いつもの終わり方
「さて…それでは会議を始めることとしようか。今回は私からも伝えておかねばならない情報はあるが、それは他の者の話を聴いてからにしよう。目新しい情報を持つ者はいるか?」
「俺はあるぜ」
ナクイがヒラヒラと手を振る。
「ほう、ナクイか。珍しいな…とすれば"人間"絡みか?」
「…まぁな」
「ハッ!人間の情報を掴んだ所で何の意味があるってたんだァ。あんな弱ェ奴らなんか、そこら辺の石ころと変わんねぇじゃねェか」
「其処までにしておけ、グランズ。確かに人間は我々より魔力量は劣る。しかし、よもやお前の目の前にいる男も、お前の言うその"弱い人間"だということを忘れてくれるなよ」
魔王の言葉に、グランズは目の前にいる男…ナクイを一瞬睨みつけると、軽く舌打ちをして不機嫌そうに口を閉じる。
まるで子供のようなその姿に、ナクイと魔王は苦笑する。
「……話の腰を折ってすまない。ナクイ、続けてくれるか」
「あいよ。前に伝えた通り、俺はここ最近人間の街に行っていたんだがな。どうも……あんたら魔族にとってはかなり悪い噂が流れてきてやがった」
「私達にとっての悪い噂だと?」
魔王は怪訝そうに眉をひそめる。他もそれは同様のようだ。
しかし、それもその筈だ。人間の地域では魔族は忌み嫌われ、その強い魔力から悪魔の手下とまで言われており、悪い噂などそれこそ人間がいる場所では何処にでもで流れているだろう。1つ救いがあるとすれば、魔族と人間の住む地域は標高の高い山によってまるで境界線のように続いており、お陰で互いに干渉することが殆ど無いという点だけである。
「あー、多分お前さんらが考えているような噂じゃあねぇさ。そういう話なら笑っちまう程出回ってる。俺が聞いた噂ってのは"勇者"のことだ」
勇者という言葉に、アリシアとグランズが明らかな疑問を顔に浮かべる。
「ナクイさん、勇者とは何ですか?」
「それ強いのか?」
「グランズよぉ、分からねぇ単語が出る度に強いかどうかを確認するってのはやめたらどうだ?だからお前さんは"馬鹿"って言われんだぜ?」
「殺されてェようだなァァ!ナクイよォ!」
「グランズ……落ち着け。ナクイも挑発するな。全く、何でお前らは会議の1つも落ち着いて出来ねぇんだ」
思わずという形で出てしまったような魔王の普段の言葉遣いだったが、とくに直す素ぶりを見せない所を見ると、この2人のやり取りに呆れて会議自体が少々面倒臭くなっているようだ。
そんな魔王の様子を見てか、グランズは「ぜってェブッ殺す」と呟くだけに留め、ナクイはあいも変わらず飄々とした態度を崩しはしないが「茶化してすまんな」と自覚のある一言を謝罪する。
「勇者ってのは教会が見出した……あー、なんつうか人間の間で神聖視されてるやつでなぁ。まぁ、神の使いみてぇなもんだ」
「神の使いだァ?ハッ!そんなもんに頼ってやがるから人間はいつまで経っても弱ェんだよ!」
「……それで、その『勇者』と言うのは、どうしてそんな神聖視されているのですか?」
「魔族に匹敵する魔力を有しているからだ。さらに言うなら、魔力量だけならそこら辺の魔族よりも遥かに多いって話だぜ?」
「ーーー成る程、それならば確かに神聖視されていてもおかしくはありません。しかし、それだけの魔力を有しているのならば、『勇者』自体を『魔族』だと揶揄する者達も多いのではないですか?」
「確かにその疑念は最もだ、嬢ちゃん。だがな、お前さんが考えている以上に教会への信頼というのは絶大だ。魔族などと嘯く輩はそうそういねぇだろうぜ。それに、勇者自体も高潔な精神を持ち、更には魔族をぶっ倒すとまで言ってやがるからな。そりゃ信仰も集まるってもんだ」
「おい、ナクイ。『言ってやがる』ということは、勇者の姿を見たのか?」
「ああ見たぜ?五年前の勇者と同じで、そいつも顔まで白銀の鎧を身に付けてやがったからどういう顔なのかも分かりゃしなかったがーーー」
ここでナクイは僅かに目を細める。
「『魔族は残らず叩きつぶす。そして平穏を我々の手に掴み取ろう!』なんて謳ってやがった。どうすんだ、魔王さんよ?」
魔王は、ナクイの何処か落ち着かない態度を見やると、
「ふむ……」
と言って少し考え込む。
だが、ナクイ以上に落ち着かないものが1人いた。グランズだ。グランズはもう待っていられないとばかりに立ち上がる。
「む?どうしたグランズ。突然立ち上がるなど。そんなに我慢していたのなら会議中であろうが構わんから行ってきても良いぞ」
不敵な笑みを浮かべながらそう告げる魔王に、臣下達は一様に驚きを隠せずにいた。それは普段あまり顔に表情が出ないステラも例外ではなく、
「い、いい…の?グランズに…いか、せて」
いつも眠たげな顔に少々の驚きを張り付けてそう言った。
「ふむ、別に構わんさ。溜まりに溜まったものをここで出されても面倒だ」
その言葉を聞いて嬉々としたのはグランズだ。
「おいおい魔王!マジかよ!行って良いのかよ!」
「ま、魔王様!?そ、その宜しいのですか?」
怪訝な表情をしながら様子を窺うかのようにアリシアは言った。
「構わんさ。どうしたグランズ、早く行ってこい。間に合わなくなっても知らんぞ?」
戯ける様にそう言った魔王の言葉に、グランズは一言「応!」と答えると、そのまま部屋を出て行った。
「じゃあ話の続きをするかーーーってどうしたんだよナクイ。そんな腹抱えて、"お前も"トイレに行きたかったのか?」
「「お前も?」」
どこか気の抜けた魔王のそんな言葉に、2人は頭の上に疑問符を。もう1人はというと、とうとう耐え切れなくなったと言わんばかりの笑い声を部屋に響かせた。
「く、クククッ……おいおい!魔王様よ。お前さんは本当に退屈しない男だぜ!」
「な、何だよナクイ。言いたい事があるならはっきり言えよ」
馬鹿にされたように思ったのか、拗ねたような口振りだ。
「いやいや、魔王様よ。お前さんがまさか勇者に興味があったなんて、俺は知らなかったぜ?」
ニヤリとした笑みを張り付けたナクイがそう言うと、その言葉を受け、魔王は誰が見ても心底嫌なのだろうなと感じさせる表情を浮かべる。
「勘弁してくれ。何で俺があんな歪な偶像に興味を持たなくちゃいけないんだ?面倒臭い」
吐き捨てるようにそう言うと、魔王は顔をアリシアの方に向ける。
「で、どうしたアリシア?そんな天を仰ぐように頭を押さえたりして。お前ってそんな信心深かったか?」
「いえ、一瞬でも喜んだ自分の愚かさを恥じているだけですので気にしないでください。そんなことより、魔王様は早くグランズを追ったほうが宜しいかと」
「え、どうしてだ?」
「グランズは今、勇者と闘いに出て行きましたから」
「……は?」
「ですから、勇者の元へむかっーー」
「いや!意味は分かってる!そう意味の『は?』じゃねぇよ!どうしてそういうことになってんのかっていう『は?』だ!」
「どうしても何も、魔王様が行かせたのでしょう?『我慢せずに早く行けと』」
「何言ってんだ!それはトイレに行ってこいという話で!ってーーー」
その言葉を最後に、まるで魔王の時だけが止まったかのように、固まったままでいること数秒。突然魔王は走り出す。
「グラァァァァァンズ!!ちょっと待てぇぇぇえええ!!」
「どうして会議の度にこんなに騒がしくなってしまうのでしょう」
そう言ってアリシアは溜め息を吐いた。
何故かボロボロになって連れ戻されたグランズは、そこら辺の魔族をぶっ倒しに行ってくると言い残し、すぐに何処かに行ってしまった。メンバーは欠けてしまったが、こうして会議は何度目かの軌道修正に入るのであった。
「さて、勇者の事については取り敢えず置いておくとしてだ。俺からも1つ伝えておきたい情報がある。第10位である"ルハンド"についてだ」
魔王の言葉に、途端にアリシアが苦虫を潰した様な表情を浮かべる。
「ルハンド……ですか。耳に入れたくも無い名前が出て来ましたね」
これに関しては、ナクイ、そしてステラすらも同意を示す様に頷いている。
「嬢ちゃんの言う通り、俺も耳に入れたくねぇ名前だ。彼奴は図体ばかりでかくて普段は頭ん中空っぽのクセによぉ、相手を苛つかせる事に関しちゃぁピカイチと来やがる。いやぁ、待てよ。空っぽだからこそ相手を苛つかせられるのかもしねぇなぁ!カッハハハハ!」
「あれ、は……脂が多い、から……良く燃える」
反応は様々だが、全員がルハンドに良くない印象ーーーと言うより、控え目に言って敵意を持っているのは明らかである。
それもその筈だ。何故なら、街に魔王の噂を流しているのは何を隠そうルハンドなのであるから。曰く、『第3位の魔王自体の実力は大したことは無く、第3位という地位もお情けで譲り受けたものである』。曰く、『その地位を利用し、気に入らない者は何者であろうと惨殺している』。等、不名誉な噂が数多く流されている。前々から第3位の魔王はやる気がなく、怠惰な生活をしているという噂が立っていた分、浸透度も高い。これに関しては完全に自業自得と言わざるを得ないことではあるのだが。
「あまりイライラするな。あんな噂、俺は1つも気にしてねぇよ。それより情報の共有だ。さっき、ステラと街に行ったって言ったろ?実は妙な動きをしてる奴を調べに行ってたんだがなーーーってどうした、アリシア?」
「いえ、魔王様の事ですので私はてっきり観光にでも行っていたのかと」
「アリシア、お前は俺を何だと思ってんだ。俺だってやるべき時は理解しているつもりだ」
「普段からその位行動力を示してくれれば尚良いのですけどね」
アリシアはそう言うと、心外だと言わんばかりの魔王に対して少し呆れを見せた。
「必要のない事はしない主義だ。まぁ、それでだ。どうやらルハンドの奴、俺達と"ランク戦"をやるつもりらしいぞ?」
「いつ来るのか思っていましたが、ようやくですか」
アリシアは魔王の指先に光る、赤い宝石のようなもので彩られた指輪に目をやる。その視線に気付いた魔王は、その手を前に掲げ何かを呟く。するとその宝石は姿を変え、ただの輪となった指輪の上に浮かび上がる。それは「Ⅲ」という数字を形取っていた。
「ああ、こいつが欲しいんだろ。ルハンドの奴は。全く、それにしても何で俺なんだ。あいつは10位なんだから取り敢えずは5位のエリスでも狙えばいいじゃねぇか」
「そりゃあ弱く見られてるからにきまってるじゃねぇか。お前さんは彼奴からみりゃ弱者。要するに潰すのは容易いとでも思われてんだろうよ」
「ったく、血気盛んなことだ」
「何言ってんだぁ、魔王さんよぉ?この世界は最初からこうだろう。血気盛んなわけじゃあねぇ。人間だろうが魔族だろうが、それは変わらねぇさ」
「……まぁ、そうだな。それは、当たり前の事……だったな」
何処か苛立ちをみせるナクイのその言葉に、魔王は表情に僅かな陰りを見せると、同意を示してみせた。
そんな重くなった雰囲気を弾き飛ばすかのように、乾いた音が大きく鳴り響いた。その音の正体は手を合わせた状態で此方を向くアリシアのものである。
「そんな事より!」
「そ、そんな事!?」
魔王は、笑顔でそう言ってのけたアリシアに思わず声が裏返ってしまう。
「ええ、そんな事よりです。魔王様、お腹が空きませんか?」
「ーーー確かにちぃとばかし空いてきたな」
その質問は余りにも唐突であった。魔王は困惑していたが、ナクイは何かを察したのか問いに対して肯定を示した。
「おいおい。ナクイまで何をーーー」
「お腹、空いた。アリ…シアのご飯、食べたい」
「って、お前もかよステラ」
呆れた様子をみせる魔王に視線が集中する。暫くすると、観念したようにガクッと頭が落ちる。再び上げたその顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
「しょうがねぇな。ルハンドの事への対策は飯を食った後にするか。俺は先に部屋に戻ってるからな。飯が出来たら呼んでくれ」
魔王はそう言うと、部屋から出て行った。そしてそんな魔王を追うように、パタパタとステラも出ていく。
魔王とステラが出て行った後のその部屋には」暫く静寂が訪れたが、そんな中ナクイが口を開く。
「すまなかったな、嬢ちゃん。気を遣わせちまったみてぇでよ」
「何のことですか?私はただ、魔王様がお腹を空かしているように見えただけですので。気にしないで下さい」
アリシアのその言葉に、ナクイはニヤリと実に楽しそうに笑みを浮かべる。
「ほぅ?」
「な、なんですか?ナクイさん。何か言いたい事でも?」
「いやぁな。その魔王愛が眩しいと思ってよぉ」
「な!?魔、魔王愛とはなんですか!魔王愛とは!変な名称を付けないで下さい!」
「カッハハハハ。いやいや、でも良かったじゃねぇか。少しは嬢ちゃんの優しさが届いたんじゃねぇか?魔王さん、少し笑ってやがったぜ?」
「違いますよ。あれは"そういうの"ではないんです。あれはただ単に、『急にお腹が空いただなんて仕方がない奴らだ』と思っていただけです。あの方は、自身に対しての好意にとても鈍感ですから」
アリシアは何処か寂しさを漂わせながらそう言った。
「まぁ、なんだ。その内嬢ちゃんの気持ちにだって気付くさ。だからあんまり落ち込む事ねぇさ」
気遣うように紡がれた励ましの言葉に、アリシアは首をゆっくりと振る。
「そうではないんです。ただ、考えてしまいます。どういった環境で過ごせば、あそこまで好意に鈍感になってしまうのかと。それはとても過酷であったに違いありません。それでもあの方は、とてもお優しい方です。だからこそ、その『ちぐはぐ』さが私には辛いです。何時もあの方は無理をなさっているかも知れないですから」
それを、ナクイは呆然と聞いていた。その独白にも似た言葉を。妹のように思っていた者の成長に。そんなナクイの姿に疑問を感じたのか、アリシアは「ナクイさん?どうかしましたか?」と声を掛ける。
その言葉で我に返ったナクイは、先程の態度を誤魔化すようにニヤリと笑う。
「全く。嬢ちゃんと初めて会ってから1年しか経ってないが、なんだか娘の成長でも見ているようだぜ」
「な!?娘って、ナクイさんと私では5歳位しか歳は変わらないではありませんか!」
「カッハハハハハ!歳なんざ関係ねぇさ!」
最後には、何時もの様にそんな楽しげな笑い声が会議室の中を響かせていた。