オペレーションキャッツアイ
エスカドロン公国 ネスニチェフの関 陣幕
「どうするつもりだ伯爵!」
「命をむざむざ捨てるようなことはいけませんぞ!」
「二、三人では巨人とアリのような戦力差ですぞ!」
と色んな貴族が伯爵に声をかけてくる。伯爵にはわかっていた。
「これはいわゆるどうぞどうぞ状態だな」
「一体どういうことですの?」
「さっきの会議を見たろう。一人手を挙げればもうみんなはどうぞどうぞと譲る状態だ。要するに口だけ野郎ばかりということだ」
「まあ自分が一番かわいいもんでさ」
一行は王の間にたどり着いた。伯爵とがっちり握手を交わす。相変わらず仲は良い。
「わしにできることがあれば何でも言ってくれ」
「そうですなあ。まず私どもの作戦のために陽動作戦を仕掛けてもらいたいのです」
「なるほど。気を引かせておいて、伯爵達がその隙に関所内に忍び込むというわけか」
「ご明察です」
「して、どうすればいいのだ?」
「ここにうってつけの人物が一人おります」
「???」
『進撃開始!』
笛やラッパがあちこちで吹かれる。それまで自分の掘った穴にうずくまっていた兵士達が立ち上がる。
『駆け足!進めっ!』
しばらくして雨のような矢が関所より飛来してくる。
『盾を持っている者は空にかざせ!持っていない者は当たらぬよう神に祈れ!』
そこかしこで矢をはじく音、そして不運にも防ぎきれなかった者の悲鳴。
『前進、前進!』
多大な犠牲を払いながらも一歩一歩と関へと近づいていく。
「いやだー!いやだー!」
戦場に情けない声がこだまする。
「どこのガキだ⁉」
門をこじ開けるための攻城兵器がゆっくりと門扉へと近づく。
「あのクソ伯爵!死にさらせ!」
そこにはなんとロヨラが縛り付けられていた。美しい顔が汗と泥にまみれてとんでもないことになっている。
「うるさい攻城兵器だ」
と兵士達も閉口している。声のするほうへ敵の注意が集中するのは当然のこと。集中攻撃を受けた攻城兵器には既にハリネズミのように矢や槍が刺さっているが、それでも進みをとめない。
「ギャー死ぬー!」
とうとう着火した。攻城兵器は火達磨になりながらも、それでも歩みを止めない。敵も異常を感知した。
「なんだあれは!?」
ゆっくりと進みやがて門扉にまで到達し、門を揺さぶりだす。兵士が歓声を上げる。長大なはしごがどこからともなく用意され、兵士達はそれを城壁に立てかけた。敵も必死の抵抗を見せる。はしごを外され真っ逆さまに落ちていくもの、はしごに火がつきともども焼けるもの、戦況は一進一退を繰り返しているが、とにかく今回は今までとは違った。
「マジで死ぬー!」
ロヨラが叫んでいる。
「あいつまだ死んでいなかったのか!」
兵士達は不死身にも見えるロヨラの声を聞き、不思議と士気が上昇した。既に城壁の上では小競り合いが始まっている。いける、皆の心の中でそう思い始めた。
貴族の中で重鎮中の重鎮である大貴族ネクターが叫んだ。
「ポバティー伯爵を待つまでもなかったな!」
そのときであった。王に急使が走る。
「何だと!背後から敵?!」
そう。ロヨラに気を取られていたのは敵だけではなかった。王もロヨラに気を取られていたのである。エスカドロン公直々に率いられた敵の騎馬隊が、土煙を挙げながら背後に迫ってきていた。
「その数およそ三千!このままでは挟み撃ちになりかねません!」
「どうされますか、王よ!」
馬の地面を踏み抜く音がどんどん近くなっていく。門はまだ破れる気配はない。このままでは城壁の前で全員戦死を免れ得ない。戦いの趨勢が悪いとみて貴族たちが次々と脱落し始めた。手兵をまとめて撤退していく。大貴族ネクターもその中に含まれていた。戦いの流れは非常に速い。旗幟が悪くなるとあっという間にけりがついてしまう。
「ぐぬぬ。関はもう少しで落ちるというのに!」
流矢が王の白馬を傷つけた。棹立ちになった馬から振り落とされる。
「王様!」
「早く撤退のご命令を!」
既に最後尾の部隊は蹂躙されつつあった。突破につぐ突破。敵の狙いは王その命だった。
「む、無念」
突然戦場にファンファーレが鳴り響いた。皆が周囲を見回した。
「今度はなんだ!戦場はサーカスじゃねえんだぞ!」
「おい、あれを見ろ!」
なんと関所の門が開いていた。そこに三人の影がぬっと現れた。伯爵とエスメラルダ、リューリクだった。伯爵は手招きしている。王はその意味をとっさに理解した。
「関所へ入り、背後からの敵に当たる!駆け足だ!関所へ入るぞ!」
「駆け足っ!」
「駆け足い!」
兵士たちは鎧、剣すら捨てて一目散に殺到した。すぐ後ろには敵の騎馬隊が迫っているのである。生きるか死ぬかの瀬戸際であった。
「一足遅かったか!」
エスカドロン公が城壁に迫ったとき、関所はすべての兵士を収容し門扉を閉じていた。
「運のいい奴らめ!撤退!」
間一髪で全滅を免れたのであった。関所のあちこちではまだまだ小競り合いが続いていたが、完全占領も時間の問題。犠牲も多かったが、勝利はもちろんポバティー伯爵によるところが大きい。おかげで彼は鼻高々であった。
「いや、塩と砂糖を買い付けに来た経験が役に立ったな」
「抜け道をいくつも調べておいたのがここで使えるとは思ってもみなかったですな」
まだ戦時中にもかかわらず論功行賞はすぐに発表された。戦いからさっさと逃げた貴族の領土の一部がポバティー伯爵の所領となったのである。大貴族ネクターの元所領もその中に含まれていた。
「ポバティー辺境伯領はしがらみが多すぎてまともに経営できんが、新しい領土なら思うさま腕を振るえるな」
「もしくは、のさばっている家宰を新たな領土に異動させ、力を削ぐというのはどうでしょうか、旦那様」
「それもあるな」
「やっと我々の自由にできる土地なんでげすなあ」
と三人は三者三様で新たな土地について妄想をたくましくしていた。……戦争はまだまだ続いているし、その土地がどんなものであるのか知りもせず。
伯爵の現金:60,000ダカット
新規借入金:50,000ダカット
借入金の総額:700,000ダカット