第二十一話
つなぎの話。後で手直しするかもしれません。
星教会、教皇エレナの執務室。今日は珍しい客が二名訪れていた。
格好は星教会のローブを着込み、教徒を装う努力をしている。女はともかく、男の方はどうみてもローブが不釣合いで、その巨体が逆に目立っているように思えた。
「……いつも思うが、無理して教会のローブを着る事はない。お前がレンジャーギルドの者というのは知れ渡っているのだから。誰が見ても不自然で怪しい」
エレナが呆れながら告げるが、ローブを着込んだ大男――ボーガンは首を横に振る。
「こういうのは格好が大事なんだ。俺達が堂々と星塔に乗り込むっていうのは、お前の面子に関わるだろうしよ。人間、格好から入らないとな」
「だったらその言葉遣いも直したらどうです。私は一応教皇なんですから」
エレナが本来の言葉遣いに戻る。威厳ある口調は公の場のみしか使っていない。気を許せる相手には本当の自分の姿を見せている。
「いや、敬語ってやつはどうも苦手でよ」
「だったら練習すれば良いではないですか」
「ハハッ、この熊にそんなこと言っても無駄さ。頭にいく栄養が身体にいってるからね」
「お、おい!」
「なんだいアンタ。私に何か文句があるのかい。聞いてやるから言ってみな」
赤毛の女、レンジャーギルドマスターのクラウが睨みつけると、ボーガンが慌てて背筋を正す。
「いや、と、特にはないな。うん。気のせいだった」
ボーガンが目をきょどらせながら視線を逸らす。
エレナは笑いを必死に堪える努力を強要される。この二人はいつもこんな感じなので、教皇としての威厳を保つのが難しい。
「相変わらず尻に敷かれてるんですね。ボーガン」
「ハハ、尻どころか足で顔面を踏みつけられてるぜ」
「ボーガン」
「いえ、なんでもありません」
クラウが腰につけた鞭に手をやると、ボーガンが激しく竦み上がる。
完全に調教されきったその姿に、エレナは苦笑する。
こんな彼らでも、夫婦仲は一応良好、三人の子供がいるのだから世の中不思議なものである。凸凹が丁度良い具合にはまっているのかもしれない。
「馬鹿は置いておくとして。今日は遊びに来たんじゃないんだ。アンタから頼まれていたイルガチェフの内偵。予想外の人間が引っ掛かったから報告に来たのさ」
「……それはどういうことです?」
エレナは、異端審問官だけではなく、クラウにも内偵を依頼している。審問官がイルガチェフと内通している可能性を否定できないからだ。イコナは信頼できるが、その部下達までは分からない。
「こそこそと私邸で密会を繰り返してやがるのさ。うちの手錬をつけてるから、粗方は把握してるんだけどね」
「……それは、一体誰ですか? 教えて下さい」
エレナが問うと、クラウが近づいてきて耳打ちする。色々と問題がある人間達なのだろうと予測する。
「……まずはイルガチェフの子弟達。それに保守派の司教連中」
「それはいつものことではないですか。特に怪しいとは思えません」
「……次が肝心なところだよ。アート家当主レケンに聖職者のビーンズ。奴らが網に引っ掛かった」
「え?」
予想外の名前が出てきた事に、エレナが思わず声を上げる。
アート家当主のレケンといえば、星教会とは疎遠の仲である。エレナも一度しか会ったことがない。
結界の管理者ということになっているが、それは形式的なものだ。現在は星教会が実質的な管理を行なっている。
そして聖職者ビーンズは、独自の治癒術を用いた高度な医療を行なうことで名高い男だ。ただ患者を治すだけではなく、精神まで癒すことが出来るらしい。貧しき者達からは決して治療費をとらないことから、多くの者に慕われている。
彼が救った患者の数は数え切れないほどだろう。エレナも彼の業績を認め、司教の地位を用意するつもりであった。
「私の勘だけど、あの枢機卿様、何かやらかすつもりじゃないかねぇ。お仲間と会う頻度が増えてるし、警戒も厳しくなってる」
「……残念ですが、こちらからは手出しできないのが現状です。ましてや、レケンは落ちぶれたとはいえアート家の当主です」
「それじゃ、放置するしかないって訳か」
「いえ、聖職者ビーンズは星教会の人間。派閥にも属してはいません。その彼が枢機卿イルガチェフの元を何度も訪れる理由がない。親しいという話も聞いた事がない。非常に疑わしく思えます」
「……じゃあ引っ張るのかい?」
「彼には声望があるので迂闊なことは出来ません。ですが、イコナに命じて内偵は行なわせるつもりです。何もなければそれで良いのです。災いになりかねない芽は早めに摘まなければなりません。いざとなったら強硬手段を用いてでも」
「泣く子も黙る異端審問官様か。イコナは優秀だが、頭がカチカチに固いからねぇ。立派な尻尾をちゃんと隠すように言っときなよ。ああいうのは、たまに間抜けなことをやらかすからね」
「……イコナが聞いたら、口から泡を吹いて怒るでしょうね」
真面目で実直な中年の男を思い浮かべる。イコナは確かに優秀で実力もあるのだが、目先のことに囚われ気味な欠点がある。
目の前の事に懸命に取り組むことには定評があるが、先を読んだ行動が出来ない不器用な人間なのだ。
「どうも不安だねぇ。……そうだ、ウチの馬鹿をアンタのとこに貸したげるよ。どうせ昼間から鼾かいてるだけだからね。内偵のコツってやつを頭でっかちに少しだけ教えてあげようじゃないか」
「お、おい。その馬鹿ってのは俺のことか!? 俺にはそんな暇ねぇぞ! 毎日家事に追われてヒィヒィ言ってるんだからな! 鼾なんてかいてる暇もありゃしねぇ!!」
「アンタ以外に誰がいるのさ、このすっとこどっこいの唐変木ッ! 駆け出し戦士の一人も引き抜いてこれない間抜けの癖に! 俺様に任せろって大口叩いて出ていったのはどこの野良熊だい!」
「ま、待て、落ち着いて聞いてくれ。アレは特別だ。あんな凶暴で容赦の無い悪魔がウチに来たら、俺の身体がもっと大変な目になる。そういうのはお前だけで――」
「私だけで何だってんだい? 私の目を見てもう一度言ってみな!」
「い、いえ、何でもありません! この間抜けな野良熊が悪うございました!」
クラウが一喝すると、ボーガンが素早く引き下がる。次に口答えしたら、恐らくビンタが飛んでいたことだろう。ビンタというか、手刀に近いものだろう。以前エレナは見た事がある。頑丈なボーガンが一撃で昏倒していた。脳が揺れたとのことだ。
「――という訳でエレナ、この馬鹿をアンタに貸してあげるよ。図体はでかいし気も利かないが、人に物事を教えるのは意外と上手い。そこらの野良犬よりは役に立つかもしれないよ」
「本当に良いんですか? レンジャーの技術をタダで教えるようなもんですよ?」
「構いやしないよ。どうせ初歩の初歩しか教えられないからね。それで厄介事が防げるなら文句なしさ」
「……わかりました、お言葉に甘えさせて貰います。ボーガン、貴方も大変ですね。少しだけ同情します」
「そう言ってくれるのはお前だけだ。流石は教皇って奴だな。心が広い」
「そういう褒められ方はあまり嬉しくはないですね。しかし、どう話したものでしょうか」
イコナは真面目で気難しい性格なので、豪快で粗野なボーガンとは間違いなく合わないだろう。だが、レンジャーとしての技量はボーガンは一流である。内偵術を教えてくれるなら是非もない。後はイコナを納得させれば良い。
上手い理由はないかと考えているうちに、エレナは引き出しから“ある薬”を取り出してしまった。気が緩んでいたのかもしれない。
無意識につまんだそれに齧りつこうとした所で、動きを止める。二人の視線がそれに集中していたからだ。まるで咎めるように。
「……エレナ。それは二度と使うなと私達は何度も言わなかったか? 前に全部処分したのに、一体どっから手に入れたんだい!」
「……あ、ち、違います。これは、捨てるのを忘れていただけです。そ、その、つい、癖で」
短時間で精神を落ち着かせ、安定させる作用のある薬。地下迷宮で群生している植物の葉を乾燥させ、細かく刻んだものだ。
大量に取りすぎると昏睡状態、症状が重い場合は死に陥る危険なものでもある。
希少な植物の為に高価であり、大量に服用する心配は本来ならない。だが、エレナは教皇だ。その程度の金を用意するのは容易かった。
この件がクラウと元教育役のニカラグにバレてからは、全て取り上げられて服用を禁じられていた。禁止されたのは最近の話だ。お菓子に偽装して服用していたのが、購入を頼んでいた教徒の密告によりバレてしまった。信仰心篤く口も堅い人間だったが、購入回数が増えたことに危惧を覚えたらしい。当然この話は公表されてはいない。
「今すぐに全部渡しな。もっと効果の弱い物を使えと言っただろう。少しずつ薬を抜いていって、最後は自分でやめるんだ」
「…………」
「エレナ」
クラウが促してくるが、エレナは手を動かせない。
これを使うようになってから、エレナは激しい頭痛から逃れられるようになった。気分も落ち着き、執務に集中できる。
大量に服用しなければ何の問題もない。それにエレナは教皇なのだ。人の指図を受ける必要などない。
代わりの物では効果が薄すぎるのだ。元々は弱い人間であるエレナが、重圧を受けるこんな地位に耐えられるのは薬のお蔭だ。
エレナが渋っていると、ボーガンが強引に袋を引っ手繰っていった。
「こいつはちと効き目が強すぎる。子供にはもっと温い奴じゃねぇと駄目だな。俺が貰っておく」
「――あ」
「そのうち廃人になっちまうよ。精神安定剤なんて名は聞こえは良いが、結局は現実から目を背けるための薬さ。感情を麻痺させる効能があるうちは良いが、薬が抜けたら反動がくる。何度も使えば、常習性がついちまって本当にやめられなくなるよ」
「…………」
エレナが目を背けると、クラウが頭を優しく撫でてくる。
「エレナ。やっぱり、アンタにはこんな場所は似合わないよ。もう良いじゃないか。面倒なことはニカラグの禿げ頭に任しちまいなよ。アンタは十分やってきたんだ。誰も責めやしない」
クラウが差し出してくれた救いの手を、思わずエレナは取りそうになってしまう。だが、それは許されない。
「それは出来ません。私には責任があります。今私がいなくなれば、大きな混乱が生じます。それに災いの真偽も不明です。星玉に関しても私が決断しなければなりません。ですから逃げるわけにはいきません」
「……分かったよ。でも、耐えられなくなったら直ぐに言いなよ。教皇の娘に生まれたからって、教皇にならなきゃいけない訳じゃない。自分の生き方は自分で決めるんだ。そうじゃないと、いつかきっと後悔する」
「ありがとう、クラウ。全て片付いたら、きっとお世話になると思います。その時は、よろしくお願いしますね」
「おう、エレナが家事を手伝ってくれたらいう事なしだ! ウチの女連中は何もやらねぇからな! 早いとこ交換――」
「アンタは黙ってな!」
クラウの鞭がボーガンに炸裂する。顔を抑えたままうずくまり、苦悶の声を漏らすボーガン。
いつもと変わらぬ彼らの姿を見て、エレナは笑い声を上げる。
自分を洗脳の儀式から救い出してくれたクラウ、ボーガン、そしてニカラグ。
助かったと思う反面、あのまま洗脳に掛かっていれば、この重圧に苦しむ事はなかったとも思ってしまう。
訳も分からぬまま教皇の地位に担ぎ上げられ、いるか分からない神の存在を教徒達に説かねばならぬ苦しみ。教えが正しいのかも理解できていない。だが、疑問を抱く事は許されない。それが星教会を束ねる教皇の宿命だ。
全てが終わったら、教皇の地位を退き、自由気侭に暮らしてみたい。クラウ達の元で、何にも縛られずに生きてみたい。その希望を抱いて、エレナは今を生きている。
だが、それは叶わないだろうとも思う。その前に自分はきっと潰れてしまう。そんな確信があった。
◆
時刻は夕暮れ時。アートでも有数の大きさを誇るイルガチェフの私邸にレケンは招かれていた。
最近は何やら嗅ぎまわっている連中がいるらしく、会合の頻度も減り規模も小さな物となっている。
結束の集いの際は、保守派の殆どの司教が集められ、イルガチェフと行動を共にすると声高らかに誓い合った。
内心では分かった物ではないが。当然、レケンにもそのつもりはない。利用するだけ利用するのが目的だ。それはイルガチェフもだろう。どちらが多くの利を得るかは、やってみなければ分からない。
上座に座るイルガチェフへ視線を送る。髪には白い物が混じり始めているが、眼光は鋭く、その姿は自信に満ち溢れている。
事実、魔術の才能にも優れ、数多くの弟子を抱える優秀な指導者でもある。教会第二位の地位にあるのは、血統が理由ではないと証明してみせたのだ。教皇エレナが赤き衣の血を引くように、イルガチェフは緑の衣の血を引いている。
「それでは、早速始めるとしよう。集ってもらったのは他でもない。諸君に至急知らせるべき大事が起こったのだ」
イルガチェフが威圧するように一人ずつ視線を送っていく。レケンは逸らさずに、受け止める。
今日集った面子は、主のイルガチェフ、その子弟達、レケン、そして最近参加したビーンズである。
「それは、一体どのようなことでしょう」
四十代くらいの人当たりの良さそうな顔つきの男、ビーンズが眼鏡を直しながら尋ねる。
レケンもその名前は知っていた。アートの街で一番と言われる治癒術を持つ聖職者。貧しき物からは治療費を受け取らないことから評判も良い。肉体の病だけではなく、精神の病すら癒す事が出来るという話だ。
丁寧な喋り方とその温和な雰囲気は、患者の信頼を得るには十分だ。
「災厄の紋章を持つ者が現れた。まさしく、預言書に記された通りのままに。今はまだ鎖で封じられているが、いつ目覚めるとも分からぬ。嘆きの祠が崩れたのは、やはり前兆だったのだ」
「……なんと」
子弟達が絶句する。何人かは顔を青ざめさせ、ひどく身体を震わせている。
それを眺めながら、レケンはイルガチェフに聞かされた預言書の内容を思い出す。
嘆きの祠が崩れるのが第一段階だ。その後、災厄の元凶たる愚者が現れる。これが第二段階。最後は白き凶鳥と共にあらゆる災禍を世に振りまき、正しき人々に死をもたらすであろう。
これが預言書に記された大まかな流れだ。これを知りうるのは限られた教徒だけ。一般には公開されていない。
嘆きの祠を見張り、災厄の元凶たる愚者を殺せ。決して蘇らせてはならぬと預言書は厳しく警告していた。
レケンは顔には出さないが、この預言書を全く信じていない。実に胡散臭い話で、根拠の無い与太話にしか思えない。
おそらく星玉を完成させる大義名分を欲して、教会の人間が適当に作り上げたものだろうと判断している。
だが、彼らにとっては深刻な事態であり、人類滅亡の瀬戸際にしか映らないのだろう。
「その者は不埒なことに勇者などと名乗り、既にこの街に入り込んでいるのだ。今は大人しくしているが、やがて血に飢えた獣の本性を現すであろう。――最早一刻の猶予もならぬ!」
イルガチェフが声を荒げると、子弟達も強く同意する。
「その通りです」
「決起の時は今しかありません」
「イルガチェフ様、ご決断を。我々の意思は常に一つです」
彼らを満足そうに見渡しながらも、イルガチェフは首を横に振る。
「だが、私はいたずらに争いを起こす事を良しとはしない。もう一度だけエレナ様に翻意を促すつもりだ。妄言に惑わされず、直ちに星玉を完成させるべしと。我々の目的は、星玉を完成させ、星神をこの世に降ろす事。そして訪れるであろう災厄を未然に阻止することだ」
「しかしイルガチェフ様、最近は審問官達が我々を嗅ぎ回っております。残された時間は少ないかと。万が一にも強硬手段を取られては、遅れをとります」
子弟の一人が意見する。確かに、最近は監視の目がきつくなっている。レケンも一派と見做されたらしく、審問官らしき男が屋敷前をうろつき始めている。今更疑われようが関係ないので、放ってはいるが。
「それは問題ない。エレナ様は、そのような暴挙に走る事はない。というよりも、出来ないと言った方が正しいか。あの御方は自分で大きな決断をすることは出来ない。現状を維持すること、それが最善と信じているのだ。でなければ、ニカラグの妄言に乗って既に星玉は破壊されているだろう」
「それでは、星玉を完成させるべしという、我々の意見も聞き流されるのでは?」
「だが、あの御方は正統な赤き衣の血を引く者。今は迷われているだけで、今度こそ正しき判断を下してくれるはずだ。――だが、それがならぬ時は、止むを得ぬ。最後の手段を取るしかない」
イルガチェフがビーンズに視線を送る。
「私に全てお任せを。継承の儀式と同等という訳には参りませんが、私は精神を癒す事が出来る。それは同時に干渉する事が出来るということです。人道に外れる行為ですので、出来れば使いたくはありませんが」
「犠牲は最小限に留めねばならぬ。教皇たる地位にある者が使命を果たす事が出来ぬのであれば、その責任はとるべきだ。本来は、継承の儀式を妨害したニカラグに全ての罪はあるのだが。事が成った暁には、あの愚か者には必ず報いを受けてもらう」
イルガチェフが苛々を抑えるように唇を噛み締める。彼には二つの誤算があった。
一つは先代教皇の早すぎる死。暗殺も疑われたが、その証拠は何も挙がらなかった。教徒達の混乱を抑える為に、枢機卿のイルガチェフは忙殺されてしまい、先代側近達の軽挙を見逃してしまった。万全な形での継承儀式を行えなかったのだ。
二つ目は司教ニカラグの裏切り。保守派として堅実な働きを見せていたニカラグの本当の目的に気付く事が出来なかった。
教会改革という思想を実現させる為に、敢えて敵対派閥に潜り込んでいたという訳だ。それとも、途中で思想を転換したのか。どちらかは定かではない。
この二つが重なり、エレナへの継承儀式は妨害され失敗。歴代教皇が受け継いできた『意志』は途切れてしまった。
「……イルガチェフ様、災厄の紋章を持つ者についてはいかが致しましょう?」
ビーンズが目を細めて問いかける。穏やかだった顔に、暗い翳りが見える。こちらが本性なのだろうか。レケンには判断が出来ない。笑顔の影に刃を潜ませる人間がこの街には多い。人を見かけで判断してはならないと、何度も教えられてきた。
「手出しは無用だ。星玉の完成までは、決して災いに手を出してはならぬ。既に有力な賞金首が討ち取られているのだ。あのラス・ヌベスまでもだ。ただの人間が敵う相手ではないだろう」
「……分かりました」
「それでは、今後の計画について確認を行なうとしよう。懸案事項についてもだ。もう猶予はない。決して失敗は許されない」
イルガチェフが力強く告げる。一同が頷き、会合は続く。
長く続いた会合がようやく終わり、場は解散となった。既に夜は更けており、肌寒さを感じる時刻だ。
イルガチェフは子弟を連れて星塔の星玉の間へと向かった。
星玉の間はイルガチェフの管轄下だが、現在は封印状態となっている。衛兵がつけられており、勝手に魔素充填が出来ないよう厳重な警戒がとられている。これはニカラグがエレナに申し出たことである。
場にはレケンとビーンズだけが残された。レケンが無言で立ち上がると、横から声を掛けられる。
「少々宜しいでしょうか、レケン様」
「何でしょう、ビーンズ殿?」
「貴方は何故、イルガチェフ様の計画に協力を?」
「……これは、唐突ですな」
レケンが眉を顰める。自分の真意を探ろうとしているのではないかと警戒する。
「申し訳ありません。ただ、知りたかっただけです。アート家の当主であるお方が、何故イルガチェフ様の計画に協力するのかと。貴方が星教会に、“存念”があることは有名な話ですので」
「私は、彼の考えに賛同したまでのこと」
「左様ですか。何、そんなに警戒なされずとも大丈夫です。人それぞれ考えはあります。無論、この私にもあります」
「……ほう。それは、私が聞いても宜しいのですか?」
「構いませんよ。本音を言いますとね、私はイルガチェフ様の話を信じてはいないのですよ。星玉を完成させたところで、神が降りてくるとは思えませんので」
淡々と己の考えを述べるビーンズ。思わぬ発言に、レケンは言葉を失う。この場で己の考えを述べる事は危険すぎる。
レケンの真意を質している可能性すらある。いずれにせよ迂闊な真似は出来ない。
目の前の男は、レケンの緊張など意にも介さずに話を続ける。
「とはいえ、あの星玉は凄まじいまでの魔力を秘めている。それは確かです。そう、まるで神に匹敵するほどの力を。私もあれを見るまでは、協力する気などなかった。ですが間近で見て考えを変えた。貴方もそうではないのですか?」
「…………」
レケンは黙り込む。計画を持ちかけられた際、レケンはそれを脅迫の材料とするつもりだった。教皇のエレナに教えれば、多大な恩を売りつける事になる。だが、計画の要である星玉を見せられて考えを変えた。眩いばかりの光を放つ星玉に魅入られてしまった。
計画に乗り、隙を突いて星玉を我が物とする。それだけで全てのしがらみから解放されると確信した。その力があれには備わっている。ビーンズと同じ思いを、レケンは確かに抱いた。
「貴方があれにどのような価値を見出そうとそれは知りません。誰が星玉を扱うにせよ、完成した時点で私の願いは確実に達成されるのだから。『神を作り出す』という悲願をね」
「神を作り出す……」
「そう、星玉は『目に見える神』を作り出すものと私は解釈している。残念ながらこの世に神はいない。私は聖職者という立場ですが、これまでの人生で嫌というほど分からされてきた。この数十年の間に、何人もの命を救い、同じだけの死を見届けてきました。だから分かるのです。神がいれば、こんな不平等な世の中を許すはずがないと」
「不平等?」
「人の為に尽くしてきたものが死の淵を彷徨い、悪人が我が物顔で生き長らえる。実に不平等だ。罪のない幼子が死に、信仰篤い善良な父親が狂い、何人もの命を奪った。果たして悪いのはこの父親でしょうか。私はそうは思わない。神が救いの手を差し伸べてやるべきだったのです」
「…………」
「何故このような無慈悲な事が起こるのか。答えは一つ、人々が縋りついている神など、元から存在していないからですよ」
「……なるほど。私には分かりかねるが、ビーンズ殿は中々過激で革新的なお考えをお持ちのようだ」
レケンは言葉を濁した。仮にも星教会枢機卿の地位にあるイルガチェフの屋敷で、神の存在を否定するなど自殺行為だ。
だが、狂人の言葉は止まらない。祝詞を唱えるように、延々と続いていく。
「人は弱いものです。誰もが悩みを抱え、不安と戦いながら生きている。救いとなる存在は必要です。だからこそ星玉を完成させ、人の手で神を作り出すのです。恐らく、イルガチェフ様は、エレナ様を神として祀り上げるつもりでしょう」
「……何故エレナ様を? 彼が神になれば良いではないか。緑の衣の末裔ならば、異論を唱える者も少ないはず」
「それでは、イルガチェフ様が救われない。あの方もまた、救いを求める者なのです。星玉への執念はその表れでしょう。彼が信じられるのは、預言書と星玉以外には存在しない。神に救いを求める、悲しき人間に思えます」
ビーンズが言い切る。何人もの人間を扱ってきたこの男の言葉には重みがある。ということは、レケンの心底も見透かしているということだろう。レケンはビーンズの言葉に薄ら寒いものを感じた。
「……貴重なお話を聞かせて頂いた。流石は世に名高いビーンズ殿だ。後日、ゆっくりとお話をお聞かせ頂きたい。このような場ではなく」
レケンは話を打ち切ることを申し出る。ビーンズの術中に嵌ることを恐れたのだ。己の精神に干渉されるなど冗談ではない。
「これはお引止めして申し訳ありませんでした。私の考えを誰かに聞いてもらいたかったのです。……私はこれより、災厄の元凶に命を賭して挑むつもりです。エレナ様の件は、全て子弟のコスタ殿に託してあります。例え私が帰らずとも、何も問題はないでしょう」
「……災厄の紋章を持つ者への手出しは無用と、きつく釘を刺されたはずだが」
レケンの言葉に、ビーンズが目を大きく見開く。
「災いの芽がその者だけとも限りません。摘めるのであれば、先に処理しておく事に越した事はないでしょう。都合が良い事に、その者は病み上がりで非常に弱っています。私がこの目で確認しましたからね。あの時気付いていれば手をうてたのですが」
「……私は反対だ。星玉の完成までは、事を荒立てたり、刺激する必要はないでしょう。今は時機を待つべきだ」
「我が友ラス・ヌベスの無念を、この手で晴らしてやりたいのです」
「ラス・ヌベスといえば、確か先日討ち取られた賞金首でしたな」
「ええ、神に縋りつき、見捨てられた悲しき父親です。娘を蘇らせる一念で、魂降ろしの奇跡を成し遂げた天才。彼は良き友であり、尊敬すべき研究者でもありました。その早すぎる死により、私の研究も終りを告げました。我が人生の悲願、完全なる人間の作成は儚いものと散りましたよ。ですから、そのお礼をしなければと思いまして」
ビーンズが爬虫類のように舌を出し、気味の悪い笑みを浮かべた。善良ぶった聖職者の本性はこちらだったようだ。
数多くの人間の命を救ったのは事実だが、この様子ではどれだけの命を研究材料として用いたのか分かった物ではない。
どうでも良い事なので関係はないが、わざわざ関わりあいたいとも思わない。大事なのはアート家復興。それだけだ。
「いずれにせよ、決意は固いようだ。貴方の好きなようにされると良い。……夜も更けたので、私はこれで失礼する」
「レケン様。勘違いなさらないで頂きたいのです。私の研究は必ず同意の上で行なわれる。そして今回も多くの同意を得る事が出来ました。彼らの悩みを解消する見返りに、私の協力をしてもらうのです。最強の人間の助力を得た今、災厄の元凶とて恐れるに足りません。何せ――」
その声にレケンが振り返る。
「あの三勇者の末裔の力を借りる事が出来たのです! 災厄を払うのにこれ以上相応しい人間が果たしているでしょうか! 災厄の元凶を叩き潰し、星玉により我々が神を作り出す! 悩める人々に救いが訪れる! これ以上に素晴らしいことはないでしょう!」
蝋燭の明かりに照らされたビーンズが、哄笑しながら叫び声をあげた。
スーパードクターB




