無茶振りはやめましょう
ポバティー伯爵は考えた。なぜ望んでもいない任務をこなさなければならないのか。
いま伯爵はネスニチェフの関を望む小高い丘の上にいる。関は数十メートルの高さの城壁を誇り、幾千もの兵士が守備についているのが見える。たいまつが数メートルおきに設置され、夜になろうとしているのに昼間のように明るい。誰一人として通さない水も漏らさぬ構えだ。あそこにたったの三人で潜入し、攪乱をしてこなければならないらしい。
「えーっ!それは無理むりむりのかたつむりですよ旦那様!」
とエスメラルダは開いた口がふさがらないし、
「う、体調が悪くなってきやした、俺はパスでおねげえします……」
とリューリクは見え透いたウソを並べ立てる。
「それもこれも全部貧乏が悪いんだ!」
と叫んでみる。しかしそれは丘にむなしく響くばかりだった。
「まだですか伯爵?もうあれから一週間。みなさん潜入を待ってますよ?」
とロヨラが憎たらしいほどのすがすがしい顔でのたまう。
「ちょっと待てよ」
伯爵はあることに気付いた。
「確かにわしらの攪乱作戦が成功すれば報奨金が出て借金は返せる。しかしもし失敗したらどうなるんだ?わしらが全員戦死したらロヨラはとりっぱぐれるんじゃないのか?」
「ご心配はご無用です!伯爵の資産すべてに抵当権を設定させていただきました。もしお亡くなりになるようなことがあっても、その瞬間ポバティー辺境伯領の所有権は全て債権団に移ります」
だから安心して死んでくださいね☆彡と言わんばかりの顔でピースサインを作られた。
「金の亡者め絶対許さん……」
「何か言いました?」
「いや、何も」
実は伯爵には腹案があった。ちらりと従者二人に目配せをする。しかしエスメラルダは下を向いてベソをかいているしリューリクはまだ仮病を装っている。使えない奴らだと思いながら必死にアイコンタクトを取ろうとする。
「どうしたんですか伯爵?そもそもウインクできてませんよ?両目つぶっちゃってますけど」
「うるさい!お主には関係ない」
どうしてもロヨラがいないところで相談する必要があったのだ。
「ポバティー家だけで作戦会議する必要がある。外してくれんか」
「まあいいですけど……」
「ポバティー家、全員集合!」
全員集合と言ってもリューリクとエスメラルダがのろのろそばに寄ってきただけである。
「なんだかさみしいですな」
「うるさい!これも貧乏が悪いんだ!」
「おいたわしや旦那様……」
「泣くなエスメラルダ!一番泣きたいのはこのわしだ!」
しかし何やらごにょごにょ相談しだすと二人の目が光りだした。最後に伯爵がロヨラのほうを向いてニヤリと笑う。ロヨラはなぜかいやな予感を覚えた。
「いったい何なんですか?」
「秘密に決まっておろう!」
「おしえてくださいよー」
「やーだよ」
「……旦那様、なんと精神年齢の低い会話なんでしょう」
「……よし、リューリク!潜入は今夜決行する。王にその旨伝えるがよい」
「へい。わかりやした」
「ロヨラ、お前も出陣式には来てもらうぞ」
「……なんか怪しいけど、まあいいか。あんたたちが逃げ出さないかどうか見張る必要があるからね」
こうして万事は整った。とうとうポバティー家の命運を掛けた作戦、『猫の目』作戦と銘打たれたそれがいよいよ始まるのであった。