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勇者、或いは化物と呼ばれた少女  作者: 七沢またり


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第二十二話

 石を削る音が響く。たまに唸り声を上げる。角度を変えて眺める。

 勇者は真剣な表情で彫刻刀を持ち、ひたすら芸術活動に勤しんでいた。

 マタリは興味深そうに見守り、エーデルはペンを片手に自分の研究を纏めている。


「で、出来たわ。今までの苦労と失敗が実を結んだ感動の瞬間ね」

「え、これで完成なんですか?」

「そうよ。題して『自由への飛翔』。ほら、今にも飛び立ちそうでしょ。溢れ出る躍動感が凄いわ」


 勇者が彫っていたのは、先日購入した飾り石である。当初は装飾品を作ろうとしていたのだが、細かい作業が苦手な勇者には全く向いていなかった。買ってきた飾り石を半分駄目にした段階で、勇者はあっさりと諦めた。

 仕方がないので、もっと簡単な置物を作る事に決め、ようやく完成へとこぎつけた。

 ちなみにエーデルは星型のピアスを作成し、マタリは可愛い犬の顔が刻まれたペンダントを作成した。

 不器用なのは、勇者だけだった。


「……じ、自由への飛翔。私には、何と言うか、太った水色のひよこにしか見えません」

「し、失礼なことを言うわね。どうみても大鷲じゃない。ほら、威厳が滲み出ているでしょう」

「……お、大鷲ですか?」


 マタリが怪訝な表情で、水色のひよこをつまみあげる

 実は、作り上げた勇者も大鷲などと思っていない。どこからどう見ても太ったひよこである。しかも水色。

 ちょこんとしたクチバシ、羽ばたくどころか閉じたままの羽。いくら頑張っても飛び立てそうもない。ずんぐりとした体型で、横にしたらどこまでも転がっていきそうである。五日間掛けた成果がこれだ。

 当初は青色の大鷲が羽ばたく瞬間を作るつもりだった。だが、どう足掻いても上手くいかなかった。ひよこにしたら良い感じになったので、妥協した。

 人間、諦めも肝心だと勇者は心の中で言い訳をした。


「良いじゃない、可愛らしくて。とても大鷲には見えないけれど。そうねぇ、題は『堕落した人間の末路』でどうかしらぁ」


 エーデルが鼻で笑いながら、マタリが掴んでいるひよこをツンツンと突く。


「陰険な題をつけないでくれる? まだ太ったひよこの方がマシよ!」

「とにかく、一応は完成したので良しとしましょうよ! じゃあ、これは白カラスの横に置いておきますね」

「一応ってなによ、一応って」


 マタリの吐いた軽い毒に耐え、勇者はベッドの上でゴロンと転がる。完成した芸術品もどきを眺めてみる。

 不細工な白カラスに、ずんぐり水色ひよこ。それらが窓際に並んでいる光景は、実に奇妙だった。

 後一体あれば、バランスがとれそうである。だがこれ以上作る気は起きない。

 勇者は、目覚めてから一週間もこんな感じでダラダラ過ごしているのだ。完全に回復するまで迷宮探索は厳禁だと、耳にタコが出来るほど聞かされた。

 そろそろ身体もなまってきている。戦いの勘が鈍るのは宜しくない。マタリは河原の側で自主的に訓練を行なっていたようだが。


「ねぇ、そろそろ迷宮行っても大丈夫だと思うんだけど。身体がなまって腐りそうよ」

「そうねぇ。もう大丈夫そうだし、私は構わないと思うわ。無理しなければ良いだけだからねぇ」

「……本当に、何ともないんですか?」

「身体の調子が悪かったら、こんなもん作ってらんないわよ」

「分かりました。でも、無理はしないでくださいね」

「はいはい」


 マタリが念を押してくるので、勇者は呆れながらも頷いた。


「それじゃあ、お昼を食べてから行きましょうか。それと、先に教会に行って登録を済ませておきましょう。貴方達は、認定試験に合格したんだからね」

「あ、すっかり忘れてました! 合格しても、登録しないと意味ないですよね」

「そういうこと。貴方達は特殊な紋章持ちだけど、直ぐには名前が付かないから。暫くは仮戦士って感じになるんじゃない?」


 勇者は左手の紋章に目をやる。どんな職業名をつけられるかは見当もつかない。


「わ、私はやっぱり狂戦士とか、髑髏戦士とかになるんですよね」

「間違いなくそうなるわ。いい加減諦めなさいよ」


 勇者が冷たく告げると、マタリは背中を丸めて落ち込んだ。


「勇者ちゃんのは何になるのかしらねぇ。そうだ、ひよこ戦士なんてどうかしらぁ?」


 紋章の羽と、ずんぐりひよこを見比べながら意地の悪い笑みを浮かべるエーデル。


「うるさいわね。まぁ何にしてもピンキーよりはマシだけどね!」

「ピ、ピンキーは職業じゃないわ! いつまでもそんなくだらない事を言ってるのは貴方だけよ!」


 勇者の挑発に、エーデルが乗ってくる。ニヤリと口元を歪めると、勇者は更に続ける。


「マタリもいつも良く言ってるわよ。アンタのいないところで、ピンクすぎて目が痛いとか、化粧濃すぎとか。年取ってるくせに若作りしやがって腹立つとか」

「い、言ってませんよ!」


 エーデルが睨みつけると、マタリが両手を前に出して大げさに否定する。

 ケケケと笑い声を上げると、勇者はベッドで大の字になった。完全に勝ち誇った顔で。


「こ、このクソ餓鬼、大人をからかった罰をその身に受けるが良いわ!」


 エーデルが詠唱を開始する。手には訳の分からない植物を持って。


「何をする気よ」

「恐ろしい程の便意が襲ってくる魔術を貴方に掛けてあげるわ。お通じが滞ってるご婦人方に大好評の魔法をねぇ」

「フフン、私にそんな間抜けな魔法は効かないわよ。――だって勇者だからね!」


 そう言うと、勇者は窓際のずんぐりひよこを掴んでエーデルに投げつけた。

 慌てて回避したようだが、ずんぐりひよこは壁に跳ね返りエーデルの頭に見事に乗っかった。

 元は壊れやすい飾り石だが、ひよこ型にしたことで妙な特性を備えてしまったようだ。微量だが魔素が含まれているため、細工を施すと特殊効果を発揮することも稀にある。壁に投げつけてもびくともしない無意味な弾力を、ずんぐりひよこは手に入れていた。


「ピンクの上のずんぐりひよこ。素晴らしい芸術の完成ね。マタリ、絵に描いといても良いわよ」

「い、いえ。遠慮しておきます」

「…………病みあがりだからと思ったけれど、貴方に容赦の必要はなかったようね」


 面白い顔になったエーデルが、頭のひよこを鷲掴みにして投げ捨てる。手にしていた植物を握り締めて粉砕する。


「エ、エーデルさん、どうか落ち着いてください。勇者さんも、挑発しないでください!」

「ちょ、ちょっと」

「く、苦しい」


 マタリが間に入り、強引に仲裁する。勇者は袖を、エーデルは首根っこを捕まれている。どうも喉が圧迫されているようだ。

 ピンクだった顔が、少しずつ青みを帯び始めている。


「さ、早くお昼にいきましょう!」

「わ、分かったから、く、首を絞めるのは、止めて。し、死んじゃう」

「ま、マタリ。私まだ着替えてないんだけど! ちょっと、人の話を聞きなさい!」


 勇者が叫び声をあげるが、手の力は全く弱まらない。

 勇者は寝巻き姿のまま室外へと運び出されてしまった。エーデルは面白い顔で死に掛けていた。


 無事に食事を終え、支度を整えた勇者達三人が極楽亭を出ようとすると、リモンシーが声をかけてくる。

 また厄介事だと判断した勇者は聞こえないフリをしたが、素早い動きで回り込まれてしまった。


「ひどいわ勇者ちゃん、どうして無視するのよ」


 けばい化粧のリモンシーが鬱陶しく縋り付いて来る。


「アンタがまた面倒くさいことを振ってきそうだからよ」

「まぁ、その通りなんだけどね。貴方宛に、こーんなに沢山の依頼が来てるのよ。はい、どうぞ」

「ちょっと、私はいらないわよ。面倒臭い!」

「そう言わずにー」


 手にした書類を無理矢理押し付けてくるリモンシー。勇者は仕方なく手に取ると、嫌々ながら目を通して見る。

 横からマタリとエーデルも覗いてくる。


「駆け出しにこんなに依頼がくるなんて凄いわー。今の貴方達は若手で一番と噂されてるの。サルバド、ラスと連続で討ち取ってるから評判はうなぎ上り。ウチも鼻が高いのよー」

「別にアンタが鼻を高くする必要は全くないけどね。というか、勝手に依頼を受けるんじゃないわよ」

「受ける受けないは別として、依頼を預かるのはウチの基本だから。一応目を通しておいてねー」

「あー何々。『ぶっ殺して欲しい奴がいるので、ひと仕事お願いします』、『生きた魔物を何とかして連れ帰ってください』、『金貨一万枚稼げる仕事に協力してくれ』、『アートの空を飛ぶ奇妙な物体が気になって眠れないので、何とかして下さい』。なるほどなるほど」


 何度か頷くと、勇者は豪快に破り捨てて放り投げた。


「あー、なんてことするのよ」

「依頼を受けるときに断れ、この大馬鹿ッ! 私は何でも屋じゃないわよ! 特に何よ最後のは」

「普通のおじさんだったけど。布に覆われた変なのが街の空を往復してるんだって。それが気になって気になって眠れないんだとか。ププッ、頭おかしいんじゃないかしらねー。本当笑っちゃうわー」


 笑いを堪えながら説明するリモンシー。勇者の怒りが膨れ上がっていく。


「こ、この」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。リモンシー、今回は悪いけれど、全部断るわ」

「あらそう? まぁいいんだけど。それじゃ、また今度よろしくねー」


 ウインクすると、またカウンターへ引っ込んでいくリモンシー。


「あ、そうだ。ちょっと待って、リモンシー」


 エーデルがその後を追いかけて、話しかける。どうやら以前から顔見知りらしく、時折世間話を交わしているのを見かけてはいた。 リモンシーは厄介な性格の人間なので、勇者はあまり関わらないようにしたかったが、向こうから積極的に絡んでくるのだ。

 エーデルとコンビになると面倒くささが二倍どころか三倍に増す。


「……例の絵は見つかったの?」

「私も忙しいし、倉庫から引っ張り出すのが億劫でねー」

「じゃあ、これで何とかしてくれない?

 エーデルが何かを手渡す。手間賃を支払っているらしい。


「んー、ほかならぬエーデルの頼みだし仕方ないか。暇そうなの捕まえて探しておくわー。気長に待っててね」

「じゃ、宜しくお願いねぇ」


 ようやくエーデルが戻ってきたので、勇者が尋ねる。


「ねぇ、何を頼んでたのよ」

「ん? ちょっとね。貴方に見てもらいたいものがあって。この宿の倉庫に眠ってる逸品よ」

「まぁ良いけどね。それじゃ、また声をかけられる前にさっさと行くわよ」



 勇者達は極楽亭を出ると、まずは星教会本部へと向かう事にした。

 到着すると、勇者とマタリは早速手続きを行なう。今日は時間が良かったらしく、閑散としていたので早めに順番がきた。

 最初にやってきたときに舐めた真似をした受付の女がいたので、どうだといった感じに紋章を見せ付けてやったのだが、軽く目を見開かせるだけで終わってしまった。もっと驚かせたかったのだがそれは失敗した。

 だが、賞金首を討ち取ったのが勇者達ということが分かった途端、女はだらだらと冷や汗を流し、眼鏡の位置をそわそわと直し始める。前に舐めた口を聞いた事から、勇者がお礼参りにやってきたと勘違いしたらしい。

 謝罪の言葉を何度も口にして、涙目になりながら許しを乞いはじめた。

 冒険者というのは荒っぽい連中が多いので、一度恨みを買うと後々何をされるか分からないという。その心配はないと踏んで散々馬鹿にした小娘が、実は凄まじい実力者だと分かれば、それは動揺するだろう。

 勇者はフンと鼻を鳴らして眼鏡女に背を向ける。何だか拍子抜けしてしまった。

 勇者は特に勝ち誇ることもなく立ち去ることにした。今更ぶん殴るのも大人気ない。

 マタリが『大人の階段を上ったんですね』などと偉そうなことを言ってきたので、頬を抓ることだけは忘れなかった。

 正式な探索許可証を手に入れた一行は、そのまま迷宮広場へと足を向けた。

 久々の迷宮探索。エーデルを加えてからは初である。

 




 地下迷宮三十階。上層部とは様子が一変し、迷宮の石床を埋め尽くすように緑が生えている。

 奇妙な植物が至る所に群生しているのだ。水や光もないのに、どうやって成長するのかは分からない。

 もしかしたら、どこかで湧いている可能性もあるが。

 勇者が地面を蹴りつけると、苔の付いた土が剥がれる。かなりの量が堆積しており、石床部分まで掘るのは大変そうだ。

 年月の経過を感じさせる階層だ。


「ねぇ、何で迷宮にこんなに土があるの? おかしくない?」

「そういうものだから仕方ないんじゃない。何故か水が湧いてるところもあるし。雨水でも染み込んでるのかしら」

「何だか不思議ですね。あ、すいません」


 マタリが慌ててどくと、他の冒険者達が無言で通り過ぎていく。この場所は冒険者の往来が多いようだ。

 先ほど到着してから、既に何回もすれ違っている。皆駆け出しは卒業しているようで、動きに隙がない者たちばかりだった。


「それに、この迷宮は徐々に広がっているのよ」

「何よそれ。迷宮が広がるって?」


 勝手に広がる迷宮なんて聞いた事がない。勇者は訝しげに聞き直す。


「行き止まりだったはずの壁が崩れて、新しい部屋が出来たりするのよ。そこに見た事のない魔物が巣を作ってたりね。獣人型のオークやウルフェイスなんかはそれに該当するわ。いつの間にか現れた新種よ」

「さっさと封鎖したほうが良いんじゃないの。そのうち手に負えなくなるわよ」

「それが出来たらとっくにやってるんじゃないかしら。それに、結界は張ってあるから心配ないでしょう」


 勇者の懸念する言葉に、エーデルが答える。


「やっぱり、人型が出てくるんですか?」


 マタリが心配そうな表情を浮かべる。人型の魔物は厄介である。人間と同じような装備で、知恵もある。魔術を操り、人間顔負けのを連携を見せることすらあるのだ。


「三十階付近は虫と植物が中心。獣人達は四十階を越えたあたりから出てくるわ。でも三十階層だからって油断したら駄目よ。あいつらも人間を狩りに出張ってくるからねぇ」


 人間が魔物を狩るように、魔物も人間を狩りに散策するらしい。お互いが天敵という訳だ。


「は、はい。気をつけます」

「中には人間の言葉を解する奴もいるけど、まぁ戦闘は避けられないわねぇ。あいつらを前にしたら会話する気も起きないでしょうけれど」

「魔物に話が通じる訳がないでしょ。問答無用で叩き斬りなさい」

「そ、そうですよね」


 勇者は当たり前だと呟きながら、屈んで植物を観察する。瑞々しくて、美味しそうな小さな赤い実をつけている。

 桑の実のようではあるが、それよりは大きい。


「人型の魔物は、手強い分だけ抽出できる魔素量も多いわ。それに、彼らの武具を回収して売ったりできるし」

「な、なんだか追い剥ぎみたいですね」

「相手も人間の装備を奪ってるんだからお互い様でしょう」


 エーデル達の会話を聞き流しながら、勇者は植物へ手を伸ばそうとする。


「この実、食べられるのかしら。見た感じは――」

「ッ、それに触らないで!」


 エーデルが大声を上げたので勇者は手を引っ込める。


「な、何よいきなり」

「触ると破裂するのよ。果汁は猛毒で、触れるだけで皮膚が爛れるわ。食べてもいいけど、内臓は素敵なことになるでしょうねぇ」

「…………」


 確かに改めて良く見ると、薄黒い斑点がある。

 勇者は剣の鞘で実を叩き潰して、不快な植物達を焼却処分にしておいた。


「ここに生えてる植物はほぼ全てが毒草と考えてもらって良いわ。魔素を吸収して育ってるから、人体には基本的には良くないの。ただ、毒は薬にもなるからね。採取して帰るとそういうのを扱う場所で買い取ってもらえるわ」

「でも、持って帰るのは結構危ないわよね。破裂するんでしょ」

「全部が全部じゃないけどね。まぁ素人が手を出すと危険ね。私はそれなりに知識があるから、もし取りたいなら声を掛けて」

「わ、わかりました!」


 マタリが了解したので、勇者は先程から聞こうと思ってたことを口に出す。


「ところでさ、私達っていきなり三十階に飛んでよかったの?」

「何か上でやり残したことでもあるの?」

「いや、普通は一階ずつ下りるんじゃないかと思って。ズルしてるみたいじゃない」


 エーデルの転移石を使い、勇者達はいきなり地下三十階へと向かう事になったのだ。

 身体を掴んでいれば、転移に巻き込まれて移動する事が出来る。勇者達も持っているが、出発時は使っても意味がなかった。場所を記憶させていないから、地上に戻ることしか今は出来ない。


「全然問題ないわ。一階ずつ降りろなんて決まりもないし」


 エーデルの説明によると、冒険者の中には運び屋なる連中もいて、好きな階層まで連れて行く商売もあるらしい。

 人間色々と考える物だと、勇者は思わず感心した。面倒くさそうなのでやるつもりは全く無い。

 

「それに、ここらへんが一番稼げるのよ。私は火属性が得意だし、植物とは相性が良いの。適度に魔物も強いから訓練に丁度良いわ。マタリちゃんの為に転移してきたようなものね」


 エーデルが左手に魔力を篭めると、赤く光り始める。パチンと指を鳴らすと、魔物の死体が現れた。

 小型で緑色の皮膚をした醜い妖精、邪妖精のジャッキー君だ。エーデルが勝手に名前をつけているだけであるが。

 俊敏で小回りが利き、力もそこそこあるので荷物持ちや採取の手伝いに丁度良いとのこと。早速自分の荷物を持たせて楽をするエーデル。


「で、ここまで飛んできた本当の理由は?」

「だらだらとドブ鼠の相手なんてしてらんないわぁ。ちんたら上層部でお散歩なんて耐えられないし。飛ばせるところは飛ばして楽をしないとねぇ。人生は有限よぉ」

「流石はピンキー、時間のことには敏感ね」


 勇者が褒め称えると、エーデルは嫌そうな顔をした。

 指を強く鳴らすと更に魔物の死体を召喚する。今度は松明を額にくくりつけられた鼠が三匹だ。


「これは囮兼警戒用よ。前方に二匹、後方に一匹配置させるわ。私が一人で迷宮に来る時は、数十匹単位で出すんだけど、今は貴方達がいるからね」

「そんなに鼠を出してたんですか?」

「そうよ。私が歩く予定の通路を先遣させて、魔物がいたら自爆させるの。その後を私が悠々と通っていくって訳。おかげである程度まではサクサク進めたわぁ」

「死霊術師って、本当に凄いんですね!」


 豪快な進み方だとマタリが感心しているが、他の冒険者からすると非常に迷惑だろう。厄介者扱いされる理由が一つ分かってしまった。


「まぁ何をしても良いけど、私達を巻き添えにしないでね」

「勿論よぉ。それと、人間の死体を使うのも出来るだけ控えるわ。貴方が多分不愉快になるでしょうから」

「……別に気にしないわよ」


 と勇者は言ったものの、死臭は鼻につくだろう。人間ならば尚更苛々は募る。だが生死を共にする仲間なら我慢出来ると勇者は思う。円の内側は例外だ。


「それと、魔術師の私がいるのだから、貴方は魔法を控えなさい。というか使わないでいいわ」

「何でよ」

「貴方が一人で大暴れしてあっと言う間に殲滅してしまったら、マタリちゃんの腕が上達しないでしょう。それに、貴方は病み上がりだもの。乱発は絶対に慎むべき、自重しなさい」


 エーデルが真剣な口調で戒めてきたので、勇者も言葉に詰る。エーデルはすべてを見透かしたような視線を向けてくる。

 慌てて目を逸らすと、勇者は了解の返事をした。


「わ、分かったわよ。出来るだけ使わないわ。それで良いでしょ」

「……そうね。じゃあ、そろそろ進みましょうか。目標はここから三階ぐらい下りる事かしら」

「油断せずに行きましょう!」


 マタリが剣を抜き、意気を上げる。装備は今までの大盾ではなく、腕に括りつける小盾に交換している。

 何かが吹っ切れたようで、攻撃重視の戦闘スタイルへと切り替えたらしい。両手で振り下ろす一撃は、以前よりも重さを増したと嬉しそうだった。これに狂戦士の力でも加わろう者ならば、何だか大変なことになりそうである。

 それがこちらに向かってこないように願いながら、勇者は松明鼠の後に続いて歩き出した。

 

 暫くすると、植物型の魔物が現れる。名前は狂い球根。大きな根で地面を這いずりながらこちらへと近づいてくる。

 生物の血を養分とし、成長すると血のように赤い花を咲かせるらしい。


「うわぁ、気味が悪いですね」

「見た目だけね。基本的には蔓を使っての攻撃しかしてこないし。獣型と違ってしぶといけど、動きは鈍いから。慌てずに対処するのが肝心よ」

「それじゃあ準備は良い?」


 勇者が確認すると、二人が頷く。


「はい!」

「まずは鼠を突っ込ませるから、その後に斬りこんで頂戴。いくわよ!」


 エーデルが詠唱し、松明鼠を無造作に突撃させる。狂い球根が蔓を展開して拘束する。その瞬間、鼠が炎上して蔓に火が燃え移り、球根が激しく揺れながら奇声を上げる。

 勇者が球根の根元に剣を突き入れ、そのまま薙ぎ払い動きを止める。

 マタリがその後に続いて、横に一閃、更に縦一文字に切り裂く。狂い球根は十字に断ち切られ、その活動を完全に止めた。


「ふうっ」

「大したことないわね」

「その球根から出てる芽が魔素を含んでいるわ。私が回収するから警戒しておいてね」


 エーデルが短刀を取り出し、赤色を帯びた芽を摘み取って、ジャッキー君へと手渡す。

 ジャッキー君は小躍りしながらそれを受け取って、丁寧に袋へと入れた。くるくると回転して満足そうな表情を浮かべている。やり遂げた感が溢れ出ており、鼻の穴が大きくなっている。

 何がそんなに嬉しいのかは分からないが、何となくむかついたので勇者は蹴りをいれたくなった。


「別に蹴ってもいいけど、動かなくなったら貴方が荷物を持って頂戴ねぇ」

「……そんな乱暴なことはしないわよ」


 図星をさされた勇者はすっとぼけた。


「さぁ、この調子でずんずん行きましょう!」


 勢いづいたマタリが先へと進んでいく。

 エーデルが魔物の死体を囮にして、勇者が牽制、マタリがとどめの一撃を入れる。

 簡単な連携だが、非常に効率よく敵を殲滅することが出来ている。

 白い巨大な茸やら、腐臭を放つ食人花。苔人間なども現れたが、どれも大した脅威ではなく、マタリが一撃で殲滅していった。

 その剣筋に迷いはなく、以前よりも鋭く苛烈なものとなっている。思わず勇者も舌を巻くほどだ。

 剣技だけならば、そのうち追い抜かれるかもしれない。勇者は剣術が得意という訳ではないから仕方がない。

 剣も使えるし、魔法も使えるというだけである。要は魔物を殺せれば良く、剣に拘る必要もない。

 ふとマタリを見ると今度は大蜘蛛に襲い掛かっている。大蜘蛛も負けじと鋭い牙と脚で応戦し、マタリに痛撃を食らわせようとする。絡み取るように脚が広く展開される。

 だが、マタリは上手いこと剣でいなしている。攻撃を喰らってはいない。今までの経験は活きているようだった。

 勇者がぼーっと観戦していると、突然、頭に衝撃が走る。

 誰かに後頭部を殴られたらしい。勇者の目から思わず星が出そうになる。


「――ッ、一体誰よこの野郎ッ!」


 周囲を見回すと、腰に手を当てて呆れているエーデルのみ。どうやら後ろから拳をいれたのはこの女のようだった。


「この野郎じゃないのよ勇者様。戦闘中にボーッとするなんて、余裕がありすぎよ。ほら、マタリちゃんを見習いなさいな」

「え、マ、マタリ?」

「ほら。あんなに頑張っちゃって。段々と『狂化』を使いこなしてるわよ」


 エーデルが指を差した方を見ると、不気味な大蜘蛛相手に、マタリが叫び声を上げながら襲い掛かっている。

 大蜘蛛の背部を踏みつけて、何度も何度も剣を刺突している。全身は緑の体液塗れで、ひどい有様だ。


「……うわぁ、あれは近づきたくないわね」

 勇者は少しだけ引いてしまった。声を掛けたら振り向き様に斬りつけられそうな気がする。


「戦っているうちに、段々と高揚してきたみたいでねぇ。さっき大蜘蛛の一撃を受けたところで換わっちゃったわ。結構強敵だから援護したいんだけど、もう聞く耳を持ってないわねぇ」


 糸を吐いてもがいている大蜘蛛と、執拗に攻撃を続けるマタリ。蜘蛛も意外と粘る。脚を叩き落されても、まだ戦意を喪失していない。

 エーデルは距離を取りながらも、マタリの周囲に松明鼠を展開して守ってやっている。近づきすぎた不幸な鼠は、邪魔だとばかりに踏み潰されて活動を停止している。鼠の残骸はマタリに蹴り飛ばされて掃除されてしまった。


「あーあ、鼠が死んじゃった。って元から死んでるけど」

「本当に腐るほど在庫があるから別に構わないわ。――っと、もう一匹来たわよ」


 表情を真面目なものに変えて、エーデルが素早く詠唱を開始する。他の魔物の気配を察知したからだ。

 勇者も遊んでいる場合ではないと剣を構える。

 先日、銀貨三枚で買ったばかりの鋼の剣。数打ち物だがそこそこに切れ味も良いし頑丈だ。強引に叩き潰すのにも使える。

 マタリの背後から、獲物の身体を絡めとろうと静かに這い寄る魔物。食人花の変異種、エビルフラワーである。

 実力を付けて来た新人達を、何百人と捕らえ溶かしてきたという厄介な魔物らしい。普通の食人花よりも大きく強靭で、耐久力がある。真っ赤な禍々しい色をしているので、判別は簡単だ。

 何本も生えているツタに、妖しい臭いを発する巨大な花が中央部に咲いている。撒き散らす花粉には麻痺成分が混ざっており、多量に吸い込むと危険である。

 花の奥には溶解液が分泌されており、捕らえられた獲物はそこへと放り投げられる。哀れな獲物は嬲られながら、時間を掛けて消化されていくのだ。

 などと、エーデルが得意気に語っていたのを勇者は思いだす。長い説明だったので、半分は聞き流していたが。


「炎の刻印よ、我に力を与えたまえ。――『火炎の大柱』ッ!」


 詠唱を終えたエーデルが杖を翳し、エビルフラワーの下から火柱を打ち出す。

 弱点は火属性で、魔術師がいれば対処は容易とのこと。

 逆に火の攻撃手段がない場合は接近戦を挑む必要があり、花粉を吸い込まないように戦わなければならない。

 魔術師のいない徒党が苦戦を強いられ始めるのは、この辺りの魔物からということだ。

 花の中心を貫いた火柱は、すべてを焼き尽くそうと勢いを増していく。

 エビルフラワーは苦しげにもがき回り、溶解液を撒き散らして消火を試みようとしている。


「させるかッ!」


 勇者はその機を逃さず突撃し一撃のもとに両断した。火の手は絶命した魔物を焼き尽くし、その姿を完全に灰へと変えた。

 魔素抽出部位は花びらだが、完全に燃え尽きてしまっていた。


「ゲホッ、ゲホッ」


 勇者が燻臭さに思わず咽る。煙が通路に蔓延し始めている。エーデルは予想済みだったらしく、濡れたハンカチで口元を抑えている。

 換気が十分でない迷宮、こんな場所で火をつかったら当然こうなる。

 燻る灰からは白煙が上がり続けるが、止める手段がない。氷属性か、風属性の魔法を使えれば吹き飛ばせるが、エーデルは使えないらしい。勇者も使えない。乱暴に踏みつけるが、煙は止まらない。

 痛みには耐えられるが、煙いのは辛い。目からは涙が出そうになるし、咳が止まらない。さっさと移動したいところである。


「け、煙が充満して洒落にならないわ。ちょっとマタリ! アンタまだトドメさせないの!?」


 勇者が煙いのを堪えながら大声で問いかける。返事は狂気の入り混じった殺伐とした罵声だった。


「アハハッ! クソ虫がやっと動かなくなった! 私の勝ち、私の勝ちだッ! 勝者はこの私、敗者はこのクソ虫ッ!」

「やかましいわ!」

「――キャゥ!」


 歓喜の雄たけびを上げているご機嫌なマタリ。勇者は兜の上から勢いよくぶん殴った。

 痛みで蹲るマタリを尻目に、エーデルに手で合図する。煙いから先に進むという合図だ。

 倒した大蜘蛛の部位は、エーデルの使役するジャッキー君が刈り取ってくれている。煙いのは大丈夫らしい。

 荷物持ち、囮、部位の刈り取り、最後は自爆も出来る。実に便利な奴だと勇者は見直した。

 癇に障る奇声と、奇妙な小躍りは頂けないが。

 勇者はマタリの首根っこを掴んでズンズンと進み始める。ズルズルとマタリが引き摺られていく。かなりの重量だが、勇者には全く問題はなかった。


「中々順調ねぇ。初めての連携も問題なし。ようやく素敵な仲間に出会えた気がするわぁ」


 杖を一回転させて、エーデルが楽しげに呟く。後方には使役する鼠に、喜びの舞を踊っているジャッキー君。

 先ほどの蜘蛛の屍骸まで再利用しているようだ。少なくなった脚を小刻みに動かしながらついて来ている。

 次の敵にぶつけて爆散させるらしい。


「連携というか、各自適当に戦っているのが上手くいってるだけじゃないの。この馬鹿は考えなしに突っ込んでるだけだし」


 勇者は引き摺っているマタリの頭を軽く小突く。「キャッ!」という可愛らしい悲鳴が聞こえるが、聞こえないフリをした。


「んー、それを勇者ちゃんが上手く補っているって感じねぇ。おかげで私も魔法の詠唱に苦労しないし。流石は『勇者』なだけあるわぁ。仲間への気遣いも完璧ね」

「あっそ」


 おどけた言葉で勇者を褒めるエーデル。だが、先ほど勇者が煙に巻かれて涙目になっていたとき、エーデルが笑いを堪えていたのを勇者はしっかりと確認している。よって今更褒めても許さない。

 隙を見て、寝ている間に額にピンキーと書いて復讐するつもりである。

 暫く歩いてから、ようやく自分を取り戻したマタリが立ち上がる。キョロキョロと辺りを見回すと、兜を脱いで頭を掻いている。


「あ、あのう。ま、またやっちゃいましたか?」

「気分良く暴れてたわよ。まぁ、それがアンタの特徴でもあるんだから仕方ないけど。自分で制御できるようになりなさい」

「ううっ。この前の手合せからずっとです。戦っているうちに気分が高まって、力が溢れてくるんです。頭がぼーっとし始めて、いつの間にか大暴れしてるんです。ど、どうしてでしょうか……」


 手合せとは、勇者が河に蹴り飛ばしたあの時のことだろう。あれから何かに目覚めたようで、戦闘中に切り替わってしまうらしい。連戦で気が昂ぶったところに、敵の一撃を食らう事が発動条件なのかもしれない。狂戦士と化して、敵に恐ろしい勢いで攻めかかる。

 もしかしたら、一度死を経験したことにより何かが変わったのか。良いのか悪いのかは判断に困るところだが、生きているのだから良しとしてもらおう。勇者は全く気にしない事にした。


「まぁまあ。私達が援護するから細かい事は気にしない方が良いわよぉ。使いこなせれば、貴方の強力な『特性』になるわ。見る限り、素早さ、腕力、体力、攻撃性。全てが上昇しているもの」


 確かに能力は大幅に上昇しているようだ。狂化中は人の話を全く聞かないが、元々聞いていなかったのだ。あまり問題はない。


「は、はい。そうですよね。これからも頑張ります!」

「肩に力が入りすぎてるわよ。もっと気楽にいきなさい。焦っても碌な事がないからね」


 勇者が忠告すると、更に身体をガチガチにする。言わなければ良かったと後悔した。


「こ、こうでしょうか」

「……もういいわ。アンタの好きに生きなさい」

「は、はい!」


 再び勇者達は歩き出す。現在の階層は三十二階。かなりの速度で迷宮を探索していると、エーデルは告げる。

 そしてパチンと指を鳴らすと、死体の松明鼠を先導役として進ませる。

 『少し楽をするから』とエーデルが宣言すると、自爆用松明鼠を一気に三十匹程度召喚した。

 背中には火薬袋が搭載されている。魔物が現れると即座に二匹を突貫させて自爆させる。

 エーデルの死霊術『死体爆破』は、火薬により威力を増し、魔物は成す術もなく灰燼と化した。

 部位が全く取れないのが難点だが、今日の稼ぎは十分と判断したようだ。エーデルは先に進む事を重視したらしい。

 近づいてきていきなり自爆。敵からすると理不尽この上ない戦い方である。魔物に同情する気はないが。

 もし勇者が相手をするならば、強引に近寄り、術師に肉薄する戦法をとるだろうと考える。二回程度自爆を喰らう前提なので、勇者以外にはお勧めできない。

 現在の隊列は、照明兼自爆用鼠達が先頭を行く。次に前衛のマタリと勇者。エーデルが後に続いて、最後尾に荷物持ち兼不意打ち防止用肉壁のジャッキー君である。

 松明鼠隊(死体)、勇者、狂戦士、死霊術師、邪妖精(死体)。あの魔王も思わず驚くであろうイカれた徒党構成である。どう見ても邪教徒の尖兵にしか見えない。

 

 鼠達が名誉の戦死を遂げて全滅したところで、勇者達は三十三階への階段に辿りついた。

 そこは少し開けている場所で、他の徒党が警戒しながら休息を取っている。

 こちらに気付くとエーデルの姿を確認したところで顔を強張らせた。

 自爆鼠をけしかけられたらたまらないと、無言で防衛態勢を取り始めている。


「アンタ、悪名高いみたいね。全員こちらに敵意を向けてくるんだけど」

「降りかかる火の粉を払ってただけ。魔術師一人と見ると、たまに馬鹿が襲い掛かってくるのよ。返り討ちにして使役してやったけど。そんなことを続けてたらこんな感じよぉ」

「そ、それなら仕方ないですね。気にしないほうが良いですよ、ピンキーさん」

「どうもありがとうマタリちゃん。それと、ピンキーじゃないからね」


 エーデルが訂正するが、既にマタリは聞いていなかった。地下へと意識と視線が向いている。

 人の話を聞かないというのが、狂戦士になる必須条件なのは間違いない。勇者は確信した。


「さて、この徒党での初探索を記念して、壁に記録を残しておきましょうね」


 エーデルが、迷宮の横壁に尖った石で名前を彫り始める。――『勇者参上』と。

 勇者は眩暈がして気絶しそうになったが、気合で堪えた。


「ちょっと。恥ずかしいからやめなさい。というか彫るのを止めろ、このピンクの年増女!」

「まだ駄目よぉ。まだ私とマタリちゃんの名前を書いてないもの」


 勇者が腕を掴む前に、エーデルは最後まで素早く彫り終えてしまった。『狂戦士マタリ、麗しの魔術師エーデル』と記されている。


「何が麗しよ。死体を操る迷惑な年増女の間違いでしょ!」

「……あ、あのう。『狂』はいらないんですけど」

「ちょっとしたおまけよ。喜んで良いわよぉ。ちゃんと保存の魔法もかけたしこれで完璧ね。これから千年は風化することはないでしょう」

「せ、千年。いますぐ掻き消すことにするわ」

「はいはい、良いから良いから。そんなことよりこの場所を転移石に記憶させましょうよ。今回はマタリちゃんのにね」


 エーデルは話を強引に打ち切った。荷物持ちから転移石と小さな袋を受け取り、そのままマタリに手渡す。


「え、ええと、粉をかければ良いんでしたっけ」

「そう。そうすれば、次はこの場所に転移できるわ。私は三十階、マタリちゃんが三十三階ね」


 言われた通りにマタリが振りかけると、石が強い光を放つ。暫くすると光が消え、何かが石に刻印された。文字は読めない。

 これは先日手に入れた『星石』に、現在の地点を記憶させるための儀式らしい。粉が何なのかは知らないが、魔力の篭っている由緒ある物だそうだ。

 再び挑戦するときは、迷宮入り口で星石――転移石を使うことにより、粉を振りかけた場所まで一瞬で転移できるのだ。

 粉を振りかけるたびに上書きとなるが、非常に便利な石で冒険者の必需品なのは間違いない。


「それにしても便利な石ね。まぁ、毎度一階からやり直しなんて馬鹿馬鹿しいけど」

「誰がこの技法を作り出したのかは良く分かってないのよ。教会の人間らしいんだけどね。この儀式によって格段に探索効率が良くなったのは間違いないわ。今では誰もが使っているから」


 ちなみにこの粉は迷宮入り口の門番から購入出来る。お布施はとられなくなったが、今度は転移用の粉を買わなくてはならない。

 一回記録させるのに、粉袋一個必要。銀貨一枚で購入できる。

 本当に上手い商売である。だがこれがなくては探索が捗らない。

 門番はニヤニヤと笑顔を浮かべていた。嫌なら使わなくても良いと勝ち誇りながら。

 勇者はぶん殴って全身粉塗れにしてやろうとしたが、マタリに止められてしまった。


「えーと。今日はここまでですか?」


 マタリが誰にともなく尋ねる。少し足を伸ばしても良いが、勇者のお腹が減りはじめている。よって、今日はさっさと帰りたいのが本音である。


「そうね、無理は良くないわ。それにここから先が本番みたいなものよ。前も話したけれど、たまに人型の魔物が出現するからね。しっかり準備と心構えをしてから挑みましょう。舐めていると、頭をかち割られちゃうわよぉ」


 エーデルが杖を弄びながら、地面を軽く叩く。


「何だっけ、オークにウルなんちゃらだっけ?」

「オークとウルフェイスよ。猪に狼の獣人ね。一体ずつなら手に負えない訳じゃないわ。現に私も一人で探索した事もあるし。勿論死体を使いこなしてだけど。――ただ」

「た、ただ?」


 意味ありげに言葉を止めるエーデルに、マタリが息を呑んで聞き返す。


「集団で襲い掛かってこられると、かなり危険よ。人型の魔物は知恵が回る。万が一、指揮官がいたりしたら大変。覚悟を決めて死力を尽くして戦うか、直ちに撤収するかを判断しないと駄目ね」

「指揮官? 軍隊でもいるわけ?」

「似たような物よ。隊列を組んで襲い掛かってくるわ。非常に統率の取れた動きでね」

「ふーん。それは殺し甲斐があるわね。片っ端から全滅させてやるわ」


 勇者が口元を歪める。軍隊だろうがなんだろうが問題ない。万の魔物が決死の覚悟で待ち受けていた魔王城の戦い。あれを越えるものはないだろうから。


「獣人の好物は、鼠と人間。というか迷宮の魔物は大抵人間が好物なんだけどね。その中でもオークは最悪ね。彼らは若い女が大好物なの。残酷な性格だから、捕まりでもしたら、散々嬲られて食い殺されるわよぉ」


 怖がらせるような声でマタリを脅すエーデル。流石はピンキーなだけあって、嫌な性格である。


「こ、怖いですね。き、気をつけましょうね、勇者さん!」


 顔を青くしているマタリ。想像してしまったのだろう。


「アンタは十分に気をつけなさい。迷子にならないようにね。私は全然大丈夫だから」

「ま、迷子になんかなりませんよ! ちゃんと勇者さんの後をついていきますから。後ろにくっついて離れないことにします!」

「そ、そう。そりゃ良かったわね。でも暑苦しいから少し離れてなさい」


 今は脅えているが、狂戦士になれば前に突っ込んでいくのだろう。難儀な性格である。


「オークは愚鈍だから、落ち着いて各個撃破すれば問題はないわ。ただ、指揮官が率いていると、強さが段違いになる。死ぬ事を恐れない精鋭に変化するの。だから用心深く相手を見て、慎重にいくことね」

「はいはい、分かったわ。色々と助言をありがとう、エーデル先生」

「分かれば良いのよ。出来の悪い生徒を持つと本当に苦労するわぁ」


 軽口に軽口で応じるエーデル。マタリが話しに入ってくる。


「で、でもそんなに厄介なら、わざわざ下に行く必要もないんじゃないですか?」

「稼ぎが大きいのよ。部位だけじゃなく、装備も手に入るし。多少の危険で大きな見返りが期待できるから。採取できる物も高く売れる。だから、中層部は人気の狩場なのよ。ただし下層部は物好きと学者ぐらいしか行かないわ。魔素瘴気が濃いからねぇ」

「……な、なるほど」

「ほとんどの冒険者は中層部を主体に行動するの。自分に合った敵を探して狩場を選択する。折角あるんだから、頭は使わないとね」


 エーデルが満足そうに話を終える。説明するのが大好きなのだろう。やり遂げた感がありありだ。

 荷物持ちのジャッキー君が感動しながら拍手をしている。命じているのか、自分の思考なのかは不明である。


「さ、ピンキーの長話も終わったところで、とっとと戻るわよ。私は先に帰るからね!」


 勇者は素早く転移石を掲げる。身体が淡い光に包まれていく。


「あ、ま、待ってください! 一緒に帰れば良いじゃないですか!」

「早い物勝ちよ」

「やれやれ、子供はこれだから困るわねぇ」


 マタリとエーデルも後に続いて自分の石を掲げる。

 無事地上に戻り、部位を山分けすると各自のギルドに向かい換金する。汚れも洗い落とし、武器の手入れも行なった。

 その後で極楽亭で合流し、豪勢な食事と酒を楽しんだ。

 賑やかかつ騒がしい一日はこうして終わりを告げたのだった。

 



次回、ビーンズ登場の巻


勇者のパーティ構成。

松明鼠隊(照明兼自爆用)、勇者、狂戦士、死霊術師、邪妖精(荷物持ち兼肉壁)。

隙のない良い構成です。カオス属性に傾きすぎなのが欠点です。

死霊術師は強いですが、迷宮内限定みたいなものです。

外でこんなに死体を使役したら、あっと言う間に魔力が枯渇します。

某カタリナさんは二体同時が限度でした。


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