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閉ざされた学園  作者: 西部止
3章 反撃
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11話 マークスの綻び

 どういうことだろう。こんなはずじゃない。

 西島は、ボールペンを机に置き、ため息をついた。

 もう七月も後半に差しかかろうとしていた。六月に行われた中間テストの結果は、先月中に出ていたが、結果は芳しくなかった。いや、芳しくないのは私の成績ではない。学校全体の成績である。

 A・B組と成績上位のクラスの点数は以前より伸びている。しかし、他のクラスの成績が問題であった。G・H組の成績が下がることの予想は少なからずあったが、それ以外のクラスまで成績が落ちている。しかも、クラスの中の一人が極端に平均点を上げたり、下げたりしているわけではなく、明確な傾向としてA・B組とC~H組で二極化していた。特にG・H組の成績低下は著しかった。

 それだけなら、努力が足りないことと片付けていただろう。だって、私のように何とか努力すれば、成績を保つことができるのだから。

 しかし、問題はテストの結果だけではなかった。明らかに授業に参加する者が減り、学校に来なくなる者まで出てきた。学力至上主義により、授業に出席しなくても試験で成績を残せば単位を取得できるが、試験すら受けていない生徒は一桁に留まらなかった。

 兄弟高校は、大きな注目を浴びて大きな変革が起こった。壮大な社会実験といってもよいほどの取り組みであり、公立高校としては類の無いものだった。

 だから、当然、今でも注目されている。

 いや、監視されていると言ったほうがいいだろうか。絶大な支持のもとに改革が行われたが、それは表面上であった面も否めない。なぜなら、生徒会に改革反対の意見書が少なからず届いていたことを、西島は覚えていた。だとすると、兄弟高校の綻びが少し見えただけで、奴らがそこを突いてくる可能性は十分あった。

 そんなの許せない。高坂会長が苦労しながら作り上げた学校を瑣末な事象で批判することなど許されることなどない。いいかげんな奴らほど、人を嘲笑する。現に高坂会長が就任の挨拶をした際は、同級生達は笑っていた。「何、自分に酔ってんの」って、嘲っている奴らには殺意が湧いた。あなた達に何が分かるはずもないのに。

 実際、改革によって、私は過ごしやすくなった。自由に学び、生徒会で役割を務めることは、自身を高めていると実感できる。こんな学校を批判する人なんているわけない。いや、存在するとしたら、明確な目的なく怠惰に過ごす者だけだろう。


 そんな矢先だった。

 膨大な書類の整理に追われてる私達の前に、予想もしない人物が現れた。

 いきなり生徒会室に入ってくると、高坂会長に向かって、不躾に『公開討論』の申し込みをしてきた。「聞いてるだろ。鈴木教授から」その男子生徒はそう言うと、――なぜか高坂会長は微笑を浮かべた。「よろしく頼みます」と高坂会長が言っているのに、その男は敵意を隠そうとしなかった。私・西園寺さん・山崎副会長は、状況が読めずに戸惑うだけだったが、この二人は何か分かり合っているように感じたのが気に入らなかった。

 白崎立也と言ったか、同学年らしいが同じクラスになっていないため面識がなかった。私が言うのも何だが目立つ男ではないのだろう。実際、この目で見ても、華のある容姿ではなかった。

 でも、高坂会長に対する態度が気に食わなかった。大抵の生徒は羨望の眼差しを向け、男子生徒に関しては引け目を感じているのがほとんどだった。敵意を向けてくる者も少数いたが、嫉妬や妬みが明らかに見え隠れしていた。

 しかし、白崎の場合は、敵意は向けているのだが、いやに自然体で負の感情を感じさせなかった。黒い瞳が何を洞察しているのか、全く察知できなかった。こんな男子生徒は初めてだった。

 どんな人物か興味が湧き、公開討論会の申し込みのメンバーを見てみると、これまた驚いた。明石瞳、鈴木純一、中川かなで――全員が有名な生徒ばかりだった。


 明石瞳、活発で頭脳明晰でありながら、器量もよいため、男女問わず人気があった。まともに話したことはなかったが、端から見ても目に留まるほど精彩を放っていた。球技大会や文化祭といった催しでも活躍し、大勢の人の前に出ても物怖じしない。天賦の才能に溢れていた。

 鈴木純一、こちらも明石瞳に劣ることないほど目立つ人物だった。最近では金髪にする生徒も出てきたが、少なくとも去年までは鈴木純一だけだった。自由奔放という言葉がこれほど当てはまる人物はいない。好き勝手振舞う行動には教師も手を焼いていて、しかも父親がT大の教授ということが、彼を余計に特徴付けていた。ヘラヘラ笑いながら同級生を痛めつけた入学早々の事件は、多くの生徒の脳裏に鮮明に焼きついているだろう。

 中川かなで、この学校の変革のきっかけを作った女子生徒の殺人事件。多くの生徒を恐怖と驚愕に包んだあの出来事は、生徒会の中でも重大な関心事となった。優しく温和な性格であった故に、彼女が残虐に殺害されるなんて誰もが思わなかっただろう。遺族に挨拶にいった時には、妹がいることを知り、そして、その子が兄弟高校に入ってくることで話題となった。


 何だ? 今、何が起こっているんだ。

 西島は、漠とした感情が急激に高まり、焦燥感にかられた。無意識のうちに爪を噛む。

 高坂会長がすることなのだから間違いはないと思うのだが、あの男が現れたことで、薄々感じている不安が大きくなった。否定しようとしているのだが、決して心から消えてくれない。どんどんと疑念が膨らんでいく気がする。決してそんなはずはないのに。

 でも――。

 会話がない。

 いや、生徒同士で話すことがなくなっている訳でもなく、表面上は落ち着いている。が、明らかに学生特有の賑やかさがなくなっているように感じていた。二人の生徒が死亡した時の惨状に比べれば、今の状況は間違いなく良いといえるが、どこか閉塞感に包まれているように思ってしまう。

 自由な学校に生まれ変わったのだから、そんなはずはないのに……。気分は晴れなかった。

 ――いや、違う。そんなはずはない。

 高坂会長の尽力がなければ、あの悲惨な空気は取り除けなかった。二人の生徒の死で、生徒も先生も落ち着きを失っていた。あの状況は間違いなく最悪だった。いきなり泣き出したり怒り出す人間は、生徒だけでもなく、先生でさえいた。

 その悪臭を消し去ったのは、紛れもなく高坂会長だ。これこそが高坂会長の正しさを示している。疑う余地などない。

 そうだ! やっぱり高坂会長は正道を歩んでいる。襲い掛かる外敵をなぎ払い、皆が信頼を寄せる。下劣な輩を意にも介さず、常に前を向いている。このことは紛れもない事実だ。私は何を迷っているんだろう。

 ――でも、なぜだろう。私の不安は消えてくれない。表面上は静かに見える学校だが、何か内なるものが蠢き、今か今かと機会を待ち続け、殻を破ろうとしている懸念が頭から抜けない。そして、それは私の中にも――。


 ――と、その時、校舎の外から大きな音がした。

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