17話 激昂の駆け引き
ぴくりとも表情を変えずにその男はそう言った。
正しいかって? そんなの決まっているでしょう。正しいわよ。絶対的に! 現に私達は皆に指示されている……あんたたちと違ってね!
そんな私の思いに応じるように、高坂会長がマイクを取った。
「……正しいですか。ええ、少なくとも、この改革でよい方向に向かっていると思いますよ。生徒の自立を促し、自分の頭で考えられる人たちが増えているのですから。そして、そうしなければ、常に進んでいるグローバルでの競争に打ち勝ち、また、イノベーションを生み出す能力が損なわれてしまうのですから」
「でも、この前の中間テストの結果を見る限り、過去より全体の成績が下がっていたんだが――競争力は落ちているんじゃないか?」
「改革の結果はすぐには出ません。一年、二年と時間が経つにつれて成果が上がっていくのです。でも、もう結果が出ているものあります。現にA組とB組では過去よりも成績が伸びています。間違いなく、この2クラスに続くように他のクラスも伸びていきます」
「……なるほど、あくまで自分が正しいとね……。ふふっ」
そう言って、その男は鼻で笑った。こんなに盛り上がっている会場なのに、こいつだけはどこか会場を見ていないように感じた。……なぜか不安になる。
こちらの勝利はもう決まっているはずなのに、何か起こりそうな気配がする。若干の胸騒ぎが襲ってきたが、そんな私を気遣うことなくこの男は再び口を開いた。
「知性の構造ってどういうことか分かるか?」
「……知性の構造ですか? 漠然としすぎていて、すぐには説明できませんね」
「……そうか。じゃあ説明してやるよ」
そう言って、僅かに間を置いた。明石瞳と比べものにならないぐらいの小さな存在感だが、どこか不気味な引力に引っ張られるようである。なぜかこの男の言葉に耳を傾けてしまう。
「例えば、真実ってのがあるとする。お前の言う正しさってやつだな。だが、この正解を見つけるのは不可能に近い。なぜなら、この世界は常に複雑に変動しているからだ。先ほど、お前の言ったグローバルだのイノベーションが典型だな。その影響も加えられて、今は激動の時代に突入したと言ってもいい。もはや完全に人間の認識能力じゃ現実は捉えられない」
高坂会長の目が強く光った。
いきなり反撃の糸口を見つけたかのように「でも、その真実を知らないと現実社会に対応できない。過去と違い現在だからこそ、そのための情報技術や科学技術があるんだよ」と、すかさず反論する。
しかし、その言葉を受け取ったのか受け流したのか分からない様子で、その男は言った。表情が全く変わらない。――瞳は黒いままだった。
「残念ながら、完全に捉えるのは無理だ。だが――近似させることはできる。しかし、それはひとつの知識じゃ駄目だ。真実という円の上に接線を引いただけであって、僅かに真実に接しているだけだ。しかも、そのたった一つだけの知識だけを伸ばせば伸ばすほど、接線は円から離れていく」
……何を言っているんだ、こいつは?
高坂会長の反論の答えになっていないように感じる。……誤魔化している?
「だから、方法はただ一つ。正解に近づくには、様々な分野の経験や知識を積むことしかない。経済学、政治学、法学、社会学、心理学、医学、工学、理学、農学、教育学といった様々な学問だけじゃなく、家族関係、友人関係、はたまた、恋人関係といった社会との関わりを通していく中で人は正解に近づく。異なる分野の経験や知識という無数の接線を繋ぐことで、四角形が五角形になり、五角形が六角形になり、六角形が七角形になり――ついには、真実という円に近づいていく。完全に一致させることはできないが、ある程度までは迫ることができる。ただ、あくまで多様な経験と知識を得ていけばの話だが……」
そう言って下らなそうに目を細めた。心底つまんなそうな表情が顔に出ている。
まるで、お前らはそうじゃないと言われているようだ。
「でも、それは長い年月が必要なんだよ。俺達のような不完全な人間にとってはな。特に学生なんか知識も経験も不足している。つまり、馬鹿なんだよ、俺達は……。悲しいほどにな。だから不良にもなるし、尻軽女にもなるし、粋がって生きようとしたりする。そんな人間なんだ、俺達は。全然、素晴らしい人間なんかじゃない……。だとすると、高坂。お前、単なる学生の分際で――まさか本当に自分が正しいとでも思ってんじゃねーだろうな?」
――何なんだ、こいつは!
まるで人を信じていない。いや、失望しているのか? 開き直りにも近いその抗弁は、高坂会長を非難しながら、自分をも否定している。だが、それにも関わらず、自分の意見は曲げようとしていない。完全に矛盾している。なぜだ?
何だ、その言葉遣いは! と、会場から声が上がった。だが――。
信じがたいことに、無茶苦茶な理屈を振りかざしながら、全然この空気に動じていない。味方は二人は絶望し、周り全員が敵であるはずなのに……。
はっと息を呑んだ。
無意識にその男の両隣を見ると、頑なに見つめている二人がいた。白崎立也を。
全てを白崎に預けているような表情は、決して先ほどの惨めな姿を映してくれなかった。
「白崎君の言ってることは分かりますよ。ただ、僕達学生にしかできないことはあるんですよ。固定観念に凝り固まった大人の方々では、出てこない発想を出せるのは若い学生しかいませんからね。現に、ここ二十年以上不況が続いているにも関わらず、今の大人達は有効な対策を取ることができてないじゃないですか! だから、僕達が変えていかなければならないんですよ!」
高坂会長が不穏な空気を切り裂くように、白崎を正そうとする。
――でも、できるのか?
「固定観念に囚われているのは本当に大人だけかな。むしろ、何にも考えられない学生のほうが多いんじゃないのか? 経験も知識もない俺達がどうして大人より優れた発想ができるんだよ。薄っぺらな奴らが縋るのは結局、多くの人間が正しいと認識しているものだろうが!」
そう言って、いつのまにか持っていたボールペンを机に叩きつけた。飛び上がるような勢いで跳ね返ってステージを転がる。慌てるように転がり落ちたボールペンの姿は、なぜか私に見えてしまう。
最初の挨拶は、まるで手加減をしていたと言わんばかりの態度である。どこからこんな声が出るんだ。決して大音量ではないのに、心に鈍く効いてくる。
ここからが本番だ。容赦なく攻撃するから覚悟しろよ、と。その眼光に竦んでしまう。
「それは違います。既存の考え方というものはなかなか変えられません。そして、ぬるま湯につかっている人間が現状を改善しようとはしません。残念ながら、既得権益というものは現実にある! だから、変えるとしたら、僕達しかいないんですよ! 生まれた時から不況が続き、厳しい世界に生きている若者が!」
高坂会長がそう言うと、白崎はまた鼻で笑った。
何の不自由もなく育っているお前が、よくまあ言えるなあ、と。
「確かにそれはおまえの言うとおりだ。だが一方で、甘やかされ、何でもぶっ壊せばいいといい加減に考えている奴らは腐るほどいる。しかもいい年したおっさんの癖にな……。自分がどれほど規制に守られているか自覚してねえんだよ、こいつらは。だとすると、尚更お前の考えは論外だ。現状を破壊し、改革を求めるのは、お前の言う馬鹿な大人達と一緒だ。責任ある立場の奴が言う言葉じゃない」
頬杖をついて、真っ向から高坂会長を睨みつけた。心底、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度だが、その表情は真剣そのものだった。
言葉で相手をやり込めれば、普通の人間は愉悦の表情を浮かべるはずだ。自分が相手より上に立った証拠なのだから。だって、私をやり込めようとするそんな人間をいくらでも見てきたから。
……でも、こいつは違う。
認めたくはないが、弁が立つ。無茶苦茶な態度と言葉遣いなのに、説得力もあるように見える。高坂会長が相手なのに、一歩も引いていない。それなのに、しゃべればしゃべるほど、こいつの顔が険しくなっていく。
なぜだ? 普通は誇るだろう? あの高坂会長とやり合ってるんだぞ。互角以上に戦っているんだぞ。この上なく高揚感があるはずだ。
しかし、私の思いと裏腹に、こいつは押せば押すほど、表情に苦渋の色が浮かんでいく。はっきりとした論理と言葉を紡ぐその強い姿と対照的に、その顔を見続けていると、私達に興味を失くしているように感じた。
いや、最初から興味すら持ってもらっていない?
底を見せてくれないその姿は、まるでお前らと関わりたくないと言われている気がした。
「――でも、白崎君。現状を変えなければ、事態は変わらないことは事実だよ。この状況を維持していけば衰退していくだけだ。それでもいいのかい?」
高坂会長の口調が小さくなった。常に強気で相手をやり込めていた会長が、後手に回っている。自分の主張を早々に切り上げ、単なる質問をする姿なんて見たことがなかった。
想定外の敵の出現に慌てているのだろう。私なんかでも分かる。たぶん、高坂会長の頭には、明石瞳しか入っていなかったのだろう。彼女さえ倒せば、勝利は確定すると算段していたに違いない。
予想外の出来事で明石瞳が倒れてしまったが、その安堵感がかえって裏目に出てしまった。勝ちを確信した時の思いもよらぬ反撃は、通常よりも大きく効いてくる。そんな心理は、スポーツでもよくあることだ。そして、いくら高坂会長といえども同じだろう。
こんな伏兵、想定していない! 高坂会長も、私も、そして、会場の観衆も!
「俺達が目指すべきことは改革ではなく、改善だ。今ある制度を維持しながら、問題を徐々に修正していくしかない。過去積み重ねられてきた制度を維持し、現状に合わないものを変えるだけしかできない。未熟で間違いやすい俺達にとって、大幅に変革するなんておこがましいんだよ」
まずい、このままじゃ……。
「しかし、新たなものを生み出すのは若者の特権だ。そんな消極的な意見じゃ決して未来は作れない。リスクを取れなければ、人間は成長しないんだよ。一度、やらなければ分からないことだってあるんだ」
どんどんと追い詰められ……。
「ユースバルジっていう人口学で大胆な仮説があるが、これは若年層人口比率が高いほど、暴動や内乱やテロといった社会を揺るがす出来事が起きやすいと言われている。血気盛んな奴らの行動を止められなかったらどうする? 一昔前の学生運動のように、くだらない馬鹿騒ぎが大きな社会混乱をもたらした。一度の間違いが、取り返しのつかない結果をもたらすことだってあるんだよ……。そう、A組とH組の抗争のように」
――だが、白崎がそう言った瞬間、高坂会長の目に光が宿った。
目にも留まらぬ速度で、反撃の糸口を探していたのだろう。些細な一つの言葉から、自分のペースに引きずり込もうとするようなきっかけを探し出していた。
今まで見たことのない鋭利な瞳、――思わずぞっとした。
「……へえ、A組とH組の乱闘ですか。確かに大きな事件でしたね……。正直、僕も驚きました。あんな事件が勃発するなんて想像もしていませんでしたしね」
高坂会長は、そ知らぬ顔でそう言った。でも、私には分かった。少しでも隙を見せれば、すかさず食らいつく獰猛な目を隠している。背後から忍び寄り、白崎に鋭く光ったナイフを突きつけようとしている。
「ああ、お前は今回の改革の弊害とは思っていないみたいだけどな。でも、H組がA組に対して不満に思い、事を起こしたことは明らかだ。だとすると、お前は、まともに今回の事件の原因を考えたことがあるのか?」
高坂会長は僅かに顔を伏せる。心底笑いが止まらないのか、顔を白崎から隠した。いや、会場全体から隠していた。ナイフを隠していた。いや――突きつけた。白崎の首に。
かかった。そう思っているのは明らかだった。だけれど、ゆっくりと顔を上げた時には、真面目な顔がそこにはあった。
「……それは、いつも考えてますよ。この学校改革の是非についてもこの事件が大きく関わっているんだからね。それに原因は分かっていますよ。だって白崎君。君達の行動がそう言っているんだからねえ……。よく頑張ったね、本当によく頑張ったねえ――三人だけで!」
高坂会長がそう言った時、白崎の表情が初めて変わった。
内心は興奮していて気付かなかっただろう。自分の失言に。その言葉だけは決して言わないと思っていたんだろうが、もう遅い。
「君達が公開討論を申し込んできた時、メンバーは何人でしたか?」
高坂会長がそう言うと、白崎は答えなかった。
「……言えないですよね。君たちにとって都合が悪いことですから――皆さん聞いてください! 白崎君たちは三人で討論を申し込んできたと皆さんは思っているでしょうが、実態は違います。もう一人いたんです。H組の鈴木純一君という生徒が!」
高坂会長がそう言うと、会場がざわめいた。『鈴木純一』、『H組』、というキーワードが何を意味するのか、勘の鋭い者なら気づくだろう。
「おかしいですよね。四名で公開討論を申し込んで来たのに、君達は鈴木君を外して三名にした……。これは何を意味するんでしょう? その意味は一つ。君達は決定的な過ちを犯してしまったんじゃないですかねえ」
「……決定的な過ち?」と白崎が呟いた。先ほどとは打って変わって、その口調はとても小さいものだった。必死に取り繕うとしている顔だった。
「鈴木君の父親はT大の教授だ。日本最高の大学にして、その頂点に立つ者。君達はその権力を利用して、この公開討論を盛り上げようとした。親子の不仲を利用して注目させようとした。君達が煽ったことは、はっきりと鈴木教授から聞いている。だから、君達は、最初、親子対決ということで、盛り上げようとしたんだろう。でも、今回はできなかった。どうしてか? ……その理由はただ一つ」
会場全体が高坂会長の言葉に聞き入っている。その様子を脳裏に焼き付けるように、高坂会長は会場全体を見つめた。そして――。
「君達がA組とH組の対立を煽ったからだ。だって、おかしいでしょう? 最初の目論見以上に、鈴木君が出れば対立が盛り上がることは確実だ。偶然にも学校を揺るがす事件のH組に鈴木君は所属している。競争の弊害として生まれた自分がどう生きているのかを訴える絶好の機会なのに」
偶然、という言葉を高坂会長は強調した……本当に何で忘れていたんんだろう。
こんな弱点を奴らは持っていたじゃないか。
「それをしないってことは、自分達の悪事が僕にばれてしまったからだ。ばれた以上、ここでA組とH組の弊害を訴えても説得力はないし、むしろ真実が暴露される可能性だってある。だから、できるだけボロを出さないために、鈴木君を出さなかった。明白な証拠がない以上、この事件は話題にしないほうがいい……君はそう思った。現にH組の人間がこの会場に一人もいない。普通なら、君達の仲間を集めるはずなのに……。下手をすると、H組の人間がボロを出すかもしれないからね。徹底的に事実を隠蔽しようとした。大方、僕からこの話題を振った時は、強引に誤魔化そうとしたんだろうけれどもね。『そんな憶測で話すなんて議論の趣旨と反してる』なんてことを言って、話を摩り替えようとしただろう」
話し続けるにつれて、高坂会長が大きく、そして白崎が小さくなっていくように錯覚した。でも、見間違いではない。
苦虫をかみ殺したような顔は、化けの皮を剥がされまいと必死の抵抗だった。
「でも、君は自らこの話題を出した。興奮して気付かなかっただろうが、自分でこの話題を出したってことは、僕の追及から逃げられないってことだ。僕から話を振っていない以上、別の論点に話を摩り替えることはできない。自分で出した話だからね。だからこそ今まで細心の注意を払って、A組とH組の騒動を話題にしなかった……。明石さんと中川さんもかわいそうにねえ。今までの様子からすると、打算的な君を信じていたようだ。こんなに小細工ばかりを弄していたのに。でも、君達二人は裏切った。僕達だけではなく、大切な仲間まで! 反論があるなら聞くよ。いや、聞かせてくれよ! …………ねえ、白崎君。なんで鈴木君がいないか教えてくれるかい?」
そこで高坂会長は息をついた。
その顔はこれほどないまでに自信に満ち溢れていた。徹底的に宿敵を叩いた爽快感が体中から溢れ出していた。決して流れる水を止めることなく、そのまま微動だにしなかった。
空気を読むように、会場全体が沈黙した。皆が静まった。
むやみに騒ぎ立てるのではなく、ただ、静かに、その言葉を待っていた。高坂会長も、会場の聴衆も、そして私も――待っていた。
白崎立也が敗北を認める瞬間を。
「……ったな」
何か声が聞こえた。か細い声に高坂会長は笑った。マイクを通しているのに、それはないだろう。もっとはっきりと言え。
「なんだい。聞こえないよ?」
再度、高坂会長が言った。これじゃ、僕がいじめているみたいじゃないか、というような困った顔を作った。ただ、みんな分かっている。それは振りだということに。
だから、もっとやってくれと訴えていた。早く。早くやれと。こいつを引きずり出せと。会場全体が闇黒に包まれたように感じたが、私には心地よく感じた。暗い暗い世界であるはずなのに、ここは美しく輝いていた。ここは楽園であった。
――そう思った瞬間だった。
突然、ガーと耳に障る雑音が鳴ったと思ったら、この舞台ではない、どこかから大きな音が聞こえた。
『……でも、A組とH組の乱闘が始まった時はやばかったな。俺達生徒会にも被害が来るとこだった。お前もよくやったな、高坂』
なんだ、この声は? 山崎副会長?
『まあ、結構厳しい状況だったけどな。所詮はH組だ。あいつらが悪い以上、自業自得だ。……それにしても明石瞳。あいつは厄介だな。何とかして潰さないと』
ざわざわと会場内から声が上がる。どこからからか、声が漏れている?
これは――全校放送用のスピーカーから声が流れている? 「なんだ、これは?」と顔を左右に動かしながら、高坂会長が呟いた。
でも、そんな戸惑いを気にすることなく、高坂会長の言葉は止まらなかった。
『まあ、確かに厄介な女だけどな。でも、もう大丈夫だろう。青沼とか言う奴が馬鹿やったおかげで、あいつらは完全に追い詰めれているからな。後は、俺達の独壇場だ』
『いや、油断はしないほうがいい。追い込まれて無謀な手段に出ることもあるからな。それに、やはり明石を叩く方法を考えておかないとな……馬鹿な女共を煽るか。いや、盗聴器も増やした方がいいかもな。H組だけじゃなく、文芸部も念のため、監視させろ」
――えっ! 今なんて言った?
今の言葉は、何だ? 何か聞いてはいけない言葉が聞こえてきた。
会場のざわめきが一段と大きくなった。誰もが顔を見合わせ、何が起こったか分からない様子である。ハプニングを大好物とする、マスコミの人達すら戸惑っている。カメラが大きく揺れている。一台だけじゃない。二台。三台……、無数の衝撃が会場を襲っていた。各専門分野で多大な力を発揮している先生達も理解できていない。政府の権力者の一人でもある、大津武彦さんでさえも目を大きく見開き、忙しなく視線を動かしている。
誰もが困惑している。いや――。
そんな異常な状況に関わらず、たった一人の男だけは、まるでこの会場の喧騒をあらかじめ予見していていたかのように、顔を歪めて笑っていた。
「……まんまと嵌まったな。高坂」