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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第三十五話

 ――王国軍により突貫作業で設置された難民キャンプ。

 粗末な天幕の中には他の避難民達も収容されている。時折街の方角から上がる轟音に、皆が身体を震わせている。

 万が一にも正門の王国軍が壊滅したら、魔物は一挙に押し寄せてくるだろう。

 その光景を尻目に、勇者は今まで起きた出来事をエーデルとリモンシーから聞かされていた。


「大結界消失に魔物の地上侵攻か。何やら面倒なことになってたのね」

「そうよー。私達は無事逃げてこれたけど、他はまだ避難の最中。街の中は地獄絵図じゃないかしらー」


 他人事のようにリモンシーが呟く。


「どうせ教会の連中が何かやらかしたんでしょ。口火を切るのは大抵人間よ」

「それは知らないけれど」

「街の中で、まだマタリちゃんが戦っている。私はこれから応援に向かうわ。見捨ててはおけないし。貴方は、リモンシーと一緒に」


 エーデルを遮り、勇者は強い口調で告げる。


「勿論、私も行くわよ。あの猪娘を一人にしておいたら、どうなるか分かったもんじゃないわ。ほら、さっさと――」


 勇者が立ち上がろうとしたとき、頭部に雷鳴の如き衝撃が走る。耐え難い痛みに、思わず動きを止めてしまう程の。

 震える右手で頭を強く抑えると、苦悶の声を堪える為唇を噛み締めた。血が、唇から流れ落ちる。


「――ッ」

「だ、大丈夫なの?」

「勇者ちゃん、大丈夫!?」

「だ、大丈夫。大丈夫よ。別に何でもない、本当に何でもないわ」

「何でもないわけないでしょう! 早く横に」

「エーデル、痛み止めみたいなのあったら持ってきてくれる? 感覚を麻痺らせる強い奴ならなんでも良い。あるだけ全部よ。後、水もね」

「どこが痛いの? 症状を話して頂戴。ちゃんと診断してから対処しないと――」

「良いから早く持って来なさいッ! 時間がないんでしょうが!」


 勇者が怒鳴り声をあげると、周りの避難民が何事かと騒ぎ始める。

 それでも渋るエーデルの代わりに、リモンシーが近くにあった荷袋から小瓶と水差しを取り出す。


「はい、これ。超強力な痛み止め」

「リモンシー! それは副作用が強すぎるわ!」

「でも、これが一番強いわよ。何せ、手の施しようがない患者用だからね。ここに一杯あるから遠慮はいらないわ。それに、今更副作用なんてどうでもいいでしょう。貴方のしたことに比べれば、こんな薬くらいなんてことないじゃない」


 リモンシーが軽蔑した表情でエーデルを見下す。


「――ッ。わ、私は」


 エーデルは視線を逸らす。


「余計な事は一切言わなくて良いわ。むしろ何も言わないでくれる? 今更聞かされたところで、何の解決にもなりゃしない」

「あ、貴方、私が何をしたのか――」

「さぁ、知らないわ」


 エーデルの表情が曇る。勇者は口元を少しだけ歪めて答えてやる。別に恨みはない。寝たきりで死ぬくらいなら、強引にたたき起こされたほうが良い。それが外法によるものだとしてもだ。勇者にも、死に方を選ぶ権利くらいはある。

 小瓶から、黒い丸薬を大量に取り出す。


「ま、待ちなさい!」

「いいのよ。効きゃしないだろうけど、気休めにね」


 薬を一気に飲み込む。そして水で流し込んだ。


「馬鹿なことを! 今すぐ吐き出しなさい!」

「うるさいわねピンキー。もう私は行くわよ。こんな時にのんびりしてたら勇者失格よ。ほら、邪魔よ邪魔!」


 身体を押さえ込もうとするエーデルを跳ね除けると、勇者は服を身に着ける。

 近くの袋の中に、無造作に入れられた白銀の鎧と使い潰し用の剣を発見したのでそれぞれ装備していく。

 一度だけ大きく深呼吸する。震える身体を、食いしばることで押さえ込む。常に気を張っていないと、今にも崩れ落ちて目を閉じてしまいそうだった。

 蝋燭は後どれくらい残っているのだろう。


「さーて行くとするか。また、地獄にね」

「ま、待って! 待ちなさいッ!」

 エーデルの阻止を無視する。押さえつけようとする手を払いのけ、天幕の外へと出る。


『――やぁ。ずっと待ってたよ』


 待ってましたとばかりに、得意気な顔をした白い烏が出迎えた。勇者の目線あたりの高さで羽ばたく事なく浮遊している。


『ようやく起きたんだね。いや、起こされたというべきか。まぁ、もうどうでも良いけど。それじゃさっさと還ろうか。今度は私も一緒に逝ってあげるからさ』

「鳥頭。アンタ、何を言ってるの?」

『こんな糞みたいな連中の為に苦しむ必要は、これっぽっちもないっていってるのさ。どうせ手遅れなんだし、早く楽になっちゃおうよ。絶対その方が良いよ』

「――手遅れ?」

『うん。魂の半分を削り取られて、生きていられる訳ないでしょ? 後数時間もすれば死ぬよ。碌でもない死に方だと思うよ。全身から血を噴出して、頭が派手に吹き飛ぶとか。今までの分が、一気に押し寄せるからね。そりゃもう凄いことになるさ。私が保証する』

「…………」

『だから、ね。もう逝こうよ。こんな奴等、放ってさ。私なら、一瞬で楽にしてあげられるよ?』


 魅力的な甘い提案を白い烏が囀る。勇者は馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。確かな予感がする。もう、自分は駄目なんだという予感が。

 魂が半分削られたとは言い得て妙だ。確かに、半身が削られたかのように心が空虚だ。何か大事な物をなくしてしまった。そう思える。それが何かは、分からない。だがもう取り返しはつかないのだろう。それだけははっきりと分かる。

 ――白い凶鳥は、勇者の答えを催促するかのように、緩やかに羽を動かし始めた。

 

 



 アートの街正門前。ヤルダー率いる王国軍と魔物達との激戦は続いていた。

 流石にヤルダー直々に鍛えた精鋭だけあって統率が取れているが、相手は魔物だ。普段は人間しか相手にしていない兵士達は苦戦を強いられてしまう。

 そして門から決して魔物が漏れることがないよう、身体を密着させ戦わなければならない。一匹でも見逃してしまった時点で敗北に等しいのだ。

 ヤルダーは己の周りの親衛隊を投入する事を決断。自らも剣を取り前線へと向かう。


「このままでは埒があかぬ! 一気に押し込んで殲滅するぞ! 持久戦など愚策の極みだ!」

「閣下、前に出ては危険です! どうか増援が到着するまでお待ちを! 数日中には――」

「戯けがッ! この正門にいる魔物は敵の一部に過ぎぬ! こんな場所で時間を掛けていたら内部の防衛線が崩壊するぞ! そうなれば最早魔物を阻止することなど出来ぬわ!」


 まだ魔物が外に出たとの報告はない。内部の義勇兵達が瀬戸際で押さえつけているのだろう。だが、決壊するのは時間の問題。その前にたどり着き、戦線を再構築しなければならない。


「し、しかし!」

「シダモ、お前の意見はどうか!」

「私が先導いたします。閣下はその後に続いて下さい」

「よし、お前に任せる! 見事故郷を救って見せよ!」

「はっ! 親衛隊、行くぞ!」

『了解ッ!』


 シダモが剣を抜き正門前へと急行する。後には親衛隊とヤルダーが続く。

 眼前には4つの目を持つ巨大な蜂が、群れを成して巨大な毒針を構えている。毒針を受けてしまった者達は地面に這い蹲っている。生きているかどうかは判別できない。


「魔物とはいえ生物には変わりない。腹を抉り、頭を潰せば必ず殺せる! ヤルダー閣下の名を汚す事は許されん! 全員一層奮起せよ!」

『応ッ!』

「弓の斉射の後、一気に斬りかかり内部へ突入する! 攻撃開始ッ!!」


 シダモの合図と共に、隊列を整えた弓隊により矢が放たれる。複数の八つ目蜂の身体が串刺しとなり、緑の体液を噴出しながら墜落する。

 その後方には醜い顔をした緑の巨人達がいる。手には巨大な棍棒、裂けた口からは人間の残骸が確認できる。

 無策で突撃して良いものか思案した次の瞬間、巨人の首が上空に刎ね飛んだ。


「ハアアアアアアアアアアッッ!! 死ね死ね死ねッ!!」


 紅い大剣を一閃させ、狂った笑みを浮かべながら周囲の魔物を易々と切り裂いていく。

 黒鋼の鎧を身に纏った、見覚えのある金髪の若い女。

 女の活躍に勢いづいた王国兵達が、各自魔物を撃破していく。

 気がついたときには生きた魔物の姿はなく、正門の制圧に成功していた。


「――マ、マタリ姉さん!?」

「シ、シダモ!? 貴方、なんでこんなところに!」

「それはこっちの――」


 驚愕する両者だが、事情を説明している余裕など全くないと直ぐに気付く。正門まで襲撃をかけてきた魔物は一掃できたが、迷宮広場につながる大広場から、魔物の群れが列を成して進撃してきている。星教会の防衛線が遂に崩壊したのだろうか。

 駆けつけてきたヤルダーがそれを見て一瞬言葉を失うが、直ぐに大声で気合を入れなおす。


「劣勢何するものぞ! 今こそ我らが武名を高める好機! 決して門を破られるなよ、ここは死守だ!」

「了解!」


 ヤルダーの声に誰よりも早く反応したマタリが、怒声を上げて突撃していく。列の先頭を走っていた蜥蜴男が一撃で両断された。


「おお、なんという勇ましい姿か! 女子に負けてはおられぬぞ、我らも続くのだ!!」


 槍を構えた兵士と、魔物の群れが衝突する。再び乱戦が始まった。先程とは違い、終わりの見えない戦いだ。

 魔物の隊列は、途切れる事無く延々と続いていた。

 

 



 ――迷宮前広場。一進一退の状況だった戦況は、人間側に不利な方向へと傾いていた。

 理由は単純だ。魔物は替えが効くが、人間はそうはいかない。ただそれだけだった。

 怒声と悲鳴が入り混じる防衛線本陣。エレナの元に悲痛な顔をした伝令が到着する。


「エレナ様、前面の戦士隊の損耗が激しく、このままでは崩壊します!」

「予定より早いが、控えの兵を全て投入せよ。囲いを破られるわけにはいかぬ。消耗した者は後退し、体力回復後に復帰するように! その後は死守だ!」

「はっ!」


 伝令が去り、別の傷ついた伝令が駆けつける。


「後方のレンジャー隊の矢が間もなく尽きます! レンジャー達は前線への移動を希望しています!」

「許可する。全てクラウの裁量に任せると伝えよ」

「了解しました!」


 エレナは一度だけ姉代わりの女の顔を思い浮かべるが、すぐに脳裏から消す。今は感傷に浸っている場合ではない。そういったことは最後の時だけで十分である。

 後方の魔術師隊を睨む。顔色が青く、身体がふらついているのが確認できる。


「範囲魔法攻撃の間隔が開き始めているのは何故か!? 援護を途切れさせるなと厳命したはずだ!」

「彼らも魔力の消耗が激しく、回復するまでに時間が掛かっております。魔素ポーションを用いていますが、これが限界です。これ以上は命に関わります」

「……よし、私も魔法攻撃に加わる。これでも赤き衣の末裔。多少は役に立てるはずだ」


 思いがけないエレナの言葉に、幹部が血相を変えて反対する。


「なりません! エレナ様に万一があっては教団の存亡に関わります! この防衛線本陣にて待機されますように!!」

「教団の存亡などもうどうでも良い! 今大事なのは魔物の侵攻を防ぐ事だ!」


 エレナが強引に押しのけようとしたその瞬間、最前線の味方から悲痛な叫び声が発せられた。


「ド、ドラゴンだ!! 赤いドラゴンが現われたぞ!!」

「で、でかい。なんて大きさだッ!」

「ひ、ひいいいいいいいいいッ!!」

「も、もう無理だ。た、助けてくれ!!」


 逃げ惑う義勇兵達。所持する武器を捨て、脇目も振らずに潰走を始める。阻止しようと教団兵が得物で殴りつけるが、最早効果はない。

 エレナは凄まじい風圧を受けながら、細目で空を見上げる。

 巨大な身体を翻し、己が存在を誇示する赤き竜。伝説上の化物。

 ――アークドラゴン。赤い頑丈な鱗を持つ凶悪な魔物。お伽噺に登場する魔王の忠実な下僕だ。

 二枚の翼をはためかせ、全ての生物を跪かせんとばかりに激しく咆哮した。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 己を取り戻したエレナは、声を張り上げて命令を下す。


「取り乱すな! 弓隊、魔術師隊の標的を赤き竜に変更!! 大地に叩き落し討ち取るのだ!!」

「し、しかし、とても通じるとは」


 幹部が逡巡するが、他に迎撃の手段はない。燃え盛る業火に僅かな水を撒く行為だと理解していても、今はやるしかないのだ。


「他に手立てはない! 火力を集中させて、とにかく引き摺り落とすのだ! 翼さえ落せばまだ勝機はあるッ!」

「りょ、了解しました! 全隊――」

「ひ、火を吐くぞ!! 全員伏せろッ!!」


 誰かの叫びが届くと同時に、赤き竜の口から灼熱の炎が舞い上がる。

 竜は土塁の奥に隠れて詠唱している魔術師達を睨みつけると、燃え盛る火炎弾を発射した。

 灼熱の炎は哀れな魔術師達を焼き尽くす。彼等は悲鳴をあげることなく、瞬時に炭化した。


「な、こ、こんな。こんな馬鹿な」

「つ、次がくるぞッ!! エレナ様を退避させろ! 早く街の外へお連れするのだ!」


 衛兵に両脇を抱えられたまま呆然とするエレナ。それを尻目に、紅き竜は再び火炎弾を装填する。次の標的は大通り方面を守備している部隊だ。

 エレナの最後の心の拠り所、教団精兵部隊ラフロレンシア。

 彼らは竜に目をくれることなく、眼前の敵と必死に戦闘を繰り広げていた。


「ティ、ティモール! 退避しろッ!! そこから逃げろッ!」


 エレナの叫びが届く事はなく、燃え盛る火炎はラフロレンシアに直撃した。多くの魔物を巻き添えにして。

 信仰が燃えていく。あれほどの精兵部隊が、たったの一撃で壊滅。

 人間が、魔物に勝とうなどというのは思いあがったことだったのだろうか。だから、結界を張り防ぐしかなかったのだろうか。


「――あ、ああ」

「エレナ様! お気を確かに!」

「た、態勢を立て直さないと。で、でもどうやって。竜を、お、落とす手立てはない。ど、どうすれば良い。か、考えないと。イ、イコナ、ティモール」

「エレナ様!! とにかく避難を!」

「誰か、助けて――」

『グオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』


 赤き竜の咆哮が木霊する。

 人間達は絶望し、魔物達は歓喜の雄たけびを上げる。

 赤き竜の灼熱の炎は、目に付いたものに火炎弾を放ち、思うが侭に焼き尽くしていく。

 闇の深淵から魔物達の行進が再開する。孤立した人間達を喰らいつくし、街を焼き尽くし、世界に再び己の存在を刻み込む為に。

 ――空間が歪み、枢機卿イルガチェフと、子飼いの教徒数名が地上へと姿を現す。

 イルガチェフは赤き衣、教徒達は緑の衣を身に纏い、誰もが至福の表情を浮かべている。


「エレナめ。たかが小娘と、少々侮っていたようだ。短期間でこれほどの戦力を纏め上げる指導力があるとはな。多少は成長していたということか」

 面白そうに呟くイルガチェフ。既に勝利を確信し、己の先を見据えている。


「確かに、少々梃子摺ったのは事実。ですがアークドラゴンの投入により、全てが終わりました。防衛線はほぼ壊滅、魔物を食止める術は最早ありません」

「イルガチェフ様、おめでとうございます。これから貴方の時代が訪れるのです」

「ククク、まだ喜ぶのは早い。外には王国と帝国の狗がいる。祝杯を挙げるのはそやつらを始末してからにするとしよう。――そういえば、レケンの奴はどうした?」


 レケンは大結界を消失させ、星塔の魔素収縮装置の無効化の任が与えられていた。その見返りとして街の支配圏を与えるという契約だ。

 使い捨ての手駒に過ぎない没落貴族との約定など反故にしても良かったが、契約は契約。イルガチェフは確かにくれてやるつもりだった。灰燼と化したアートの街をだが。


「魔物を率いて星塔に向かってから、連絡が途絶えております。任務は完遂したようですが」

「――死んだか。我が魔物の一隊を率いておきながら実に情けない男だ。まぁ、最低限の役には立ってくれたようだがな」

「所詮は没落貴族。とはいえ、これでアートも終わりですな。街も一族も全て燃え落ちる」

「ククッ、そういうことだ」


 イルガチェフは笑い声を上げる。部下達もそれに続いて嘲り笑う。


「それでは、私は聖域に戻る。我が忠実なる下僕よ。竜は貴様に任せる」

「全てお任せを」


 子飼いの中でも最も優秀な教徒、コスタが恭しく跪く。

 イルガチェフは愉快そうに口元を歪ませると、重々しく頷いた。


「下賎な輩を皆殺しにせよ。一人も見逃すな。赤子といえども殺せ。穢れた街の全てを灰燼とするのだ。このイルガチェフが新しき神となる第一歩だ。盛大に燃やして祝福の篝火と為せ!」

「――必ずや」

「朗報を期待しているぞ、コスタよ」


 イルガチェフはローブを翻して星玉を掲げる。禍々しい光に包まれて姿が掻き消えていく。地下迷宮の最下層。聖域と呼ばれる場所へと転移したのだ。

 後を託されたコスタは早速赤き竜を操り、魔物達に指示を下していく。

 防衛線の一角は既に破った。それも急所である大通り方面。その切り崩した箇所から魔物を侵食させていく。

 人間達は防衛線を再構築しようと必死に攻撃を仕掛けるが、すでに手遅れだ。

 迷宮地下からは未だに魔物が這い出てくる。兵士達の気力、体力、魔力は消耗するが、魔物達は疲れを知らずに前進あるのみ。

 空からは赤き竜が灼熱の炎を撒き散らし、死を振り撒いていく。

 最早、形勢は誰の目にも明らかだった。


「全ては計画通り。星玉を完成させたイルガチェフ様こそ、この世界を導くお方なのだ」







「楽にしてやるですって? 死にたいならアンタだけで死になさいよ」

『そんなに苦しんでまで、人間を助ける必要なんかないって言ってるんだよ。自分が何をされたか、忘れたの?』

「…………」

『今回のことだって、全部自業自得だ。私はずっと見てきたからね。全部知ってるんだよ。思い出させてあげようか』


 白い烏は語る。一体勇者が何をされたのか、そして人間達は何をしたのかを。

 三百年前。勇者の仲間の一人だった女賢者は、勇者の復讐を心底恐れていた。たった一人で魔王を倒し、本懐を遂げた勇者は次に何を為すか。裏切った者への復讐に違いない。自分が勇者の立場ならば、絶対に許さないだろう。そう考えた。

 ――だから手を組んだのだ。人の身でありながら魔王軍についた狂人と。両者の利害は一致した。

 仲間達と共に勇者を騙し、『嘆きの祠』へと誘い入れて封印。仲間達は罪悪感から姿を晦ましたが、女賢者と狂人はそのままこの地に留まった。

 女賢者は勇者を封印した祠を常に監視する為。狂人は再び魔王を蘇らせるための研究と実験を行なう為。

 女賢者はその傍ら、更なる名声を得るため偽りの救いを説き始め、集団を形成していく。

 狂人の研究は実を結び、この地に“歪み”を作り出す呪法を編み出す事に成功した。

 女賢者と狂人は目的は違うものの協力関係にあった。それは子孫たちにも受け継がれ、その意志も引き継がれていく。

 狂人が作り出した小さな歪みは徐々に膨れ上がり、やがて地上に姿を現す事になる。

 ――それがアートの地下迷宮。魔物は地下迷宮から溢れ始め、集団を襲い始める。狂人から防衛手段を託されたのが、G・アート。魔物侵攻を防いだ功績により、アートの街の由来となった魔術師だ。

 狂人の計画通りに地下迷宮は大結界で覆われた。これをもって狂人の装置は遂に完成を迎える。

 地上から“あるもの”が地下迷宮へと流れ込み、濃度が増すことにより具現化したものが魔物。この魔物を倒すことで凝縮された魔素を抽出し、巨大な魔力の源とする。

 狂人は魔力の源を依り代とし、いずれは魔王を復活させるつもりだったのだ。彼はそれを叶える為に生き続け、そして死んだ。

 女賢者は勇者の復活と復讐を恐れ続け、最後は発狂して死んだ。

 二人の意志だけが星教会に受け継がれていく。

 だが、女賢者と狂人が残した意志に少しずつ変化が現れる。時の経過により、欲望という名の雑音が混ざってしまった。

 勇者の監視、魔王の復活という本来の意志は忘れ去られ、星教会の拡大、星玉の完成へと完全に摩り替わってしまったのだ。


『――という訳。あのいけ好かない糞女の末裔が教皇エレナ、魔王軍残党――狂人の末裔が枢機卿のイルガチェフさ。ね、何もかも自業自得でしょ。助けてやる必要なんかどこにもないじゃない。救いようがない奴等同士で、勝手にやらせておけば良いのさ』

「そんなに気に入らないなら、アンタがさっさと殺せば良かったじゃない。延々と見てるだけなんて暇な鳥ね」

『私が人間に手を下したら、意志を持たない死神に堕ちてしまう。こんなクズ共の為に堕ちるのは嫌だね。私にも選ぶ権利がある。堕ちる時の相手はもう決めてあるし。――だから、ね』


 再び白い烏が甘く囁く。思わず頷いてしまいそうになるのを堪える。

 烏頭の言っている事は正しい。騙されていたのは分かっていた。だが、魔王軍残党と手を結んで、自分を封印に追いやったとは想像にもなかった。しかもそのまま手を組んで、魔物発生にまで手を貸す始末。本当に救いようがない奴だ。綺麗事ばかり言っていた女だったが、している事は全くの正反対。

 ――だが、それでも。


「私は行くわ。そうしないといけないからね」

『本当に理解出来ない。魂を好き勝手に弄られてまで、何でそんなことするのかな。死体を操るその女こそ本当の死神じゃないか。勇者を救うなんてのはただの名目。本当は実験したかっただけさ。勇者の頭を使ってね』

「――ち、ちがうっ。わ、私は!」

『黙れ、外法術師め』


 烏が剣呑な視線でエーデルを睨みつける。元々守護獣だっただけあって、中々の威圧感だ。


「だからね、アンタと楽しくお喋りしている時間はないって言ってるのよ。私は最後の“お祭り”に行かなくちゃいけないからね。という訳でどいてくれる?」


 先ほど飲んだ薬は残念ながら効果を発していない。痛みは全く取れない。むしろ酷くなっている。

 手の施しようがない患者向けとの話だったが、それすらも効かないとは実に笑える。


『そんな身体で行くの? もうすぐ死が訪れるのに、わざわざ自分から苦しみを味わいに? 脅しじゃなく、本当に酷い死に方になるよ』

「そうよ」

『真剣に答えて欲しい。どうして、そこまでするのか。私には最後まで人間というものを理解できなかった。だから己の使命を放棄した。おそらく他の守護獣たちも。だから人間を見捨てて堕ちていった。――我が友よ、是非教えて欲しい。死を賭してまで戦おうとするその理由を』


 かつて人類の守護獣だった白い烏が問いかけてきた。

 その問いに悩む素振りすら見せず、勇者は強く言い切った。


「――私が勇者だから。それだけよ。私が私である理由だからね。途中で投げ出したり出来ないわ」


 白い烏は暫く呆然とした後、大声で笑い始めた。周囲から何事かと人が集り始める。

 烏が喋っている事に気付くと、どよめき始める。


『フフ、アハハハ! そうか、勇者は馬鹿だった! “私が勇者だから”って答えになってるようでなってないし! そんなんだから、一人で魔王を倒そうだなんて考えるんだね! 本当に馬鹿だ、大馬鹿者だ!』


 白い烏の馬鹿笑いに、思わず勇者の顔が赤くなる。怒りで拳を振り上げようとした瞬間、鳥の身体から光が放たれる。


『分かった、私は勇者の守護獣になる。最後までお前の馬鹿に付き合おう、我が友よ!』


 小さな白い烏が真の正体を見せる。巨大な白い鳥。聖鳥とでも言えば良いのだろうか。

 かつて勇者を魔王城まで運んだときの姿そのままだ。守護獣という名に相応しい威厳があるように思えた。


「……また、運んでくれるって訳?」

『そうだ。そして、これを受け取れ。三百年前の忘れ物だ!』

 勇者の足元に、二振りの剣が現れる。白い光を纏った懐かしい剣と、黒い光に覆われたどこかで見覚えのある剣。


「こっちは私のだけど、これは――」

『魔王の忘れ形見だ。狂人の末裔にお見舞いしてやると良い。さぁ、乗れ!!』

「はいはい。鳥頭の癖に偉そうに。……ほら、何してるの。アンタも来るのよ」


 剣を持って聖鳥に飛び乗った勇者は、呆然としているエーデルに手を差し伸べる。

 エーデルは困惑した表情で、その手をじっと見つめる。


「……わ、私は」

「仲間なんでしょ。最後まで見届ける義務があるんじゃないの。大丈夫、最後は私が引き受けるから」


 勇者は今まで見せた事がないような笑みを浮かべた。差し伸べた右手は小刻みに震えている。


「…………ええ、分かったわ」


 エーデルは勇者の手を握り締める。


「よし、出発よ。見えるとこから片っ端に掃除していく。途中で猪娘を拾えると良いわね」

『最後まで、死ぬなよ。そんな結末はつまらないからね』

「死にそうになったら、アンタがつついて起こして頂戴。ほら、いきなさい!」


 勇者の合図で、聖鳥は勢いよく飛翔した。

 聖鳥を目撃した人々は、呟き始める。勇者が現れたんだと。自分達に救いをもたらす勇者が現れたと。

 ――伝説の三勇者の再来、今まさにそれが起こっているんだと。我々は救われる、助かるんだ。

 小さな動揺は大きな歓喜の声に代わり、それは伝染を始める。避難民達は涙を流し、手を取り合って“星神”に祈りを捧げた。

 

 正門付近。魔物と人間の死闘が繰り広げられていた。マタリは一人で十の魔物と渡り合い、ヤルダーも自慢の剣を駆使して魔物を刺し殺していく。それでも徐々に、徐々に外へと押しやられ始めていた。殺しても殺してもキリがないのだ。


「おのれおのれおのれ! 何故押されるのかッ! 踏みとどまれ!」

「しかし閣下、敵の攻勢凄まじく、とても堪えられません!」

「言い訳無用ッ! ここが踏ん張りどころだ!」

「マタリ姉さん! そのままでは孤立するぞ!」


 マタリが敵中に切り込んでいったのを確認し、シダモが咎める。だが、一度頷いただけで足を止める気配はなかった。


「ハアアアアアアアアッ!」


 マタリは大剣を思いのままに振るう。巨大な虫を叩き斬り、赤いトロルの頭部を叩き潰す。返り血を浴びるほどに、自らの士気が高揚していくのを感じ取る。

 これが『狂戦士』の特性なのだろう。突っ込んできたデーモンを、篭手で殴りつけ、顔面を陥没させる。


「死ね死ね死ねッ!!」


 剣を振るうたびに、魔物の首が飛ぶ。

 気付けばマタリは、殺気立つ魔物に包囲されていた。隙間もないほど完全に。

 怒り狂った赤いトロルが、突進してくる。

 膨れ上がった脂肪に大剣を突き入れると、トロルは悲鳴を上げる。だがそのまま刀身を掴むと、己を犠牲にマタリに全体重を掛けて押しかかってきた。地面へと押し倒されるマタリ。力を籠めて、トロルの内臓を抉る。


「――ッ! この!」

『グ、グゲ。クケケケケケケケ!!』


 トロルは血反吐を吐き、満足そうに嗤いながら死んだ。

 マタリは死体をどかそうともがくが、余りにも重い。

 周囲からじりじりと、迫ってくる魔物の群。棍棒、槍、手斧を嬉しそうに打ち鳴らしながら。

 渾身の力で死体を横に薙ぎ払い、ようやく拘束から逃れることが出来た。だが乱れる呼吸を隠すことが出来ない。目が霞む。足が震える。剣が、とても重い。

 今までの疲労が、一気に押し寄せてきたのだ。気分を高揚させて、体力消耗を誤魔化してきたツケが回っただけのこと。

 それでも自分は最後まで戦いぬかなければならない。一匹でも多くの魔物を道連れにする。勇者の代わりに、魔物を殺す。そう誓ったのだから。


「勇者さん、私は最後まで戦い抜きますッ!!」


 マタリが吠える。


「よく言ったわ、猪娘」

「――え?」


 空から聞き覚えのある声がした。マタリが思わず見上げると、一人の少女が巨大な鳥から降下してきた。そのまま魔物の群れに突入し、二刀を振るって死骸を量産する。

 一拍置いて死霊術師も現れ、量産された死体を操り手駒へと変える。


「ゆ、勇者さん、な、治ったんですか! もう大丈夫なんですか!?」

「まぁね。わざわざ降りたのはアンタを拾うためよ。時間がないから、ここを潰したら一気に迷宮広場まで行くわよ。元を潰さなきゃ、埒があかないからね!」

「わ、分かりました!!」

「適当に死体を作ってくれれば、同士討ちさせられるわ。私の魔力が続く限り」

「一気に行くわよマタリッ!!」

「は、はい!!」


 マタリは一気に身体が軽くなった。3人で一緒に戦うのは久しぶりだ。やはり、こうでなくてはならない。

 だが何故だろう。勇者の顔がひどく辛そうなのは。そう、まるで死人のような顔色をしている。まだ、体調が万全ではないのだろうか。いずれにせよ、あまり無理はさせられない。マタリはいざとなったら全力で引きとめようと決心した。

 マタリの懸念とは反対に、凄まじい勢いで魔物を殲滅していく勇者。まさに掻き乱すという表現が正しいだろう。様々な種族の肉片が、勇者が剣を振るう度に入り混じる。

 マタリも負けじと大剣を振るう。大振りなため隙が出来てしまうが勇者がフォローしてくれる。

 魔物の勢いが落ちたところに、王国兵達が突入し一斉に盛り返し始めた。エーデルの操る死者達に困惑しながらも、倒すべき敵を見極めて剣を振るっていく。流石は精鋭といえるのかもしれない。


「よし、ここは大体片付いたわ。さっさとあのデカイ鳥に乗り込みなさい。チンタラ歩いている暇はないからね!」

「は、はい!」


 勇者が真っ先に飛び乗り、エーデル、マタリと続き聖鳥は飛び始める。あまりに高く飛び上がったので、マタリはずりおちないように必死に鳥の身体にしがみついた。

 下を眺めると、先程まで共に戦っていた兵士達が歓声を上げている。勇者万歳、三勇者の再来だと叫んでいるようだ。


「――勇者の再来か。ここまでくると、笑いも涙も出ないわね」

「ゆ、勇者さん? 口から、ち、血が」


 勇者の口元から、血が流れている。戦闘で負った傷ではない。口元から、とめどなく溢れている。


「……大丈夫よ。もう少しはもつから」

「も、もう少し? そ、それってどういう」

「後で説明するわ。……全部終わった後、ゆっくりね」


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