第五話
黒の装束を纏った、無機質な目をした男――罠師サルバドは、目の前で息絶えようとする若い娘を見下ろす。
殺しの罠に掛けたことへの罪悪感などある訳がない。馬鹿が一人、無様に死ぬ。それだけのことだ。
サルバドの口が愉快そうに歪みはじめる。
そう、それだけのことが、サルバドに絶頂をもたらしてくれるのだ。
罠にかかり、何が起こったのか分からないまま死んでいく冒険者。全身に矢が突き刺さった際に浮かぶ表情。そして避けられぬ死への恐怖。夢や野望が潰えるという絶望。
罠にかかった奴らは、人間の本質を僅かの時間で表現してくれる。――いや、させるのだ。サルバドが作り出した芸術品によって。
今回用いたのは、踏む事で起動する単純な罠。体勢を崩した獲物へ、固定した弩が矢を降り注ぐというもの。
人間を殺すのにはこれで十分。鍛えられた人間だろうが関係ない。駆け出しだろうが熟練だろうが死ぬ。
だが少し派手にやりすぎたとサルバドは反省する。この状態では間もなく獲物は死ぬだろう。
自分の仕掛けた罠の出来には満足するが、加減が難しい。
少しばかり遊んでも良かったかもしれない。今回の獲物は若くて健康的な女。剣術にも自信があるのだろう。
この女の気が狂うような拷問を行なってみたかった。長時間じっくりと少しずつ、少しずつ死へと近づける。どんな悲鳴をあげるだろう。どんな慈悲を乞うのだろう。どんな苦悶の表情をするのだろう。
想像するだけでサルバドは嬉しくなる。心から至福に包まれる。次は必ずそうしようと決心した。
サルバドは笑いをかみ殺しながら隠形術を解く。熟練の足捌き、息遣い、魔素を塗りこんだ装束が気配を隠すのだ。
宝箱に腰掛け、口から流れ出ていた涎を拭う。あまりに美味しそうな獲物に我慢が出来なかったらしい。
それにしても。この宝箱の罠は馬鹿馬鹿しい分、最高だと思う。
罠があると警戒している奴らが、勝手に飛び込み、勝手に死んでいくのだ。愉快極まりない。
今、この時。獲物が死に至る僅かな瞬間がたまらない。サルバドの脳は絶頂を迎えている。
女を抱くときよりも、大金を手に入れた時よりもその悦びは大きい。比較にもならない。
外道に堕ちたサルバドだが、最初からこうだった訳ではない。身を潜ませている手下達も同様だ。昔は真面目に働き、光の下で暮らしていた。
変化したきっかけは単純だった。こき使われる生活に嫌気がさしただけだ。
サルバドには多額の借金があった。親が残した負の遺産。それを返済する為に、サルバドは己の技術を売っていた。器用さだけは誰にも負けない優れたものがあった。レンジャーギルドでも指折りであり、やがてその名は知られるようになった。
貴族階級に属する騎士に便利屋として雇われ、安い金で奴隷のように酷使された。借金を肩代わりしてやった騎士からすると、完全に奴隷だったのだろう。
『代わりなど幾らでもいる。だが金額分は生き延びろ』と言い放ち、何度も死線を潜り抜けさせられた。泣きながら辞めたいと申し出ると、お前の犯罪を教会に告発すると告げられた。
『お前一人の罪を作り出すことなど容易い。今まで通り私に仕えろ。お前は実に優秀だ』と騎士は居丈高にのたまった。嘲りと共に。
給金は更に減らされ、サルバドの殺意と憎悪は膨れ上がった。そしてサルバドは実行した。
人生の中で最も精緻な罠を仕掛け、迷宮内で騎士とお抱えの連中を一網打尽にしてやったのだ。ギロチンが騎士の首を容易く切り落としたとき、サルバドは涙を流しながら奇声をあげた。今この瞬間、自分は生まれ変わったのだと確認する為に。
腐りかけの首を実家の門に送り届けてやった時は、溢れ出るものが止まらなかった。今までの糞みたいな日々が報われたと心から感じた。
金に困ったので、装備を剥ぎ取り闇市に流したところ、今までの働きが馬鹿みたいに思える程の値段で売れた。しばらくして作成する罠の対象が、魔物から人間へと変わった。
試作した罠を迷宮内部に仕掛けてみると、馬鹿共が面白いように喰らいついてくる。
勝手に引っかかり、勝手に死んで金品を残してくれるのだ。こんなに面白いことはなかった。
何十という人間を陥れ、殺していくサルバド。いつしか悪名は広まり、ギルドを除名され懸賞金を掛けられた。
とはいえスラム地区に身を隠すサルバドを襲ってくる者はいなかった。
迷宮内ではいつも通り罠を仕掛ける日々が続く。サルバドの日常は何も変わらなかった。生き甲斐を見つけたこと以外は。その生き甲斐とは、人間の絶命する瞬間を間近で見届けるというもの。サルバドは完全に外道へ堕ちた。
やがて同じような不満を抱く者が自分の下に集まり、元レンジャーの集まる『徒党』が結成された。
サルバドは金に対して執着はなかったので、必要経費以外は気前良く手下達に配ってしまっていた。酒もやらない、女遊びもしない。高価な武器や防具も必要ない。金の使い道は食費と罠の製作費のみ。
サルバドが欲しているのはただ一つ。夢潰える時の絶望した人間の表情なのだから。
サルバドは身を隠していた手下に合図を送り、針まみれとなった女の首を刎ねるよう命じる。
そして入り口通路奥に潜む手下にも。入り口あたりのもう一匹の獲物は躊躇したおかげで無傷だったようだ。だが結末は変わらない。背後からの急襲により死ぬだろう。この部屋までの通路自体が罠なのだから。
部屋にサルバドと五名、通路に一番の腕利きを一名。これがサルバドの徒党である。
全員が元レンジャーであり、それぞれが殺しと盗みの技術に長けた者達だ。レンジャーとは名ばかりの盗賊や殺し屋くずればかりである。
嘲笑を浮かべる手下がサーベルを構え、針まみれの女の首を落とすために勢い良く振り翳した。
だが、転がったのは女の首ではなく、手下のサーベルだった。腕を押さえながら、手下が叫ぶ。
「糞がっ! 誰の仕業だ!!」
手下の足元に木の棒が転がり落ちている。入り口にいた女が最後の抵抗とばかりに投げつけたのだろう。
サルバドは苛々する。女の首が転げ落ちるのを楽しみにしていたのだ。それが肩透かしとなり、至福の瞬間に水を差されてしまった。
「何をしているんだ」
「は、はい。どうやら入り口にいたもう一匹が得物を投げつけて来たようで。すぐに片付けます」
手下が脅えながら返答する。この瞬間のサルバドには逆らってはいけない。それを身をもって分かっている。下手をすると凶悪な罠の実験台とされかねない。
「……とにかく早く始末して女の首を落とせ。俺の愉しみを遅らせるな!」
「も、申し訳ありません!」
手下は入り口へと向き直り舌打ちをする。そして早足で血塗れの少女へと近づいていく。
手下の手にはダガーナイフが握られている。その鋭利な刃は即座に少女の首を掻き切ることだろう。
「糞ガキが。唯一の得物を投げつけるなんて正気か? まぁ死ぬことに変わりはないから、どうでも良いけどな。反省は死んだ後にやれや」
「勿論正気よ。死ぬのはアンタ達だけどね」
手下が無言でダガーナイフを一閃する。ナイフが少女の首筋へと迫った瞬間、手下が苦悶の声をあげてうずくまる。
腹部に少女の一撃が入ったらしい。苦悶の表情を浮かべる手下の髪を掴み上げ、己の顔を威嚇するように近づけている。
「う、ううっ。……て、てめぇ!」
「ゴミが口を聞くなよ。不愉快だからさ」
何かを言おうとした手下の口へ、無造作に手を突っ込むと、少女は掛け声を放つ。
迸る閃光が手下の顔面から発せられ、一拍後に光ごと吹き飛んだ。
残されたのは頭部のない死体。力尽きた人形のように手下の胴体は地面へと崩れ落ちた。
「昔はさ、人間を殺さないようにしてきたの。どんな奴でも更生するって。人間は魔物とは違うって。でもさ、屑はどこまで行っても屑なのよね」
少女は火の玉を胴体へと放ち、炎上させる。薄暗い小部屋が赤い炎で照らされる。人間の焼ける臭いが充満する。
それを見ていたサルバドは警戒を強める。
魔術師は危険だ。サルバドが最も注意を払うのが魔術師。威力の高い魔術は脅威以外の何物でもない。
だが弱点はある。詠唱の手間があるため攻撃間隔が開く。時間稼ぎのための盾役は、既に倒れて戦闘不能。
「こいつは魔術師だ! やれ、今すぐにだッ!」
サルバドが隠形術で身を隠している手下達に檄を発する。どんな手段を用いても殺せ。指示は単純明快である。
「結構潜んでるみたいね。面倒だから一気にいかせてもらうわよ」
「死ねッ!」
隠形術を解除した手下が、四方から集中攻撃を仕掛ける。
怒声を張り上げた奴は陽動、本命は少女の背後に潜む手下である。
攻撃を仕掛ける際に、声をあげるような真似はレンジャーはしない。
この連携は強敵に遭遇した場合に備えてのもの。既に幾人かを屠っており、効果は実証済みだ。
「弾けろ、ゴミ屑共がッ!!」
少女が罵声と共に両手から閃光を放つ。詠唱がない攻撃魔法。先ほどの火炎術から数秒も経過していない。
魔術の発動に手下達は慌てるが遅い。光りが弾け爆発音が轟き、サルバドを含めた手下達が小部屋の壁へと叩きつけられる。
背後から襲い掛かった本命は、光の放出をもろにくらい、身体が四散している。
サルバドは得物を抜いて命令する。こいつはヤバい。今更ながらに気付く。
「詠唱を許すんじゃねぇぞ! かかれ!」
手下達が態勢を立て直そうとするが、少女は抵抗を許さない。
「騒ぐんじゃねぇよ屑共ッ! そこで大人しく死んでろよ!」
哄笑しながら少女は再び光を発する。狂気を帯びた目が手下とサルバドの位置を捕らえる。
乱暴な言葉遣い。外道と言葉を交わしていると、自然と凶暴なものに変わってしまうのだ。
再び光と爆発音が響き渡る。今度は途切れることなく連続して炸裂する。
手下達は壁に強く打ち付けられ悲鳴を上げる。その後の爆発で身動き一つしなくなる。
三度目の光が放出されると、手下達は体の内部から炸裂し、跡形もなくバラバラになった。
サルバドは全ての力を防御に回し何とか耐える。魔素を幾重にも塗りこんだ装束を盾に、歯を食いしばる。意識が飛びそうになるが、唇を噛み締めて堪える。堪えきった。幼い頃から身体を鍛えていたサルバドは、耐久力には自信があった。戦士並の打たれ強さがあると自負している。
「まだゴミが一匹残ってるか。意外と丈夫なのね」
「……お前、一体何者だ? 名のある魔術師か?」
サルバドが時間稼ぎの為に尋ねる。この糞ガキは必ず殺す。その為の体力を回復する時間を稼ぐ。
死んだ手下に対する哀れみや同情は一切ない。だが己の誇りを傷つけることは誰だろうと許さない。この糞ガキは禁忌を犯したのだから、確実に始末して解体する。
体力の消耗は激しいが、遅れを取るとは思っていない。あれだけの強力な魔法を使ったのだ。次に発動するには時間が必要だろう。詠唱なしの連続炸裂魔法。詳細は分からないが、あの一連の炸裂魔法は再現できまい。
「通りすがりの勇者。そして今はゴミ掃除中よ。臭うからきちっと始末しないといけないの」
その答えに、サルバドは思わず噴出してしまう。
何者かという問いに、勇者などと答えた者は今までにいない。
「――ククッ、勇者、勇者だと。冗談にしては度が過ぎているな。頭がお花畑なのか、本当に狂っているのか」
「良く言われるわ。とにかく、不愉快だからさっさと死んでくれる? お前達みたいな外道を見てると、心の底からイラつくの。その臭さは魔物以上ね」
少女――勇者は不快だと吐き捨てる。殺意を露わにし、サルバドに右手を向けた。
サルバドは背後に隠された発動装置へと手をかける。時間稼ぎは成功していた。
話をしつつ徐々に移動していたのだ。決して悟られないように。体力も多少ながら回復した。サルバドはいよいよ行動を開始する。
「まぁ怒らず落ち着け。折角だから、これでも味わっていけよ」
多重ギロチンの罠を作動させる。
罠師サルバドの最高傑作。鋭利なギロチンが発射され目標を切断する。魔道具が組み込まれたそれは、標的を感知して照準を定めてくれる。サルバドはただ目標の設定を行なうだけで良い。
サルバドの人生は、この罠を作成する為にあったと言っても過言ではない。
部屋の上部から鋼鉄のギロチンが発射される。
「――ちっ!」
「まだまだあるぞ」
咄嗟に回避した勇者は、倒れこんでいる矢にまみれた女を担ぎ上げ横転する。更に一、二、三枚と降り注ぐ刃を紙一重で回避する。
サルバドはその身のこなしに驚愕しながらも、ギロチンの発射を続けた。残りの刃はあと三枚。それも発射。
勇者は最後まで女を庇いながら回避を続け、生き残ることに成功した。
サルバドは心から感心した。この敵は素晴らしいと。ここまで自分の罠を虚仮にしてくれた奴はいなかった。だから、悔しさもあるが、それ以上に素晴らしい。
だが、まだ終わっていない。相手を賞賛する余裕が生じるのには理由がある。まだ切り札が存在するからだ。
全てを避けきったと油断したところに、渾身の一撃を叩き込む。これが罠師の真髄だ。
サルバドは勇者を“ある”位置まで誘導することに成功していた。
自分の意思で避けたと思っているだろうが、サルバドが攻撃と共に『誘導』したのだ。
勇者はギロチンの嵐が止まったのを確認し、声を上げる。
「……これで終わり? 中々面白い見世物だったわね。じゃ、次は私の番かな」
全てが計算通り。サルバドは切り札を作動させる。
「いや、お前の番はない。これで終わりだ」
「――え?」
小部屋の側面の壁から、高速で回転する刃が勇者目掛けて発射される。
今までが上部からだったので、横からの攻撃に反応が一瞬遅れる。
逃げ切れないと判断したらしく、担いでいた女を即時に放り投げた。
その行動は賞賛に値する。まさしく、勇気ある者に相応しいとサルバドは思った。
代償として勇者の頚動脈はギロチンにより断ち切られ、夥しい量の出血が生じた。生命の源たる血液が側壁に打ち付けられる。壁が鮮血で染まる。
首を手で押さえているが、溢れ出るものは止まらない。止められる訳がない。治癒術を行使しても命は救えない。致命傷だ。
「本当は首を落とすつもりだった。その勘の良さは大したものだ。仲間を庇う勇気ある行動もだ。だがよ、もうお前は助からない。ハハッ、絶対に助からねぇんだよォ!」
奇声を上げながらサルバドは嘲る。舌なめずりして、ゆっくりと勇者へ近づいていく。久々の強敵、苦戦した上で勝利した喜びは大きい。
胸が高鳴る。まるで裸の女を目にした少年のように興奮する。思わずごくりと喉を鳴らす。
これから悦楽の時間が始まる。始まってしまう。勇者を名乗る少女。実力は素晴らしかった。少女の首は腐るまで保管しておくことにする。この端整で小生意気な顔が、どろどろに腐り落ちるのはさぞかし趣き深いものになるはずだ。
ああ、その前に解体したい。意識のあるうちに解体したいとサルバドは思う。どんなことでも試してみたい。
サルバドの口からとめどなく涎が溢れ出る。最早それを拭う気持ちすら起きなかった。
「さぁて、どこから切り取ろうか。おおっと、まだ死なないでくれよ。お願いだからさァ。小鳥が潰されるときのような可愛らしい悲鳴を、思う存分に聞かせてくれよォ!」
ダガーナイフを抜き取り、歓喜の絶叫をあげながら勇者の部位を眺めていく。
「決めたぜェ。まずは耳、次は目。その後は四肢をバラす。舌は切り取って焼肉にしてやる。胴体と首は最後の最後に切り離すんだ。どうだ美味しそうなフルコースだろォ?」
処刑方法を語り終えると、勇者の真正面に立つ。サルバドがナイフを耳に振り翳そうとしたその時。
勇者の震える掌から青白い光が放たれ、綺麗に切り裂かれていた首筋が瞬く間に再生されていく。血飛沫が止む。
「な、ち、治癒術?」
サルバドの目が驚きで大きく見開かれる。
勇者は身体を落ち着かせるように一度大きく息を吸う。吐き出すと同時に怒りを爆発させる。
肉体の痛みから震えていたのではない。生理的嫌悪が勇者の身体を震わせていたのだ。
「怖気の走る腐れ妄想に、私を出すんじゃねぇよ屑野郎ッ!!」
サルバドの顔面に衝撃が走り、壁へと叩きつけられた。右の視界が閉ざされる。手で確認すると、目が潰れていた。鼻も潰れている。
「い、痛え。痛えぞ。――う、う、うぎゃああああああああッ!! 痛えッ!! 本当に痛えよォ!!」
「本当にしぶとい奴だな。一撃で叩き潰すつもりだったのに。早く死ねよ外道が」
「ひっ、ひいっ」
「ああもう。そっから動くなよ、面倒くさい」
勇者が首を鳴らしながら近づいてくる。サルバドがひぃと叫びながら後ずさる。
何もしなければ、確実に、無残に踏み潰される。勝っていたサルバドは不条理だと怒鳴る。
「お、おかしいだろォ、何で首が治ってんだてめぇは! 頼むから、お前が死ねよォ!」
「勇者だからに決まってんだろうが。分かったら死ねよ」
隅へと追い込まれ、いよいよ逃げ場がなくなる。
「ま、待て。た、助けてくれ。心から反省するから、助けて。俺だって血の通った人間、人間なんだよ。頼むからよォ。金、金なら――」
罠師としての誇りを投げ捨て、サルバドは命乞いをする。窮地に立ち、死にたくないという願望が湧いてきた。死にたくない。見逃してくれるなら、どんなことでもする。
「お前みたいな魔物を助けるわけがねぇだろ。お前は人間じゃない。ただの魔物だ。だからさ、もうその臭い口を開くな」
「化物、ば、化物がよォッ!」
サルバドは痛みを堪えてナイフを取り、勇者へと突き進む。策も何もない。恐怖と痛みに耐えかねて突撃しただけだ。
震えるナイフは空を切り、血塗れの勇者が凄絶な笑みを浮かべる。
「ああ、それ、よく言われたわ。そうそう、屑の癖に、最後の罠の出来は良かったわよ」
「ま、待――」
「それじゃあね」
振りかぶった右の正拳がサルバドの顔を再び捉える。顔面が、潰れた果実のように破裂し、勢いよく脳漿が飛び散った。主を失った胴体が後ろに倒れこむ。
本当に臭いと勇者は顔を顰める。皮袋から布巾を取り出し、身体に付いたサルバドの血、脳漿やら肉片を拭いはじめた。
――この日、悪名高き罠師サルバドとその徒党は、一人の少女の手により完全に壊滅した。