借りたお金はちゃんと返しましょう
数時間走り通すとようやく王都クペルチノの明かりが見えてくる。伯爵は時々こけそうになりながらもなおも走った。畑、町外れ、市街地を通り抜け、宮城を顔パスで突破すると王の居室へと一目散。
「お呼びですか国王様!」
「おうさすが伯爵は早いな」
肩で息をしているポバティー伯爵を見て王は驚嘆の声を上げた。
「もしや卿はずっと走り通しで来たのか?」
「ええ。経費節約のためです」
「……」
「で、何がご用命でしょうか?」
「う、うむ」
王が後ろを気にしている。伯爵が不思議に思って振り返ってみると、そこにはロヨラがこれまた肩で息をしてそこにいた。
「そなたは伯爵の新しい従者か?」
「何故ここにいるのだ!」
「はあ、はあ。債務者が逃走を図らぬように、債権者代表代理として当然のことをしたまで……」
「なんて奴だ」
よくもヒールの高いブーツで走ってこれたものだと王も伯爵もびっくりだったが、ともかく王の用件を聞かなければならない。
「して、ご用命はいかに」
「そ、そうじゃな。伯爵、もう少しちこう寄れ」
ロヨラに聞かれはしまいかと警戒しつつ、伯爵は王の声を聞いた。
「戦じゃ。エスカドロン公国と戦争が始まる。そなたにも戦ってもらうぞ」
戦と聞いて伯爵は気が重くなった。王が手を上げる。すると幾人かの衛兵が宝箱を持ってやってきた。
「これはいかに?」
「うむ。伯爵は領国の統治に苦労していると聞く。これで軍備を整えるがよい」
伯爵は涙した。箱の中には5万ダカット入っていたからだ。これも国王との信頼度がMAXのお陰である。自分の領土を省みず王のクエストをこなしたおかげだ。
「戦は一週間後に始まる。それまでに用意を万全にするのじゃ。伯爵には期待しておるぞ」
「ははーっ!」
月明かりがあるとはいえ周囲は暗い。夜明けの街道をポバティー村方面へ二つの影が走り去っていく。
「利子の4万ダカット返してくださいよ!」
「うるさい!王の金子に手を付けろと申すのか!これは軍備を整えるためのもの。わしが勝手に私用で使っていいものではないのだ。そのようなことが知れたらわしは死刑となろう!」
ロヨラはどこでも付いて来る。彼女なりに債務を取り戻して来いと厳命を受けているのだろう。
「どうしても4万ダカット返していただけないようですね?」
「当たり前だ!」
「仕方ありませんね。こんなことはしたくなかったのですが」
「何が仕方がないのだ?」
ようやく森が途切れ、目の前の景色が開けた。そこにはポバティー村、そして奥の方に城が見える。夜が白み始め、そこかしこで煙が立っている。朝飯の準備をしているのだろう。
村を駆け抜け、城門にたどり着いた伯爵が見たものは見た目にはいつもと変わらぬポバティー城だった。そのまま中へ駆け込もうとした伯爵を衛兵が押しとどめた。
「何をする?」
見るとその衛兵は伯爵が見たことがない者だった。要するに新兵なので主人の顔を良く覚えていないということなのだろう。
「わしはこの城の領主だ。知らぬものは誰かれなく中に入れぬというその見上げた服務態度は褒めてつかわそう」
再び通ろうとする伯爵を再度衛兵が押しとどめた。これがなかなかの怪力で押しても引いてもびくともしないのである。
「ええい!分からず屋め!」
小競り合いが始まった。くんずほぐれつ。しかしこの衛兵、レスリングに強いのか伯爵はいくら暴れても通ることはできなかった。
別に城には城門以外の出入り口はあったので(城壁に開いている大きな穴などは勝手口として使われていた)、ここまで門をくぐることに執着しなくてもよかったのだが、城主たるものどうしても正門から中へ入りたいようだ。
「わからず屋はどっちですか」
見るとロヨラが薄い胸板を上下させながらそこにいた。
「これは一体どういうことだ?!」
「わかっておいででしょう。伯爵」
ロヨラは気をつけの体勢を取り、胸元から一枚の証文を取り出した。
「ポバティー城は、債権者代表代理ロヨラによって接収されました。この城はもう伯爵のものではありません」
伯爵は目の前が暗くなった。あまりのショックにそのままパタリとその場に倒れてしまったのである。