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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第二十四話

 勇者は剣の血糊を振り払い、最後の敵に向き直る。

 聖職者を名乗る外道。自分たちを罠に掛け殺そうとした張本人。

 マタリとエーデルがそれぞれ得物を構えたまま包囲を狭めていく。

 だが、ビーンズが慌てる様子はない。ゆっくりと立ち上がって埃を払うと、落ち着いた口調で語りかけてきた。


「これは私の負けという訳ですか。残念ですが認めざるを得ないでしょうね。まさか彼まで打ち倒されるとは思っていませんでした。上手くいかないものです」

「……アンタがアイツを魔物に変えたの?」

「それは語弊があります。人間を魔物に変化させるのは無理です。彼らの魂を移植しただけですよ」

「魂の移植?」


 エーデルが問いかけると、ビーンズは強く頷く。


「私の仮説は完全に証明されたという訳です。魂は脳に宿る。心臓は血液を送り出すただの器官に過ぎない。私がしたのは仮初の依代に魂を注入しただけ。彼らを苦しみから救い、人間を超えた力を与えてあげたのです」


 ビーンズは表情を変えずに淡々と呟く。

 魂の話に、勇者は以前殺した男、ラス・ヌベスを思い出した。

 あの男は、魂は心臓に宿るなどと言っていただろうか。


「あっそ」

「これは同意の上ですよ。いつかは新しい素体を用意するとも説明しました。ただ、少々失敗してしまいまして、拒絶反応が出てしまったのです。常軌を逸することなく、最後まで己を保てたのは彼だけでした。流石は勇者の末裔、素晴らしい精神の持ち主です」

「言いたい事は終わりね? 今すぐにその首叩き落してやるわ」

「あ、あの、今のは何の話ですか? この人は一体何を」


 マタリが戸惑いの表情を浮かべる。ビーンズが返答しようとするのを勇者は素早く遮った。


「ただの狂人の戯言よ。アンタは気にしなくて良いわ」


 勇者はエーデルに目配せをする。マタリを遠ざけろという合図だ。

 知る必要もないし、知らなくて良い事もある。

 察したエーデルがマタリの下へいこうとするのを、ビーンズが呼び止める。


「ラスの愛弟子、エーデルさんでしたか。貴方に預けたいものがあります。いずれにせよ、私の研究はこれで終わります。ですが、成果を闇に葬るのは忍びない。よろしければ、受け取ってください。いつか何かの役に立つかもしれない」


 ビーンズが腰から布袋を取り出し、エーデルに放り投げる。

 エーデルが袋を確認すると、中には鍵と地図らしきものが入っていた。


「……有難く頂くわ。貴方達の呪われた研究は、全て灰にしてあげるから心配しないで」

「どうしようと貴方の勝手だ。後は全てお任せします。……さて、私はここらで失礼したいのですが。そろそろ診察の時間なので」


 ビーンズが懐中時計を確認すると、首を回しながら呟く。


「何ふざけたことを言ってんのよ。お前はここで死ぬのよ。私が殺すからね」

「何故ですか? 確かに私は負けましたが、殺されるつもりはありませんよ。私はこれから多くの人達を救わねばなりませんから。それが私の使命です」

「人を罠にかけておいて、随分と勝手な言い草ね。みっともないわぁ」


 エーデルが嘲るが、ビーンズは臆面もなく言い放つ。


「不幸な事故ですよ。転移先にたまたま魔物がいた。私はただそこに案内しただけ。それだけのことです。何より、貴方達は私の護衛です。極楽亭でも多くの人間が私達を目撃してるでしょう。私が死んだとなれば、ただでは済みませんよ」

「私達を脅してるつもり? 馬鹿馬鹿しいわねぇ」

「事実を述べているだけです。失礼ながら、私は貴方達よりも人々から信頼を得ています。どちらの言を信じるかなど明白でしょう」


 ビーンズは完全に開き直り、己の主張を述べ続ける。


「……そ、そんな」

「……ちっ」


 マタリはおろおろし、エーデルは舌打ちする。


「遺言は以上で終りね?」


 だが勇者は剣を握りなおし、ビーンズに悠然と近づいていく。


「今までの話を聞いていなかったのですか? 私を殺せば――」

「ただでは済まないんでしょ? でも、それがどうしたっていうのよ」

「私は教会から多大な信頼を得ている。異端の汚名を背負うことになるのですよ!」


 殺せば、勇者は弾劾されるかもしれない。だが、何も問題はない。屑を見逃すつもりなどない。


「何の問題もないわ。だって私は勇者だから。じゃあ、そろそろ死ねよ」


「私は数万人の命を救えるというのに。それを妨げるとは実に愚か。災厄を振り撒く者に災いあれッ!」


 ビーンズが吐き捨て、勇者は無造作に剣を振りかぶる。

 そこに、制止の声が掛けられる。


「待てッ!! そやつを殺す事はならん。後は我らに任せよッ!!」


 部屋に武装した人間達が乱入してくる。教会の紋章の入ったマントをつけた男達。

 見覚えのある巨体の熊と、神経質そうな中年の男が集団の先頭に立っていた。


「何よ、アンタ達は」


 剣をビーンズの喉下に突きつけたままで静止する。


「我らは星教会、異端審問局の人間だ。私は局長のイコナ。その愚かな異端者は我らが預かるッ」

「預かる? 悪いけど断るわ。この屑はここでぶっ殺すのよ。その方がすっきりするでしょ」

「待て!」

「まぁまぁ、ちょっと待ってくれ。悪いがここは引いてくれねぇか。ぶっ殺した方が気分が良いのは分かるが、こいつにはまだ聞きてぇ事が山ほどあるんだ」

「アンタ、ボーガンだっけ。いつレンジャーから異端審問官になったのよ。似合わないわよ」


 勇者が剣を下して、呆れた表情でボーガンに尋ねる。

 マントをつけ教会の装備を身に着けているが、どこからどうみても野盗の親玉にしか見えない。


「ただの助っ人だ。今までこいつを内偵してたんだけどよ。ようやく尻尾を出したから懸命に追いかけてみりゃこの有様だ。まぁ心配はいらねぇ。どうせ破門の上にきつい尋問を受けてから死罪だ。こいつはそれだけの悪党だからよ」

「人を悪党呼ばわりするのはやめて頂きたいですね。私は敬虔な聖職者であり、多くの人々の命を――」

「黙れッ、この呪われし異端者が! 貴様の為した恐るべき所業は、完全に把握しているのだ!」


 イコナが一喝すると、ビーンズが黙り込む。


「てめぇの診療所、調べさせて貰ったぜ。そしたらよぉ、地下にはまぁ驚くもんがあるじゃねぇか。善人面して良い趣味してやがるぜ、この糞野郎はよ」

「……まさに悪魔の工房とでも呼ぶべき血塗られた場所だった。聖職者ビーンズ、いや、標本術師ビーンズ! 貴様を異端として拘束する!」

「あれは治療する上に必要なことでした。新しい治療法の確立には犠牲が必要です。彼らには同意を取り報酬も支払いました。それに使い終わったモノはちゃんと返している。詳しい事情も知らぬくせに、忌むべき標本術師などと人を蔑むのは感心出来ません」

「問答無用だッ! この異端を直ちに拘束しろ! 尋問の後、速やかに始末してくれる!」


 イコナの号令の下、審問官達がビーンズに駆け寄りメイスで打撃を浴びせる。脚を折られて崩れ落ちたビーンズは縄と手錠を掛けられ、捕縛された。

 ついでとばかりに、勇者も拘束しようとしてきたので、審問官の腹部に肘打ちを入れておく。


「――グ、グエッ」

「何するのよ、この変態が」

「大人しくしろ。ついでに貴様も連行することにした。その左手の紋章の真意が分かるまでは、野放しにはしておけん。抵抗すれば異端と見做す」

「フン、やってみなさいよ。こっちも目障りな邪教を壊滅させてやるわ。ついでにね」


 勇者が不敵に笑い、剣を構える。審問官達が素早く展開し、戦闘態勢を取る。


「邪教とは聞き捨てならんぞ小娘。今すぐ取り消すのだッ!」

「待て待て待てッ! おいイコナ局長さんよ、今回はビーンズの確保が目的だっただろうが。そいつは達成出来たんだからもう良いじゃねえかよ。ここはさっさと引き上げるべきだぜ」

「この娘は災いとなりかねん人間だぞ! 放ってはおけぬ!」

「こいつらはちゃんと話が通じる人間だ。俺が保証するぜ。後で教会に顔を出すよう俺が上手い事言っておくからよ。今回は我慢してくれや。それに、コイツは賞金首を討ち取ってる実力者だぜ? こんな人数じゃ返り討ちだ」

「我らは誰にも遅れを取らぬ!」


 若い審問官が反論するが、ボーガンは意にも介さない。


「だったら尚更だ。いつでも勝てる自信があるんなら、今じゃなくたって良いだろう。無敵の審問官様がいりゃ、この街は常に平穏無事って訳だからな」


 おどけるボーガンを忌々しそうに睨みつけ、苦虫を噛み潰した表情を浮かべるイコナ。

 勇者はどっちでも良いと臨戦態勢だ。マタリはおどおどしながらも剣を握っていた。


「――まぁいい。今回はビーンズのみ連行する! 貴様は後日、星教会本部へ出頭するように!」

「はいはい」

「引き上げるぞ! 転移石を使用するッ!」


 イコナが転移石を掲げると、審問官たちもそれに倣う。

 倒れ伏せていたビーンズは勇者を見上げ、口元を歪めた。表情には諦観が浮かんでいるが、絶望は見えない。


「……これも運命ですか。しかし、私は貴方を“削る”ことは出来たようです。もうすぐでしょうね」

「……何が言いたいのよ」

「いえいえ、くれぐれもお体には御気をつけください。ククッ、ハハハハハハハッ!」


 ビーンズが勇者を見据えた後、気が触れたように哄笑する。耳障りな笑い声。勇者は剣を思わず握り締める。


「黙っていろッ!」

「――グアッ」


 棍棒で殴られたビーンズはその場に倒れ伏せる。そして光と共に掻き消えた。

 ボーガンは頭を何回か下げながら転移していった。その口は最後まで謝罪の言葉を呟いていた。

 場には複数の狼の死体と、勇者達だけが残される。


「場を荒らすだけ荒らして迷惑な奴等だったわ。おかげで殺し損ねたし」

「まぁ、彼らがとどめをさしてくれるでしょう。審問官に捕まったら、まず無事では帰れないしねぇ。しかも最初から異端認定のお墨付き。気が済むまで拷問した後は、じっくりと火炙りかしら」

「ご、拷問に火炙り。ううっ、そ、想像したら何か気分が」

「マタリちゃんは怖がりねぇ。別に想像する必要なんてないから忘れちゃいなさい」

「は、はい」

「さ、私達も帰りましょうよ。あの数の死体を動かすのは流石に疲れるのよねぇ」


 エーデルが肩を解しながら愚痴る。年じゃないかと勇者が言おうとした瞬間、凄い顔で睨みつけられた。

 勘の良い奴だと勇者は思わず感心した。


「じゃ、じゃあ転移石を――」

「あー、ちょっと待って。折角だから転移石に記憶しておくわ。この粉振りかけりゃ良いんでしょ」

「そうよぉ。ケチケチしないで全部よ。そうしないと効果が出ないから」

「分かってるわよ」


 勇者は門番から買った粉を転移石にぶちまけた。光を放ち、文字が刻まれる。どうやら成功したらしい。


「はい、それで大丈夫よぉ。じゃあ私達も帰りま――」

「――ッ」


 勇者は素早くエーデルの身体を突き飛ばす。その場所を二本の鋭い矢が通り過ぎる。

 火傷を負って這い蹲る狼は、ぎこちない動きで矢を装填しようとしている。こんな有様でも生きていたらしい。凄まじい執念である。

 横転していたエーデルが態勢を立て直し、矢を発射した狼目掛けて魔法を唱えた。

 火炎弾は瀕死の狼に直撃し、今度こそその身体を焼き尽くした。もう悲鳴を上げる事はなかった。


「……まだ生きてたのね。危なかったわぁ。本当に助かったわ、勇者ちゃん。ありがとう」

「このお礼は果物の盛り合わせで良いわよ。それにしても本当に恨まれてるわね、さっきからアンタだけ狙ってたみたいだし」

「美しいことは罪よねぇ。自分が嫌になるわぁ」

「ボケるにはまだ早いわよ。ねぇ、マタリ。――って何してんのアンタ」


 軽口を叩きあう勇者達を尻目に、マタリは壁に近づいて突き刺さった矢を抜き取っていた。

 勇者も遠目に観察する。矢は明らかに人工の物で、狼のものとは思えない。

 そしてマタリは焼け死んだ狼の傍に近づき、観察し始める。勇者もその横へと歩み寄る。

 焼け死んだ狼の手には弩が握られている。誰にも取られまいと、強く握り締めている。

 弩は見たことの無い構造で、矢を二本同時に放つことが出来るらしい。とても精巧な造りに見えた。


「……あの、この狼って。この狼達は、もしかして」


 マタリが何か言おうとしたが、勇者はそれに答えず矢を奪い取る。

 そして狼の傍に矢を無理矢理突き立て、墓標としてやった。


「こんな物まで使うなんて、本当に器用な狼ね。これじゃ人間顔負けじゃない」

「い、いやそうじゃなくて」

「気にする事ないわよ、マタリちゃん。人型とはいえ、魔物は魔物。人間とは違う。貴方が気に病むことなんてないのよ」

「それじゃ、とっとと帰るわよ。流石に私も疲れたわ。あれだけの魔法を受けきるのは、結構精神力がいるのよね」


 勇者が転移石を掲げると、マタリとエーデルが肩に手を乗せようとして体を硬直させる。


「ちょ、ちょっと。酷い傷じゃない! 何平気な顔してるの貴方はッ!」

「ほ、骨までいってますよ。い、痛くないんですか」

「慣れれば平気だって言ったでしょ。戻ったら回復するから、とっとと掴みなさい」

 


 地上に戻った勇者は空を見上げて大きく伸びをする。

 マタリとエーデルが強く催促するので回復魔法を掛け、肩の傷口を癒す。


「…………ッ」


 同時にひどい眩暈に襲われるが、歯を食い縛って耐えた。真剣に魔法の行使は本当に暫く控えるべきなのかもしれない。

 胃液が込上げるのを堪え、新鮮な空気を吸い込む。

 傷口が癒されたのを確認したマタリは地面に座り込み、エーデルはジャッキー君から荷物を回収し始めている。

 ジャッキー君は結界を通り抜けることは出来ない。だから同行はここまでということだ。

 無意味に宙返りした後、ジャッキー君はキメポーズのまま送還されていった。


「……アレってアンタが操ってるの?」

「あんな細かい動作まで出来ないわよ。命令は荷物を持てとか、私を守れとか。大雑把なもの。元々の性格じゃないかしらぁ」

「死体に性格なんてないでしょ。だって死んでるし」

「それがあるのよねぇ、魂はないはずなのに。まぁジャッキー君はその中でも特に変わってるんだけど」

「……変な奴もいるもんね。どんな生き物だったんだか」


 死体でああならば、生きてる頃はどの程度弾けていたのだろう。勇者は想像することが出来なかった。


「魔物だって生きてるんだし、中には変わった奴もいるでしょう。もしかしたら、平和を愛する愉快な魔物もいたかもね」

「そんな奴いる訳ないでしょ」

「うーん、ジャッキー君となら仲良く出来そうですけど」

「あら、邪妖精は一見愛嬌があるけれど、ナイフで切り刻むのが大好きなのよ。ジャッキー君は大丈夫だけど、他のには油断しないようにねぇ」

「……き、気をつけます。あ、これどうぞ」


 そう言いながら、布を勇者へと手渡してくる。それを受け取ると、鎧の汚れを雑にふき取る。

 肩の部分が破損しており、後程修理の必要があるだろう。狼の牙は確かに突き立っていた。


「ったく、修理しないと駄目か。面倒ね」

「まぁ、何にせよ標本術師を討伐できたのだから、今めでたしめでたしね。まさかビーンズ先生がその正体だなんて夢にも思わなかったけど」

「標本術師? 何よそれ」

「一時期この街を恐怖のどん底に陥れた謎の殺人鬼。正体不明のまま賞金を掛けられたけど、一向に情報を得られなかったのよねぇ」

「き、聞いた事があります。被害者は老若男女を問わず、死体は必ず家族の下に送りつけられたんですよね」

「そう。そして犠牲者にはある共通点があった。脳と全ての臓器が抜き取られ、中身は空っぽだったのよ。その狂った殺害方法から、標本術師の異名がつけられたって訳」


 エーデルが脅かすように語ると、マタリの顔が青くなった。派手な戦い方をするくせに、怖いのは相変わらず駄目らしい。


『クルッポー』


 いつの間にか勇者の頭の上に、謎の鳥が降り立っている。鳩の鳴声だ。そのうち飛び立つだろうと、勇者は気にしない事にした。


「そんなに目立つ殺し方しておいて、どうして捕まらなかったのよ」

「さぁね。大きな声じゃ言えないけど、教会の人間が情報を握りつぶしてたのかもねぇ。今回もそのまま公表するかは怪しいものだし」

「ど、どういうことですか?」


 マタリの疑問に、エーデルは簡単なことだと告げる。


「教会の聖職者が、実は“狂った大量殺人鬼”だったなんて言えないでしょう。ま、偉い人達がやりそうな事よねぇ」


『クルッポー』


 同意するように鳩が鳴く。マタリがチラチラと勇者の頭上を見てくる。


「あ、あのー、勇者さん。さっきから頭に鳥が」

「鳩でも止まってる?」

「貴方の頭が気に入ってるみたい。止まり木には丁度良い硬さなのかもねぇ。狼相手に頭突きするぐらいだし」


『クルッポー』


「というか、鳩じゃないですよこれ。カラス……? でも身体は白いし」


『クルッポー』


「まぁ、いずれにせよこうするだけよね」


 勇者は素早く頭上で両手を合わせ、謎の鳥を拘束する。白い鳥は悲鳴を上げて暴れるが、勇者はがっちりと固定して逃れる事を許さない。

 見覚えのある白い鳥。鳩ではなく、カラスである。特徴的なのは身体が黒ではなく、完全な白だということだ。嘴まで白い。


「このクソ鳥、人の頭で随分とご機嫌じゃないの。今すぐ焼き鳥にしてやるわッ!」

『ク、クルッポポッ! ――ゲ、ゲホッ! ちょ、ちょっと待って』

「やかましい。鳥が偉そうに口を利くんじゃないわよ!」

『ちょ、ちょっと、は、話が――』


 勇者は鳥の首を掴むと、大空目掛けて勢い良く投げ飛ばした。悲鳴を垂れ流しながら、鳥は遙か彼方へと飛び去っていった。

 両手を強く叩き、勇者は帰り支度を始めだす。


「さて、すっきりしたし、とっとと帰るわよ。タダ働きだったけどね!」

「……あのー」

「貴方、今、鳥と会話してなかった?」


 マタリとエーデルが青空を見上げている。雲ひとつ無い澄み切った空。

 身体が汗まみれ、血だらけでなければ実に気分が良いだろう。昼寝するには最適だ。


「鳥と会話できる人間がいる訳ないでしょ。馬鹿な事をいってないで支度支度!」

「いや、今、確かに会話を」

「喋る鳥がいたって不思議じゃないでしょ。魔物が口を利く時代だし。気にしない気にしない」

「ま、まぁそうだけど。……いや、やっぱりそれはおかしいんじゃないかしら。だってただの鳥――」

「それよりマタリ、武器屋に行くから案内して。この鎧を修理しないとね。後、剣を新調しないと。あの狼のせいで刃がボロボロ」

「え、もう駄目になったんですか? この前買ったばかりですよね」

「ほら見なさいよ」


 勇者が剣を見せると、刃が欠け使い物にならなくなってしまっている。叩き潰すだけならまだ使えそうだが、芯にも皹が入っておりいつ折れてもおかしくない。ラムジの持つ剣を相手に、良く最後までもったと言うべきだろう。


「確かにこれは駄目ですね。じゃあこのまま武器屋に行きましょう。エーデルさんはどうしますか?」

「私はビーンズの隠れ家に寄った後で合流するわ。さっさと始末しておかないと教会の人間に抑えられちゃうし。面倒事になるまえに燃やしておかないとねぇ」


 エーデルが布袋を見せてくる。ビーンズが最後に預けた地図と鍵が入った袋だ。

 ラスと同等か、それ以上の悲惨な光景が待ち受けていそうだ。

 勇者は特に何も言わなかった。眩暈は治まったが、気だるさが少し残っている。

 手伝おうという気力は残っていない。


「じゃあまた後で極楽亭で!」

「…………」


 マタリの後に勇者が続こうとすると、後ろから声が掛けられる。

「勇者ちゃん」


「……何?」

「最後、彼と何を話していたの?」


 エーデルの問いに、勇者は振り返らず返事をする。


「別に大した事は話してない。ただ、最後に愚痴を聞いてやっただけよ」

「彼は、後悔してた?」

「どんな選択をしても、後悔しか残らないものだってある。でもアイツは満足していた。戦って死ねた事に。だからそれで良いんじゃない」

「……そう。答えてくれてありがとう。とても気になってたから」

「何にせよ、最後は自分で選ぶ事が大事よ。それなら後悔はしても納得は出来るでしょ。だから、私はアイツを羨ましいと思った」

「……羨ましい?」


 振り返って大きく手招きしているマタリ。それに手を挙げ、勇者は再び歩き始める。エーデルの問いには答えずに。

 勇者は今でも後悔することがある。勇者になったことではない。一人で戦う事を決めたことでもない。


 ――勇者が今でも後悔していることは一つ。それは、死に場所を間違えたことだ。

 肉体、精神、魂を限界を超えて削り合った魔王との戦い。精神が折れない限り蘇る勇者に対し、魔力あるかぎり肉体を再生する魔王。

 どちらが勝ってもおかしくない死闘だった。結果は勇者が勝利し、魔王は敗北した。敗れた魔王は心底満足そうだった。

 勝った勇者は高揚感の後に空虚だけが残った。魔王を倒せば何かが変わると思った。そう信じていた。


 ――だが結果はどうだっただろうか? 

 あの戦いならば、勇者も死ねただろう。いや、死ぬべきだったのだ。そうすれば、勇者の物語はめでたしめでたしで終わったはずなのに。

 勇者の意識が混濁する。視界が一瞬だけ暗転する。嗚咽が漏れそうになり、誤魔化すために大きく息を吸い込む。

 ふと空を見上げると、白いカラスが気持ち良さそうに滑空している。

 周りの冒険者達も物珍しそうに見上げている。中には恐れ戦き祈り出す者までいる。

 吉凶を告げるという霊鳥だったか。伝説というのは後世には捻じ曲げられて伝わるものらしい。

 あの鳥は、今度は鳩ではなく鶯の鳴声を出しているようだ。人間達をからかうように緩急をつけて飛び回っている。


「……鳥頭は相変わらずの脳天気。そして私も相変わらず。人間も鳥もそう簡単には変われないって事か」


 勇者は大きく息を吐き出し、マタリの下へ早足で向かいだした。


 

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