出会いと始まり
「ねぇ、あなたの名前は?」
曖昧な視界の中で顔を覗かれた。ゆっくりと重い瞼を開ける、小さな少女が微笑んだ。白いワンピースが血で濡れている。
怪我でもしたのかと思ったが、全て返り血だった。また少女が問いかける。
「ねぇ、名前は?」
うるさい話しかけるな、答えられるわけないだろ。そう言いたかったが答えられなかった、激痛に顔を歪める、鼻腔を鉄サビの匂いが香った。肉の焼ける匂いもする、轟々と炎が少女を背景にして燃えていた。
此処は人里離れた森、俺は不死の命を持つ化け物だ。頭側から生えた漆黒の角鋭い目、剥き出しにされた爪、血のように赤い腰まである髪。今日食料を探している時、人間共から襲撃を受けた。油断した、死にはしないが痛いものは痛い。俺を殺そうとした人間はそこら変に転がっているだろう。
「私の名前はね…●●●っていうんだ」
聞いてもいないのに少女は勝手に名前を名乗った。残念ながら名前の部分がよく聞き取れない、急激に深い眠気に襲われる。意識が遠のく寸前、
「"貴方も"…独りなんだね」
そう少女が悲しく笑った気がした。
真っ暗な場所に俺は立っていた、"またか"と思いながら歩こうとする。だが足がぬかるみにはまったように動かなかった。此処は俺がいつも見ている悪夢の中だ、時々俺の心情に答えるように"無意識"にこの夢を見せられる。
真っ暗な孤独な場所
とても寂しく冷たい場所
まるで自分は独りなんだと思い知らされる悪夢だ
ズブズブと足が沈み黒い海に引きずり込まれる。
身体が沈む度、骨が圧迫して軋み、息がしづらくなる。無意味に俺は黒い空に手を伸ばす。
こんな化物の手、誰も掴むわけが無いというのに
身体がほとんど沈み、視界が暗闇に包まれる瞬間。暖かく小さな手が化物の手を掴んだ、半ば呆れたような声が空間に響く。
「もうなにやってるの、沈んじゃうよ?」
だから早くおいで、引っ張ってあげるから。
グンっと勢い良く腕を引かれ、暖かく強い光に包まれる。そこで俺の意識は途切れた。
意識が覚醒するかしない狭間で歌が聞こえた、柔らかな風が頬を撫でる。瞼の裏できらきらと木漏れ日が散った。覚醒すると同時に、余韻を残して歌声は消えた。
「あ、起きた?」
ヒョコッ、少女が顔をのぞき込んでくる
白いワンピースに返り血の後はない、ニッコリと微笑んだ。少女を睨みつけ威嚇するように言う
「……………………………………………何だお前」
「失礼だなぁ、折角怪我の手当してあげたのに」
そこで俺は、上半身裸だということに気がついた。腕や腹には血の滲んだ包帯が巻かれてある。
「でもあれね、貴方には必要なかったみたいだね」
やっぱりなー、そう言いながら少女は俺の周りにある血のついた包帯やらガーゼを集め始めた。乱暴に包帯を引きちぎる、傷があった場所は再生し、跡もない。
それもそうだ、俺は不死なのだから。
俺はどうやら失血のせいで気を失っていたらしい、それをこの少女が介抱したのか。
少女見つめる。年齢は10歳程度だろうか、美しい黒髪に整った顔、幼さを感じさせない凛々しさがあった。
少女がこちらを振り向いた、慌てて目をそらす。
「あっ、せっかく巻いてあげたのに…取っちゃ駄目でしょ!」
「………………………うるせぇ失せろ」
一喝されたが無視して起き上がる、辺りを見渡すと一部だけ焼け野原となった森の中だった。辺りには焼け焦げた死体が転がっている。
「貴方を違うところに運びたかったんだけど、重くって出来なかったんだ。てかすごいねー貴方の身体。もう治っちゃった」
気が付いたら目の前まで迫られていた、俺の身長の半分もない幼い少女の手が傷があった場所に触れる
バシッ、思い切り手を振り払った。苛立ちげに吠える。
「触るな、人間如きが」
近寄るな汚らわしい
血肉を喰らう化物が
人間に言われた言葉を脳裏がよぎる、近づけば泣き叫ばれ怯えた視線を送られた。
歯を噛み締め睨み付ける、少女は一瞬目を見開いたが何か確信したようにニヤリと笑った。手を払われたことを気にした様子はない、やはり子供特有の幼さや感情がない、この少女は何かが欠落している。そしてくるりと後ろを向き走り去っていく。
少女の姿は、森の中に溶けるように消えていった。