特典SSその2
書籍版では勇者たちは家を買いました。そこで起きたちょっとした出来事です。
一人webでは死んでいる人がいます。どんな末路だったか探してみると面白いかもしれません。書籍ではなんとパーティ入り。おかげで大変だったという記憶があります。
時刻は夕暮れ時。買出しに行った勇者とマタリが大きな荷物を抱えて戻ってきた。
「帰ってきたわよ。とっとと荷物を取りに来て頂戴! ……って、誰もいないの?」
玄関で勇者が何度か呼びかけるが、家の中から返事はない。マタリが首を傾げる。
「えーと、確か鍵は開いてましたよね」
「開いてたわよ」
「ということは、二人とも出かけたんでしょうか」
「鍵も閉めないで? まぁ取られて困る物はないからいいんだけど。もし上で呑気に寝てやがったらぶん殴ってやるわ。人に買出しを頼んでおいて、あのピンキーと丸眼鏡め」
「あの、実は買った林檎を途中で落としてしまって。ちょっと取ってきても良いですか?」
「……だったらその場で拾いなさいよ。気付いてたんでしょうが」
勇者が呆れると、マタリが慌てて弁解する。
「だ、だって。二人とも両手が塞がってましたし。その場に荷物を置いたら、他の林檎が転がっていきそうだったので」
「はいはい分かったわよ。とっとと行って拾ってきなさい。どっかの食いしん坊に食われる前にね!」
「分かりました、すぐに行ってきますッ!」
マタリが全速力で飛び出していく。勇者はそれを見送ると、再び荷物を持って中へと入っていく。
食料を台所に運び込み、マタリの荷物を取りにいこうとしたところで、留守番をしていた者達と出くわした。
この家の残りの住人、死霊術師エーデルと、学者のルルリレだ。
「おかえりなさい、勇者ちゃん」
「買出しお疲れ様でした」
二人の挨拶に答えることなく、勇者は眉を顰めて声を絞り出す。
「……聞くのが本当にとてつもなく嫌なんだけどさ。アンタ達、それは何をやってるの?」
「この格好で出迎えてあげようと思ってねぇ。この家には何かがいるってマタリちゃん脅えてたじゃない。だからそれを解消してあげようと考えたの。ちょっと気合を入れすぎちゃった感じかしらぁ」
「いわゆる衝撃療法というものです。弱点を敢えて突くことにより、耐性を付けるのです。成功すればマタリさんの“お化けが怖い”という弱点はなくなります。物は試しとも言いますから、是非やってみようかと」
そう語る二名の姿は、普段とは大きく様相が異なっていた。死人の装束を纏い、顔には精巧な死化粧が施されている。その姿は生者への怨念渦巻くゾンビにしか見えない。
以前より、マタリが何かを気にしていたのは確かだ。この家にいると思われる正体不明の怪しい影。マタリ曰く、恐ろしいお化け。勇者が何回も気にするなと言っていたが、当人としては難しかったようだ。
エーデルとルルリレはそれを和らげてあげようと、お節介を焼くことに決めたのだった。勿論、一番の理由は暇だったからに他ならない。計画を練って準備をしている二人の姿はとても楽しそうだった。
「……こうなる前に、止めてくれる殊勝な人間はいなかったの? ……この家にいる訳ないか」
こめかみを押さえながら、勇者が嘆息する。
勇者を含めて、この家の住人は基本的に人の話を聞かないのだ。そんな人間はいるはずもない。
「あら、もしかして勇者ちゃんもやりたかったの? お化粧だけだったら今からでもできるけど。やる?」
「そんな馬鹿なことに付き合う訳ないでしょ! それに私は忙しいのよ。ほら、どいたどいた!」
ゾンビもどき二名を押しのけて、勇者は荷物の整理に入り始める。普段着や寝巻き、家具に調理器具など生活に必要な一式を買い込んできたようだ。
最初から備わっている物があるのだが、それを使うのはやはり嫌だったのだろう。誰が使っていたのかも分からない物だ。気持ちが悪いに決まっている。
この家にあった物は、そのうち全て処分されてしまうに違いない。燃やされて灰になって完全に忘れ去られるのだ。
「……ん?」
勇者が荷物を解く手を止めて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「どうかしたのですか? もしかして、本物のお化けでもいましたか?」
「いや、別に。……というか、アンタは何で目玉が取れかかってんのよ。脅かすにしたって、そこまで凝る必要ないでしょうが」
勇者がルルリレの目玉をツンツンと突く。割れた眼鏡の裏には、千切れかけた目玉がある。これはルルリレが徹夜で作業を行って製作したものだ。
無駄に精密で、感触まで忠実に再現されている。本物と見間違うばかりの出来栄えである。
「やるなら徹底的にというのが私の信条ですから。目玉の触感を出すのには苦労しました」
「とにかく、後始末だけはしっかりやりなさいよ」
「分かっています。持ちつ持たれつ、いわゆる連帯責任という奴ですね。その時はよろしくお願いします」
「全然分かってないじゃないの! ――って、良く見たらそこら中に血糊が落ちてるし! 私が折角綺麗に掃除したのに!!」
勇者が顔を赤くして怒り始める。確かに、エーデルとルルリレの襤褸装束からは赤い液体が垂れている。床に再び赤い染みが着いてしまった。
――ようやく目立たなくなってきていたのに。
「大丈夫よぉ。この血糊は臭いもしないし、簡単に拭き取れる奴だからねぇ。私は後のこともちゃんと考えてるのよぉ」
「死人の格好で得意気な顔されても困るんだけど。とにかく掃除はアンタ達だけでやりなさいよ!」
「分かってるわぁ。あらいけない、そろそろマタリちゃんが戻って来るわ。ルルリレちゃん、行くわよ!」
「ですから、私をルルリレちゃんと呼ぶのは止めてください。ピンキーさん」
「なら貴方もやめてくれるかしらぁ」
「それは考慮しておきます」
言い合いをしながら、二人のゾンビもどきが玄関に向かっていく。わざとらしく両手を突き出して、ふらふらとよろめきながら。
勇者はそれを見届けると、溜息を吐きながらソファーへと転がってしまった。これからどうなるか大体の予想がついてしまったようだ。
しばらくすると、玄関から慌てて二階へと上っていく音がする。ゾンビに扮した二名が逃げるようにして駆け上がっていったのだ。
その後を追って、目が据わっているマタリがゆっくりと上っていく。その口元は微かに歪んでおり、全身から煮え滾る怒気が発せられている。
エーデルとルルリレが調子に乗って脅かした結果、マタリは気絶してしまったのだ。そして、次に目覚めた時には雰囲気が一変していたという訳だ。
マタリは起き上がると同時に強烈な拳を繰り出したため、玄関の壁には大きな穴が開いてしまった。当たれば一撃で逝けそうな威力だ。
事情を説明しようとする二人の声が届くことはなかった。それどころか、狂気を交えた笑みを浮かべてゆらゆらと動き始めたのだ。こちらの方がよっぽど恐ろしいと感じるほどだった。
二階の寝室まで追い詰められてしまった二名のゾンビもどき。エーデルは両手を前に出して必死に説得を試みている。額には脂汗が浮かび、焦りを隠すことができていない。
「ま、待って。ね、ねぇ、マタリちゃん? ちょっとだけ落ち着いて。話せばちゃんと分かるから! ほら、大きく深呼吸して一度落ち着きましょう!」
「これは、聞く耳持たずというやつですね。怒髪天を突くと言いますが、今がまさにその状況なのでしょう。色々と勉強になりますね」
「落ち着いている場合じゃないでしょう! もう逃げられないのよ!」
「大丈夫です。貴方を犠牲にして私は生き残ります。貴方のことは多分忘れません」
「そうはいかないわよッ!」
「ちょ、ちょっと、止めてください。私は前に出るのが嫌いなのです。お、押すのを止めてくださいッ!」
ずっと冷静だったルルリレが、慌てて抵抗する。
お互いに前へと押し出そうと取っ組み合っている。そうしている間にも、マタリが一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。
「――す」
後一歩というところでマタリが立ち止まり、ぼそっと何かを呟く。
「違うの。これはね、貴方の弱点をなんとかしてあげようと思って。そう、ちょっとした善意というか出来心で」
「――殺す殺す殺すッ! 悪霊は死ねッ!! 悪霊に憑かれた奴も全員死ねッ!!」
「……目が完全に逝ってしまってますね。狂戦士になったマタリさんは容赦がありませんから。ピンキーさん、残念ですが今回は諦めてください」
「今回はって、次なんて絶対にないじゃないの! それにピンキーじゃないって言ってるでしょ、このカビ臭い陰険眼鏡! 学者の癖に記憶力が悪すぎるんじゃない!?」
「私はカビ臭くなどありません。今の言葉は直ちに撤回してください!」
「嫌よ、陰険眼鏡! そのダサい丸眼鏡を拭いて出直してらっしゃいな!」
「こ、この腐れピンキー、もう許せませんッ! そのピンクを赤く染めてやります!」
顔を赤らめたルルリレがエーデルに掴みかかる。
「ル、ルルリレちゃん、前、前を見てッ!」
「――え?」
マタリはニタリと微笑むと、腰に捻りを加えて凶悪な拳を繰り出した。唸りを上げる鉄拳がルルリレの顔面に直撃する。
――ように思われたが、寸前で勇者が阻止することに成功していた。背の高いマタリに掴まるように腕を絡め、首を全力で締め上げている。
「全く、コイツでからかうなんて、火の傍で油をぶちまけるようなもんよ。前に私との模擬戦を見てたでしょうが」
「か、間一髪です。本当に、助かりました」
「――悪霊は、殺すッ!!」
「だから、この家に悪霊なんていないし、何か出てきても私が守ってやるって言ったでしょ。少し落ち着け」
「ウグ、グアアアッ!!」
首を振りながら暴れまくるマタリ。真っ赤な顔で髪を振り乱し、勇者の声が届いている様子は全くない。
「駄目か。とりあえず面倒だから、今は寝ときなさい」
勇者が力を篭めると、マタリは意識を失いようやく大人しくなった。
事態が収まると、珍しいことに勇者がルルリレとエーデルに説教を行い、頬を抓りあげた。そして掃除と後始末をするように命令すると、マタリをベッドに寝かせる。
ルルリレとエーデルはやり過ぎたと一応反省しているらしく、言われたとおりに掃除を始めだした。ついでに穴を空けた箇所の補修もだ。マタリを面白半分にからかうのはやめようと、二人で頷き合っている。
勇者はふぅと溜息を吐いて、近くの椅子に腰掛けた。そして、こちらを見詰めてくる。
「……そこにいるんでしょ? アンタの家、壊しちゃって悪かったわね。お仕置きはしておいたから、それで勘弁して頂戴」
『…………』
「私にはアンタ、或いはアンタ達が見える。本当にうっすらとだけどね。前、ここに住んでたのはアンタ達なんでしょ?」
『…………』
問いかけについて考える。両親は既にいってしまったが、ここにいまだ残っている。
――私なのか、僕なのか。混ざり合ってしまった今ではよく分からない。だが、ここに住んでいたのは確かだ。それが伝わるかどうかは分からないが、一応頷いてみた。
「事情はさっぱり分からないけど。悪さをしないなら、気が済むまでここにいても良いわよ。私は別に気にしないし。但し、ここはもう勇者の家だからね。そこは良く覚えておきなさい」
そう言って勇者が優しく微笑んでくる。今まで見てきたので大体の性格は分かるが、これは極めて珍しいことだ。この家の人間は捻くれ者が多いから。自分達も含めて、素直になれない、なれなかった人間ばかりだ。
『本当ニイイノ?』と口だけを動かしてみる。上手く伝わっただろうか。
「良いわよ。ただし、魔物になったら容赦なく消滅させる。悪さは絶対にしないことね」
駄目と言われたら素直に出て行くつもりだった。勇者は魔物を殺す者だ。勝てる相手ではない。消滅させられるのだけは嫌だったから。
勇者が念を押してくるので、深々と頷いた。そして、見えるかどうかは分からないが、指を差してやる。マタリの寝ているベッドの方を。
「ん? そっちが何だってのよ。――げっ」
勇者が振りかえった先では、マタリが目を見開いたまま固まっていた。顔は完全に青褪めてしまっている。
「い、今、誰かと喋ってましたよね。絶対喋ってましたよね! そこに、な、何がいるんですか!?」
「ただの独り言よ。マタリの癖に何か文句あるの!」
大声で誤魔化そうとしているが、マタリは大きく首を横に振る。
「嘘ですッ! まるで、その窓際に誰かがいるみたいに喋ってましたよ!! も、もしかして、ま、前に住んでた人達がいるんですかッ! それともやっぱり死神ですかッ!? た、助けてッ!!」
そう叫んだ後、胸の前に束になったお守りを掲げるマタリ。以前から用意していたのを見かけた覚えがある。残念ながら効力がないのは証明済みだ。
ガタガタと震えながら聖句のようなものを唱えている。見かけは立派な戦士なので、なんだか奇妙な光景になってしまっていた。
「あの性悪女二人のせいで、本当に面倒くさいことになったわ。あー、どうしようか」
勇者は頭を抱えている。
見逃してくれるお礼をしようと思い、少しだけ力を篭めてみた。マタリの前まで移動し、力を解放する。そして、真正面から笑いかけてやった。
「――あ」
マタリは白目を向いて、再び気絶してしまった。口からはブクブクと泡を吹いている。ちょっと面白いと思っていたら、勇者に頭の部分を小突かれた。
「……だから、悪さはするんじゃないって言ったでしょうが。どうすんのよこの猪娘」
「…………」
「おーい、生きてる?」
勇者が身体を揺さぶるが、返事はない。完全に伸びてしまっているようだ。
「これじゃ、当分お化け恐怖症は治らないわね。ま、どうでもいいんだけど。私は全然困らないし」
『ゴメンナサイ』と口を動かすと、勇者は笑いながら気にするなと言ってくれた。
――それからというもの、この大好きな家に“僕、或いは私”はずっと住み着いている。別に何かをする訳ではない。気が向いた時に皆を眺めているだけだ。それに飽きたら再び眠る。それの繰り返し。誰かを呪うわけでもないし、祟りを為す訳でもない。脅かしたりも殆どしない。
前から置いてあった家具は、結局処分されることなくそのまま使われている。新しい物と古い物が一緒になっているのを見ると、少しだけ嬉しくなる。まだここにいても良いんだと思えるから。勇者が気を遣ってくれたのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。どちらでも構わない。
再び動き出したこの家の時間。その中には、面白いこともあれば、辛いこともあった。悲しいこともあれば、楽しいこともあった。本当に色々なことがあった。それを見ているだけで楽しいし、見ていることしかできなくて悲しい。
これからもできるだけこの家にいたいなと思う。この家も、住人も大好きだから。たまに、勇者が笑いかけてくれることがある。何かを感じた誰かが、こちらを振り向いてくれることがある。意思を伝えることはできないけれど、なんだか認められた気がして嬉しい。
そして、いつの日にかあっちへいくのだろう。“僕、或いは私”が来るのを、今か今かと待っている二人がいるのだから。その時こそ、ずっと言えなかったことを伝えようと思う。
でも、まだまだ遊び足りない。だから、もう少しだけ見逃して欲しい。最期のわがままぐらいは、きっと許してくれるだろう。




