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事実



正直その日学校に行くのは少し憂鬱だった。

先日聞いた情報は衝撃的なものだったし、どういう訳かその日からぴたりとクロが姿を現わさない。不気味だと感じた直感が少なからず当たったのだろうか?

校門近くの横断歩道を渡ろうとすると校門に人だかりが出来ていた。何か騒ぎだって居るようだが良く見えない。もしかしてクロが人型の姿で学校に来たのだろうか?それとも何かあったのか…

「思い過ごしじゃなければいいんだけど…」

人の波を書き分けて騒ぎ立てている問題の原因を見た。

目の前に横たわる一本の大杉。学校に唯一開校以前から残っていた木だ。何故倒れているのかは不明。でもこれはあの事件についで生徒の恐怖をあおるに相応しいミステリーだ。

「何なんだ! これは」

朝早くにこの状態を発見した用務員が叫んでいる。どうすることも出来ない状態にじだんだ踏んでいる様子だ。その様子は滑稽そのものなのだが笑っている生徒は一人も居なかった。

倒れている大杉を見ると大きな穴を開けて根っこから倒れているようだ。モグラかシロアリか何かだろうか?用務員の目を盗み大杉に近づいてみた。

モグラじゃ樹齢百年といわれるこの大杉を倒すことは不可能だ。もう一つの可能性であるシロアリかと思ったがそれもどうやら違うようだ。シロアリならば木の内側は喰われているか住処となって空洞になっているものである。だがこの木はまったくの無傷。何故倒れたのかまったくの謎なのだ。

「鈴木君。これはいったい…」

背後から声をかけられ、内心ひやひやとしながら見上げると急いできたのか汗だくのセキ先生の顔が見えた。

「セキ先生…」

安心して気が抜けたのかなんとも情けない声を出してしまった。

「どういうことだい? これはあの時と一緒じゃないか…」

顔面蒼白の先生の弱弱しい声にただ声が出せなかった。

「あの時って…まさか以前にもこんなことがあったんですか?」

「…あったさ。十年前にも似たような事件がな」

足元から声がした。下を覗き込むと案の定真っ黒な猫はそこにいた。

「クロ! お前何所に行ってたんだよ!」

「ちょっと調べごと」

飄々とする口ぶりに違和感を覚えながら騒ぎの中を通り過ぎる。解決の糸口どころか謎が増えるばかりでなんの手がかりもない。そんな状態が続いている中、最初の犠牲者である『キバ ハジメ』の四十九日が明日やってくる。

「クロ。木場はどうしてその…死神のターゲットになったんだろう?」

以前から気になっていた疑問をぶつけてみる。クロの様子は普段と変わらず飄々としたものだった。

「それは簡単だ。生前アイツは死神について調べていたんだ。それでなくとも寿命が来れば死神はやってくる」

「ちょっと待ってよ! 木場も死神について調べてたって言うのか?」

「そうだ。もともと俺が持っていた情報がそれだ」

それだけ言うと自分はトコトコと先へと足を進めている。ボクと先生もクロの後に付いていく。向かったのは学校内に隣接された小さな教会だった。以前ここは女子高で毎朝教会に礼拝するのが習慣だったらしい。共学になった今となってはたまに生徒が憩いの場として立ち寄るぐらいで静かなものである。

中はそれなりに広く天井は吹き抜けとなっているらしく高い。壁にはステンドグラスが淡い光をともしていた。

「どうしたんだよ? こんなところに来て」

この学校に入学して二年になるがここに来たのは正直言って初めてだ。

「…なぁ、死んだ人間はどこに逝くと思う?」

唐突に切り出された質問に疑問を覚えたがあまりにも真剣な声に正直に答えてしまった。

「え? そりゃぁ、あの世とか天国、地獄とかって呼ばれる所じゃないのか?」

「まぁ、普通ならそう答える。だが木場は違った答えを言った」

クロは壁のステンドグラスを眺めていたかと思うと突然瞳を大きく見開き振り向いた。

「『喰われる』んだと」

「喰われる? 何が?」

先生が問うとクロは体を向きなおして正面を向いた。ステンドグラスからこぼれる光の影がクロの姿を映し影は巨大に広がった。

「死神に魂を喰われるとアイツは言ったんだ」

もう振り向きもしないでただ見上げているクロの後姿はさびしそうに見えた。

「アイツはいつも何かに怯えていた。それも九月になったら頻繁に周りを警戒し始めとり付かれたようにノートに何かを書き始めたんだ。それがきっと死神についての情報だ」

「それじゃ、彼も妻と同じように死神について調べていたというのかい?」

先生は身を乗り出してクロに聞いた。

「正確に言えばアイツの両親だ。両親はどこからか手に入れた死神についての情報を調べるようになった。だが、三年ほど前に交通事故で死んだんだ」

「もしかして、このことを調べるためにこの数日間姿を見せなかったのか?」

疑問に思っていたこの数日間のクロの消息。この情報を得るためにいろいろなところに行っていたのだろうか?

「まぁそんな所だ。それよりも先生、十年前におきた事件を詳しく話してはくれないか? 前に聞いた話だと俺が調べ情報と少し違う。どういうことだ?」

凄みのきいた声は天井の高い教会によく響いた。反響して声が酷く冷たい。

「…わかった。この状況で嘘を言い切れる自信がない。白状しよう。以前に話した内容には一つだけ重大なことを話していなかったんだ」

「どういうことですか? 大事なことなら何故あの時言わないんですか!」

自分ひとりが取り残されている気分になった。クロはもちろんのこと先生まで真実を教えてくれないと言うのか?そんな理不尽すぎる。

「まぁ待て、お前だってわかってるんだろ? この事件はただの探偵ごっことは違う。ましてや、本の中のミステリーじゃないんだ」

クロが隣でささやく。そのくらいボクだってわかっているつもりだ。先生は教師でボクの担任。生徒が危ない事件に巻き込まれるのは避けたいんだろう。でも、ボクだって生半可な覚悟でこの事件に挑んだつもりじゃない。

ボクの意志の強さを見たのか先生は静かに語り始めた。

「少し長い話になる」

先生は教会の長いすに座りボクも授業のことなど忘れ先生の話に耳を傾ける。クロは相変わらず天井を凝視したままだった。

「あれは今から十年前。僕がまだ教師ではなく警備員の仕事についていた頃だ。妻の飛鳥と結婚してまだ五年しか経っていなくてね。彼女は結婚する以前から何かを探していたことは知っていた。けれど、僕はその内容は知らずただ何気に見過ごしていたんだ。彼女の探していた内容を知ったのは偶然だった。彼女の家系は代々霊感というものを持っているところでね。だが、彼女はまったくそのような力を持たずに生まれた。だから一族が追っていたあるものを独自で調べていたんだ。それが『死神』だよ。彼女が亡くなる数ヶ月前から今朝起こったようなことが頻繁にまわりで起こり始めてね。力のない彼女が独自に調べていたのが裏目になったのか、あまりにも深く知りすぎたのか、それは分からないけど…彼女はある日突然凶変した」

「え? 凶変?」

以前聞いたのは謎の死を遂げたということ、凶変とはいったい?クロはもうその事実を知っているのか落ち着いている。

「突然人が変わったように凶暴になったんだ。飛鳥は…自分の一族を殺して、最期は自分の額に猟銃をあてて死んだ。即死…だったそうだよ」

「…これが、真実か」

クロは何処から持ってきたのか古い新聞をボクの前に投げた。黄ばんだ新聞はどうやら、十年前のモノのようだ。


日付は十年前の1997年4月9日。新聞の一面には大きく『狂乱の果て犯人自殺』の文字が書かれている。

犯人の名前は「関 飛鳥」。旧名「不和 飛鳥」罪名、大量殺人。

関被告は4月7日深夜未明親類、二十八名を猟銃等で殺害。被告は翌日の8日、同事件で使われたものと同じ猟銃で自殺をはかり、午前四時三十二分、病院にて死亡を確認した。


あまりの衝撃に眩暈を起こしそうになった。これが死神の力というものなのだろうか?先生の妻は何を知っていたのだろう。なぜ、死ななければならなかったのだろうか?

「その疑問に答えてやろうか?」

クロは僕の考えを読んで人型になった。

「飛鳥という女は死神の心理を研究していた。故に気づいてしまったんだろう。死神が人間から生まれることを。そして事件は起こった。飛鳥は自ら『死神』という化け物を造ってしまったんだ」

「だから…飛鳥はその代償に死んだのか?」

先生はワナワナと振るえ声を絞り出す。クロは言葉を続けた。

「いや違う。代償ではなく、これは飛鳥本人が望んだことだ」

「望んだ? どういうことだ。彼女は自分の親族を殺しているんだぞ? 気でも狂ってなきゃ殺すはずがないだろう!」

ボクは自分のことではないのにどうしてこんなにムキになったのかわからない。

「お前は何を聞いていたんだ? 先生が言っていただろう。『彼女だけ力がなかった』とね。つまり親類から下げ荒んだ態度を普段からされ、心のうちにその醜い感情を隠していたんだろう。表じゃ『力がなくとも一族のために情報を探す良い娘』と演じ、心の裏では『復讐するために死神を造る』という二つの心が混じっていたんだ。結局、本当の望みが叶ったという訳さ」

「そんな…そんな事って…」

ショックが隠しきれない。僕自身とても裕福な家庭で育ったせいもあるのだろうが、ボクはあまりにも世間を知らなすぎた。勝手に自分で基準をつけて世間を見ていた。

「確かに…信じられない。だが、結婚した当初から彼女からそんな様子がなかったと言えば嘘になる。あの時少しでも僕が力になってあげていたらあんな事件は起きなかった…」

先生は落ち着いていた。きっとクロに言われる以前から薄々感じていたんだろう彼女の内に秘める冷たい感情に。

「勝手に自分で解決するなよ。人間は驕る。思いかぶった知識が死神を造るんだ。それだけは知っておけ」

クロはそれだけ言うと猫の姿に戻り教会を去っていった。

ボクと先生は二人して無言のままクロが去った扉をただ見つめているだけだった。



それから、数日経ってからのことだった。亡くなった生徒のロッカーから彼のノートが発見された。

見つけたのはセキ先生だ。他の先生ならそのノートは遺族か警察のほうに渡されていた。

「先生! 木場君のノートが見つかったって本当ですか?」

ボクは部室に来た先生を見るとすぐにノートの話を切り出した。そのノートにはきっと死神についてのことが書かれているはずだ。もちろん先生の妻である飛鳥さんが研究していた『死神を造る方法』も書かれているだろう。

「ああ。…あれ? 鈴木君だけかい?」

先生は部屋を見渡して聞いた。きっとクロのことを言っているのだろう。

「クロは居ませんよ。さっきどこかにいちゃいました」

「そうか、ではどうしようか? これはやはり彼にも見せなくてはいけないのではないかな?」

先生は手に持っていた鞄を持ち上げ中に入っていた一冊のノートを取り出した。

「大丈夫ですよ。クロも後でちゃんと来ますから、僕たちだけで中を見てみましょう。」

ボクが提案すると先生も納得してノートを机の上においた。

「おっと俺抜きで見るつもりか? お二人さん」

ボクたちの背後から声が聞こえてくる。いつのまに帰ってきたのかクロはボクたちの間を抜け机に上がる。

「…いつの間に…仕方ないだろう?さっきまでお前居なかったんだから」

小さく呟いた後で愚痴を零すがクロはまったくの無視を決め込んでいるのかボクを見ることもなく先生と話し始めた。

「で、どこにあったんだ?」

「はい。彼の遺品を片付けるためにロッカーを整理したところ、奥のほうに板が挟んでありましてその中にこのノートが隠されていました。どうやら誰にも見せたくなかったようですね」

「つまり、このノートはいずれ処分する予定だったんだな」

クロはそう言うと器用にノートの一ページ目をめくり始めた。

「ボクにも見せてくれよ」

無視されたことに苛立ちはあったが今はそれ所じゃない。ボクも間に入り込んでノートを見つめる。

確かにノートには死神について書かれていた。恐ろしいほど詳しく。ノートをめくっていくと最後のページに差し掛かった。

「『両親は俺を殺したかったらしい。俺はいらない子だった。本当は子供なんて欲しくなかったんだ。だから俺のこと打ったりするんだ。だから俺は両親が欲しがっていた死神を造ってやるんだ。これで両親の望みが叶うだろう』」

クロが強弱のない声で最後の文を読み上げた。

「これはどういうこと? もしかして虐待…?」

「…きっと、そうだろうね。彼の背中を一度見たことがあるんだけど、酷い痣が沢山あったのを覚えているよ。そのことでご両親にご相談したかったんだけど、もうすでに他界された後でね。彼のいた施設に聞いたところだと近所の方から虐待されているんじゃないかっと言われたことが有ったらしい。もちろんご両親は否定していたけど、彼もなぜかご両親を庇っていたらしいんだ」

先生は重苦しそうに答えた。彼にそんな過去があったのか…

「庇うのは分かりきっていたことなのでは? だってそんなことを言ったら虐待されていたとして両親は彼を殺すかもしれないでしょう?」

「まぁ確かにそうなんだけど、そういう場合は両親とは別室で聞くことになるし、虐待と分かれば両親と会うこともなく施設のほうに入ることが出来るんだよ」

「だったら、なおさら…」

「この文を良く見ろ。『これで、両親の望みは叶うだろう。』と書いてある。たとえ、虐待を受けようがどうしようもなく両親のことが好きだったんだ。いや、愛されたかったんだな。それと同じように両親もアイツのことを不器用ながら愛していた」

クロは淡々と言った。なぜ愛していると分かるんだ?横にいる先生の横顔を見ると先生も意味が分からないという顔をしている。

「それは…両親がアイツの誕生日に猫を贈ったからだよ。本当に嫌いなら面倒のかかる生き物をわざわざ与えるわけがないだろう?」

クロはそう言うと机から飛び降りた。

「その猫って…」

「そう、俺だよ。捨て猫と思われたらしくってな。勝手に連れて行かれたんだ」

「捨て猫? っぷ、何だよソレ! あはははは…」

コイツが捨て猫なって可笑しくてお腹を抱えて笑った。先生も苦笑いをしている。

「ふん。一生わらってろ!」

呆れた様子で部屋を出て行くクロを横目で見つつも笑いは収まる気配を見せなかった。あの瞬間までは…

数分後、クロは突然大きな声をあげた。

「おい! 探偵、先生。こっちに来てみろよ!」

クロがいるのはきっと階段の踊り場。部室とそこまではそれなりに距離が離れている。だが、そこから聞こえて来たにしては随分はっきりと通る声だ。さっきまでの笑いが一瞬で消え、切迫した声に身震いした。

その場にたどり着くとわが目を疑った。


起きて欲しくなかった事が現実になった瞬間だった。




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