序
武器商人、フレディ・パーキソンは海の近くに隠れ家を持っている。クリフォトニアは、過去を辿れば、それはそれは裕福な街であった。山を削って造られた街は、石材で作られた家屋が多。毎日、漁船を見送る若者も少なくなく、憧れの目でそれを見ていた。また、海産物を主体とした貿易では、国中を探しても右に出るものはいない。
だが、戦争の悪化により低迷。今では紛争地域にまで、指定されるほどになり、元いた住民たちは避難を余儀なくされた。海風で風化している家々には誰もおらず、代わってゴロツキや悪名高き能力者共が、この街を運営していた。そんな街で、なぜフレディは隠れ家に選んだのか?
フレディは本部と呼ばれる、総合商人(武器や能力者を派遣する組織)の社員だ。経験は浅くもなく深くもなく。三年前に独り立ちをした。その際に、どうしてもフレディ自身の家が必要になった。自身が探してもよかったのだが、どこを回っても紛争地域だったし、フレディも気に入ることはなかった。
だから、天に任せた。そして、結果がこれである。
本部から手配させてもらった、廃屋はまさに人が住むべき場所ではなかった。もし、フレディが綺麗好きでなかったり、部下たちがいなかったら、今頃自害しているところであろう。
とある、建物の一角。外装は言うまでもなくボロボロ。四階建てで、彼は四階にいた。部屋は四つ。
綺麗に整頓されているオフィス。寝床(男女別)。そして、資料室。(給湯室、便所、シャワールーム、キッチンは別)
オフィスの中は、実にシンプルだ。客を対面で話せる、ソファが部屋の中央に二つ。その間に木で作られた長机。窓の近くには、オフィス机がどんと置かれ、窓には外から見えないようにか、白いブラインドがある。
ちなみに、埃はない。
「はい、はい……。わかりました、それではまた」
携帯電話を耳元から離し、ディスクチェアに座っているフレディは、ふぅと溜息を一つした。それを見た、白髪のジョナサン・レンダーはソファから立ち上がった。
「で、どうだった?」
「んー、あぁなんとかねぇ~。現場にはギリギリ間に合ったようだけどね」
「そりゃあ、良かった。コーヒーでも飲むか?」
「おぅ、気が利く~!ありがと」
ジョナサンは、煙草に火を点け、別にいいよと言っているかのように、手をぶらぶらと振り、入り口近くの給湯室へ姿を消した。フレディは、チェアの背もたれに全体重を預け、背伸びをする。ガチガチに固まった筋肉と関節が軋りを上げていることが感じる。何気なく、ブラインドの隙間を開ける。太陽の光が目に入り、彼は目を細めた。
しかし、今日もいい天気だ。臨海だからか、かもめが空を優雅に滑空していた。僕もああなりたいなと思った矢先、銃撃音が鳴り響き、一羽のカモメが空から力なく地上へと落下していった。訂正、やっぱり雀のほうがいいや。
咥え煙草のジョナサンは、紙コップに入っているコーヒーを二つ、給湯室から出てきた。紫煙の色は、ジョナサンの白髪とよく似ているなぁとフレディは起き上がりながら思った。
「ほらよ」
「ん、どーもね。ねぇ」
「どうした?」
「なーんで、こんなに海が近いのにさ。遊びに行けないんだろうね?」
「……またそんなこと言ってるのか? 危ないからに決まってるだろ」
「それでも、今日はピクニック日和だし、カリアにお弁当作ってもらおうよ。僕は釣りがしたいし、卵エッグとハムとチーズのサンドイッチが食べたいな」
「相当溜まってるんだな。あと、どれぐらい残ってる?」
「五つ」
「そりゃあ、ピクニックに行った方がいいな。魚のえさにされたければな」
ここぞとばかりに、ジョナサンはブラックジョークを繰り出した。そのにやけ面には流石のフレディでも引いた。長机に置かれた灰皿に、今にも零れ落ちそうな灰をジョナサンは巧みに入れてみせた。
「はぁ、行きたいなぁ」
「まぁ、現実逃避はしなさんな。仕事は山積みなんだろ? ここ等一帯じゃなくても。世界は能力者の奴らが戦争を左右させている。俺らみたいなのがこうやって構えてること自体少なくなくってるしな」
ジョナサンは、灰皿に煙草を置き、コーヒーを一啜りした。フレディもそれを見て、渡してくれたコーヒーを冷ますように、息をかけて一口飲む。
フレディは猫舌だ。前に、死にそうなぐらい腹が減った時に、熱々のラーメンを勢いよく食べた時の火傷は今でも鮮明に覚えている。
苦味が口の中で広がり、どんよりした脳内が覚醒した。そうだ。茶菓子があったんだ。机の引き出しからビニルで包まれたモノを取り出した。それは大福だった。
「だからよ。そろそろ潮時なんじゃねぇのかなぁ? 銃とか売るの辞めて、一層の事、兵士とかばら撒けば、今以上に楽になるんじゃないか?」
「まぁ、そうなんだけどねぇ」
大福を一口食べる。あんこの甘みが口の中で広がり、コーヒーの苦みが緩和される。やはり甘いものはいい。甘いもの超・サイコー!!!
フレディは立ち上がり、窓の方を向く。再度ブラインドの間を覗き、景色を見た。海からきらきらと水面が反射する。地平線の遠くが見えるような気がして、見るもこの世界が丸いことに気付き、断念した。代わりに、街並みを見る。
山を削っているから、建物は高い所にもある。フレディの建物は大体山の八合目といったところか。もしここが、紛争地域ではなかったらどれだけ、良い景色だったことか。この時代に生まれてきたことを後悔する。
「武器商人は、確かに必要じゃない。能力者が大半の戦闘において、キーマンになるのも分かっている。けどね、武器は戦場から無くなるわけじゃないんだよね」
「まぁな、能力者が大半つっても、そこまでの定石を積むまでには、やはり歩兵とかそこら辺がいる」
「うん、それに今では対能力者の銃弾とかジャミングとかも開発、流用されている。そいつらのおかげで戦争は長引いているんだけれどさ」
手に持っている大福を一口。咀嚼。もぐもぐ。
超最高!至福のときってこれだね!?
大福なだけに!
「僕としては、能力者よりも無機物の銃の方が扱いやすい。銃は人を選ばないし、引き金を引かなければ、人の命を取らない。ミサイルだってそうさ、有人とか無人とかでもスイッチとか標的がいなくちゃ撃てない。能力者は馬鹿でも能力者だよ。気持ち一つで雇い主を殺しちゃう。利害が双方で一致しなければ、殺され殺される。僕は恨んでいるわけではないけどさ、ただ単純に扱いにくいってこと」
「それで、俺らみたいな傭兵を用心棒としているから、矛盾してるんだよ。もし、俺らが裏切ったらどうするんだ?」
「どうもこうも。殺されるなんて考えたことが無いなぁ。裏切りなんかする気、全くないでしょ?」
フレディは、ケラケラと笑った。ジョナサンはそれに鼻で笑ってみせた。
「まぁ、僕が死んでしまったら君たちは他の商人のところに行くだからね。本意で言うと、一緒に着いて来てほしいよ」
「なんだ、死ぬのが怖いのか? 商人のくせに」
「商人だから怖いんだよ。商人は、各地域に配属されているから、必然的に戦闘には加入できない。作戦は立てられるけど、そこまでしか出来ない。だから、武器を売ったりして、皆の幸せを実現させているんだよ。ねじ曲がっているけどね」
「ねじ曲がり過ぎだろ」
「まぁ、能力者の兵士を雇ったところで、しょせん同じ人間だよ。賢くても馬鹿でも、辿り着くのは、僕と同じ感情を持っている生物だ。AIでも武器でもない。一つ力を使われてしまったら」
瞬間、くるりとフレディは振り返った。そして、右手を拳銃のように見立てているようで、人差し指と親指以外、握りしめて、一言。
BAN!てね。
冗談にしては、行き過ぎている。フレディの言う通りで、能力者商人が最も恨まれるのは、雇っている能力者たちだ。割に合わない額と労働に、不満を持ち、雇い主を殺すなんて数えただけでキリがない。この前、フレディの知り合いが殺されたらしい。原因は、双方の摩擦が原因だという。
しかし、能力者が戦争に加入してというもの、どうも武器類の値段が下がりつつある。それに、銃は物だ。危険でも、足が生えるわけでもない。依頼主のところに運ばれる道中、もし銃がが無くなる惨事があれば、再度発注し直す。さらに、使用不可や紛失の場合、通常より倍の値段でこちら側が払わなければならないシステムとなっている。先ほどの電話は、無事に依頼主の現場まで送ることが出来た、確認の電話だったからいいものの、もし「ごめ~ん、だめだった☆」となれば、フレディの手の中で携帯電話が粉々になっていただろう。
ジョナサンは、灰皿に煙草を押し付ける。片手に持ったコーヒーを啜りながら、言った。
「つっても、今の武器は安いもんだろ?なんたって、能力者の無効化、アンチロック、破壊化。数えてもキリがねぇ。いくら、勝利の定石を作るにしたって、フレディ。お前さんの会社は赤字続きじゃないのかね?」
「ぶっぶー、残念!能力者も派遣している人たちもいるので赤字にはならないし、武器も少し高めなので、まず潰れるという心配はあっりませーん!それに、我が社では、対能力者の銃弾が出回っているので、僕たちにも戦っている兵士さんたちにもなくてはならない存在。ちょっと高い値段だけど、買ってくれる方がいるんだから、感謝してもしきれません!」
「そーかよ。つーよりも、テロイとカリアはどうした?まさか、今の時間帯に買出しに行かせてるわけじゃないだろうな?」
「今は見張りの時間だよん。でも、ここでは僕たちを襲う輩なんていな」
その時、銃撃音がした。
「うっわ、一級フラグ建築士は永久剥奪と思ったけど」
「糞みてぇなこと言ってんじゃねぇよ。くそ、侵入者か?それか、ゴキブリだったらいいんだけどな。」
ジョナサンはそう言うと、腰からシルバーカラーのハンドガンを取り出した。安全装置を解除し、スライドを引く。念のため、雇い主の方に注意を呼びかけるため、首だけを後ろに向ける。
「おい、ちゃんと隠れ」
「うん、大丈夫!もう隠れてるから!」
数千ページにも及ぶ厚い辞書を、両手で持ち、顔の前で隠している。なんだろうか、こいつは馬鹿なのか?
ジョナサンは嘆息を吐き、胸ポケットから煙草を取出し、火を点ける。
「たっくよ、お前さんといるだけで、なんか世間が馬鹿馬鹿しくなってくる。まぁいい。ちょっくら、見てくるからその用心棒を構えとけ。それと窓から離れとけ」
「え、僕は床オナニーとか出来ないんだけど!?」
「ばーか」
にやりと笑い、ジョナサンは素早く出入り口の扉へ向かう。ドアノブの傍の壁に背を付け、両腕を曲げ、ハンドガンを肩の高さぐらいまでに上げる。チラリとフレディの方を見る。一応、長机の近くまで移動しているわけだが、なんだか可愛そうな人間のようだ。右手は攻撃サインのグーパーの連続、左手は厚い辞書が重いのだろうか、その手はプルプルと震えていた。体は長机に隠れるようにしている。
了解と心の中で呟き、ジョナサンは一呼吸ついた。戦闘時において、そして射撃においてもっとも重要なことは、冷静になることだ。平常心、正常心、リラックス。様々な経験がそれらを、ジョナサンに囁いている。ジョナサンもそれに頷き
バタン! と力強く、扉は開かれた。ジョナサンがやったわけではない。勝手に外から開いたのだ。瞬時にジョナサンは両腕を伸ばす。標準を、ターゲットをテロイに合わせて。
「んあ?」
阿呆な声が出てしまった。テロイ?なんでお前が?疑問を投げかけるより先に、彼が握りしめているものが目に入り、唖然としてしまった。男だ。アメリカ人か?
「いでぇ、いでぇよ! 髪の毛ひっぱんなよ!」
「っせーよ、白人が! 世界の中心だがなんだが知らんが、適当に撃ってんじゃねぇよ、なーか!」
口悪く、口調を荒くして、ステルバル・テロイは金髪の男の髪の毛を引っ張っていた。一方、ジタバタと暴れる金髪の男。両手はテロイの手を殴ったり、引っ掻いたりしているが、テロイはそれに動じず、長机に顔面を叩きつけた。
「へぶ!?」
「ひっ!?」
「こいつ、俺らのアジトに突っ込んできた、警察っすね。どうします、殺します?」
ゴリィとテロイの黒光りした、ハンドガンを金髪の男の頭に押し当てた。フレディは辞書の端からチラチラ見やる。
「フレディ・パーキソン!あんた、あんたに用があんだよ!」
「さんつけろや、ボケ」
「フレディさん! 頼みます! お願いがあって来ました」
なぁんか嫌な予感だな、おい。
ジョナサンは頭をボリボリ掻く。
煙草の灰が落ちるのを気付かぬまま。