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潜入



「全く、大事な会議の途中だというのに。あいつらは仕方ないな。ルハンドの奴と戦闘になるかもしれないのによ」


その厳しい言葉とは裏腹に、魔王の表情は少し緩んでいる。


「魔王……楽し、そう?」


パタパタと小走りできたステラが、魔王の顔を見るなりそう言った。


「あれ?ステラお前付いて来たのか」


「うん……。で、どうして?」


ステラは小首を傾げながら、魔王の返事を待つ。


「というか、俺はそんなに楽しそうな顔をしていたか?」


「……結構」


「そうか、結構かー。まぁそう見えたんなら多分、俺がお前らの事を頼もしく思ったからだろうな」


そう言うと、魔王はニッと笑う。


「そんなの……当たり前。私達は、魔王の"仲間"……だから」


そんな魔王に対し、基本的に感情表現が乏しい彼女にしては珍しく、そのことを誇るかのように胸を張る。


「ハハハッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかよ〜!」


「アワワワワ」


実に楽しそうに、魔王はステラの頭を乱暴に撫でる。されるがままのステラの髪は、瞬く間にボサボサになっていく。魔王が手を離した時には、その長い髪がまるで突風にでも晒されたかのような有り様だった。


「魔王……」


「わ、悪い。ちょっとやり過ぎた」


「うむ……許す」


側から見れば、この2人を取り巻く雰囲気は顔は似ていなくとも兄妹のソレに近いものを感じるだろう。とても、この2人が魔王とその部下であるとは思えない程である。最もその評価は、2つの意味でステラの顔に不満を浮かばせることになるだろうが。


「さーて、ちょっと出掛けてくるかな」


「どこに?ご飯……は?」


伸びをしながらそう言う魔王に、ステラは訝しむ視線を向ける。


「いや、飯までには戻って来るよ。今日はオーガ20人分は食いやがる大食らいが居るからな。アリシアも作るのに時間掛かるだろ?」


そんな者は、この魔王城の数少ない部下の中で1人しか該当者はいない。


「でも……グランツは、外じゃ……ないの?」


「いや、あいつ今帰って来たみたいだからな。本当、あいつの魔力は馬鹿みたいに荒々しいから分かりやすい」


半ば呆れ気味な魔王に、ジトーとした目線が1つ。


「ど、どうしたステラ」


「やっぱり、魔王……はおかしい。普通……魔力の感知、なんて……出来ない」


「別におかしくねぇって。誰だって出来ることさ」


「出来……ないよ。視覚的に、言うと…光の届かない暗闇の中で……物を探すような、もの」


「それで言うと、俺の場合は月明かりのある中で物を探す感じかね」


「やっぱり……おか、しい」


ステラが拗ねるようにそう言うと、その頭に今度は優しく手が乗せられた。その手の暖かさを辿る様にステラが見上げると、そこには優しげな表情をした魔王の顔がある。しかし同時に、そこには寂しさのようなものも垣間見えるように思える。


ステラは、そう見えたことが不思議だったのか、それとも不安になったのか、それを探るように魔王を見つめる。


「ん、どうした?」


しかし、それは直ぐに鳴りを潜めた。今はもうその影すらもない。どこか憎めない雰囲気を持つ、いつもの魔王だ。


「……何でも、ない」


「?……じゃあ行ってくるぞ?」


怪訝そうな表情をした魔王の言葉に、ステラは小さくコクリと頷く。


「ご飯までには……戻る」


「ああ、分かってるって」


そう言って魔王はニッと笑う。そうして、魔王の姿は瞬きをした合間に消えていたのだった。



残されたステラは、魔王が先程まで立っていた場所を見つめると、「魔王の……バカ」とひと言呟くと、どっかの大食らいの所為で手が足りないであろうアリシアを手伝う為、パタパタとその場を立ち去るのだった。



*******


「さてと、確かこの辺にあるはずなんだけど……」


今魔王は、都市にいた。しかし、歩いている道は都市にしては入り組んでおり、通りはお世辞にも綺麗にされているとは言えない。空気も陰鬱(いんうつ)としている。おおよそ都市の明るい賑わいとは無縁な、そんな異質な場所を歩いていた。


「お!あったあった。ここだなーーって酷いなこれは」


そう言って苦笑した魔王の前には、木を適当に切って繋げたような、とりあえず建物としての体裁は保っているような店があった。店であるはずなのだが、立て札や看板などは見当たらない。魔王は、とある情報筋から"店"だと教えられていたが、これを鑑みるに調べて貰った情報が信頼性の薄いものだったんじゃないのかと疑ってしまいそうになるほどの佇まいだ。


「まぁでも、あいつが俺に嘘を教えると思えないしなぁ」


魔王は、若干の不満らしきものを滲ませながら、今にも壊れそうなその扉を開けた。


「成る程ねぇ、そういう事か。全く、情報をくれるのは有難いが割と重要な事が抜けてることが多いんだよなぁ……あいつ」


ため息混じりにそう呟く魔王の前には、ボロボロになったテーブルや椅子、ベッドなどとても生活感のある空間が広がっていた。何も知らずに入ったなら、外観に惑わされない奇特な強盗だろうと、さっさと出ていってしまうだろう。それ程までの貧しさも垣間見える。


「あ、あのぉ。何か、私の家にご用でしょうか?」


椅子に座っていたくたびれた格好の男の魔族が怯えを見せつつ、その目にはありありとした警戒心を持って魔王に話しかける。そう、実はこの中は無人では無かった。人が居たのだ。その数2人。その両方とも男性であり同じような装いだ。汚れの目立つ黒い服に、ボロボロのベルトをしている。


「ん?ああ、用ならあるよ。お前らの下にあるその敷物の更に下にだけどな」


暗に、地下にある"店"に用があるのだと含ませる。恐らくこの2人は門番みたいなものだろうと魔王は考えていた。


その瞬間、今まで怯えを見せていた男達の雰囲気が変化する。魔王の事を、店の存在を知る者だと判断したからだろう。


「……了解した」


内心、面倒ごとにならなかった事に安堵したのも束の間、


「ーーー合言葉を」


「は?」


合言葉を要求される。しかし魔王は、可愛いが面倒くさい事この上ない情報提供者から、そんなものがあるとは聞かされていない。その為、合言葉なんてものは知るよしもなかった。


「知り得ていないのなら、お引き取りを」


唖然とする魔王に対し、あちらの対応は淡白だった。恐らくこういう事が良くあるのだろう。


「はぁ。この件が片付いたら、あいつの頭を引っ叩いてやる。全く、何の為にこんな面倒なことをしたと思ってやがる」


そう言うと魔王は、男達に対して初めて"敵意"を向けた。だが、男達にとってこういった事も良くあることなのだろう。大した動揺もなく、魔王からの敵意を受け止める。


そして、男達は身体を僅かに揺らしたかと思うと、前のめりに倒れるのだった。倒れ伏した男達の背後には、手を下ろす最中の魔王が立っていた。まさしく刹那の出来事である。


魔王は男達を見やると、ため息を吐いた。


「取り敢えず、ベッドに運んでおくか。身体が痛くなるだろうし」


何とも的外れな事を言うと、男達をベッドに運んでいく。そうしてようやく、魔王は下に通じる床を確認する。


「へぇ、随分と上手いこと隠してんなぁ。これが"あんな奴"に出来るとも思えないし、協力者がいんのか?まぁ、口だけは回る奴だからな。上手いこと乗せたのかね」


魔王は、魔力を使う場所を絞る為に手をかざす。そして自身の魔力を、その床に干渉させる。


「ふむ。あれ、"硬質化"だけ?それにしては編まれてる魔力が多い気が……ってそうか。俺は癖みたいに、常に魔力を探知してるから分からなかったけど、これ"隠してある"のか。通りで思ったより魔力が多いわけだ。まぁ、それにしたって編まれている魔力に無駄が多いのは間違いないがーーーっと。よし、これで開いたな」



すると、魔王が手をかざしていた先、床に見えていた部分が扉に変わっていた。


魔法には"系統とされている"二種類の魔法がある。それは大まかに攻撃魔法、支援魔法と呼ばれているものだ。今回扉に掛けられていたのは支援魔法に分類されるもので、《ハイド》と《ロック》という名の魔法だ。《ハイド》は何かを隠したり、または隠れたりに使用される魔法である。《ロック》は対象を硬質化させる魔法だ。



こういった魔法を解く為には、込められている魔力以上の魔力をぶつけ、破壊する。もしくは込められている魔力の束を(ほど)く必要がある。魔王が今行ったのは後者の方だ。簡単にやっているような素振りの魔王だが、これには多大な集中力とセンスが必要になってくる。何せ、魔力は視認出来ないのだ。自身の魔力と干渉させ、その魔力で全体を把握していき、解いていかなくてはならない。魔力探知を行うことが出来る魔王だからこそ、この速さで解除する事が可能なのである。


「さて、中はどんな感じになっているんだか」


友人の家にでも行くような気の軽さで、魔王は階段の下へと下りていくのであった。
















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