16話 やはり女はクソである
その声は、私、西島智子には決して出せないものだった。
凛と響き、聞くものを魅了するとても綺麗な声であった。
その女子生徒、明石瞳の表情は、今にも突撃しようとするかのように獰猛であったが、なぜか魅力的に映ってしまう。
「他人を誹謗中傷してにやついてんじゃないわよ。あんた、それでも副会長なの?」
そう言って、鋭い目で山崎副会長を睨みつける。「おお、怖い!」山崎副会長は両手を挙げ大げさな仕草をしたが、明石瞳は取り合わなかった。
「西園寺さん! 司会は何をやっているの! 人を貶めるような発言は反則行為でしょ! 撤回しなさい!」
物凄い勢いで怒鳴り込み、西園寺さんはびくっと肩を上げた。
「そ、そうですね。確かに不適格な発言でした。山崎副会長、今の発言は撤回してください。議論と関係のないことは、本質を誤らせますので……」
西園寺さんが気まずそうに言うと、山崎副会長は「ええ~、本当のことなのにな~」と両手を頭の後ろで組みながら言った。その様子を見て、より一層眼光が鋭くなった。
「あんた、そんなんだからつまんない人間なのよ。だから――B組の先輩に振られたんじゃないの? 可哀そうだから名前は出さないでおくけどね。あんたじゃなくて、その先輩がね! でも事実でしょ?」
そう明石瞳が言うと、山崎副会長は表情を変えた。
顔が微かに動いたために、眼鏡がずれてしまった。
だが、気が動転してしまったのか、触ろうと伸ばした手が上手く眼鏡を捕らえられず、そのまま跳ね返っていった。その慌てふためいた動作と険しくなった顔が対照的であり、滑稽に見えてしまう。
強烈なストレートパンチだ。
「な、なんだその態度は! しかも勝手に人の個人情報を暴露して! そんなの、お前の方が悪口を言っているんじゃないか! お、おい、司会、こいつの方がどう考えてもおかしいだろ!」
山崎福会長は動揺した気持ちを隠すように声を荒げた。大きな声が再び西園寺さんを襲いかかる。ちょっと同情してしまう。
「た、確かに今の発言は……。明石さんも他の方を貶めるような発言は控えてください。ここは学校の改革の是非を問う場なのですから……」
西園寺さんは、もう一杯一杯という感じで言った。そんな西園寺さんを一瞥しながら、澄ました顔で明石瞳は発言した。
「あら、ごめんなさい。でも、言われて分かったでしょ。誹謗中傷することが、どれだけ不快な気分になるか。――特にかなでちゃんのように白崎なんかを庇おうとする優しい子にとってはね。だから、こんなくだらないこと、もう言わないわ」
そう言って、髪を払った。その仕草一つ一つが鮮やかに嵌っている。
どうしたら、こんな人になれるんだろう。
「それと、山崎副会長ですけれども、先ほどまでの発言を考えると、ひどく小さい人間にしか見えませんよ。……ああ、これは悪口とかじゃなく、副会長自身が矛盾しているって意味です」
「……矛盾だと?」
山崎副会長が、前かがみになりながら疑問を口に出した。でも明石瞳は、軽く受け流すかのように言葉を続けた。
「ええ、あなたは先ほど、周りが弱いから練習ができないって言ってましたけど、その発言自体が甘いと思います。本当に真剣に取り組んでいる人だったら、そんなことに不平不満を言わずに練習するはずですから。しかも、不真面目な部員がいるならば、自ら教育して部活を盛り上げていくはずだわ。それを怠っている時点で、あんたの努力が全然足りないのよ! それなのにぶつくさと文句ばかっり言ってて、恥ずかしくないの? へらへらとふざけている癖に、人のせいにしてるんじゃないわよ!」
そう言って、荒っぽくマイクを置いた。
――いや、叩きつけた。
机にマイクを押しつけながら、正面を堂々と見据える。好戦的な瞳に、揺るぎない意志を感じる。こんな態度は、屈強な男子生徒にも出せないってほど迫力がある。
「……な、何を言っている。俺はちゃんと努力している。周りの人間がちゃんとやらないだけだ!」
狼狽を隠すように怒鳴り声を上げるが、明石瞳は鼻で笑った。でもたぶん、その仕草は見る者に不快を与えない。
「見苦しいわよ。あんた、自分で学校改革は自立を促すために必要だって言ったじゃない。そして生徒会はその先頭に立っているんでしょ! だったら、他人を切り捨てるんじゃなく、自ら立てるように導かないと駄目じゃない。それが生徒会でしょ! それをしていないってことは――結局、あんたは自分のことしか考えてないのよ!」
再びマイクを手に取り、怒涛の勢いで明石瞳がそう怒鳴った。
山崎副会長はわなわなと体を震えさせるしかできなかった。
人がこんなに震える姿は初めて見た。怒りと屈辱で体の感情が抑えられていないのは明らかだった。口を開けようとするが、言葉が出てこないのだろう。パクパクと口を開いては閉じ――やがて止まった。
そして、山崎副会長の動揺が影響してか、会場の空気は再び微妙なものとなり、なんとも言えない異様な雰囲気となった。
が、その空気を断ち切るように、涼しげな声が隣から聞こえた。
「――確かに明石さんの言うとおりですね。生徒会である以上、自分だけではなく、他の学校の生徒の力にもなれるように努めなければならない。誠におっしゃるとおりです。そう言う意味では山崎君の主張は間違ったものと言えるかも知れません」
嘘だろ、というような表情で山崎副会長が顔を上げた。私から見ても、その顔はとても哀れなものであったが、高坂会長の表情は一向に変わらなかった。
「でも、僕は彼の主張と学校改革の是非は直接関係はないと思っています。それは、そちらの中川さんも言っていたことですしね。大事なのは、皆が自由に活動し、自立できるような学校を作り上げること。ここが論点になると思います」
あくまで冷静に、高坂会長は言葉を繋いだ。
「だったら、自立した人間がそうしてできるのか考えたほうがいいんじゃない。さっきもかなでちゃんが言ったけど、社会があって個が作られるのよ。行き過ぎた自由は、逆に不自由に行き着くわ。何もできない人間を作っちゃうのよ」
「それは、極端な場合のみだ。今までの学校は規制が強すぎて、何もできなかった。それは否定できないことでしょう。それなのに、なぜ自由を否定するんですか!」
「否定はしてないわよ。要は程度の問題よ。しかも、そんなに簡単に制度を変えられるほど、私達は人間が出来ているの? 単なる学生なのに。そんな考えおこがましいと思わないの!」
でも、駄目だ。流れは変わらない。高坂会長の発言一つ一つに矢継ぎ早に答えてくる。たぶん探せば粗があるとは思うが、あれだけテンポよく話されれば判断が追いつかない。
しかも、あの口調、表情、仕草、その全てが魅力的に映る。凡人には出せない雰囲気をまとい、発言する姿は、高坂会長にも負けていない。強気な姿勢を崩さず、内面の澄んだ感情が外見として現れている。指先一つとっても艶やかだ。爪まで綺麗だ。
そのため、あの高坂会長が苦戦をしている。高坂会長に匹敵するなんて考えたくないが、この女だけは認めざるを得ない。
その後も、怒涛の勢いで論戦が繰り広げられているが、徐々に差がつき始めている。高坂会長は冷静に対応しているが、その圧倒的な気迫に高坂会長だけではなく、会場全体が押されている。まずい。このままじゃいけない。
ついには「……まいったな」という言葉を口に出し、高坂会長は息を吐いた。
このままじゃ押し切られてしまうかもしれない。それぐらいの勢いが彼女にはある。
何が彼女をそこまで必死にさせるんだろう? こんな圧倒的不利な戦いを挑んで得られるものなんて、彼女にはないはずなのに……。どうしてなんだろう?
でも、羨ましい。
状況は切迫しているのに、彼女の姿を見ているうちについそんなことを思ってしまう。背伸びしたってどうにもならない高く伸びた壁が、私と彼女の間にはあるのが分かる。
どうしてこうも違うんだろう。
同じ人間なのに。性格の良さ、表情の豊かさ、声の張り、頭の良さ、運動神経――そして顔の作り。全てにおいて負けている。
どこか欠点があればよかったのに。そうすれば劣等感に悩まされることはないのに。どんなに努力しても適わないことが分かる。私みたいな人間とはそもそも次元が違う。
私だってこんなに頑張っているのに、――決して届かない。
「はっきり言って、自立しようと思えばできるのよ。それは自分の意思でね! 既得権益とか圧力団体とか、変にかっこつけて人のせいにするんじゃないわよ!」
だからか――その一言が、冷たく私の中に入ってきた。
怒りでもなく、苛立ちでもない。すーと、黒く曇り亘る邪気が私に忍び込んだ。そのまま私の体の中で、鈍く広がっていく。何か私ではない自分が生まれてくるような気がした。じわじわと虫食いにされたように、生気が失われていく。
だから「……ひとついいですか?」と、私が言ったことに、最初は誰も気付かなかった。
マイクを通しても声が響かなかった、暗くつまらない声だったから。彼女のように透き通ることがなかったから。
そのため、明石瞳も気付くことなく話を続けようとしたが、ふと話をやめた。
「なにか、反論でも?」という自信に満ちた顔をしながらも、きちんと話をやめてくれた。誰も私に気付かなかったのに……。でも、その配慮が余計に癇に障る。
「明石さんの発言はとても筋が通ったものだと思います。自分で何でもしようとする姿勢は立派ですね……。束縛なんか関係なく、自分自身が問題なんだ、と」
当然よ、と言わんばかりの表情を明石瞳は出した。
でも、気付いているのだろうか? 彼女の知らない世界があることに。
「でも、それは他の人にもできるのでしょうか。ごく普通の人に……。特に、私のようなつまらない人間にも」
明石瞳は眉をひそめた。私の異質な雰囲気に何か感じ取ったのだろう。彼女の本能が、危険信号を出しているのだろうか?
――でも彼女には、決して分からない。
「それは、明石さんじゃないとできないんじゃないでしょうか……。恵まれた容姿、能力、才能を持ったあなたじゃないと」
声が少し大きくなった。まるで私じゃない何かが体を突き破ろうとしているように感じる。得体の知れないものが、体中を蝕んでいくような気持ち悪さだ。蠢いていた悪玉が、吹き出物のように外に溢れようとしている。
いや――でも、この感情こそが私自身なのか? だったら――。
「……いいですよね、最初から何でも持っている人は。だから自信を持って発言できるし、迷いが全くない。だから人に愛されるし、性格も良くなる……。でも、気付いているんですか! あなたのその才能は決して私には到底できないことを!」
初めて彼女の表情が変わった。私の悪意に気付いたんだろう。その尋常ならざる思いに。恨みの篭った目線を向けると、僅かに肩を強張らせて警戒した。
でも、駄目だ。私の感情は決して彼女は分からない。自分が当たり前に持っていたものは分かるはずがない。
だからね――あなたは私に絶対に近づけない!
「あなたのそれは本当に努力で手に入れたものなんですかね! 最初から持っていたものなんじゃないですかね! ……いや絶対そうですよ! だって私はこんなに努力しているのに、ちっともあなたに近づけない! あなたが暢気に遊んでいる時だって、私は必死に勉強していたのに、成績ですら勝てなかった! どれくらい私が机に向かっていたと思うの! 絶対にあなた以上にやっていた! なのに、駄目だった……。おかしいでしょ! こんなの反則よ!」
声が勝手に出てくる。感情が止まらなくなっていく。
「なのにどうして、私の努力を否定しようとするんですか! あなたに適わないことは分かっているんだから邪魔しないでください! 自分で何でもできるからって、全ての人間がそうだとなぜ言い切れるの! なんで私から自由までも奪おうとするの? 何にも分からないくせに分かった振りなんてしないで! 私からこの空間を取らないで!」
マイクから声が大量に溢れ出し、会場を飲み込んだ気がした。でも、私の負の感情は止まらない。大量の害虫がとめどなく体から溢れ、会場の人間を飲み込んでいく。もうどうなってもいい。
「……やっとできた場所なのよ。私みたいな地味でつまらない人間が、一生かかっても手に入れられるはずのない空間なのよ! 真面目に努力してたからこそ、それぐらいの報いがあったっていいでしょ! どうせ儚く終わってしまうんだから! あなたみたいに一生ちやほやされる人間じゃないんだから、いいでしょ……これぐらい。あなたみたいに、大した努力もしていない癖に、私達の自由や自立を奪うだなんて卑怯だと思ったことはないの? 何でもできる人間にとって、環境なんて関係ないかもしれないけど、私みたいな劣等な人間にはある! あなたみたいに努力をしない人間にとっては、私の気持ちなんて分かりっこないのよ!」
そう叫んで、私は泣き崩れた。
落ち着きがなくなっていた雰囲気が完全に静まり返っているのが、手で顔を覆っていても分かる。軽薄な笑みを浮かべる人間は誰もいないだろう。私みたいな暗い人間がこんなこと言うなんて誰も思ってない。
乱暴に涙を拭い、会場を見渡すと――やっぱりそうだ。みんな戸惑っている。どうしたらいいか分からない、そんな雰囲気だった。ここまで卑屈に泣き叫ぶ人間に掛ける言葉なんてないだろう。ご破算だ。いや、私は元にすら戻れないだろう。
でも、もうどうだっていい。明石瞳に一矢だけでも報いられればよかったから。高坂会長には悪いけど、どうしても止まらなかった。
もう終わりだ……。
「……そんなことを言われても。私が努力してないって決め付けないでよ」
でも、もう私は反撃なんてする気力なんてなかったのに――明石瞳はそう言ってしまった。
本当に僅かな、本当に一瞬であったが、明石瞳が動揺していたことに気付いた。こんな姿は見たことがなかった。真っ直ぐとした瞳が微かに揺らいでいた。
――その時、会場を包む空気が動いた気がした。
まるで、その瞬間を逃さまいとするように、一気に漆黒が辺りを包み込んだ。
その雰囲気を敏感に感じ取ったのか、素早く「ただ、西島さんの意見について……」と彼女が普段の調子で発言しようとすると、感情の篭った声が会場から上がった。
「嘘だ!」
一人の女子生徒が叫び、鋭く目を光らせていた。
その声に続くように、また別の女子性徒が息を吸った。来る――。
「――あなた何でもできるでしょ! 生徒会にたて突いたのも余裕のつもり? そういう余裕って嫌味に見えるのよ!」
その女子生徒が立ち上がって大声を上げた。「はあ~、そんなこと思っているわけないでしょ!」明石瞳は反論するが、それは空しい抵抗だった。決して反撃を許さないように、また違う生徒が「白崎なんて奴を庇っている自分に酔ってんじゃないの?」と、ニヤついた笑みを浮かべながら彼女を責め立ててた。腕を組みながら強気に発言するその姿は、この上なく得意げに見えた。化粧を塗りたくった顔面は不自然なほど白さを際立たせているが、嫉妬に満ちた内面の炎は真っ黒に燃えていた。
唇をかみ締めながら、明石瞳は反論を続けるが、さすがに分が悪い。私に対する負い目もあるのだろうか? どんどん劣勢に立たされている。
あれだけ張りのあった声がかき消されていく。透き通った声が、ひどく濁った泥水を被り、色を失っていく。その悪意に汚れていく姿は、見ていて実に愉快だった。だから――。
「何でも持っているんだからずるいよね~、あんたは!」
私の悪意が彼女らに伝染した。
予想外のことが起こってしまった。
まさか、こんな形で明石瞳が劣勢に立たされるなんて……分からないものだ。
高坂会長でさえかなりの苦戦をしていたのに、私の発言で一気に状況がひっくり返ってしまった。こんなに大したことがない私なのに……。
いや、だからこそなのかもしれない。
高坂会長は優秀であるために、明石瞳と並ぶと影が薄れてしまうことも否定できない。自分に匹敵するような人間を簡単には倒せない。
でも私は違う。全てにおいて明石瞳に負けているため、その格差が際立って見える。あまりの違いに、見る人全ては私を惨めに感じるだろう。彼女が私を虐めているように感じるだろう。本人の自覚がないままに……。
「これだから恵まれた人間は!」皆が言ってる気がする。
私だけじゃない。普通だったら、野次を飛ばしていた生徒は決して好印象を与えないはずだった。どう考えても、彼女らは妬みと嫉妬に満ち溢れていた。
しかし、好印象を与えないからこそ、彼女の輝きを攻め立ててる口実になった。惨めな顔、醜い表情、汚い姿、その粗悪さが、かえって彼女から説得力を奪う。
いや――明石瞳に皆が嫉妬するようになる。
こんな結末を迎えるなんて信じられなかった。誰一人として想像できなかっただろう。意図してできるものではないから、完全に偶然としか言いようがない。大怪我の功名だ。
でも、なぜだろう?
確かに私は見てしまった。私を見て――高坂会長がうっすらと笑みを浮かべているのを。高坂会長に限ってそんなことを言うわけはないのだが、私にはそう見えてしまった。
〈よくやった〉
高坂会長は、そう言っているように見えた。
視界が晴れた気がする。
こんな惨めな姿を全校生徒、いやテレビの前で見せているのだが、体から沸き起こる興奮が収まらなかった。体中に蟠っていた不快な生物は消えていた。
あの明石瞳を私が倒した。高坂会長ですら倒せなかったのに。
見てみてよ! あの悔しそうな表情! 私の言葉がこれほどの影響を与えたんだ!
絶対に泣くもんか、というような強い表情を崩していないが、表情が豊かであるが故に、その心境が手に取るように分かる。
文芸部の頼みの綱は明石瞳であることは明らかだ。白崎とかいう男は、高坂会長に簡単にいなされてしまった。全然大したことはない。その証拠に、ただでさえ倒れそうな表情だったあの一年生が、より一層、顔面蒼白になっている。……よほど明石瞳を信頼していたのだろう。
だから、高揚感がもっと強くなった。
だいたいあの一年も気に入らなかったんだ。容姿がいいくせに、澄ました顔でいつも洒落た格好をしていて。わざわざ見せびらかすように学校でヘッドフォンをつけるなよ。大した人間じゃないくせに、顔だけで得をしている。なんの努力もしないで! そんな暇があるんだったら、真面目に努力しろよ! 私みたいにさあ!
「皆さん、野次を止めてください。明石さんを責め立てるのはよしてください。彼女は何も悪くないのだから!」
一瞬、西園寺さんの発言かと錯覚した。
いいところで止めるんじゃないよ、と思ったが、声音が西園寺さんと全然違った。西園寺さんのほうに顔を向けると、当の本人はおろおろと座っているだけだ。私と違い、彼女は何の意味も成していない。
しかし――いや、やはりと言うべきか、発言の主は高坂会長であった。鶴の一声に、一瞬にして声が止んだ。その影響力をしっかりと確かめるようにして、高坂会長は言葉を続けた。
「でも、今の西島さんの発言からも分かるように、必死に努力を続けている人間が、兄弟高校には確かにいるのです。その模範となるために西島さんは生徒会の一員となりました。確かに明石さんは優れた能力を持っていると思います。だが、決して諦めてはいけない。努力することを放棄してはいけない! そうすればきっと必ず、彼女に近づくことができると思います。いや、僕達一人一人には、無限の可能性が広がっていると信じています! その努力を尊重するために、僕達生徒会は学校を改革したんです!」
――間違いなく、今までで一番大きな声で高坂会長が叫んだ。
その演説に応えるように、会場全体から拍手と声援が上がった。続々と生徒が立ち上がって拍手をやめようとしない。シャッター音が鳴り響き、私達の栄光の瞬間を捉えようとしていた。もの凄い盛り上がりだ。
〈勝った〉
明石瞳が倒れた以上、もはや障壁はなくなった。絶対無敵の艦隊が大きな音を立てて沈み、その光景を豪華客船から眺めているのは、至極快感であった。この格差こそが、愉悦になる。
もう私達を止める人間はいない! しかも、明石瞳に影が差せば差すほど、高坂会長の輝きがこれ以上ないぐらいに広がっていく。明石瞳がこの場所にいるだけで、私達の正しさが光る。完全に、私達が明石瞳より上だ!
残りは一人。なぜここにいるのか分からない、何の変哲もない人間だ。何でこの場にいるのか理解できない。特段、何かに秀でているとは思えない風貌の癖に、仏頂面を浮かべている。選ばれし者の中に無理やり入ってくる部外者にしか見えない。さっさと帰れよ、勘違い男! 平静さを保とうと顔を険しくしているのだろうが、その仮面は呆気なく剥がれることに自分でも気付いてるんだろう。ただの強がりにしか見えない。
さあ、高坂会長。止めを刺してください! その馬鹿な男に!
そんな思いを抱いた時だった。
「――大変盛り上がっているところ悪いけど、ひとつ言わせてもらうよ。――高坂翼、あんたは本当に自分が正しいと思う?」
興が冷めるような無感情な声だった。