
とヘンドリクスが顔を近づけて迫ってくると、伯爵はひょいと避けてこう言う。
「そうだな。しかしくれぐれも親子を引き離して売るとか残酷な真似はしないでくれよ」
と生ぬるい返事。
「所詮小娘にはわからぬ大人の事情というものがあるのだよ」
とヘンドリクスが勝ち誇ったように言う。エスメラルダは鼻を鳴らした。
「ふん」
ヘンドリクスは自分の執務室に帰ると従者を呼び寄せてこう言った。
「反抗的な農奴のリストを寄越せ。来週の市には間に合うだろう」
「はっ」
「それと……」
ヘンドリクスはにやりと笑った。
「あのエスメラルダといかいう女、元は農奴だったそうだな。ならば売られてしまっても構うまい」