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閉ざされた学園  作者: 西部止
4章 決戦
14/20

14話 本土決戦

 八月十五日。

 真っ青に晴れた空は、これから起こり得る出来事を頭に浮かべてしまうと、現実とは思えなかった。

 兄弟高校の体育館は大量の人々で溢れていた。

 入場規制をかけ、生徒、学校関係者、マスコミ等の特定の人しか体育館に入れなかったが、どこもかしこも喧騒に包まれている。月日が経つたび、学校に来る生徒は徐々に減っていき、今は夏休みに突入していたが、今日だけは特別であった。

 マスコミが兄弟高校を取り囲む光景なんて珍しくなくなってしまったが、自分が当事者となってしまうと状況が違う。朝早く学校に到着し控え室で待機していなければ、マスコミに羽交い絞めにされていたことだろう。

 ――いや、これからされるのか。

「とうとう始まるわね」明石が神妙な顔つきで言った。大勢の前でも物怖じしない奴だが、さすがに不安になっているのだろうか。

 中川のほうを向くと、目を閉じて音楽を聴いている。感情を顔に出していないが、神経質そうに体を揺らしている。腕を体の前で組みながら、人差し指が小刻みに動いている。

 無理もないな。ここを一歩出ればきつい洗礼を受けることになる。

 ――いや、もう受けているか。

 明石も中川も口に出したことはなかったが、それぞれの教室での立場は決して良いものではないだろう。特に、明石の立場はあまり考えたくない。上から下に落ちるほど惨めなことはないだろうし、かなり心に負荷が掛かっていてもおかしくない。

 しかし、二人とも、今日まで弱音を見せたことはなかった。別に好き好んでやる義務なんてどこにもないのだが、常に前を向こうとしていた。

 無意識に「やめてもいいんだぞ」と呟いてしまった。

 しかし「冗談」と、明石は強気に言った後「ここまで来て投げ出すなんてことはできないわ」と不敵な笑みを浮かべた。それに続くように「というか、いまさら何を言っているんですか」と、中川も口を挟んだ。

 思わず口に出してしまった。答えを知りながらも、自分を安心させるために言葉を吐いてしまう。こんな形でしか不安を紛らわせないといけないとは、男の風上にも置けないかもしれない。だが、これが俺なのだから仕方がない。むしろ、こんな自分について来た、こいつらのほうがおかしいんだろう。

「ちょっといいか」

 制服の襟を正しながらそう言うと、二人は体をこっちに向けた。

「もう分かっていると思うが、ここを出たら、アイドルのように歓声を浴びることはないからな。むしろ逆に、盛大なバッシングを受ける可能性のほうが高い」

「まあね」明石が答える。

「でも裏を返せば、誰も俺達に期待していないってことだ。そんな奴らに反撃を受けたらどうなるだろうな?」

 にやりと笑うと、中川が顎に手を当てて頷いた。

「結構なダメージを受けますよね。特に先輩みたいな駄目人間から言われてムカつかない人間はいないと思います……もしかしたら心に深い傷を負うかもしれません」

「馬鹿に馬鹿と言われるほどムカつくことはないからね」と明石が乗ってくる。間髪置かずに「屈辱ですね」と、中川が右目の下の筋肉を痙攣させた。――心底嫌そうである。

 だが、感心してしまう。よくもまあ、ぽんぽんと言葉が出てくるものだ。

 なんだか話す気分が失せてしまったが、仕方なく口を開く。

「とにかく、誰も俺達が勝つなんて思っていないんだ。だったら気楽にやればいい……だからありがとな、俺について来てくれて」

 そう言って軽く頭を下げる。

 突然の言葉に二人とも吃驚した様子だったが、照れくさそうに笑ったのが分かった。

 何ともいえない空気になってしまう。

 言わないほうが良かったかと少し後悔する。が――気まずい雰囲気を壊すかのように、スタッフの人が入ってきた。俺達にまるで関心のないような声で「じゃあ本番になりますので、こちらに来てください」と言った。

 明石と中川が真剣な表情をして、立ち上がった。

 いよいよ、始まる。綱渡りの決戦が。



                 ▲


 

 西島智子は不安に思った。

「私が、こんな大舞台でちゃんとできるのだろうか」という思いが頭から離れない。

その不安は時間が近づくにつれ、どんどん大きくなる。心臓が本当に破裂するんじゃないかと思い、何度目か分からないトイレに駆け込む。

 なんで私が選ばれたんだろう。西園寺さんのほうが間違いなく適任なのに。

 今回の公開討論は、各陣営から三人選出し、議論を戦わせることになった。相手方からの要望だったそうだが、その三名として、白崎立也・明石瞳・中川かなでが議論に参加すると申し出があった。こちらからは、高坂会長・山崎副会長・そして私、西島智子が参加することになった。

 だけど、私は逃げ出したかった。何度も「無理です」と訴えたが、高坂会長に柔らかく説得され、とうとう折れてしまった。一度言った以上、撤回することは性格的にできないが、後悔の気持ちは全く消えなかった。ここ数日は寝不足が続いた。

 でも、西園寺さんのように、司会をするよりはいいのかもしれない。

 大勢の人が見ている前で司会の進行をするなんて、考えただけでもぞっとする。それなら、公開討論のメンバーとして、議論に参加する振りをしてればいい。どうせ皆の目当ては高坂会長なのだから、私は関係ない。

 だから私は席に座って、もっともらしく頷いていればいい。高坂会長の存在感が私を覆い隠してくれるから問題は無いはずだ。

 それに山崎副会長もいるんだ。私と違って目立つことが大好きな人物である。だとすると、私の発言の機会なんて話そうと思ってもほとんどないだろう。ただの置物みたいなものだ。

 そう考えたら、少し心が落ち着いてきた。緊張をほぐそうと、大きく息を吐いて首を回すと――急に頬がひんやりした。びくっと肩を上げると、「あはは」という声が後ろから聞こえた。

「ごめん、ごめん。なんか緊張してそうだったから」

 そう言って山崎副会長は笑った。手には缶ジュースを握っていいる。

「もう、何するんですか。びっくりしたじゃないですか」

 私がそう言うと、「あはは、ごめん」と再び爽やかな笑顔を浮かべる。「もう」と私が困った振りをした顔をすると、横で椅子に座りながら難しい顔をしていた高坂会長が目を開けた。

「もう本番だ。あまりふざけないようにな。お前はもう少し、西島みたいに気を張ったほうがいい」

 そう高坂会長が言うと、山崎副会長は「なんだよそれ~」と、体をくねらせた。ふざけた仕草だが、当の本人は実に楽しそうである。

 自然に笑みが浮かぶ。

 そうだ、こんなにも優れている二人がいるんだから大丈夫だ。私みたいなつまらない人間でも、この二人の側にいるだけで、強くなっている気がする。

「まもなく、ステージに誘導しますので準備してください」と言ってスタッフが入ってきた。

 こんな機会なんてもうないんだ。だったら少しは喜んだほうがいい。私は何もできないが、この舞台に立っていることは間違いなく誇らしいことである。

 

 私たちが入った瞬間、体育館が大きく揺れた。

 一瞬、何が起こったか分からなかったが、物凄い声援が私達に降り注ぐ。


「高坂会長! きゃー!」

「山崎~、かっこ悪いところ見せんなよ~」

「文芸部なんか、蹴散らしてください! あと~、サインもください~」


 ――すごい。本当にアイドルみたいだ。

 シャッター音が会場内に鳴り響き、眩い光に包まれてしまう。生徒だけじゃない。大量のマスコミの人達がいる。一秒、一秒を逃すまいと、黒く光るカメラを向けてくる。眩しくて目を開いていられない。

 こんな凄い歓声を浴びる高校生がいるのだろうか。想像してみるが、該当しそうなのはスポーツ選手や芸能人ぐらいしかいない。高坂会長のように本物の実力でここに上がってきた者はいない。

 しかも高坂会長は、品の良い笑顔を浮かべながら声援に応えている。自然に手を振りながら、体育館の中心に設けられた舞台に向かう。山崎副会長は、野次っていた男子生徒に笑い掛けながら、手で振り払う仕草をしている。私は少し体を強張らせながら後に続く。


「さあ、いよいよ生徒会のメンバーが入場しました。すごい人気ですね! この体育館が壊れてしまいそうなぐらい人の熱気で揺れています。こんなに学校が興奮で盛り上がったことがあったでしょうか!」


 司会の西園寺さんがマイクを大げさに両手で持ちながら、大きな声を張り上げる。それに応えるように会場の声援がより一層大きくなった。共に過ごした西園寺さんもここにいる。頼もしい人達だらけだ。

 今までの不安が晴れた気がした。こんな凄い人達と、こんなに私達を応援してくれる大勢の人々がいて負ける要素なんてどこにもない。

 こんな私達に歯向かってくるなんて、どうなるか思い知るがいい。

 そう思い、自然に笑みが浮かんだ。



                 ▲



 土石流のような勢いで、大きな歓声が控え室まで襲ってきた。

 思わず目を見開いてしまうが、動揺はない。あれだけテレビの前で発言してれば、間抜けな生徒達に人気が出るのは当然だろう。生徒会の紹介がそろそろ終わり、ついに俺達の入場になる。


「さあ、次はこの公開討論の提案をして下さった文芸部の皆さんの登場です。学校をより良くしていこうとしている気持ちは、生徒会も文芸部の方々も同じです。そんな熱意ある文芸部の皆さんを温かく迎えてください!」


 司会の女の言葉が終わると同時に、スタッフが控え室から出るように誘導する。俺は静かに空気を吸い込み、表に出た。


 ――パチパチと、申し訳程度の拍手が会場から上がった。先ほどの熱狂ぶりと比べると雲泥の差である。

 だが、悪くない。

 最悪、悪意のある言葉が俺達を襲うと思っていたので、この程度なら全く問題ない。明石と中川も特に動じていないようだ。片側の手足が同時に出ることもなく、舞台に用意された席に真っ直ぐ向かう。生徒を中心にした観客達を正面に据えながら舞台の中心に司会の女が座っていて、俺達と高坂達の席は僅かに斜めに広がっている。会場全体を見渡せながら、向かい合うような席の配置になっている。

 どうやら、この公開討論がテレビ中継による生放送であることが関係しているのだろう。高坂の登場で人々の心象は少なからず変わったと言えるだろうが、今でも兄弟高校に付きまとう負の印象は完全に払拭できていない。そんな状況で俺達文芸部を露骨に野次るのは、自分達の首を絞めるだけである。俺達が一言も口を開いていない以上、こいつらに発言権はない。

「――では、メンバー六人全員が揃いましたので、ここで各人を紹介させていただきます。私から見て右手側に並んで座っているのが、生徒会の三名の方々です。まずは生徒会会長の高坂翼さん」

 そう司会の女が言うと、高坂は立ち上がり「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 キャーと黄色い声援が飛ぶ。高坂を映そうとテレビカメラが向きを変えた。注目度だけなら、この男に並ぶ者はここにいないだろうが、よくもまあこんなに騒げるものだ。

 その後に副会長と書記が紹介されたが、高坂の影響もあって中々の勢いだった。副会長には男性陣からの野太い声が上がったり、頭の軽そうな女どもから甘ったるい声が上がる。書記の女は地味な感じで、他の二人に比べると盛り上がりは小さかったが、好意的な空気だった。

「――では続いて、文芸部の皆さんの紹介です。まずはこの提案をされた張本人である白崎立也さんです」

 そう言われ、俺も生徒会のやつらと同じように立ち上がって頭を下げる。おそらく、というか間違いなく嫌な視線が俺に向かっているんだろうと思い、会場を見渡すことなく再び席につく。幸いにも露骨な野次は飛ばなく、先ほどと同様の小さな拍手が鳴った。

 だが、その後が問題だった。

「続いて明石瞳さんです」司会が言い、明石が挨拶をすると、会場から忍び笑いが聞こえた。

 クスクスと顔を突き合わせて互いを小突いている女生徒が見えた。

 俺の時と同程度の拍手は起こったが、そもそも俺と同じというのがおかしい。今だかつて、こんな光景は見たことはなかった。体育祭でも文化祭でも男女問わず声援のあった声が嘘であったかのように聞こえてこない。想定はしていたが、実際にこうなると驚愕は隠せなかった。

 明石は気にも止めない様子で席についたが、俺の心境は居た堪れなかった。俺が嘲笑されるのは慣れているから構わない。だが、明石がその標的になるのは許せなかった。

 しかも俺のせいとなると、尚更である。

 いくら明石が人気があるとはいっても、それは嫉妬と紙一重である。その微妙な加減と上手く付き合う術を明石は持っていたが、それを自ら放棄してしまった。明石がいなければ間違いなくここに立てなかったが、内心は複雑であった。

 そんなことを考え込んでいたら、いつのまにか中川が挨拶が終えていた。明石に比べると嘲笑の声はあまり聞こえてこなかった。

「――最後に、申し遅れましたが、私、生徒会で会計を務める西園寺由美と申します。生徒会の役員ですが、もちろん、どちらの立場を贔屓することはありません。今回は自由討論ということですので、討論者の皆様に自由に発言していただく形式となっております。ただ、討論が滞ったり、おかしな方向に進んでしまった場合のみ議論を整理させていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げる。両手を膝に当て、丁寧な口調で話す姿はとても高校生とは思えなかった。そのため、司会にも関わらず俺達以上の拍手が起こった。

「では、まず討論に入る前に、この学校の改革に大きく貢献されました方からご挨拶を頂きたいと思います」

 そう司会が言うと、高坂側の控え室から五十代ほどの男が出てきた。髪を横に流し、高級そうなスーツを身につけて歩くその仕草は、決して若者には出せない優雅さがあった。

 スタッフらしき人が、マイクを用意しその男に渡す。急にシャッター音が鳴り響き、目を開いているのが辛くなる。

「紹介いたします。H大教授であり、社会競争力会議の役員も務めていらっしゃいます大津武彦さんです。はるばる遠いところからご足労くださいまして、ありがとうございました。今回の公開討論も大津さんに大々的に宣伝していただき、大変な盛り上がりとなっております。今回の開催に当たりまして大変なご尽力をしていただきましたし、学校改革についても熱心に行っていただきました。そのため、大変恐縮ですが、挨拶をよろしくお願いします」

 司会の言葉一つ一つに満足そうに頷き、その言葉が終わるのを待った後、大津はゆっくりと口を開いた。

「ご紹介に預かりました大津武彦です。今回は、兄弟高校の学生達による公開討論ということで、大変楽しみにしておりました。高坂君の活躍は知っていましたが、このような討論会を学生が主体となって行うことに対して感服しています。司会の西園寺さんも素晴らしい進行をしていまして大変感心しました」

 そう言って、司会の女に顔を向けた。その女は、淑女らしい上品な笑みを浮かべたが、嬉しそうなのが見て取れた。

「文芸部の皆さんも勇気のある提案をしたことには感心しました。私の最重要視していることは『自由』という理念ですが、だからこそ様々な意見があっていいと思います。生徒会と文芸部とで意見の対立も出てくるでしょうが、そこから新たな道を開くこともできるはずです。だから、六名の皆さんは是非、喧々諤々と議論を戦わせてください。成長著しい若者達に大きな期待をしながら、私は会場の脇で見守らせていただきたいと思います。長々と挨拶をしては興が冷めてしまいますので、私からは以上としたいと思います。では、皆さんの健闘を祈ります」

 そう言って頭を下げた。謙虚に見える態度だったが、一度も俺達を見てはなかった。見た振りはしていたが……。

 大津が挨拶することは知っていたが、生で見るのは初めてだった。普段は見ることのない高級そうなスーツを着ているせいだろうか、相変わらず結構な雰囲気が出ている。シャッター音が鳴り響くことで、必要以上に本人が大きく見えるのかもしれない。こんな人物が滑らかにもっともらしいことを言えば、大衆は信じても不思議ではないと肌で感じた。

 大津は優雅に舞台を後にし、再度、司会が口を開く。

「では早速、討論に入りたいと思いますので、簡単な説明をさせていただきたいと思います。先ほども説明させていただいた通り、今回は自由討論ということで、各人が好きなように意見を出していただければと思います。議論がおかしな方向にいったり、他者を誹謗中傷するような発言をした場合には、司会のほうで話をまとめ直したり、警告をいたします」

 そう言って一度息継ぎをした。

「今回のテーマは兄弟高校の改革の是非について討論していただきたいと思います。今年度から兄弟高校が大規模に変わりました。学力評価の重視、服装・髪型の自由化など、自由と効率化を進める政策を打ちました。その結果、学校全体を覆っていた閉塞感を打破し、活気溢れる学校に変わったことはとても大きいと思います――しかし、全てがうまくいく政策はありません。中には成績を過度に重要視することへの疑問の声や、学校の一体感を損なう服装・髪型の自由化に疑問を持っている人もいると思います。しかし、だからこそこの公開討論で様々な意見を出し合ってもらい、よりよい学校に皆で変えていく必要があると思います。ですから、この学校について真剣に考えながら、討論に参加する皆様にもう一度拍手をお願いします」

 そう司会が言うと、会場全体から拍手が沸き起こった。

 だが、その応援が向かう相手は明らかであった。

「では、早速討論に入りたいと思いますので、最初に各陣営の代表から、簡単な挨拶をお願いします。そうですね――まずは、やはり討論番組などで色々と慣れていらっしゃる高坂会長からお願いします」

 司会の女がそう言うと、会場からどっと笑い声が沸き起こる。

 高坂は「まいったな」といった感じの、なんとも割り切れない表情を作りながら、それでも嬉しそうな顔を隠しきれないように話し始めた。白々しい。

「皆さん、こんにちは」と高坂が発言すると、「こんにちは~」と女性陣の嬉しそうな声が会場に響いた。それに応えるように高坂は頷くと、言葉を続けた。

「僕は今まで数々の討論番組やインタビューなどに答えてきましたが、今日ほど胸が高鳴っている時はありません。なぜなら、今までは対大人ということで議論をしていたからです。もちろん僕達学生と異なる価値観から議論を戦わせることはとても有益なことでありましたが、やはり実際に学校生活を送っているのは我々学生です。だから、文芸部の皆さんからこのような申し出がありましたことは大変嬉しく感じております」

 そう言って俺達に向かって頭を下げる。その表情からは余裕が伺える。

「今回は初めての対学生との討論ということですので、非常に有意義な議論になると確信しております。僕達生徒会は、一人一人が自由に自立した人間として学校生活を送れるように皆で学校改革に取り組みました。例えとしてはおこがましいかもしれませんが、自由と人権を求めたフランス革命をこの学校全体で起こしたのではないかと思っております。だから是非、意見を戦わせながら、今まで以上に学校をより良くするするために、一緒に話し合っていきましょう。皆さん、今回の公開討論を提案していただいた文芸部の方々にもう一度、大きな拍手をお願いします!」

 最後に声を張り上げて高坂が叫ぶと、会場がわーと盛り上がった。高坂は、その声援に満足そうな笑みを浮かべた。

「物凄い熱狂ですね。是非、熱い討論を期待いたします。では、次にこの討論を提案していただいた文芸部代表の白崎立也さんに一言お願いします!」

 そう司会の女が言うと、熱気のあった会場がさーと静まり返った。

 波が綺麗に水面を滑るような一体感だった。表面の波を指でなぞると、濁った底が見えそうなものであったが――。

 会場全体が注目しているのが分かる。こんな馬鹿なことをするなんて、という鼻で笑っているような視線を多く向けられているのが見て取れる。

 しかし、それでいながら好奇心を隠そうとしない。俺のように表舞台に立たない奴がこの劇場に上がっていること自体が不思議なのだろう。

 だから、俺は意識的に眼光を鋭くし、心を落ち着けた。

「――端的に申します。この学校の改革は失敗だったと思います」

 マイクを通し、会場全体に声が響いた。静まりかえっていた会場が、より一層静寂に包まれた気がした。この空気に飲まれないように会場全体を見渡す。

「空気の支配というべきか。あの時は、学校改革への反論さえ許されない空気でした。矢継ぎ早に改革が進められ、冷静に判断する時間が圧倒的に足りませんでした。正直、俺はこんな学校の改革に興味なんてありませんでした。くだらない馬鹿騒ぎをしているだけで、勝手にやってればと内心見下していました。馬鹿な学生達が敵を探して叩き回ったり、退屈しのぎに興奮しているだけで、こんな奴らと関わりたくないと心底思っていました――もちろん生徒会とも」

 そう言った後、より一層表情を厳しくする。薄ら笑いをしている視線が大量に向かってくるのを感じた。下劣な顔だ。

「最初に結論だけを申し上げます。歴史を顧みる限り、急激な改革は必ず破滅をもたらします。なぜなら、人間はそれほど大した存在ではないし、突発的な感情で行動してしまうからです……典型的なフランス革命のように」

 そう言って、正面の顔を見据える。ぴくっと高坂の眉が動いた。

「フランス革命というと、自由と人権が生まれた素晴らしい出来事との認識をほとんどの皆さんは思っていると思います……残念ながら、全然違います。感情のままに王族を処刑し、内乱が起こり、恐怖政治が行われた。敵を作り、叩いて、叩いて、最後は軍人の台頭と没落で終焉を迎えました。状況はよくなるどころか、事態を悪化させていったのです。自由や人権なんて馬鹿馬鹿しい。責任を持たない人間が熱に浮かされれば、どうなるなんて容易に想像がつく。急激な改革は必ず破滅を招く。それがこの学校で起こっていると心底感じています」

 俺はそう言って息をついた。

 喉下に突きつけられた刃を振り払った。


 ――が、会場の反応は冷ややかだった。


「揚げ足を取るなよ~。人権と自由ができたんだから、いいだろ!」と、野次が飛んだ。呼応するように「混乱はしょうがないよね~。でも最後には、自由を勝ち取ったんだからいいんじゃない?」と別の観衆が発言した。「必要悪ってやつじゃない?」と、また声が上がる。「そうだぞ!」「何かっこつけてんだ!」「賢いふりするな~」と、続々と声が上がる。

 ――野次が止まらない。

 俺が発言したからだ。内容は関係ない。

 待ってましたとばかりに悪意を投げてくる。打席に立つたび死球を食らっているような気分だ。いやむしろ死球を食らっても塁に進めず、ひたすら危険球を投げられ続けるのに近い。ヘルメットはない。往年の広島の詐欺師でもなければ、うろたえてしまうだろう。

 だが、俺は違う。毎日のように明石と中川から罵詈雑言を浴びせられている俺にとって、こんなの野次にも入らない。砂糖菓子の弾丸みたいなもんだ。

 だから、ほんとうるせえ奴らだ、としか感じられない。びーびーと生まれたての雛でもあるまいし、騒ぐだけの能無しに何でここまで言われなければいけないんだ。

 少し黙ってもらおうか……


「うるせえな! 少し黙れ! 人の話をちゃんと聞けねえのか、お前らは!」


 そう俺が怒鳴ると、一瞬、観衆が怯んだ。

 だが、すぐに「逆切れかよ!」「お前が黙れ!」といった声が次々に上がる。楽しんでいるように思える。だから、そんな野次を無視して、さらに声を張り上げて言った。

「……人権に自由? 何言ってんだ、お前らは! そもそも人権宣言の時点では、不完全な状態だったんだよ。普通選挙ができて、領主の特権が廃止されたのは、恐怖政治が始まる直前だった。いや――恐怖政治を行ったロビス・ピエールが散々唱えていたのは『生存権』なんだよ! 権利や自由が急激に開放された時に、混乱が始まったんだ! 客観的な事実も分かっていねえ癖に、偉そうな口を開くな!」

 そう言ってマイクを乱暴に置く。予想外にいい音がした。ガタリと鈍い音が起き、その音に怯えたように中継用の機械音だけが静かに鳴った。

 会場が一瞬にして静まり返ったのが分かった。


「反論があるなら聞くが、いい加減なことは言うなよ。発言した奴の名前とクラスをテレビの前で伝えるからな。こっちは出したくもねえのに、全国に顔を晒しているんだ。自分の言葉に責任を持てる――その覚悟がある奴だけ、発言しろ」


 再びマイクを手に取り、そう付け加えた。野次を起こした生徒達を睨みつける。

 誰も口を開かなかった。

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