ホームレス貴族誕生か
「では早速、差し押さえに入らせていただきます」
とロヨラと名乗った女が室内のものを物色し始めた。伯爵からすれば押し入り強盗以外の何者でもない。
「待て待て待て。まだ返さないとは決まっておらん」
「え、そうなんですか?」
ロヨラは心底驚いたとばかりに大きな目をぱちくりさせた。そして伯爵を見つめた。
「待てその視線、ゴミを見るような目つきだぞ!」
「いけませんか?」
「当たりまえだ!」
まったく非常識な奴だと伯爵は思ったが、おそらくロヨラの方でも貸した金を返さないとはなんと非常識な奴だと思っているに違いない。
「もう一度言うが、今日は返済期日だぞ!明日になってから来るのならわからなくもないが、少々早すぎる」
「そうでしょうか?」
返せないことは確定済みだとばかりにロヨラは伯爵を見下ろした。高いヒールのブーツを履いているということもあるが、身長がやたらに高い。伯爵は見上げる格好になってしまった。
「とにかく一日待ちたまえ。11万ダカットは何とか作ってみせる。何せ手元に6万ダカットあるからな。もうあと半分だけなのだ」
「それで、目処はついているんですか?」
「ついていない!」
伯爵は正直者でもある。あっさりと喝破し、ロヨラは黙ってそれを聞いていた。
奇妙な沈黙が生まれた。
「……」
「……」
「では、早速」
「だから接取は待てと言っておろうが!」
「何事もなかったかのようにスルーされやしたな」
「家財道具でも何でもいいから借金のカタに持ち出せ、と銀行団から言われておりまして、仕方がありませんよね」
「ベッドまで持ち出そうとしてやがりますぜ旦那!今日は地べたに寝るんですかい」
「あ、この城も一応接収します。建物に資産的価値はまったくなさそうですので、すぐに更地にする予定です」
「……」
ロヨラは胸元から『差し押さえ』とかかれたお札を取り出し、ここにあるもの全てにペタペタ貼っていく。カレンダーからただの万年筆にいたるまで全部持っていくつもりらしい。
「わかった。こうしようではないか!」
伯爵が大声を出すと、ロヨラがこちらを見た。札を張る手は休めずに、であるが。
「11万ダカットどころか、利子込みで15万ダカットで返済してやろう!だから今日のところはなんとか引き取ってもらえぬか」
「ダメです」
「普通こう言われたら聞き入れるのが常識だろう?話が進まんぞ?」
「常識がないのは、どちらでしょうね」
にべもなく却下されぐうの音も出ず黙り込んだ伯爵だったが、とにかく動くしかないと決意した。
「リューリク、エスメラルダ、村に行くから着いて来い!」
「どうするおつもりですの、旦那様?」
「このままでは貧困貴族どころかホームレス貴族になってしまう。……わかっておろう」
「旦那、顔つきが悪代官そのものですぜ」
「悪い顔してますわね。黄金色のお菓子でももらいに行くんですか?」
「いいから来るんだ!」
歩き出した伯爵一行だったが、カツカツとヒールの音がするので後ろを振り向くとロヨラが着いてきていた。
「債権団代表代理殿は差し押さえの準備はいいのかい」
「債務者が逃げないよう、監視しているのです」
「あっそう」
ポバティー村はそこそこ賑やかだった。重税に苦しむというわけでもなく、仕事がなくて暇ということもない。父親から村を引き継いだときは人口400そこそこの村だったので、今は倍くらいになっている。伯爵の領土経営の基本方針である適当運営が図らずも楽市楽座を生み出し、流通業の商人がここに集まり市を形成していた。交通の便も悪くないため、商会のバックオフィスとして利用されることも多い。
賑やかな酒場も、伯爵はいっぱいやりたくなる気持ちを抑えて通り過ぎた。その先にはサンバイン商会ポバティー支店とある。一行はそこへ入っていった。
ペタペタ音がするので見てみるとロヨラがまたぞろ胸元からお札を取り出して貼っていた。
「待て待て待て。ここは無関係の商会だぞ」
「連帯保証人というわけではないのですか?」
すぐに引き剥がそうとする伯爵だったが思ったより粘着力が強く、痕が付いてしまいそうなのでやめた。コツがあるらしくロヨラはぺりぺりと札をはがしている。
そこへ番頭と思しきものが出てきた。ロヨラが張った札を訝しげに見ている。
「これは何でしょうか?伯爵様?」
「気のせいだ。見逃してくれたまえ」
「はあ……」
「それで、融資をお願いしたいのだが……」
「本来ならば、抵当をお受けできなければ融資はお断りする流れになっているのですが、我が主人と伯爵様の仲を鑑みて、融資させていただきます」
ここまでクレジット審査が早かったためしはない。世界記録ものである。ここでもポバティーの人脈が生きた。首の皮一枚繋がった形になった。
「ここに5万ダカットございます。どうかお持ちくださいませ」
「ご主人によろしく伝えてくれたまえ!」
伯爵は勝ち誇った。借金は11万ダカット、残りは5万ダカットだったのでぴったりだ。手元には数百ダカットしか残らぬが、やはり借金を返済したという充実感はでかい。
「やりましたね、旦那」
「ここに11万ダカットある。代表代理はよく確認してから収めてくれ」
「……確かに、11万ダカットお受け取りしました」
「よし」
といって再び城へ戻ろうとしたときである。
「あと4万ダカット足りませんが」
「へ?」
「明日までに15万ダカット用意する。そう御自分で仰ったじゃありませんか」
「鬼かあんたは」
「第二ラウンド開始ですかい」
鬼の債権回収人、ロヨラは何食わぬ顔で城へ戻っていった。後ろ姿を見ていて彼女がはいている黒ストッキングに少し破れているところを発見したが、それを指摘した方がいいのか迷っているうちにそこへ早馬が現れた。
「伯爵殿は?」
「わしだが」
「王様がお呼びです」
根城が取られるという危急の時期にまたくだらないクエストか……ポバティー伯爵は天を仰いだ。
「旦那、王にパシられてますぜ」
「でも呼ばれたからにはいかないということはないだろう」
その後王都クペルチノに向かって猛ダッシュで街道を走りぬける男が発見された。伯爵であることはいうまでもない。やはり交通費節約のためであった。
5の月のポバティー家の帳簿
収入の部:12,000ダカット
支出の部:50,000ダカット
伯爵の現金:231ダカット
新規借入金:0ダカット
借入金の総額:580,000ダカット