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第八話

 ――迷宮地下四階。

 『賞金首サルバド討ち取り』の連絡を受けたレンジャーギルドの一団が、隊列を組んで捜索活動を行っていた。

 同ギルドから悪名高い犯罪者を生み出してしまったため、かねてより討ち取りの機会を窺っていたのだ。

 スラム地区に身を潜め、時には追っ手を罠に嵌めて返り討ちにしていったサルバド。レンジャー達は手を焼いていた。

 知らせを受けたのは、ギルドマスタークラウの檄により大動員の準備が整った矢先の出来事だった。怨敵サルバドの首を横から攫われる形になったため、彼らの面子は丸潰れである。

 

 石床に記された『黄色い矢印』を呆れ気味に見下ろしながら、一団のリーダーらしき男がぼやく。


「なんだこりゃ。この階にもご丁寧に矢印が描いてあるぞ。一体どこの馬鹿の仕業だ」

「へい。なんでも横着するために、戦士ギルドの馬鹿が塗っていったそうですぜ。ただそいつは塗ってる途中で地獄猫に喰われちまったそうですが」

「……俺達は、そんな馬鹿野郎がいるギルドに先を越されたって訳か。泣けてくるじゃねぇか」


 リーダーが悲しげな表情でミミズのような腫れが出来た頬を撫でる。図体は熊のようにでかいが、纏っている雰囲気は小動物のよう。ギルドマスターからの折檻を受け、色々と大事なものが折れてしまっていた。


「か、頭。元気出してくだせぇ。また働いて姉御に認めてもらえばいいじゃないですか」

「そ、そうですぜ。今回のはたまたま。運が悪かっただけですぜ」

「運であのサルバドがやられるのか?」

「い、いや。そりゃ、あれですぜ」

「もういい。とにかく、この矢印は全部消しておけ。駆け出しの馬鹿が罠に引っかかる元凶だからな」


 リーダーが矢印を踏みつけると、手下に指示を下す。


「そんな馬鹿は放っておけばいいんじゃないですか?」

「除名済みとはいえ身内の後始末はしなきゃならん。俺たちみたいな稼業でも守らなきゃいけねぇ物はあるんだ。分かったらやれ」

「へ、へい!」

「…………ったく、サルバドの大馬鹿野郎が」


 リーダー格の男――ボーガンはサルバドに目を掛けていた。その才能は、磨けば更に伸びると一目で分かったからだ。

 レンジャーに必要な様々な技術や、その身軽さをいかした戦闘術を叩き込んでいった。経験を積んだサルバドは、一流と呼ぶに相応しい罠師としての名声を得た。

 それが外道に墜ち、ギルド除名、賞金首にまで至る始末。更には身内であったギルド員までその手に掛けたのだ。

 最早生かしてはおけぬと、ギルドマスタークラウからは『必ず殺して首を持ち帰れ』と厳命が下っていた。

 ボーガンは自ら追っ手を志願した。外道に落ちた弟分をこの手で楽にしてやるために。

 それが戦士ギルドの小娘に討ち取られたと聞き、ボーガンは耳を疑った。だが、その証拠たる右手は確かにサルバドの死を現していた。

 ボーガンに残された仕事は、遺骸の確認と罠の回収作業だけだった。だが、討ち取った小娘の話によると、原型を留めてはいないらしい。どのように戦い、どのようにサルバドは死んだのか。ボーガンは後で確認する必要があると思った。サルバドを討ち取った小娘から直接。

 暫くして、先発させていた手下が報告に戻ってくる。


「か、頭――」

「前から言おうと思っていたが、頭はやめろ。俺はギルドマスターじゃねぇんだ」

「で、でも頭は頭ですぜ。姉御も全然気にしてなかったし良いじゃないですか」

「良くねぇ。それじゃまるで盗賊の親分だ」

「じゃ、じゃあなんて呼べばいいすかね」


 少し悩んだボーガンは、とある将軍の名前を思い出す。アート周辺で武名を轟かせるユーズ王国の勇将。率いる兵団は鋼鉄師団の異名を取る。


「そうだな。それじゃ俺の事は“鋼鉄のボーガン”様と呼ぶんだ。どうだ、強そうだろう」


 格好つけた姿勢を取るボーガンを、尊敬の視線で見詰める手下達。


「分かりやしたぜ頭!」

「流石は頭だ! すげぇ強そうですぜ!」

「頭、一生ついていきますぜ!」

「……全然分かってねぇじゃねぇか」


 ボーガンが頭を抱える。この頭の弱さで、レンジャーとしての技術や知識――鍵開け、隠形術、罠や毒の取り扱い、暗殺術は一流なのだから世の中不思議である。

 手下達から見れば、ボーガンほどの巨体で、自分たち以上の身軽さを発揮している方が不思議らしい。

 巨大な熊が猫のように俊敏に動いて大斧を振り回し敵を屠る。馬鹿でかい手で、器用に罠の作成をしてみせる。しかも裁縫や料理も得意。掃除洗濯も手馴れたものである。


「で、お前は何を報告しに来たんだ?」

「そ、そうだ! 大変ですぜ頭!」

「何が大変なんだ。サルバドの馬鹿野郎が生きてたのか?」

「い、いや違いますぜ。サルバドの一派がいたらしい小部屋は見つけたんですが。先客が」

「先客だぁ? これ以上舐められたらどうなるか分かってんのか。俺がクラウにどんな仕打ちを受けると思ってんだ!」


 ギルドマスターのクラウは怒らせると怖い。本当に容赦がない。加虐性が極めて高い。

 言い訳をしようものなら、鞭が飛んできて今のボーガンのような愉快な顔になる。これでも罰の中では軽い方である。

 一度だけあまりの仕打ちにぶち切れたボーガンを、クラウは全力で叩きのめした。その後で執行された罰は、語るに恐ろしい。

 過去の悪夢が蘇り始め、ボーガンの身体が震えて縮こまっていく。斧にまで震えは伝わっている。

 一応夫婦の間柄になるはずなのだが、実際は主従関係に近い。主がどちらかなのかは言うまでもない。家事や子育ては全てボーガンが行っているのだから。


「か、頭、気を確かに! 顔が真っ青ですぜ!」

「う、うるせぇ! い、今すぐに乗り込むからしゃっしゃと案内しろ!」


 舌を噛みながらボーガンが怒声を張り上げる。手下が先導し、サルバドが討ち取られたという小部屋まで案内する。

 赤い矢印の前で、ボーガン達は立ち止まった。勢いを強制的に遮られたのだ。


「――そこまでですね。警告、その赤い矢印を越えたら問答無用で攻撃します」

「な、なに」


 ボーガン達を狙い澄ますように、小部屋にいる人間達が弩を向けてくる。どれもこれも戦いに向いているとは思えない体格、装備だが、その目に恐怖の色はない。警告に従わずに突き進めば、確実に撃ってくるだろう。


「貴方が人間だから警告をしました。魔物ならば撃っていました。そういう訳ですから回れ右をして引き返してください。我々は忙しいのです」


 野暮ったい三つ編みの女と、四名の男が膝を立てて弩を構えている。その他の人間は機材を持って、作業に当たっているようだ。死体の回収、調査ではなく、罠の解体を行なっているらしい。彼らは緊迫した状況など気にも留めずに腕を動かしている。


「そういう訳にはいかねぇな。ここにいたのは、ウチにいたサルバドって奴だ。そいつの後始末は俺達がやらなきゃならねぇ。分かったらお前らこそ出ていきな」


 ボーガンが大斧を向けると、手下達も得物を構える。投げナイフを構える者もいる。

 やりあえば、手下の何人かはやられるだろうが、残りで一掃可能だ。ボーガンはそう判断した。


「……貴方達は、急がば走れという古い諺を知っていますか?」


 三つ編みの女が問いかけてきたので、ボーガンは首を横に振る。


「知らねぇな」

「急がなければならない事情があるなら、死ぬ気で走れという意味ですね。至極当たり前の言葉です。それを怠った貴方達にはこの部屋に入る資格はないということです。つまり、この精巧に作られた罠一式は、我々学術ギルドが綺麗さっぱり独占するという訳ですね」

「何を勝手なことを抜かしてやがる! ひ弱なヘボ学者どもが、ぶっ殺すぞ!」


 手下が怒鳴り散らすが、三つ編みの女は平然と受け流す。目元は長い前髪で遮られているため、感情を窺うことは出来ない。だが、口元は自信たっぷりに歪んでいる。


「好奇心は竜をも殺すという言葉があります。我々学者の探究心の前には、強大な竜ですら立ち塞がることは出来ないのです」

「女の癖に大した自信だが、そんな玩具で俺達が止められるのか?」

「この弩には猛毒が塗られていますが、止めるのは無理でしょうね。ですが、我々学者は己の貧弱さを嫌というほどわかっています。それを補うために、必死に頭を働かせるのです。つまり、この弩だけで襲撃を待ち受けるというのは有り得ないという訳ですね。お分かりですか?」


 女の挑発に、手下が視線を動かして注意を促してくる。


「…………チッ」


 ボーガンが小部屋を観察すると、上部の方に即席で設置されたらしき罠が見受けられる。発射型らしいが、何が出てくるのかは分からない。学者の中には、爆薬やら毒薬を扱う厄介な連中もいる。魔法の才に恵まれなかった分、それを補うための火力を構築する努力をしているのだ。研究成果が世間に認められる事は少ないが、彼らは気にも留めずに研究に打ち込んでいる。

 ボーガン個人の判断としては、学者達が設置した罠に殺傷力はないと見ている。身を守るための牽制型だろう。発光か、発煙か。もしくはただのハリボテか。後者の可能性が非常に高い。


「頭、どうしますか?」

「多分数人はやられますが、残りで全部始末できますぜ。お任せを」

「……俺もそう思うが、一戦するだけの価値がサルバドの罠にあるかどうかだ」


 手下達は臆することなくボーガンに突入を願い出る。


「罠の価値がどうにせよ、ウチの面子が潰れます」

「ヘボ学者に舐められたままじゃ帰れませんぜ。姉御にぶっ殺されちまう」

「面子なんざより命が大事だ。責任は俺が取ろう。まーた鞭が飛んでくるだろうが、お前らの命には換えられん」

「か、頭ッ!? 本当にいいんですかい!」

「引き返すぞ。クラウには俺が報告する」


 なおも言い募る手下を一蹴し、ボーガンは強い口調で撤収を指示した。

 仕方ないといった様子で、とぼとぼと通路を引き返していく手下達。

 ボーガンもその後に続こうとしたが、振り返り声を上げる。


「そこの三つ編み女。お前の名前は?」

「私の名前はルルリレです。父はハモンド、母はルルリラ。祖父は歴史研究家です。私の趣味は――」

「そこまでは聞いてねぇよ。だが、名前は覚えておく」


 ボーガンが呆れ顔を浮かべた後、手を上げて立ち去っていく。

 

 ルルリレはそれを見届けると、三つ編みを掴んで振り回す。考えを纏めるときの癖なのだ。

 弩を構えていた学者達がふーっと脱力してひっくり返る。接近戦には慣れていないので、突撃されていたら危なかったと安堵の息を吐く。まだまだ研究したいことが山ほどあるのだ。死ぬのは怖くないが、死にたくはない。

 ルルリレは学者肌の癖に、接近戦も苦手としていない。背負ったツルハシで何体もの魔物の脳天を抉ってきた。発掘作業にも使え、魔物をかち割るのにも使える利便性が気に入ってるらしい。大人しそうな外見に騙されると危険な人物である。


「危なかったですねルルリレさん。あのまま突っ込まれたらヤバかったですよ」

「熊みたいな人は、話が通じそうだったので吹っかけてみました。話が通じるだけ魔物よりマシですね」

「あの罠がただの飾りだと見抜いていたんじゃないでしょうか」

「パンはパン屋。罠はレンジャーです。私がしたのは、彼らが引き返すに足る理由の提供ですね」


 三つ編みを回し終えると、賞金首サルバドが遺した罠を眺める。出不精の学者達がわざわざ地下迷宮に乗り込んできた目的である。 

 今朝方、サルバド討ち取りの報は即座に広まった。熟練冒険者すら手玉にとるサルバドが作成した罠。精巧な罠を回収して研究したいと考えたルルリレは、戦士ギルドに乗り込んで場所を金で聞き出した。その段取りの素早さはレンジャー顔負けである。


「ルルリレさん。罠の解体作業は終了しました。戻りますか?」

「そうですね。屍骸を焼却後撤収します。ご苦労様でした」

「焼却準備に入れ! 撤収するぞ!」

「フフ、この狂人が作り出した罠を研究すれば、更に我々は優れたものを作り出す事ができます。魔力の器がないというだけで我々を無能と見下すなんて実に許せません。才に奢れる魔術師は久しからず。ウフフフ!」


 気持ちの悪い笑みを浮かべると、ルルリレが瓶に入った調合薬を取り出す。中の人間の退避が終了したのを確認し、瓶を部屋へと投げ入れる。爆音と共に小部屋の中は炎上し、原型のない屍骸が炎に包まれていく。


(私達は頭を使うのです。魔法など使えなくても、頭を使えば火を出すことは出来るのです。自惚れた魔術師共め、いつかみていなさい)


 ルルリレの笑いに続き、学者達も楽しそうに炎を見詰める。誰でも使える兵器、罠、武器、薬品。これらを大量生産し、驕り高ぶる魔術師共を叩きのめす。それが学者たちの根底にある暗い野心である。

 魔物に有効な戦略を研究し、効果的な武器を開発するという名目の下、実際は対魔術師の研究に心血を注いでいる。

 例えば、弓を改良し、誰でも簡単に扱えるようにしたこの『弩』。毒を塗り込めば素晴らしい殺傷力を得る。魔術師がだらだら詠唱している隙に、この引き金を引けば良い。生産性が非常に悪いのが難点なので、現在は大量生産に向けての改良中だ。

 生産性を度外視し、更に威力を向上させた『強弩』の開発計画も始まっている。完成するまでには数年以上かかるだろうが、研究というのはそういうものだ。

 ――戦場において、魔術師の居場所が徐々になくなりはじめているのは、彼らの成果と言える。





「あの、一つ聞いても良いですか?」

「何よ」

「私の鎧、どこにいったんでしょうか。後、盾も」


 マタリが部屋を散々探し回った後で、尋ねてくる。

 損壊していた鎧は当然捨てた。穴だらけで使い物にはならない。盾はもてなかったのでおいてきた。剣だけは回収できたが。


「アンタが倒れた拍子に凄い勢いでぶっ壊れたから、その場で処分したわ。盾はどっか遠くへ飛んでった気がする」


 勇者は真顔で嘘を述べた。案の定マタリが胡散臭そうなジト目を向けてくる。


「本当ですか?」

「本当よ。私はどうでも良い嘘をつかないからね」

「……そ、そうなんですか。ええと、流石に生身で戦うのはアレなので――」

「当たり前でしょ。アンタの調子が良くなるまで待ってたのよ。後で買い物にいきましょう。私のも買うから」

「では何とか安いのを探さないといけませんね。鎧は値が張りますから」

「あー、それなら大丈夫よ。サルバドとかいう屑の賞金があるからね。金貨十枚もありゃ足りるでしょ」

「サルバド? 賞金?」

「賞金首のサルバドよ。私がぶっ殺した外道」


 勇者が得意気な顔で金貨のつまった袋を見せる。


「サ、サルバドって、あの罠師サルバドですか!? あの悪名高い賞金首!」

 でかい声を張り上げるマタリ。勇者はうるさいと買っておいた着替えを投げつける。直撃したマタリがベッドに沈む。


「アンタが倒れた後に色々あって、色々やったらサルバドの首があったってわけ。分かった?」


 説明する気が全くない勇者が適当に濁す。お前が死んだ後、ムカついたから皆殺しにしたとは流石にいえない。


「さっぱり分かりません」

「まぁ、いいから早く着替えなさい。今日は買い物をして、ご飯食ったらさっさと寝ろ。後三日もすれば完全回復ね」


 指をマタリの額につけてグリグリと動かす勇者。


「いえ、もう今日からでもばっちり――」

「無理をしても何の意味もない。急がなくちゃいけない理由もない。魔物は結界から出て来れない。それにお金もある。だから無理をする必要がないってこと」

「…………は、はい」


 反論しようとしたが、勇者の言葉に理があると考え直し、マタリは渋々頷いた。

 着替えを終えて準備を済ませると、勇者達は街へと繰り出した。心なしか、勇者の表情は浮かれているようだった。

 ――勇者は、買い物が好きである。

 


「これなんか良いんじゃない? 格好良いし、頑丈そう。きっとアンタに似合うわ」

「そ、それ金貨五枚ですよ! そんな高級品とんでもありません! 私にはもったいないです!」


 勇者が指し示したのは、この武具店における目玉商品、『耐魔鎧』だ。よく鍛えられた黒鋼に、魔素を流し込み製造された頑強な鎧。マタリが今まで使っていたお古の鎧とは、質が違う。衝撃に強く耐久性もある。更に大量に練りこまれた魔素の効果により、魔術による攻撃を軽減してくれるのだ。熟練の戦士が身に着けるべき鎧であり、駆け出しのマタリにはとても手が出せない。


「お金はあるときに使わないと意味ないでしょ。高い安いじゃなくて、気に入ったのにしなさい。うん、私はこれが気に入った」


 マタリが気に入ったかではなく、勇者が気に入ったかどうか。大事なのはそこである。


「そ、それは欲しくないといえば嘘になりますけど、やっぱり高すぎます!」


 喧しい娘達の声を聞きつけ、武具店の主人が現れる。眉を顰め、怪訝な表情を浮かべている。


「威勢の良い会話をしてるみたいだが、そいつはお前達に手が出せる値段じゃねぇよ。大人しく革鎧や鉄鎧にしとけ。それにも多少の耐魔効果はある。何より安い」

「私はこれがマタリに似合うと確信したの。という訳で、こいつを頂くわ。はい、お金」


 勇者が威勢よく金貨を五枚叩きつける。店主が目を見開いた後、慎重に一枚ずつ確認していく。


「……おいおい。一体どっからこんな大金持ってきたんだ。盗んだ金じゃねぇだろうな。厄介事は勘弁してくれよ」

「賞金首をぶっ殺したら貰えたのよ」

「賞金首だぁ? ……ってサルバドのことか! お前達があのクソ野郎をぶっ殺したのか!?」


 店主が手を打ち付けて大声を出す。得意客をサルバドの罠で失った為に怒りを覚えていたのだ。


「分かってくれた? じゃあマタリ、早速身に着けてみなさい。親父、手伝ってあげて。私は自分の探すから」


「お、おう。事情が分かりゃ喜んで売るけどよ。おーい、誰かちょっと来てくれや!」

「そ、そんな無茶苦茶ですよ! って、押さないでください! 話を聞いて――」

「うるさい。さっさといってきなさい!」


 反論しようとするマタリを勇者が押しのける。店主も了解して女の店員を呼びつける。やってきた太った女店員に強制的に連行されていくマタリ。勇者は満足そうな表情で頷いた。


「しかし、お前らみたいなのがサルバドをねぇ。全く大したもんだぜ」

「どうもありがとう。それより親父、私も鎧が欲しいんだけど。軽くて壊れにくい奴。出来れば格好良いのにしてね」


 格好なんてどうでもよいが、見栄えが良いのに越したことはない。一番大事なのは、気に入るかどうかだが。勇者は直感を大事にする。


「あるっちゃーあるがよ。ちと古い奴で、魔素が練りこまれてねぇんだ。だからオススメはできねぇな」

「一応見せてよ」

「あー、少し待ってろ」


 勇者が興味を示すと、店主は奥へと入っていき、布で覆われた大き目の箱を持ってくる。

 箱の埃を払うと、店主は慎重に開封していく。


「こいつだ。頑固な鍛冶屋が作った奴でな。魔素なんて訳の分からんもんは練りこませねぇと言い張りやがってな。いまだに意地を貫いてる呆れた奴なんだ」


 店主が開封した箱からは、白銀の軽鎧が現れた。年月は経っているが、光沢は鈍っていない。一目みただけで逸品と分かる品だ。装飾にも何やら拘りがあるようで、胸部には細工が施されている。


「格好良いじゃない。それに軽そうだし。なんでこれが売れのこってるの?」

「頑丈で軽い優れ物だが、肝心の耐魔効果がねぇんだ。いまどきの鎧は少なからず魔素が入ってるからよ。だから逸品なのに売れのこっちまったのさ。生まれてくるのが遅かったのがこいつの不幸だな」


 店主が愛おしそうに鎧を撫でる。間違いなく名品。だが作られた時代が悪かった。それでも安売りする気にはなれなかった。偏屈な鍛冶屋の魂がこの白銀の鎧には篭められている。それを小娘に見せたのは、サルバドを討ち取ったという実績があるからだ。


「別に耐魔効果なんていらないわ。当っても我慢するし、避ければ何の問題もない。よし、これに決めた!」


 勇者が満面の笑みで鎧を指差す。その姿は、少女がお気に入りのドレスを買うかのようだった。


「金貨一枚で良い。店で眠らせておくよりは、賞金首を討ち取った実力者に使ってもらった方がマシだ」


 定価は金貨三枚。原価割れだが、どうせ売れないのだから構いはしまいと店主は判断した。


「はい! ねぇ、これってここで着ちゃって良いの?」


 金貨を店主に渡すと、待ちきれない様子で勇者が尋ねる。店主はその様子に思わず苦笑する。


「別に構わねぇよ。俺は奥に行ってるからよ。他に客が来たら呼んでくれや」


 店主が奥に引っ込んだのを見送り、勇者は服の上着だけ脱いで鎧を身に着けていく。大きさは問題ないようだった。軽鎧ということで、そこまでの体格を見込んではいなかったのだろう。傍に飾ってある剣を掴み取り、何回か振るってみる。

 特に邪魔になる感じはない。軽いし、馴染むし、実に良い感じだと勇者は何度か頷いた。

 とても良い買い物をしたと、勇者の機嫌が上昇した。そこにマタリが太った中年女と一緒に戻ってくる。

 マタリの体格にあった黒鋼の耐魔鎧。重戦士のような見かけが、威圧感を醸し出している。その表情はなんともいえない間抜けなものであったが。


「やっぱり似合ってるわよ。私の見る目は確かね」

「嬉しいですけど、やっぱり高くないですか? 私にはもっと手頃な鉄鎧の方が――」

「もうお金払っちゃったし。それより、これどう? ねぇ、似合う?」


 勇者が嬉しそうに見せびらかすと、マタリがきょとんとした表情を浮かべる。

 今までこんなに楽しそうな勇者を見た事がなかったから。浮かべるものといえば、小生意気で、口元を軽く歪めるようなそんなものばかり。それが今は子供かと思わんばかりの素直な微笑を浮かべているではないか。

 思わずマタリも笑みを浮かべる。


「え、ええ! その白銀の鎧、凄い似合ってますよ。まるで本物の勇者みたいです! 驚きました!」


 余計な一言に勇者の笑みが薄れ、口元がへの字に歪んでいく。上り調子だった機嫌が、みるみるうちに急落していく。


「……本物の勇者なんだけど」

「そ、そうでした! ごめんなさい、ま、間違えました」

「…………そっか。間違えたんだ?」

「は、はい。間違えたんです」

「もういいわ。アンタ、盾は自分で買って来なさい。お金はこれで適当に。私は使い潰す用の安い剣探してくるから」


 勇者が嘆息するとお金の詰った袋をマタリに手渡す。どことなく哀愁を浮かべながら、勇者はトボトボと剣を探しに彷徨い始めた。 その姿を見たマタリは今度から言葉には気をつけようと、固く心に決めたのだった。



 買い物を終えた勇者とマタリが極楽亭目指して帰路につく。両者の両手には満杯の皮袋が数個握られている。勇者が、気に入ったものを片っ端から買い捲ったので、とんでもない量になってしまったのだ。

 買ったものは日用雑貨、着替え、食料品などといったものから、剣の手入れに使う砥石まで様々だ。なんだか訳の分からない置物や人形まである。何に使うのか勇者に聞いたところ、気に入ったから買ったとの答えが返ってきた。


「あの、勇者さん。買いすぎですよね」

「私買い物好きなのよね。お金を渡して物を受け取る。その瞬間が好きなのよ。なんでかしら」

「確かに買い物は楽しいですよね。でも、絶対買いすぎですよね」

「お金はあるから良いじゃない。まだ金貨一枚も残っているし」

「“もう”の間違えです! なんで十枚もあった金貨が、たった一日で一枚になっちゃうんですか!」

「鎧に剣や盾も買ったからでしょ。ピカピカで最初は綺麗よね。すぐに汚れるけど」


 勇者の腰には何の変哲もない鉄の剣が結びつけられている。鎧のおまけで安くしてくれた。


「こんなに高い物まで買ってもらって……傷がなるべくつかない様に大事に使わないと」

「何すっとぼけた事言ってんのよ。身を守るためのもんでしょうが。ばんばん使ってどんどん使い潰しなさい。それに、少しくらいなら修理も出来るって武具店の親父も言ってたじゃない」

「そ、そうですよね。値段が高くても、使わなくちゃ意味がないですよね」

「当たり前で――」


 勇者が更に言い聞かせようとした瞬間、少年がすれ違いざまにぶつかっていった。謝罪するように軽く頭を下げると、少年は素早く反対方向へと立ち去ろうとする。

 勇者は反射的に袋からある物を取り出すと、遠ざかる少年目掛けて思いっきりぶん投げた。

 ある物は目標の背中に命中し、少年は態勢を崩して勢いよく転倒する。


「い、いってえええええええええええええッ!!」


 悲鳴を上げて地面を転がり回る少年。身体はすでに泥塗れである。

 勇者は早足で近づくと、少年の懐から巾着袋を乱暴に取り上げる。この袋には勇者達の所持金すべてが入っているのだ。

 少年は、すれ違うと同時に勇者から巾着袋をスリ取ったのだった。その技は手馴れており熟練の域に達している。常人ならば抜き取られたことにも気付かないだろう。


「私からお金をくすねようなんて千年早いわ」

「くそ! 馬鹿っぽい顔してる癖に気付くの早えんだよ!」

「馬鹿はアンタでしょ。もう一度このカラスを投げつけられたいみたいね」


 先程投げたある物を少年の頬にぐりぐりと押し付ける。ある物とは白いカラスの置物。ただの木彫りの置物で、特に変わったところはない。顔が妙に不細工な点を除けば。雑貨屋の親父が自分で作ったもので、数年間売れなかった不良在庫。

 勇者が“不細工”な点を妙に気に入り即断で購入したのだった。マタリは呆れていたが。


「やめろっての! やめてくれ! 尖ったクチバシが当って痛ぇ!」

「さーて、こういう場合どうしたらいいの?」


 勇者がマタリに尋ねる。二度とこのようなことをしないよう徹底的に痛めつける手もあるが、ガキ相手に少し大人気ないと勇者は思った。大人だったら既に半殺しである。


「そうですね、教会の衛兵に引き渡せば相応の罰が与えられます。窃盗は罪が重いので、多分棒か鞭で百叩きでしょうか」

「か、勘弁してくれよ。あいつら手加減しねぇから死んじまうよ!」


 教会は年齢の大小で罪の増減を行なわない。少年だろうが少女だろうがお構いなしに罰を執行する。

 窃盗は棒刑及び鞭打ち、殺人は基本的には極刑である。


「仕方ない。今回は見逃してやるか。心優しい勇者様に死ぬほど感謝しなさい」

「ほ、本当か!」


 思わずほくそ笑む少年。


「――嘘よ。そんな甘い話ある訳ないでしょ」


 勇者が満面の笑みで少年の期待を裏切った。


「ゆ、勇者さん。子供ですから今回は許してあげたら――」


 マタリが宥めるが、勇者は全く相手にしない。


「ガキだろうが罪は罪よ。きっちり償ってもらうわ」

「ひ、ひでぇ! この悪魔! 大魔王!」

「ひどいのは人のものを盗もうとしたアンタでしょ。それに私は勇者だから悪魔でも魔王でもないの。それじゃこれよろしく」


 勇者が手に持った荷物を少年に無造作に投げつけていく。マタリの荷物も奪い取り同じように。


「な、何すんだよ!」

「極楽亭までそれを運びなさい。そうしたら許してあげる。私達は重くないしアンタは教会に引き渡されないで済む。良いことづくめね」


 笑顔を浮かべた勇者は、不細工な白いカラスで少年の頭を軽く突いた。

 

 極楽亭につくと、約束通りに勇者は少年を解放してやった。

「じゃあな姉ちゃん達、もしスラムに来たら呼んでくれよ! 小遣いくれれば案内するからさ! 面白い奴も最近来たんだぜ!」

「はいはい」

「それと饅頭ありがとな! みんなで食べるよ! じゃまたな!」


 少年が手を振って立ち去っていく。手には勇者が渡してやった肉饅頭の詰った袋を手に。

 

「……本当に元気な子でしたね。もうあんなことしないと良いんですけど」

「まぁ、無理でしょうね」


 勇者はあっさりと答える。生きていくためなのだから、止める訳がない。

 コロンと名乗った少年は、荷物持ちの道すがら事情を話しだしたのだ。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 それはこの街ではありふれた話で、親に捨てられた子供達が生きていく為に選んだこと。力のない子供達でも実行出来る犯罪行為。――窃盗だ。

 捕まれば最悪百叩きを喰らうが、何もしなくても食べ物がなくて死んでしまう。だから子供達はスリになることを選んだ。

 地下迷宮に挑めるまで成長することが出来れば、自分の力で食っていくことが出来る。討ち取られたサルバドも同じように這い上がってきた。

 面倒見の良いコロンは、他の子供達の分まで稼ぎまわっているそうだ。素早さは天性のものらしく、今まで捕まった事がないらしい。


「先の事を考えると、衛兵に引き渡した方が良かったんでしょうか?」

「私には分からない。神様じゃないからね。多分、両方とも正解じゃない気がする。けれど――」

 

 勇者は見逃す事を選択した。あの子供は魔物ではなかったから。勇者は臭いで判断する。外道に落ちた人間は耐え切れない程の腐臭がするのだ。

 だから見逃した上に食料まで持たせてやった。それがなくなればコロンはまたスリを行なうのだろう。生きていく為に。最後まで逃げ切るか、それとも途中で今までの報いを受けるのか。それは勇者には分からない。


「…………」

「取りあえず、宿に入りましょう。荷物も片付けないといけないし、お腹も空いたわ」

「は、はい!」


 荷物を手に取り、勇者達は極楽亭へと入っていった。

鋼鉄師団を率いる勇将。一体何者なんだ……

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