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レインボの雑談

エスカドロン公国 フルーゼン中央市場


「良かったんですかい、旦那。あんな大判振る舞いして」

「まあ全ては王のお金、王国のお金だからな。わしの金でない以上ふんだんに使わなければならない」

「現金な旦那様ですこと」


フルーゼン中央市場の一角にゲルブ通りがある。倉庫街として発展を遂げた街区であり、基本的に静かで人通りも少ないところである。

「砂糖は旦那様の言いつけどおり、小分けにして各倉庫会社に預けましたわ」

「ならばよし」

現在砂糖の値段は最高価格で1キロ当たり78フローリン。1ケ月前と比べて倍近くになっている。


「おやあ?こんなところで会うとは奇遇ですね?」


声の主は公正取引委員会のレインボだった。伯爵としてはあまり会いたくない手合いだ。


「これはこれは従者殿もおそろいで。お散歩ですかな?」

「ええまあ。ここは静かだし考え事をするのに最適ですからね」

閑散とした通りの両脇には倉庫が所狭しと並んでいる。時折積荷の入出庫のために馬車の往来があるくらいで、基本はしんとしている。

「立ち話もなんですし、ちょっとそこでお茶でもしますか」

「それはやまやまですが、ちょっと急いでいましてな……」

と伯爵は逃げの一手を打ってみた。

「まあまあいいじゃありませんか。ここを歩いていたということはあなたも散歩か何かでいらしたんでしょう?まさか倉庫にご用があったわけでもありませんよね?」

「そりゃそうですが……」

痛いところを突かれ半ば強引に喫茶店に連れて行かれることになった。


「お前達は先に帰っていてくれ」

「旦那、ご武運を」

「どうか生きて帰ってくださいまし」

「ふん」

不吉な言葉を放つ二人と別れ、レインボ行きつけの店へと入った。奴は常連らしく店のマスターにおう、と挨拶をしていた。

「いやあそれにしても春ですねえ」

「そうですな」

伯爵はいらいらし始めていた。なぜ敵である男とのどかにお茶を飲まなくてはいけないのか。

「で、ご用件は?」

「まあまあ。そう焦らなくてもいいじゃありませんか」

と肩すかしをしてくる。相手の術中に嵌ってはいけないと思いつつ、早くここから逃げ出したくなる。

「で、ご用件は?」

「まあまあそう焦りなさんな」

とレインボ。

「お話でもしませんか」

「はあ」

完全に相手に主導権を握られている上、強引にここから立ち去るわけにもいかない。伯爵はお腹が痛くなってきた。

「いやね、うちのかみさんがね、最近何から何までモノの値段が上がって困るっていうんですよ」

「はあ」

「家計も苦しいって言うんですが、私みたいなしがない一小役人の薄給じゃどうにもできないことなんで、かみさんにも働いてもらおうか、なんて言ってごらんなさい。もうカンカンの大目玉ですよ」

「ははあ」

話がどこへ漂流していくのかわからず伯爵は警戒しようにもどこをどう警戒するばいいのかわからない。

「まあこの国の公正取引委員会が出てくるような事件もそうそうないですし仕事もあってないようなものなんですよ。それで、暇にあかせてちょっくら原因を調べてみようかと、そう思ったわけです」

「はい」

「あちこち聞いて回った結果、するとですよ、わかったんです。どうやらこの国で起きているのはインフレというものらしいと」

「……」

「物価が上がっている、と。でもそれはただの結果です。やっぱり知りたいのは何が原因なのか、ということです。これも聞いて回ったんです。いやあ嫌がられましたよ。何せこちらは公正取引委員会の調査員ですからね」

「で、突き止められたんですかな?」

「そう!そこです!」

レインボは何故か飛び上がらんばかりに喜んだので伯爵はびくっとした。まるで伯爵の返事を待っていたかのようだった。

「米に卵に肉に魚に砂糖から塩。何から何まで値段が上がっている。不思議じゃありませんか。こんな急に値段が上がるなんて。旱魃が起きたような騒ぎじゃありませんか」

「で、何だったんですか?」

「それが、ですよ」


レインボは少し黙り、伯爵を一瞥した。まさか全てを知っているのでは。そう考えると苦しくなってくる。その瞬間が永遠のもののように彼には思え、心臓が凍りつきそうになっていた。もはやしゃべってしまえ、そうすれば楽になるぞ。その目はそう言っているようにすら思えた。

「これ以上あんたのくだらないおしゃべりに付き合っている暇はない。これで失礼させていただく」

そう言い立ち去りかけた。伯爵は思った。逃げ切れた、と。しかし、である。


「何でなのか、知りたいとお思いじゃありませんか?」


レインボの声が彼を呼び止めてしまったのである。



資料

エスカドロン公国作物平均価格(フルーゼン中央市場卸値)

精製塩:キロ当たり20ダカット(前週比100%増)

砂糖:キロ当たり67ダカット(前週比60%増)


4の月のポバティー家の帳簿

収入の部:12,000ダカット

支出の部:52,000ダカット


伯爵の現金:110,000ダカット

新規借入金:40,000ダカット

借入金の総額:610,000ダカット


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