超VIPの怒り
派手なばしゃっという音と、くわんくわんと円を描いて床に落ちたトレーが妙に記憶に残った。
目の前には頭から背中にかけて紅茶で濡れた超VIP。金髪はぺたりとへたり、形のいい頭に沿っている。
その向かいには課長が顔色をなくして腰を浮かしている。
私だって例に漏れず真っ白ですよ。急に冷や汗がドバっと出て背中が寒くなるくらいには動揺してます。書類を拾おうとした中途半端な姿勢でゆっくり上を見上げれば、……あー、美人さんは怒っても綺麗なんだと漠然と感じた。
『……何か煩わせるようなことをしていたかな?』
英語で静かに語りかけてくる目の前の外国人は、ばっちり私を見つめている。ということは、私に問われている訳で……。
次の瞬間、バネ仕掛けの人形のように勢いよく頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした!!」
『英語で言ってくれないと、何を言っているのかわからないな』
即座に英語で返す超VIPに、さらに心臓がギュッと捕まれたような息苦しさを感じた。
これは本気で怒らせた…!
かろうじて聞き取りが出来た分、たちが悪いかもしれない。
ああ、英語なんて全く分からなければ良かった……。相手の怒り具合も、厭味も分からなければ楽だったのに。
と、嘆いたって現実は変わらない。半ばヤケになって自分より数段高い超VIPを見上げ、覚悟を決めた。
ヤケでもいいじゃないか!家事場のなんちゃらが出てくるかもしれないし!
『すみませんでした。あなたの書類が落ちていたので、助けようと思ったんです』
『書類を助ける?……言いたい事は分かるが、それでビジネスを乗り切ろうとしているなら甘いな。君で言うところの君の言葉を"助ける"者など、ないに等しい』
…………英語なんて分からなければ(以下略)
言いたい放題言ってくれたが、反論わ返せる訳もないので唇を引き結ぶしかない。視線を外さないのは、せめてもの意趣返しと、ちっぽけなプライドの為だった。
しばらく睨み合っていたが、馬鹿馬鹿しくなったのか外国人の方が視線を外し、早口で課長に何か告げると席を立った。
私の横を通り過ぎる時、纏う気配が冷ややかになったのは気のせいではないと思う。
背後で響いたドアを閉める音が妙に耳についた。
なかなか進まない(笑)